二十三章 その亡霊は(3)下
騎馬隊の若い男から返答を受けて――、
なんだそりゃ、とマリアは呆気に取られた。
「…………ちょっと待って、鍋プリン?」
どうにか女の子風の口調に戻すと、殺気を解いてそう尋ね返した。
詳細を語って良いと上官許可をもらったような雰囲気で、トーマスが真剣そうに頷いてから、こう続けた。
「前回俺たちが行った時にあったやつは、初挑戦の試作品だったんだ。それを作った後で、公共食堂の料理長とコック達がメニューに加えようと考えて、また制作しようと検討していたらしいんだよ。俺ら、それを楽しみにしていたんだけどさ、なんか色々と事情があって、難しいかもしれないっていう噂を聞いたんだ」
材料費の問題なのか、商品として提供する際の価格設定に問題があるのか。それとも、デザートに関しては王宮菓子職人やらの事情や、王宮料理長の許可が必要で難しい事になっているのか。
もしやメニュー項目として、デカいプリンという異色さで申請が難しいのか?
軍人としての事情しか分からないマリア達は、彼の言葉を聞きながら揃って首を捻っていた。廊下の中央を陣取っている彼女たちを、通行人たちが「あれ、なんの集まりなんだ……?」と、疑問の声を上げながら通り過ぎていく。
結局のところ、軍人である自分たちがいくら考えたところで、想像の範囲内だ。ひとまずは例の鍋プリンが制作されないかもしれないという事情を把握したところで、マリアは元の問題へと思考を戻す事にした。
そもそものところ、マリアにとって、制作危機が問題ではない。
だからと言って何故、このような騒ぎになっているのか? だ。
先程の現場の様子を思い返してみると、この三グループの軍人たちは、喧嘩勃発前という雰囲気だった。それを踏まえて考えると、どこでどうやって鍋プリンが関わってくるのか分からなくなる。
マリアは、一番まともに説明出来そうな、例の騎馬隊員のトーマスに尋ねた。
「鍋プリンの制作が中断されるかもしれないという状況なのは、把握しました。けれど、それでどうしてこんな事になっているんです?」
「どうしてって言われても…………鍋プリン、俺らは凄く食べたいぞ、っていう想いを、応援として伝えられたらなって思って」
そしたら、こうなった。
こちらを見下ろしたトーマスが、幽霊でも見たような真剣な表情でそう呟いた。その後ろで、彼の同僚たちが『まさにその通り』とでも伝えるみたいに、同じ顔をして頷くのが見えた。
「待って待って、その回答がよく分からないから。それでこんな騒ぎになっているとか、ある種の才能だろう」
マリアは思わず素の口調で突っ込んだ。返ってきた言葉を数秒ほど真剣に考えたものの、事情といった詳細を聞き出しているはずなのに、ますます混乱が増してしまう。少女らしい表情をつくるのも忘れて、こう続けた。
「すまないが、一グループずつ代表を出して、それぞれの言い分を説明してくれないか……?」
「かなり困惑してるっぽいな、口調が全然メイドっぽくなくなってるぞ」
呑気な騎馬隊の一人が、そう指摘した。けれど彼らは、別部隊同士で顔を見合わせると「まぁいっか」という様子で動き始めて、それぞれの部隊で一集まりになった。代表者はあっさりと決まり、マリアの前に選出された三名が並んだ。
右から順に、まずは事の発端である呑気な騎馬隊の代表、トーマスがこう述べた。
「俺らは、鍋プリンの制作断念の危機だって聞いて、何か応援出来ないかってここを歩きながら話していたんだ。皆で考えたのが、ひとまず公共食堂に突撃して『鍋プリン食わせてください』って全員で土下座して言う、って案だった」
それはそれでストレートすぎる行動というか、見ている全員がドン引きしそうな案だな。というか、騎馬隊としてのプライドを捨てて、土下座するくらいに食いたいのか?
報告を聞きながら、マリアは唖然とした。
見栄えある部隊としてもあったから、騎馬隊の小隊が揃って土下座スタイルで何かを頼みこむ事を、平気で考えたというのが信じられないでもいる。
すると、続いて第六師団の男が口を開いた。彼は軍人であるという雰囲気を強く漂わせていて、背筋もピンと伸びて手は後ろに組まれ、胸も張って規律正しい立ち方をしていた。
「俺らは、さっきここで擦れ違った際に話し声を聞いた。こいつらが土下座戦法で行くというから、騎士としてプライドを持てと説教した。そして、第二の案として『鍋プリンが非常に気になるので、是非食わせてください』と、全員で頭を下げて真摯に頼みこむ案を出した」
おいコラ、お前らもほとんど違いがないぞ。土下座が直立姿勢に変わっただけだろ、まずはそこに気付けよ。
ポルペオの部下は、優秀なイメージが強かったのだが、若い中からエリートとして抜擢されている彼らは、もしや真面目過ぎる阿呆なのだろうか。
奴の一部迷惑な熱血部分が、変な風に濃く引き継がれてしまっている気がして、マリアは本気で心配になった。
「今度は我が部隊だな!」
その時、最後の順番待ちをしていたバレッド将軍が、無駄に大きな声でそう言った。後ろでムッキムキの部下たちが、自分たちこそ正解意見だと言わんばかりの同じ表情を浮かべている中、彼が自信たっぷりの良い笑顔でこう言い放った。
「私は両者の意見を聞いたうえで、ならば筋肉で決めてはどうだろうか、と提案した!」
間違ってるよ、まずは筋肉を頭からどかせ。余計ややこしくなるわ。
すると、それぞれの『案』を改めて口に出した三部隊が、思い出したように議論再開といった様子で言い合いを始めた。
呑気な騎馬隊は「土下座が丁寧だろう」と主張し、第六師団は「騎士として整列して頭を下げるのが一番だ」と説教口調で言い返す。そのそばからバレッド将軍たちが「勝った方の案を、皆で実行しようではないか」と言う。
「俺らは土下座なんてしないぞ! 当たり前だろッ」
「なんでムキになってんだ? ちょっと土下座するくらいイイだろ?」
「それは『ちょっと』の事じゃないからなッ、お前らこそなんで普通なんだよ!?」
「皆で頼みに行った方が、応援の気持ちも伝わると思うのだ!」
「その通り! だから俺たちはバレッド将軍からもあった通り、素手での取っ組み合いを所望したい!」
「ああああああもうッ近くにいるのに、いちいち大きな声で話すなムキムキめ! うるっさいわ!」
「というかさ、なんで騎馬隊が体術戦提案するんだ? 俺らって、武器戦――」
あまりの煩さに、マリアは考えに集中出来ずブチリと切れた。
こいつらを、まずは黙らせる。
そう思った次の瞬間、戦場においてはまず『大将』を狙うという前線部隊軍の隊長だった頃の思考から、マリアは真っ先それぞれのリーダーを沈めるべく急発進していた。
まずは呑気な騎馬隊トーマスの後頭部に足を叩きこむと、続いて容赦なく第六師団の男の襟の後ろを掴んで放り投げた。それから、止まらない勢いのままバレッド将軍の胸倉を両手で掴むと、堪忍袋が切れて底上げされていた馬鹿力で、その巨体を頭から床に突き落とす。
一瞬にして、場に重々しい沈黙が漂った。たった数秒で、それぞれのリーダーがやられてしまった光景を前にして、満ちる殺気を受けた男たちが静かになる。
今、少しでも動こうものなら、確実にヤられる。
彼らは極度の緊張感で、ゴクリと唾を飲んだ。頭部で大きなリボンを揺らしたメイド少女が、膝丈のスカートを手で払って、ゆらりと立つ様子を注視していた。
「いいか、お前ら。中立の立場で、平和的に考えたうえで言う」
いや暴力で制して威圧感で脅しをかけてきている時点で、中立も平和的もない気が……という誰かの呟きは、切れているマリアの耳に入っていなかった。
彼女は凍えるような殺気をまとった目を向けたまま、腕を組むと淡々と告げる。
「傍迷惑な取っ組み合いは無し。周りを困惑の渦に巻き込む土下座も無し。つまりここは、第六師団の案が適切だと判断する」
発せられたその言葉は、意外にもきちんとまとめられていて、納得も出来る内容で――数秒の沈黙が経過した後、男たちが途端に警戒を解いた。
「なぁんだ。そっかぁ土下座は違うか~」
トーマス達の呑気な騎馬隊が、それぞれそう口にした。そのそばで第六師団が、ようやく褒められたみたいに「やったぞ!」と手を叩いて喜び合い、ムッキムキの騎馬隊が残念そうに肩を落とす。
そんな中、バレッド将軍が「うむ、そうか」と言ってこう続けた。
「我が部隊の提案が通らなかったのは残念だが、この場において『適切だと判断する』と言われたとあっては、男としては潔く助言を聞き入れて従うのみ。ならば最後まで付き合おう」
その声を聞いて、ムキムキの騎馬隊が「将軍ッどこまでもついていきます!」と熱気を復活させて煩い雄叫びを上げた。残りの二部隊からも、「それじゃ、一緒に行くか」「おぅよ」という声が上がり始める。
「ひとまずは公共食堂だな。中央の位置は、第六師団に譲ってやるよ」
「ふふん、当然だろう。俺らの案が正しいと言われたんだぞ」
「一件落着だな。さあ『リボンのメイドさん』ッ、先頭を行くが良い!」
やれやれこれで終わったかと思っていたマリアは、そう言葉を投げてきたバレッド将軍の野太い声を聞いて、思考がピキリと固まった。
目を向けて確認してみると、全員がなんの疑問も覚えていないような様子で、真っすぐこちらを見ている。そこに真顔を向けていたマリアは、つい、「マジかよ……」と呟いてしまったのだった。
※※※
「というわけで、鍋プリンを頑張って作って頂きたいんです」
マリアは、男たちと台詞を揃えて頼み込んだ後、代表してそう改めて告げた。
軍人形式で揃って頭を下げる三部隊と、それを率いて先頭で同じようにしているメイドを見て、料理長とコック達が、呆気に取られた表情を浮かべていた。整列した彼らが一斉に行動を起こした瞬間、食堂を利用していた男たちが「ぶほっ」「げほっ」と咽て、現場は騒然となっている。
ここは公共食堂である。騎馬隊と騎士団の合計三つの部隊が、小さなメイドを先頭にぞろぞろと入ってきたかと思ったら、その直後に『鍋プリンが食べたいです』と頼み込んだのだ。
カウンターの前には、他のコック達と共に呼び出されて料理長がいた。彼は、十数秒たっぷり停止していた。ようやく手を動かすと、セットしてある癖の入った赤茶色の髪を、片手で後ろへと撫でつけてから、戸惑いがちに声を上げる。
「あの……、これは一体、どういう事か聞いても……?」
「実のところ、私もどうしてこんな事になっているのか、さっぱり分かりません」
後ろの男たちと共に頭を起こしたマリアは、真剣な表情でキッパリとそう口にした。彼女のその様子をしばし見つめて、料理長は「なんだか随分昔に、似たような光景があったような気がするから不思議だ……」と独り言のように呟く。
先程ここに入ってきた時、実はマリアもそう思っていた。
とはいえ、思い出せないので気のせいかもしれないと都合良く考えた。『デカ盛り定食の誕生』の件も頭に浮かばないまま、既視感を覚える呆気に取られた料理長の顔を見つめ返してこう続けた。
「でも正直なところ、私も前回食べられなかった鍋プリンが気になって仕方ありません。本音を言うと、めちゃくちゃ食べたいです」
「食欲には驚くほど正直なんだね…………」
再びマリア達が「鍋プリン是非とも食べたいです」と、揃って凛々しさ溢れる表情で頭を下げるのを見て、料理長が心底困った様子で沈黙した。それから彼は、戸惑いながらも、王宮側との交渉を頑張って続けてみる考えでいる事を話し出した。
その同時刻、騎馬隊の変装を一旦解いたマシューが、公共食堂の前を通りかかった。普段と違うざわめきに溢れている事に気付いて、ふと足を止める。
なんだろう、とそちらへと目を向けたところで、彼は見事に硬直した。
「…………気のせいかな。三グループの『ムッキムキ』と『気真面目』と『並み』の軍人の代表みたいに、ウチのマリアが立っているのが見えるんだけど」
まるで状況が掴めなかった。
思わず目を擦りたくなったものの、そんな事をして確認し直す必要がないくらい、あそこにいるメイドの少女がマリアであるのは明白だった。
「というか、マリア。君は一体何をしているんですか……?」
そう、マシューは呆気に取られた声を上げたのだった。




