二十三章 その亡霊は(4)
公共食堂に突撃して『鍋プリン食べたいです』とお願いしたマリアたちは、自分たちの想いを届けてから、その場を後にした。
どうやら鍋プリンについては、高価格になる事や商品としての需要、提供するにあたっての製造可能数の少なさなど、色々と指摘されているようだ。
料理長以下コック一同、熱く希望してくれている利用者がいる事も推して、再度交渉を頑張ってみると話してくれていた。
当初は、阿呆な直談判のようにも思えた。
しかし、やはり実行してみると達成感があった。マリアは道のりを引き返すように歩きながら、三部隊の男たちと満足げな表情で廊下を闊歩していた。
「最後はまさかの感動でしたわね。あの鍋プリンを、もっと美味しくするためにこっそり試作を続けているという努力には――うむ、感銘を受けたな」
「メイドちゃん、後半女の言い方がおかしくなってるぞ? なんかさ、上官たちみたいな口調になってる」
呑気な騎馬隊の男たちの中で、トーマスが指を向けてそう指摘した。
そんな彼を、第六師団の男が「それを言うなら『男のみたいな口調』だろ」と正してから、仏頂面でこう続けた。
「何せ凶暴メイドだからな。かち割ったら、中から凶暴な何かが出て来るに違いない」
「うふふ、あなた達が口にしているその『凶暴メイド』って、性別のない存在なのかしら――オイぶっ飛ばされたくなかったら口を閉じてろ、その頭かち割るぞ阿呆」
マリアは愛想笑いを張りつかせて、後半を彼らだけに聞こえるように言った。
思えば、自分は公共区の食堂ではなく、図書資料館に用があったのだ。それだというのに、なんでこんな所にいるんだろうな、と今更のように思い出して『凶暴メイド』発言にイラッときた。
そもそも、黒髪の件も進められていない。
そうも思い出して、ふっと素の表情で視線を余所に流し向ける。
第六師団は、一瞬だけ仲間に向けられた殺気にどよめいていた。若い彼らをまとめている発言者の男が、近くにいる呑気な騎馬隊の男を掴んで揺らす。
「このメイドッ、笑顔でぼそっとなんか言ったよな!? 今っ、めちゃめちゃ怖い事を口にしたよな!?」
「なんだ、どうした?」
「後ろから気安く肩ポンしてくるなッ、馴れ馴れしいわ!」
気真面目でプライドの高いポルペオの第六師団の男が、そうトーマスを怒鳴った。
その時、マリアたちの後ろを歩くデカくムッキムキな騎馬隊の先頭で、重量感ある足音を響かせていたバレッド将軍が「がははははは!」と野太い声で笑った。かなり満足で愉快そうだった。
「目標が達成されると、実に気持ちがいいものだな! それでは諸君っ、我らは大事な鍛錬があるゆえ、ここでさらばだ!」
ガハハハハと大きな笑い声を上げながら、彼は部下たちを率いて途中の通路を曲がっていった。公共区を行き来している使用人や文官、数少ない軍人達が、何事なんだろうなという不審そうな目を向けて道を開ける。
その様子を、マリアたちは揃って足を止めて見送ってしまった。呑気な騎馬隊の男たちが、自分たちよりも一回り屈強な同僚らを見届けてから、「そういえば」と思い出したように互いを見合ってこう言う。
「そもそも、あの人、なんであんなところを歩いてたんだ……?」
「確か今の時間だと、第三部隊は巡回前の一休憩中じゃなかったっけ?」
「あの人が軍区の向こう側からこっちまで来てるのも、珍しいよな」
そのやりとりを聞いた第六師団が、「確かに」と相槌を打った。それぞれが気真面目な態度で、思い返すような仕草をしつつ思案する。
「最近、よくあの辺りにいるよな」
彼が、そんな意見を騎馬隊へ出し始める。
マリアはその声を聞きながら、数時間前、バレッド将軍がアルバートに片腕で持ち上げられていた光景を思い出した。彼があんなところを歩いていた事については、またしても薬学研究の近くに張り込もうとしていた可能性が浮かぶ。
現在ルクシアの護衛にこっそりあたっている近衛騎士たちは、大変迷惑をしているのではないだろうか。そんな同情が頭を過ぎって、乾いた笑みも浮かんだ。
視線をそらしたマリアを見て、トーマスが「あれ?」と気付いたように言った。
「メイドちゃんから意見がないな。だんまりなのも珍しい気がする」
「何言ってんだ。凶暴メイドは、こっちの軍部事情をあまり知らないんだから、当然だろ」
第六師団の誰かがそう言ったところで、彼らは首を傾げた呑気な騎馬隊を見て、揃って毒気が抜かれてしまったような表情を浮かべた。
どうして、こんなところで立ち話までしているんだろうな。そう改めて思い返したように言葉を交わしてから、解散するかという空気を漂わせた。
「あ~……くそッ、ゆるい騎馬隊のせいで、俺らまで寄り道になったじゃないか」
第六師団の若手精鋭部隊班のリーダーをしている男が、「じゃあな」と言って片手を振った。キビキビとした足取りで去っていく第六師団を見やって、トーマスが呑気そうに頭をかいた。
「ん~、まぁ俺らも、そろそろ行くかな。上官たちが交渉なんかでバタついているとはいえ、あんまり目立ってサボると、叱られちまうからな」
「それもそうだなぁ――あ、そういえば、メイドちゃんは町へサボリに行く計画は実行出来たのか?」
思い出したように問われたマリアは、思わず顰め面を作っていた。どこか懐かしくも感じる第六師団の気風漂う退出の後ろ姿から、彼らへと目を向ける。
「前にも言いましたが、サボリではありません。ちょっとした用事です」
そうぴしゃりと答える。
彼らが話を聞いているのかいないのか分からない表情で「ふうん?」と言った。コテリと首を傾げたトーマスの隣にいた部隊員が、こう続けてきた。
「ならさ、今やっちゃえばいいんじゃないか?」
「何をですか?」
「この前話してたろ、どうにか少しだけでも王宮を出て、町に行けないかって。まだ早い時間帯だし、ルクシア様んところのお手伝い時間もまだまだ残ってるなら、今がチャンスなんじゃないか?」
指を向けられてそう指摘されたマリアは、腕を組んで、思案する目を足元に向けた。
図書資料館で受け取る予定の本は、一冊だ。貴重な本ほど待たされるのはザラにあるから、それを理由にすれば、アーシュの方はクリア出来る。まだルクシアの珈琲休憩まで時間はあり、他にやる事もなくて研究私室を出た現状から言えば、スケジュール的にも余裕はあった。
鍋プリンの一件で少し時間が取られた今であっても、王宮の外へ出て、ほんの少しだけで戻ってくるのであれば問題はない気もする。
しかし、この時間帯に単身で出入りする人間はあまりいない。実行に移していいものか悩むところでもあった。
「……業者の出入りも多い今の時間からすると、王宮のメイドも滅多に一人で出入りはない中で、外部の若いメイドが、一人で門を通過するのも目立つ気がするな」
マリアは、軍人時代にあったように、手を顎にあてて考えに耽っていた。知らず当時と同じ口調で、そうぽつりと思案をこぼす。
のんびりと見守っていた騎馬隊の男たちが、きょとんとして目を瞬く。
「メイドちゃん、意外と詳しいな」
「つまり計画性ありの確信犯か。よく調べたなぁ」
「それならさ、俺らに紛れて外行くか? ついでだし、そこまで送ってやるよ」
そう提案されて、マリアはトーマスへ目を向けた。他の面々も「全然いいぜ」「それ名案だな」と口にしており、愛想のいい表情でこちらを見ている。
それは有り難い申し出ではあるのだが、すぐには受け取れない。ついで、という言葉が少し心配になって尋ね返した。
「もしかして、お仕事の用があるわけでもなく、私を外に出すためだけに、一旦門を通過する気なんですか……?」
「そうだけど?」
彼らが、声を揃えてあっさり答えてきた。
それだと余計に怪しまれるだろ。お前らがぞろぞろと歩いたら、警備に立っている衛兵たちも何事だと困惑するだろうし、より目立つだろうが。
マリアはそう思った。これまで自分が見てきた騎馬隊の中で、こんなにもぽやぽやとした緩い空気感の男たちは初めてで戸惑ってしまう。
「あの、それだと無理な気がします」
困惑を隠せないままの表情で、小さく右手を挙げてそう教えた。
「この部隊班の人数で出入りするのなら、門番警備へ用向きを伝えなくてはいけませんし。その場合、どう申告するおつもりなんですか」
「え? 普通に『お菓子買いに行く』って言うけど? というか、いつもこっちが伝える前に『どうせまたサボって菓子を買いに行くんだろう』って言われるし、平気だって」
「……………」
一体何をどう考えて、彼らが笑って『平気』だと答えているのか分からない。
マリアは、答えてきたトーマスを含む騎馬隊員たちを見つめ返した。騎馬隊の巡回予定でないのなら菓子だろう、と警備担当者たちに思い浮かべさせている現状を、彼らはもう少し真剣になって考えてみるべきなのではないだろうか。
先日の臨時班の任務で、自分たちの場所を担当したのは別の騎馬隊の部隊班だった。彼らと同じく、騎馬隊の中では信頼も置かれていて、それなりに腕もあると認められている若手精鋭班の一つであるらしいこの彼らを、一体どの将軍がみているのかも大変気になってきた。
「メイドちゃん、それって一体どんな心情からの表情なんだ? 女の子として少しアウトな感じになってるけど」
「大丈夫だって。これくらいでは怒られないし、バレなきゃなんも言われない」
「そうそう。俺らの部隊をみているレイモンド騎馬総帥も、この前の任務の後処理でバタバタしてるから、わざわざ門番の記録書を見に来たりしないし」
お前らの直属の上司って、まさかの騎馬総帥なのかよ。
マリアは思わず顔をそらすと、片手で顔を押さえて小さく震えてしまった。昔から面倒見がよくて、頼まれたり押し付けられたりすると、断れないところもあった苦労性な友人だった。そう思い出しながら、なんで騎馬総帥のお前が教育係まで請け負ってんだ、と心の中で呟いてしまう。
「んじゃ、メイドちゃん行くか」
トーマスの掛け声と共に、呑気な騎馬隊の男たちが「お~」と声を揃えて歩き出した。マリアは「あ……」と思って呼び止めようとしたものの、小さく吐息をもらすと彼らに続いていた。
「…………まぁ、せっかくしてくれるというのだし、それならチャンスとして活かすしかないな」
彼らの空気というか、こういう流れも少し懐かしく感じて、思わずふっと柔らかな苦笑を浮かべてそう呟いた。
ずっと前、自分がまだ【黒騎士】と呼ばれていた男性だった頃、慕って付いてきてくれた部下たちの事が思い出されていた。彼らが『隊長!』と言う元気な呼び声が、遠い記憶の向こうから蘇ってくるようだった。




