サフィレットの花
アイドがタンザナイトの鉱脈で穴に落ちたのと同じ頃、昼下がりのロロク貿易には来客が1人やって来た。警察官のスズである。
「入るわよー…って、あら? トモルが店番してるの?」
「おー、スズちゃんか。 社長とアイドなら採掘行ってるぜ。 帰りは明日の夜だな。」
「うーん、ならまた出直すわ。」
「なんか急ぎの用か?」
「こないだ事件を起こしたモアレ先輩の妹さんが、お詫びしたいって。 ただ、入院中で移動もできないから、こっちが病室に行かなきゃならないんだけど…。 ケガした本人がいないんじゃ意味ないわね。」
トモルの耳がピクリと動いた。
「妹って…モアレがこのままだと死んじまうって言ってた?」
「そうよ。 体の結晶化が進む病気でね…普通に会話したり腕を動かしたりはできるんだけど、足はもう結晶化して動かないのよ。」
「…俺、今から行くよ。」
「えぇっ?」
スズが目を丸くする。
「アンタだけ行ってどうするのよ。 妹さんが1番謝りたいのはロロクなのよ?」
「社長は謝罪なんて断るだろうよ。 きっと妹はなんの関係もねぇって言うさ。」
「ならなおさらアンタが行く理由ないじゃない? どうして?」
「…なんかほっとけねぇんだ。 病気してるときに兄貴があんなことになっちまったんだから、落ち込んでるだろ? 俺が、謝る必要ねぇって伝えるぜ。」
「トモル…。 わかった。 病院まで連れてく。 店の前まで車持ってくるわ」
「おう、ちょっと準備してから店の前に出てるぜ。」
スズは店を出て行こうとしたが、くるっと振り返って、聞いた。
「ところでアンタ、店番任されてるんじゃないの? 店空けちゃって大丈夫?」
「んー、まぁバレねぇだろ! ドアにも休業中って看板下げとくよ!」
「あとで怒られても知らないわよ…」
スズは呆れ顔で出て行く。トモルは少し考えていたが、やがて隣の社宅へ向かった。
★
2人はとある病院の病棟を歩いている。
「でっけぇ病院だな。 社長が入院してた病院よりずっと立派だ。」
「シマちゃんは難病だから、大きい病院じゃないと対応できないのよ。 病気の進行を遅らせる薬を点滴し続けないと、あっという間に病気に侵されてしまうの。」
「シマ…その妹の名前か?」
こくり、とスズは頷くと、ある病室の前で足を止めた。コンコンと病室のドアをノックする。
「シマちゃん、スズよ。 入ってもいい?」
「はい。」
中から少し小さく高い声の返事が聞こえた。スズがドアを開け、トモルも続いて中に入る。中のベッドには縞猫の少女がおり、上体を起こしてこちらを見た。
「シマちゃん、こちらはロロク貿易のトモルさん。 お兄さんの事件のときに店にいた方よ。」
「!!」
シマは素早く頭を下げ、叫ぶように言う。
「本当にごめんなさい! 兄が…とんでもないことを…! 社長さんにもケガを負わせてしまって…!」
小さな肩が震えている。トモルは黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「シマだったな? アンタがそんなに気にすることないぜ。 社長を殴ったのはマフィアたちだしな。 アンタの兄さんじゃない。」
「でもっ…!」
「確かに盗みには入ったけどよ、ウチに関しての事件はもう済んだことだ。 何にも悪くないアンタにそんな泣きながら謝られちゃ、こっちの胸が痛むぜ。 社長もきっとおんなじこと言うよ。」
トモルはニカッと笑う。シマは少し戸惑った表情だが、スズはほっとした顔をした。
「さて、私は花瓶のお水変えてくるね。 少し話してたら? シマちゃんはいろんな星に興味があるのよ。トモルの思い出話でも聞かせてあげて。」
スズはさっさと部屋を出て行った。トモルはあたふたするシマに向かって話しかけた。
「シマは他の星に興味があんのか?」
「は、はい。 いつか旅してみたいって思って、冒険記とかたくさん読んでいるんです。 こんな足じゃ行けないですけど…」
シマは少し笑って足をさする。ベッドから少し見える足は、でこぼことした白い石の結晶に覆われている。トモルは悲しそうな顔をした。
「いつからこの病気が発症しちまったんだ?」
「もう8年くらい前です。 最初は足の先に結晶ができて… 今18歳だから、10歳の時ですね。」
「そうか… 痛むのか?」
「結晶化した所は感覚がないんです。 生身の部分と結晶の境目は、痛みます。」
(じわじわと結晶に侵食されるたびに痛みに苦しむのか… 残酷な病気だぜ…)
悲しげなトモルの顔を、シマは不安そうに見つめる。
「トモルさん…?」
「…あぁ、すまねぇ。」
トモルはニカッと笑う。
「俺は貿易商でな、いろーんな星を渡り歩いてるんだぜぇ?」
「本当に!?」
シマはぱっと目を輝かせた。スズの言ったとおり、他の星に興味があるらしい。
「本当さ! 特にヒトノホシは最高だったぜ! …ヒトノホシで見つけた秘密のお宝、見せてやろうか?」
「秘密のお宝? 見たい!」
トモルはヒヒッと声を上げて笑うと、着物の懐から小さなブローチを取り出した。
「ブラウン? 深いブルー? すごく不思議な色の石…」
「こいつはな、『サフィレット』ってんだ。 ヒトノホシで昔作られてたガラスだ。」
「ガラス?」
シマは不思議そうにブローチを見つめる。サフィレットのチョコレート色の奥底からは、深く美しい青が浮かぶ。さらりと丸いカボションカットに仕上げられたサフィレットは、花の形に並べられている。
「人間の技術の賜物だぜ。 一時期ヒトノホシのとある地域で作られてたんだが、未だに製造方法は謎のままだ。 仕事の時に見つけて買い付けたのさ。」
「綺麗… 宇宙にはこんなに綺麗なものがあるんですね。」
「これ、シマにやるよ。」
「えっ!? いただけません! こんな貴重なもの…」
狼狽えるシマに、トモルは優しく微笑んで答える。
「こんな綺麗で繊細なもん、俺には扱えないぜ。 シマみたいに優しい奴が持つほうが、こいつも喜ぶさ。」
「でも…大事なものでしょう? そんなに先が長くない私が持っていても…」
「そんなこと言うなよ。 俺はおまえが気に入ったからプレゼントしたいんだ。 それに俺には硬くて丈夫なコイツがあるから、十分だぜ!」
トモルは胸元のオレンジサファイアをきゅっと握る。シマは申し訳なさそうな顔をしていたが、やがてにこりと笑った。
「ありがとう。 大切にします!」
「おう!」
トモルは満足そうに笑う。花瓶を抱えたスズも帰ってきて、病室は賑やかな笑い声に包まれた。
★
スズの車の中で、助手席に座ったトモルは夕暮れに染まる街並みを眺めていた。
「トモル、ありがとね。 シマちゃんがあんなに笑ってるのを見たの、初めてだわ。」
「…追い詰められてたのかな。 病気に、兄貴のことまで加わってよ。」
トモルは珍しく険しげな表情を見せた。
「確かに、お兄さんの事件を知ってからはかなり辛そうだったわ。 病気も進行しているし、生きる気力をなくしてしまった感じだった。 大好きだった冒険記も全然読まなくなっちゃって…」
「冒険の話なら俺が嫌になるくらい聴かせてやるさ。生きる気力になるんなら、お安い御用だぜ。」
「シマちゃんに優しいのね。」
「べべべ別にシマが特別なわけじゃねぇぞ! 俺は誰にだって優しいからな!?」
「アンタ…他人の嘘はすぐ嗅ぎ取るくせに、自分は嘘つくの下手ね…」
「なっ、なんだとぉ! スズちゃんこそ社長にベタ惚れなの隠してるだろ!!」
「ちちち違うわよ! 何言っちゃってんのよ!! ロロクなんてなーんとも思ってないわよ!!」
「はい嘘! 嘘ついてる! 俺にはわかります!」
ぎゃあぎゃあと言い合う2人を乗せ、車は猫目街を走り抜けていった。
続く




