十九章 友人と彼と公共食堂と(2)中
さりげなくポルペオと話したマリアは、ルクシアとアーシュの後に続くようにして足を進めた。
用意されている席は三つあり、ルクシアは宰相ベルアーノの向かいに腰を落ち着けた。残った席は、ロイドとジーンの向かい側で、そこにきて今度はアーシュが硬直した。
「総隊長様か大臣様が真向かいとか、どっちも緊張して死ぬかもしれない」
友人たちは、こちらが全員席につくまではと、大人の対応で目を向けないでいてくれていた。テーブルの上には、定食以外の料理が乗った皿が既に何枚か届いていて、アーシュのド緊張を見たグイードとレイモンドが、気を遣ってつまみながら何気なく世間話を開始する。
その時、一体誰が頼んだのか、油の照った大きな鳥の丸焼きが三羽、銀の大皿に盛り付けられて運ばれてきた。持ってきたのは公共食堂の料理長で、剛毛で癖毛混じりの赤茶色の髪を後ろへと撫でつけ、太陽に焼けた肌をした逞しい男である。
彼がこちらを見て、緊張をほぐすように、にこっと笑った。ルクシアは小さく頭を下げたけれど、アーシュは顔面を強張らせた真顔のまま「どうも」と、まるで喧嘩でも売るみたいに言い、テーブルに銀の大皿が置かれる様子を目で追っていた。
「じゃあ、ジーンの向かいにする? 私が真ん中に座ってもいいわよ」
マリアは、アーシュの横顔を覗きこんでそう言った。すると、ニールが「いいよ!」と答えて隣の椅子を叩いてきた。
「そんなに緊張しているって言うんなら、仕方ないけど、お嬢ちゃん用に取っておいたこの席、アーシュ君に譲ってやるぜ!」
「隣が嫌だから、やっぱり俺が真ん中の席に座る」
すかさずアーシュが答えて、ロイドの向かい側の席に腰を降ろした。マリアはニールの隣であり、ジーンの向かいにあたる椅子に座った。
三人が腰かけたのを見届けたロイドが、視線を持ち上げて、落ち着いた切れ長の瞳で真っ直ぐルクシアを見た。愛想といったものは作っていないため、たったそれだけでも近寄りがたい威圧感を与えて、正面から目に留めたアーシュの身体が緊張で強張る。
「ルクシア様、このたびは多忙のところ申し訳ない。急な事続きでご協力頂いたとあって、少しばかりの合同の食事だが、こうして誘わせて頂いた」
「いえ、私は構いませんが……」
「文官のアーシュ・ファイマーも、御苦労だった。引き続き、頼む」
「ぅえ!? あ、はいッ承知しております!」
ピンと背筋を伸ばして、アーシュが焦りつつも力強くそう答えた。
こうしていると、総隊長として上に立つ人間としての余裕も感じられる。マリアはそれを不思議に思ったものの、ふと、席を立った二人の人間の動きに気を奪われて、ロイドからそちらへと目を向けていた。
そこには、つい先程運ばれてきた大きな鳥の丸焼きを、二人がかりで切り分け始めているモルツと宰相ベルアーノの姿があった。
総隊長補佐であるモルツは、相変わらず表情筋のないように思える美麗な顔をしていた。手先は器用で丁寧な男なので、鮮やかな碧眼を細い銀縁眼鏡越しに鳥の丸焼きへ向け、慣れたように作業を進めている。
それに対して、ベルアーノは忌々しそうな険しい表情で、黙々と作業に取りかかっていた。気のせいか、髪型は少し崩れていて疲労感も窺えた。
本来なら、メイドである今の自分がするような作業である。宰相にさせるものでもないだろうと思えて、マリアは「モルツさん」と呼んだ。
「ベルアーノさんにさせなくても……」
「いや、いいんだ、マリア」
宰相ベルアーノが、手元に集中しつつも、先日に『気軽にやりとりしてくれて構わない』と告げた事を実行するように、自然と名前を口にしてそう言った。
「残りの奴らにさせると、そのまま勝手に食い始めるか、テーブルの上をめちゃくちゃにされるという最悪の事態を回避するためにも、私がやらねばならん」
「…………」
「というわけです。私も一人でしますとは提案したのですが、『させてたまるか』と何故か睨まれてしまいました」
モルツが、そこには少しだけ満足している、というような瞳をこちらに向けてそう告げた。ベルアーノが途端に「くそッ」と珍しく悪態を吐いて、片手で胃の辺りを押さえるのが見え、マリアはこの人も苦労してるなぁと思った。
そこにきてようやく、ロイドが挨拶を済ませたのを見計らって、グイードがジーンの隣から首を伸ばして、ルクシア達を見やった。ウェーブに入った柔らかな髪を揺らして、相棒の隣からレイモンドも目を向ける。
「よっ、久しぶり。任務の後には、たらふく食うのがご褒美なんだぜ」
「ルクシア様とは、お初にお目にかかりますね。私は騎馬総帥のレイモンド――」
「ははは、堅苦しい挨拶はなしだぜ、相棒」
「おい。お前は俺の台詞をいちいち遮るなよッ」
途端に落ち着いた上司の顔もぶっ飛ばし、レイモンドが思い出した様子で「というか、さっきの会議でもやってくれやがって!」と、当時と変わらず、堪え性もなく相棒の胸倉を掴んで揺らした。
騎馬総帥の珍しい荒れっぷりを、アーシュが小さく目を見開いて観察していた。同じようにそちらへ目を向けたルクシアが、幼さのある秀麗な眉を顰める斜め向かいで、ジーンが二人に改めてこう教えた。
「まっ、緊張しないで食っていってくれよ。総隊長と宰相と大臣の奢りで、一人もう三品までは追加注文出来るぞ~」
改めて聞くとすげぇ参加者だ……とアーシュが呟いて、右から順に総隊長補佐モルツ、宰相ベルアーノ、総隊長ロイド、大臣ジーン、第一師団長グイード、騎馬総帥レイモンド、の並びになっている席を順に見た。
マリアは、ニールに肩をつつかれていたので、その呟きは聞こえていなかった。愛嬌のある二十歳にしか見えない彼に、笑顔で「ん」と差し出されたのは注文用紙で、その向こうからは、ヴァンレットが背を屈めるようにして顔を覗かせてくる。
「適当に丸記し入れてくれたら、俺が代わりにカウンターまで走って、持っていってやるぜ!」
「出来れば走らない方向でお願いします、ニールさん。皆様もう注文は終わっているのですか?」
「うん。さっき料理長とコック君達が回って、一人一人に訊いてた」
マリアは、その言葉を聞きながらいつものメニューを選び、追加で三つの料理にもチェックを入れた。ルクシアとアーシュが、日で替わる定食の方でいいと言ったので、そちらにも丸記しを入れる。
「追加注文はどうする?」
「おい、マリア、恐ろしい事を訊くなよ。ここの日替わりって、日によって料理の量が数割増しの時もあるんだぞ」
「肉と野菜が半々の割合であるのは嬉しいのですが、量だけがネックですね……他の定食は、どうも肉メインの食事が多い気がします」
一時的に貸し切りの状態となっている中、公共食堂に勤務している男達総出で支度が進められ、早々にテーブルの上には沢山の料理が並んでいった。来た順に自由に食事が開始され、ルクシアとアーシュの前にも、その日替わりの定食が届いた。
二人は何故か、肉と野菜の料理がバランスよく盛られた皿を、しばし数秒ほどじっと眺めていた。
「…………肉が山になってる」
「…………野菜炒めも山になっていますね。いつから大盛りメニューに変わったのでしょうか」
ルクシアが言い、ゆっくりとフォークとナイフを取って、アーシュと共に食事を始めた。彼らは前の方の席や、自身達側の列に並ぶ大皿にデカデカと盛られた『料理長の気まぐれデカ盛り定食』を見ないように心がけた。
自分の『料理長の気まぐれデカ盛り定食』が届いてすぐ、マリアは山盛りになった肉と唐揚げを、口に放り込んでいた。同じようにそれを食べ始めていたニールが、首を伸ばしてこちら越しにルクシアの方を覗きこむ。
「食べられそうにない量だって聞こえたんすけど、ならその肉、ちょっともらっていいっすか?」
「成長期の子供から肉を取るんじゃない」
食事に集中していたマリアは、条件反射のように教育的指導を口にし、椅子から尻を浮かせて、ニールの頭に肘打ちまで落としていた。
彼が「ぐはっ」と頭を屈めて、「なんか知らないけど覚えのある痛みッ」と呻く。それを向かいの席から眺めていたジーンが、おかしそうに笑った。
「ははは、ニールは自分の皿の肉を食ってから言おうな~」
「副隊長ひでぇ!」
「ニールさん、よそ見しているから、ヴァンレットがお肉に視線を送っていますわよ?」
「いやあげないよ!?」
ニールが勢いよくヴァンレットを振り返り、先輩風に「お前は自分のを食べなさいッ」と慌てて注意した。
マリアとジーンは、さっき十五歳のルクシアに同じ事をしようとした彼を、つい横目に留めてしまっていた。それを傍観するルクシアとアーシュは「落ち着かない食事だ……」と、食べるペースがひどく遅かった。
食事が開始されて早々、中央のテーブル席は、半分が静かになっていた。ハイペースに口に食べ物を放り込み続けているのは、マリアとジーンとヴァンレット、そしてお喋りを続けるニールという顔ぶれだけになっていた。
ベルアーノとグイードとレイモンドが、まさか大食いであるジーンと並ぶレベルという、初めて見るマリアの食いっぷりを、呆気に取られた様子で見つめていた。モルツも上品に食事を進めながら、咀嚼しつつも冷静にこう感想を述べる。
「胃袋の体積を考えると、実に不思議です」
それを耳にしながら、アーシュは「ここにも化け物級の胃袋の持ち主がいたのか……」と、ルクシアと共に、三人の男達を順に見ていた。比較的食欲のある騎馬隊の若い男たちも、「あのメイド、過剰な成長期だったりするのか?」と言う。
後ろのテーブルにいたポルペオが、丁寧にナイフとフォークで食事を進めながら、肩越しに顰め面を向ける。その部下達も首を伸ばして「あの席の人達の食いっぷりが半端ない……」と呟き、うっかり手を滑らせて食べ物をこぼしている者もいた。
とうとう、宰相のベルアーノが「うっぷ」と口を押さえた。
「見ているだけで吐きそうだ……。あの小さな身体の、どこに食べ物が消えているんだ? 大盛り定食の後に、小皿の料理まで平らげていくんだぞ? ジーンもヴァンレットも、なんだってあんなバカスカ食えるんだろうな…………」
それを聞きながら、グイードは「よく食うなぁ、まぁ成長期の女の子だし?」と首を捻った。そっちよりも、先程から大変気になっている人物がいたので、深くは考えずレイモンドと揃ってそちらへ目を向ける。
そこには、何故か片手で顔を押さえて、不自然にも視線をそらしているロイドの姿があった。
「……なぁレイモンド、あいつ、一体どうしたんだと思う?」
「……普段からジーン達の食いっぷりを忌々しげに言ってたから、多分それじゃないか?」
賑やかな場に紛れて、ロイドの「くッ、あの食いっぷりをイケメンと感じている自分が、よく分からん……!」という声は誰にも聞こえていなかった。ほぼ同じタイミングで、テーブルに目を向けたニールがこう叫んでもいたからだ。
「ああああああッ、俺が食べようと思ってた串焼きが、キレイになくなってるんだけどおおおおおお!?」
すると、座っていても頭一つ分も高いヴァンレットが、「うむ?」と騒ぐ先輩へと目を向けた。マリアも、記憶に新しい美味しかった肉の串焼きを思い出して、彼に視線を寄越していた。




