表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
175/399

二十三章 その亡霊は(6)上

 ジーンは、法務に関わる男たちが集まった大会議室の『大臣席』に座っていた。


 外部の専門機関からも集った彼らを見渡せるその席で、組んだ手に口をあてている表情は真剣そのものだ。傍聴しているその姿勢からは、普段にないピリピリとした威圧感が放たれており、ハーパーの件に関する各法的処分決定について話す男たちの気を引き締めている。


 室内には良い緊張感が漂い、話し合いの最終確認も普段よりテキパキと順調に進んでいた。その様子を傍聴席の端から見守りながら、王宮所属の男たちが警備兵らとこそこそ話す。


「『あの大臣』が、珍しくも本気だぞ。かれこれ一時間以上もじっとしておられる……!」

「元老院側から寄越された法務の人達への印象も、上々そうだな」

「普段からあれだけしっかり仕事に取り組んで、じっとしていてくれるといいんですけどねぇ……」


 当のジーンは、処分決定について確認のため述べていく男たちの話を真面目――に聞き流しながら、じっと出来るこのタイミングを使って、真剣に『別の事』を考えていた。


 最近、親友を動揺させて、悩ませている現象があるらしい。


 それは、『亡霊のように現われる黒髪の人物』だ。詳しく聞き出した日時と場所から、状況を仮定するとしたならば、その場合、あの場で動けたのは『誰』だ?


 もし幽霊ではないとすると、それを起こしている人間は『オブライトとテレーサが一緒にいる』のを見た事があり、なおかつ今のマリアを知っている人物だ。黒髪姿を見せているタイミングから、親友の行動を把握しているようでもある。


 そう推測の域を絞り込むと『相手』は、王宮内にいる人間だろうか。


 しかし果たして、条件にあてはまるような人物などいるだろうか? 何せ、テレーサは一緒にいる姿を、オブライトを知る誰かに見られないよう気を付けていた。


 そもそも、親友が『黒髪』を見たという状況も難しい。もしも相手が王宮に所属している人間だとしたら、広いその行動範囲は一人で起こせるものでもない。


 とはいえ、ジーンとしては複数犯とも思えないでいる。


 今回の件については、親友の秘密を嗅ぎ付けて行動を起こしている、という可能性が考えられる。もし、複数の人間によるものだとしたら、発生期間から見ても行動回数が『圧倒的に少ない』。


 それに、たとえば本当に『マリアの正体を察しての行動』だとしたら、このやり方はいささか違和があった。接触が目的であれば、こんな回りくどい方法を取らず、もっと直接的なアクショを起こすと思うのだ。


 そうすると相手側も、『絶対的な確信がある訳ではない』、と。


 相手の行動についてそう推測をまとめた時、ふと気付いた。私情からの心配も混じっているせいで、自分が知らず思考を複雑化しているような気がする。もっと単純化して考え直してみれば、どうだろうか?


 ジーンは片眉を小さく上げ、「ふむ」と思う。


 親友のスケジュールを知っていて、その性格から次に起こす行動も把握している風でもある。とすると、やはりオブライトを知っているうえ『テレーサと一緒にいるのを見たことがある』人物だが……


 ああ。しかし、やっぱりその条件だと無理だ。


 事を起こしている相手側が、王宮所属の人間だとしたら尚更不可能に思えた。


 だってハーパーの後処理の件でバタバタしている自分たちを、かいくぐるくらいに頭が切れる人物がいるだろうか。もしいたとしても、さすがに僅かの間で外まで超高速移動出来てしまうような人間なんて、いるはずがな――。


「………………ん? あああああああああああああっ!」


 ハタと気付いて、思わずジーンは叫んだ。


 その雄叫びのような声を聞いて、室内にいた者たちがビクリとして目を向ける。しかし構わずテーブルに両手をついて立ち上がると、「そういう事かよッ!」と忌々しげに吐き捨てた。


「畜生すっかりしてやられた……! あの『クソガキ』めッ」


 そう大きな独り言をした大臣が、唐突に走り出して室内が騒然となった。


 年上の部下たちが、慌てて「大臣様ッ」と手を伸ばしたが間に合わない。続いて「執務室のような失敗をしてなるものかッ」と別の中年紳士が飛びかかったものの、見事に空振りして床に崩れ落ちた。


 出入り口に立っていた警備兵たちが、猛進してくる『大臣』にうろたえる。その近くの席から、王宮所属の男たちがガバリと立ち上がって必死に言った。


「大臣様お待ちを! どこへ行かれるおつもりですか!?」

「あと二件分の報告ですから、頼みますからあと少しだけじっとしていてくださいませッ」

「うるせぇ緊急事態だ!」


 ジーンは一旦足を止めて叱りつけると、ざわつく会議場を煩わしそうに一望した。


「いいかテメェら!」


 キリリとした大臣の表情を浮かべると、手を振ってそう切り出した。その言い方は全然大臣っぽくないですヤめてください、とそばで部下が失神しかけた顔をしていた。


「決定は下った、なら会議はお開きだ、すぐにでも取りかかれ、以上!」


 四区切りで言ったジーンは、足で大扉を力任せに蹴り開けた。引き留めようとした警備兵をむんずと掴んで放り投げると、嵐か台風のように飛び出していく。


「また大臣様が『逃亡癖』を発動したあああああああああ!?」


 出て行ったのを見届けた直後、王宮の男たちが声を揃えてそう叫んだ。


             ※※※


 マリアは、王都の町中を全力疾走で駆けて『亡霊』を追っていた。


 フードの人物は、王宮のある中心区からぐんぐん離れていく。旧商業地帯へと進んでいて、人通りは次第に落ち着いていっている。


「待てこの野郎!」


 思わず、マリアは腹の底からドスのきいた声を上げた。通行人もまばらになったせいで、素の表情を浮かべると「ちくしょー……っ」と呻いて舌打ちする。


 前世で男だった頃と比べると、体格的に劣ってしまっているとはいえ戦闘メイドとして鍛えられている。それなのに、鬼ごっこのような追走が始まってから、全く距離が縮まらないでいた。


 相手は一定の間隔をたもったまま、不自然なくらいに長いローブの裾を揺らして走り続けている。足元がほとんど見えないせいか、亡霊のように地面の上を滑っているような錯覚さえ受けた。


 テレーサを思い出すマリアには、それが時々、長いスカートをゆらゆらとさせているようにも見えていた。


 相手は無言で振り返る事もない。焦っているのか、余裕なのかも分からない。それでも、旅には不向きといったそのローブの後ろ姿だけで、ずっと怒りが煽られ続けていた。


 目の前を走っている人間は、テレーサではない。


 少女の身には激しい長々と続く運動のせいで、判断力が低下してくしゃりと視界が滲みそうになった。そう分かっているはずなのに、本当だったらそうであって欲しかったのにという願望が込み上げて、呼吸もままならなくなる。


「っ、テレーサ!」


 どうか行かないで、と、オブライトだった頃の心がその名を呼ぶ。


 錯覚に呑まれて、うっかりそう口にしてしまった直後、マリアは当時とは違う自分の少女声を聞いて、十六年という歳月と想いに身を貫かれた。


 胸が張り裂けそうだ。思わず拳を強く握り締めて、「畜生ッ」と掠れた声で呻いた時、ローブ姿の人物が初めてこちらをチラリと見やった。


 その一瞬後、そいつは急に方向転換して別の道に飛び込んでいった。


 ここまで来て撒く気か。マリアは、咄嗟にそう感じてカッとなった。いろんな感情でごちゃまぜになったままピキリと青筋を立てて、のんびりと道を走る荷馬車の脇を猛スピードで通過した。


「待ちやがれ!」


 ローブ姿の人物は、その制止の言葉を振り切って高い旧商業建物の間を走っていく。


 辺りに人の姿や気配はなく、ひっそりと静まり返っていた。踏み締める砂利道の音が響く中、似たようにそびえ立っている建物の影を何度か踏み超えた。建物の間から時々日差しが差し込み、追うマリアの長いダークブラウンの髪と大きなリボンを照らす。


 不意に、相手の走る速度が落ちた――気がした。


 他に人の姿はない。しばらく自分たち二人だけだと思い返したマリアは、遠慮せず地面を砕く瞬発力で前進した。いつものように物理的攻撃で止められないでいた、そのローブ姿の人物との距離を一気に縮める。


 近づいてみて初めて、その人物がかなり長身である事にようやく気付けた。手を伸ばして掴んでみると、ローブ越しの感触からも男性であると分かった。


 相手は女ではない。ならば遠慮はいらないか。


 そう判断して力任せに引き倒した。この距離にくるまで性別の違いにすら気付かなかったのは、自分がテレーの事でいっぱいになっていて、普段の冷静な思考を削がれていたせいだろう。


 己への叱咤の言葉を思って、唇をぎゅっとしながら拘束するように馬乗りになった。相手は逃げる気配もなく、抵抗してもこない。


 掴まえた瞬間から、どこか覚えのある温もりと気配を察していた。掴んだ胸倉を寄せて相手の頭を引き上げると、荒々しくフードを叩き払った。


 その直後、マリアは相手の顔を確認して、空色の瞳を殺気立たせた。


「てめぇ…………、よくもしでかしてくれたな」


 思わず、素の口調で低い呟きをこぼした。その相手が、全く知らない誰かではなかったから、余計に怒りも強まって手にますます力がこもる。


「おい、ふざけんなよ――」


 マリアは、ギリッと奥歯を噛み締めるようにして睨み下ろす。


「――モルツ」


 そう、相手の名前を口にした。


 地面に引き倒されて顔が露わになったその男は、モルツ・モントレーだった。落ちた黒い髪のカツラの横で、相変わらず涼しげな美貌の面を構えている。少し乱れた髪を白い頬にかからせ、細い銀縁眼鏡越しに鮮やかな碧眼で見据えてくる。


 その表情は、やっぱり何を考えているのか分からないくらい落ち着いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ