表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
154/399

二十一章 亡霊と前世代と次世代(7)上

 最近は少なくなっていた事だが、またしてもジーンが、ポルペオに追い駆けられていたという。


 宰相のベルアーノは、それを一通り聞かされた後「じゃあまたね」と、自分ペースで国王陛下の私室から出ていったその客人を見送った。ついでのように立ち寄っていった彼からの『雑談話』を思い返しながら、直前までの自分の苦労の原因を理解して、キリキリと痛む胃をさすってしまう。


 現在は、無事に昼食会も終え、その後の会談も済ませた時刻である。


 先程ようやく、国王陛下アヴェインが衣装を変えつつ休憩を取るため、私室に引き返していた。その際、タイミング良く近くの旅行先から一旦戻ってきた、とある友人の伯爵が、少しだけ顔を覗かせていたのである。


 目撃した彼の話によると、相変わらずジーンは「それどこ情報?」と平気な顔で逃走していたらしい。それをポルペオが「よくも剣を使い捨てにしおって!」「待たんかッ」と追っていて、更にその後ろを、大臣直属の部署の男達が続いて「頼みますから、大臣に仕事させてください!」と半泣きだったとか。


 運悪く、その騒ぎが通過した場所に、移動中の総隊長ロイドが居合わせたようだ。彼は止めもせず、ドSな嗜好を満たすべく最後尾の一人を掴まえて、事の始まりから詳しく聞かせろと迫ったりと――つまり現場は、大変カオスだったらしい。


「面白いところを逃したな。すぐに教えてくれれば、俺も向かったというのに」

「陛下に教えるはずがないでしょうッ。仕事中だったあなたに伝えでもして、『思い立ったら即行動』で抜け出されたりしたら、たまりません……」


 アヴェインの感想が聞こえたベルアーノは、「そのおかげで、また胃薬の世話になったんですよ」と言って、じわじわと痛む腹を押さえた。


 どうやら、少し前に大臣への確認書類が滞っていたのは、その騒ぎのせいだったようだ。話を聞くまでは分からなかったのだが、実は会談が進められている中「あの馬鹿(ジーン)はどこに行ったんだッ」とベルアーノは愚痴りながら、急ぎ確認が必要な書類の指示にも入って、大忙しだったのである。


 なんでもない顔をして会談の席に戻ってこられたのは、奇跡なのではなかろうか。ベルアーノは、自分の仕事っぷりを思い返して、よくこなせたなとも考えてしまう。まさか、あの激多忙さが、ジーン達のせいだったとは……。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 ふと、そんな国王陛下の声が聞こえて、ハタと思考を中断した。


「少し無理をして予定を開けてもらって、すまなかったな、ベルアーノ」


 続いてそう声を掛けられたベルアーノは、立ち上がったアヴェインを振り返った。テーブルの上の、半分も手を付けられていないカップの中身を目に留めて、ふっと苦笑をこぼし「いえ、私一人の力ではありませんから」と答える。


 今日の正午過ぎから、昨日に引き続き、第四王子クリストファーと婚約者である侯爵令嬢リリーナの、二人が一緒にいる絵を描かせる作業が行われていた。それを一人の父親として、これから国王陛下が見に行くのだ。


 そばに控えていたメイドが頭を下げて後ろへと下がり、扉の前に立つ騎士が、護衛と案内のため礼を取ってこちらを待った。


 そんな中、ベルアーノはそばに来るアヴェインに向かって、続けて口を開いた。


「本日は、王妃様もご公務と重なって、とても残念がっておりましたからね」

「だからこそ、今日も見に行って、あとで話して聞かせてやろうと思ってな。俺もずっとはいられないが、恐らくはほぼ完成までは見届けられるだろう。何せ、あの老いた絵師は、腕がいい」


 歩き出したアヴェインのそばに並びながら、ベルアーノは「左様ですな」と答えつつも、末の子だからなぁと思った。


 温厚な第一王子は、賢い子で、これといって両親を困らせる事もなく婿入りしていった。第二王子は軍に籍を置いてからというもの、全く手がかからないまま二十歳になり、第三王子ルクシアも幼い頃から大人びたしっかり者だった。


 そんな中で、第四王子クリストファーだけが、年頃の子供らしい様子で両親をよく心配させたりしていた。アヴェイン自身が、一番目の子供が生まれたばかりだった頃の事を懐かしく思い出して、可愛がっている節もある。


 約一時間は取れている。その間はゆっくり過ごせるだろうから、いつもの珈琲を用意するようにと既に伝えてある事を、ベルアーノはチラリと思い返す。


 友人たちと過ごす際にも、アヴェインは彼らと同じように、よく珈琲を飲んだ。いくつもの事を同時に考えている人だから、プライベートな時間を過ごす中でも、ふっと数秒ほど集中して思案する事があり、珈琲を必要とした。


 その際には、テーブルを指先でトントントンと叩く癖で分かる。それで考えや頭の中の整理が付けば、指を止めて、また珈琲を口にするのがいつもの流れだった。


 ミルクは入れずに、仕事中でなければ、ほんの少し砂糖を加える。


 紅茶好きの王族貴族が多い中で、珈琲派のアヴェインの事を考えながら、ベルアーノは共にクリストファー達がいる部屋へと向かった。


             ※※※


 昼食後の午後休憩が終わると、ルクシアは再び続き部屋の研究室へと戻っていった。それを見送った後、マリアはメモ用紙に書き出された毒の名前を確認しながら、分厚い本の説明ページ部分を見付けて付箋を貼っていく、という作業を続けていた。


 助っ人活動も、残り一時間を切ったところだ。前半に来訪者が続いたせいか、まだ一日すら終わっていないというのに、心身が疲労感に包まれている気がする。


 いまだ外では、雨が降り続けており、時間経過の感覚が鈍くなっていた。そのせいか、随分のろのろと進んでいるようにも感じられる。


 その時、またしても訪問を告げるノックの音が上がった。午前中にあった救護班と美少年集団、そして師団長の件がすぐに脳裏に浮かんで、マリアとアーシュは揃って警戒し、咄嗟に勢いよくそちらへ顔を向けていた。


「…………まさか、また個人的な訪問ってやつじゃねぇよな?」

「…………ちょっと予想が付かないわね」


 もう一度、今度は強めにノックがされた。けれど先程と違い、続いて弱々しい声で尋ね掛けがあった。


「あの~、突然すみません。そこに、リリーナ様付きのメイドは、いらっしゃいますでしょうか?」


 それを耳にした瞬間、マリアはガバリと立ち上がって、小走りで扉へと向かっていた。そのまま勢い余って開けてしまうと、傘を差してそこに立っていた若い衛兵の男が、びっくりした様子で見下ろしてきた。


 目が合ってすぐ、彼が「あ、リボンのメイド、本当にいた」と呟いた。来るまでは、半信半疑だったのだというような口調だった。


 マリアは、その顔に見覚えがあった。普段から、第四王子クリストファーの私室前の警備についている男である。そう思い出してすぐ、その男の反応に構わず「あのっ」と声を上げた。


「リリーナ様に何かあったんですか? 緊急事態とか?」

「あれ? なんか君、瞳孔開いてない? ああ、違うんですよ、実はアロー様からちょっとしたご提案があったので、それで呼びにきたと言いますか」


 話し出した男が、途中で思い出した様子でそう言葉を続けた。どうやら、どこかのんびりとした気性の持ち主のようで、愛想の良いきょとんとした笑顔は、子供にも警戒を抱かれない人の良さが滲みでているようだった。


 ああ、だから第四王子のところに配属されたのかな……?


 リリーナの方で、何かしらの問題が発生した訳ではないらしい。そう知って安心したマリアは、婚約の決めてとなったお見合いにて、幼い第四王子が『ちょっと人見知りするところもある』と教えられた事を思い返した。


 それについて考えていると、衛兵の男がこう続けてきた。


「昨日から、クリストファー様とリリーナ様の絵を描いてもらっているのですが、お時間があるのなら、少し見に行かれますか?」


 その提案を聞いた途端、マリアの思考は一瞬止まった。


 空色の目を丸くして、めいいっぱい見開いて男を見上げる。それを見下ろしていた彼が「わぁ、なんだか大きな目だなぁ」と、全く悪意もないまま思ったままを口にしてから、微笑ましげににっこりと笑った。


「小さい君が、殿下の婚約者のメイドとして、日々勉強を頑張っているのは知っています。小さな主人の様子は、もう聞いているとは思いますが、来月に行われる婚約のお披露目に向けて、二日間の予定で、今のお二人の姿絵を描いてもらっておりまして――」


 マリアは、つらつらと続いている男の説明を、ほとんど聞いていなかった。寸法を測ったりといった衣装の準備にも入っている中で、幼い二人の並んだ姿絵を先日から描いているとは、サリーやリリーナ本人からも話を聞いて知っているからだ。


 そもそも、そういった事情については、執事長フォレスから真っ先に指示をもらって先に把握させてもらっている。だから、主人である彼女の置かれている現状について、知らない事はない。


 とはいえ、元々その絵については、お披露目の日に仕上がった物しか見られないと言われていた。リリーナが『クリスとお揃いのふわふわとした感じの、可愛いドレスなのよ』と話してくれたせいで、ますます見たくてたまらないでいたのだ。


 ずっと我慢して、妄想を爆発させた想像の中だけで、どうにか満足していた。だからマリアは、描かれているところを見てもいい、という最高のご褒美のような提案を聞いて、そのめくりめく想像が蘇ってきて止まらなくなった。


 どうしよう嬉しすぎる。そう思ったら「おっふ」と声まで飛び出そうになり、それについては素早く口に手をあてて、女の子らしく塞いで阻止した。


「マジかよ。嬉し過ぎる」

「メイドちゃん、手で塞いでいるけど、その内側にこぼれ出ちゃっていますよ」


 衛兵の男が「そういうところは、僕の妹に似ている気がする」と、場違いなほんわかさを出して、愛想良くそう指摘する。


 作業台前の方の椅子から、その様子を見ていたアーシュがこう言った。


「オイ、ツッコミ所はそこじゃねぇだろ。つかマリア、お前も女なんだから『マジかよ』なんて言うんじゃない」


 彼は二人に対してそう説いたが、どちらも耳にしていなかった。マリアは、続くもやもやも疲労も吹き飛んで、目の前に立つ男を瞬きもせず見上げていた。


「私が見に行ってもいいんですか? 本当に?」

「なんだか、活き活きとしていますね」


 それはそうだ。今日で一番の朗報だからである。


 何せ、朝からジーンに突撃され、救護班に案内された美少年集団の来訪を受けて、勝手にファンクラブまで設立されているという衝撃的な事実を聞かされ、今日一日だけでかなり疲れきっていた。おかげで、かなり癒しが欲しくてたまらない。


 そう思って見つめていると、男がにっこりと笑って「是非行きましょう」と言った。


「勿論いいんですよ、だから、こうして呼びに来たんです。ウォスカー隊長が少し席を外しているので、これはアロー様の独断になるのですが、彼は陛下からそういった判断について許可と権限を与えられているので、問題ありません」


 どうしよう、めちゃくちゃ期待が止まらないんだが。


 心の中でそう呟いたマリアは、頭の中を占める想像に「やべぇ、なんてサプライズ」と手で塞いだ口の中にもこぼしてもいた。そのおかげで、彼が続けてきた丁寧な説明と、後ろの作業台にいたアーシュの声も聞こえていなかった。



「お前さ、せめて目の前にいる奴の話くらいは、ちゃんと聞いてやれよ……」


 アーシュは、呆れたようにそう言った。けれど、数時間前までの精神的な疲労を思うと、本人がすごく喜んでいるみたいだし、ならそれでもいいかと感じた。


「…………まぁ、ひとまずは早めの退出って事か」


 ふっと笑ってそう呟くと、彼女を見送るために立ち上がったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ