表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
181/399

二十四章 休日、侯爵邸の訪問者(4)

 主人たちが出掛けて少し経った侯爵邸には、のんびりとした空気が流れていた。付き添いで執事長フォレスとマシュー、サリーと衛兵ガーナットも不在である。


 そんな中、マリアは屋敷裏手の縁側で残りのシーツを干していた。皺も伸ばされた真っ白い布地が、ほど良くカラッと乾いた秋の風に涼しく揺れている。


 もう一枚を干してピンと伸ばし終えたところで、思わず手を止めてチラリと後ろに目を向けた。そこには縁側の段差に腰かけて、立てた膝の上で両方に頬杖をついて、ただひたすらこちらをじっと見ているだけのモルツがいる。


 なんでそこにいるんだよ、とマリアは思った。すると、彼が興味もなさそうにこう言ってきた。


「ここからの風景を見ると、立派な侯爵家の裏庭とは思えないほど生活感ある空間です。以前来た時に説明はされましたが、侯爵家が半ば自給自足で食材を補っている、というのも不思議です」


 マリアは、自分越しに彼が見ている風景を振り返った。種類豊富な野菜園を、屋敷が初訪問のニールが持ち前の好奇心が駆られたようにして、一度来た事のあるヴァンレットと手を繋いで眺めて回っている。


 そんな穏やかな光景を見つめて、そうだなぁと思う。少し言葉を考えてから、メイドとして答えた。


「領民の税を無駄にしないためですわ。旦那様は、収める税を出来る限り下げて、還元もするように心がけていますから」

「出来た領主ですね。先程も言いましたが、豪遊の話も聞きませんし」


 アーバンド侯爵もアルバートも、気分が向けば足を運んでいる。彼らは『お遊び』には強いから、金の損失なく楽しんで帰ってくるのだ。加減はしているようだが、少し増えて戻ってきたお金で手土産を買ってきたりしていた。


 そういえば金品の代わりに、いい酒を持って帰ってくるのもたびたびある。この前、例の遊戯室で男衆で味見してみた酒も、キリッと締まった口応えでなかなか美味だった。


 マリアがそう思い返しているそばで、モルツが座っている縁側から、ふっと屋内の方を見やった。そこを通過しようとしていた一人のメイドに気付いて、小さく反応する。


「おや。そこにいるのは」


 その視線を真っ直ぐ向けられたメイドのカレンが、ギクリとして足を止めた。大きめの銀縁眼鏡をし、本日も癖毛が入った赤茶色の髪をきっちり結い上げている。


 彼女は、まだ気付いていないマリアの後ろ姿に目を走らせた。それから、彼に気の強い目をギロリと向け、『教えたりしたら殺すわよ!』と仕草で伝えた。メイドというより、淑女が絶対にとってはいけないような態度である。


 モルツは、記憶を思い返すように少し宙を見やった。そんな約束だったような、と口の中にこぼした後、なんでもないように目をマリアに戻した。


「ところでお前、私たちは暇なのですが」

「いきなり来といて何言ってんだ」


 最後のシーツを干したマリアは、思わず振り返りざま素の口調で言い返していた。彼は違和感を覚えた様子もなく、そのままの姿勢で、鮮やかな碧眼を向けてじっと見つめてくる。


 その時、向こうにいたニールが表情を明るくして、ヴァンレットの手を引っ張って駆けてきた。


「お嬢ちゃん、もうお仕事終わった? これやって『料理長さん』がオーケーしたら、ちょっと休憩してもいいんでしょ?」


 ねぇねぇ、と赤毛頭を振って、懐いた犬か後輩みたいに訊いてくる。


 マリアは元上司として、色々考えて頭が痛くなってきた。後ろからモルツがぼそりと「お前の教育が悪かったのでは」という意見に関しては、完全に聞き流したうえで溜息をこぼす。


「…………ニールさん、子供じゃないんですから、まるで遊びたいんだけどというノリで言われても――」

「え~、俺遊びにきたんだよ」

「『邪魔しにきた』の間違いでは」


 そのおかげで、リリーナの新しい外出衣装姿を見逃したんだぞ。


 マリアは知らず、絶対零度の眼差しを向けていた。ニールが主張するのに頭がいっぱいな様子で、元気なままヴァンレットの腕を引っ張って「ほらっ」と言う。


「ヴァンレットだって、お嬢ちゃんの事ずっと待ってたんだぜ! ひらひらしてるシーツから目を離させるの、マジで大変だったんだから~」

「そもそも、ひらひらとした動きに誘われるとか子供でも少ねぇよ――じゃなくて、唐突に遊ぶと言われても困るのですけれど」

「え。今、なんかドス利いてなかった――」

「ヴァンレットも、パッと浮かぶ『遊び』なんてないでしょ?」


 マリアは、ニールの発言を無かった事にして尋ねた。すると、ずんぐりとした大男の彼が、のんびりとした笑顔で向こうにある大きな木を指した。


「昼寝が出来る。あの大きさなら、皆入るくらいの木陰だ」

「待って。ひとまず寝るの? なんでここにきて睡眠摂取に意識が向くの」

「まずは却下するのが先なのでは?」


 立ち上がって近くまで歩み寄ったモルツが、無表情でそう指摘した。


「お前、コレが寝返りを打ったら完全に潰されますが」


 彼はついでのように、指まで向けてそう教える。冷やかにも感じる目は、長い付き合いの者には、彼が昼寝を嫌がっているだけなのだと分かる。


 マリアは想像して、確かに潰されるな、と結論した。オブライトだった頃、ヴァンレットは眠っている間はほとんど動かなくて、意外と上品な寝スタイルだったのは覚えている。けれど飲み会の雑魚寝で、たまに大きく寝返りを打って、まとめて数人が二次被害を受けるというのもあった。


「えぇっ、昼寝よりも屋敷の探検の方が面白いって!」


 ニールがそう言って、ヴァンレットの案を隣から否定した。


「しかもさヴァンレット、廊下の前をチラリと通っていったメイドさん達見た!? ここのメイド、みんな容姿のレベルが高いんだよッ」


 実はすごい事に気付いた、というテンションで彼が力いっぱい語る。


 ヴァンレットが、共感のない様子でゆっくり首を傾げた。ニールから少し離れた位置に立っているモルツが、関心度ゼロといった態度で「そうでしたかね」と適当に相槌を打つ。


「すごくスタイルもいいし、何人かめちゃくちゃ俺好みの胸の形をしてたッ。もうこれはさ、屋敷探索しつつチャンスを狙うのも有りだと思うんだ!」

「おいコラ。チカン行為を働いたら、ぶっ飛ばしますわよ」


 というか、とマリアは低い声で続ける。


「『みんな』って、私もこのお屋敷のメイドなのですけれど」

「あははは、お嬢ちゃんは俺にとって特別枠なの! だってさ、並みの中な容姿のうえ幼作りでド貧乳じゃ――ぐぇっ」


 直後、ずしゃあああッとニールの顔面が土に埋まっていた。


 その時、どこからか「特別枠!?」と驚愕する声が上がった。ニールの後頭部を掴んで馬鹿力で落としていたマリアは、そこにガスパーとギースがいる事に気付いた。執事長が不在のため、今は『料理長』が屋敷をみて、使用人達に直接指示を出しているのだ。


 ヴァンレットが、一体誰だったかという顔を向ける。あやしく両手を持ち上げかけたモルツが、キーワードに過剰反応しているらしいギースを見やって、無表情のまま問い掛けた。


「おや。もしやコレに気があるのですか?」

「はぁあああああ!? なッ、違ッ、べべべべ別に俺はこんな貧乳女なんて趣味じゃな――ぐはっ」


 ズドンっという音を上げて、ギースが腹部にマリアの右ストレートを受けた。飛び上がった彼女に続けて第二撃の踵落としを食らわされ、コンマ二秒で地面に沈む。


 それをしっかり見届けてから、モルツは一つ頷いた。


「お前は、相変わらず凶暴ですね」

「阿呆、手をそわそわさせながら言ってんじゃねぇよ」


 マリアは拳を解かないまま、ゆらりと振り返って凍える目を向けた。しかし、距離を詰めてきているモルツの碧眼が、ギラリと光ったのを直視した途端に悪寒が背筋を走り抜けた。


「――モルツ。済まないが、それ以上近づかないでくれるか」


 真顔のまま、覚えた危機感でそう口にした。


 すると、彼がキリリとした真剣な表情で、こう答えてきた。


「殴ってください」

「ストレートに願望を主張してくるなッ」

「希望の詳細を述べろという事ですか? まずニールのように顔面を地面に押し付けた後、蔑む眼差しで一睨みし、それから一番のご褒美を――」

「阿呆か! ヤめろ言うな、待てモルツ、近づくんじゃないっ!」


 マリアは言い返す余裕もなくなり、逃げるべく踵を返した。その方向にいたヴァンレットが、警戒心皆無といった様子で首を傾げる。


「マリア、鬼ごっこをする事になったのか?」

「ヴァンレット、この状況を見てなんでそういう言葉が出てくるんだ――」


 その時、ガチャリ、という音が上がった。


 ヴァンレットがピクリと反応して、のんびりとそちらに顔を向ける。そういえば、ここにもう一人いたのに静かであると気付いて、マリアとモルツも一旦ピタリと動きを止めて状況を確認した。


「話には聞いていたが、クセのある『騎士様』だってのは、よーく分かった」


 そこには、煙草をくわえた料理長ガスパーの姿があった。ふぅっと煙草の煙を吐き出す彼は、物騒なバズーカ砲を片腕に背負っていた。


「念のため女性陣を近づけさせないで、正解だったな」

 

そう言いながら、子供と部下想いなガスパーが、変態を排除する事にして重量級の武器をガチャリと構える。そのすぐそばの畑の柔らかい土は、先程と違って不自然に乱れていた。


 モルツが「失礼ですが」と前置きして、マリアに問う。


「あの物騒な武器を、彼はいつの間に用意出来たのでしょうか」

「…………阿呆。今、そんな事を言っている場合じゃないぞ、モルツ」


 すると、武器を構えたガスパーが、くわえ煙草でヴァンレットの方に視線を投げた。


「そこのデカい騎士さん、あんたはまぁまぁ無害だと分かった。だから、すまないがギースとマリアを連れて離れてくれないか」

「うむ? 離れるのか?」


 よく分からない様子で、指示を受けたヴァンレットが首を捻る。


 ガスパーは返事も待たずに、慣れたようにバズーカ砲のロックを外した。


「よーし、テメェら位置につけ。子供の教育に悪い変態野郎は、この俺が吹き飛ばしてやる」


 マリアは「嘘だろッ」と顔を引き攣らせた。慣れた物騒な『解除音』を耳にしたギースが、ハッと意識を取り戻してガバリと顔を起こし、目を剥いた。


「ガスパーさんストップ! それって新作の『まずい奴』なのよね!?」

「やめてください調理長ッ、全部吹き飛びますから!」


 その騒がしさが聞こえたのか、ひょっこり庭師のマークが顔を覗かせた。状況を見るなり、怪訝な表情がげんなりとした様子に変わって「……俺の『畑』仕事が増えた」と呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ