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十八章 元黒騎士部隊四人の初任務(6)上

 ハーパーの屋敷の制圧が完了した。

 処分命令が出ていたデクターは死亡、『灰猫団』及び『ストロベリー・ダイナマイト』と『ハニー・キャンディー』のグループも全員降伏し、ニールによって既に拘束されていたメンバーと併せて一階フロアに集められた。


 待機していた第九師団と騎馬隊の班が、予定されている時間よりも早く、法的な拘束権の請求証明書を掲げてハーパーの屋敷に突入した。


 警備隊が寄越されて更に人数が多くなる前に、マリアは血が付いた剣だけ現場に置いて、一旦そこを離れた。場が落ち着くまではやっておく、とニールとヴァンレットを引き連れたジーンに言われて、騒ぎが静まるまで一人で時間を潰すべく、屋敷の裏を進んだ場所にあった開けた原っぱに座っていた。


 返り血は受けていなかったから、軍服のジャケットは着たままだった。ポルペオの方は上手くいったのだろうかと、日中はまだ暖かい秋の穏やかな風を受けながら、ぼんやりと思ったりした。


 森の景色を眺めるマリアの瞳には、先程のような殺気も、凍えるような鋭い冷静な闘気もなかった。頭に付けられた大きなリボンが風に揺れて、彼女の長いダークブラウンの髪もそよぐ。


 どれくらいそうしていただろうか。草を踏む一組の足音が聞こえて、マリアはスカートを押さえて膝を抱えて座り込んだまま、肩越しに目を向けた。


 てっきり、ニールかヴァンレットを想像していたのに、そこにロイドの姿があって驚いた。こちらにやってきた彼は、腰の剣を取ってそばに置くと、隣に座ってきた。戦闘後だというのに、ほのかに清潔感ある香水と石鹸の香りが鼻先を掠める。


 目を見開いて見つめていると、ようやくロイドが視線を合わせてきた。


「なんだ、俺が隣に座っちゃいけないのか?」

「いけなくは、ないですけど……」


 そっと秀麗な眉が顰められたのを見て、マリアは感情が全部顔に出ていたらしいと察し、口の中でもごもごと答えた。再会してから、こうして一緒にゆっくり腰を落ち着ける事もなかったから、どうにも慣れない。


 視線をそらして黙りこんだ後、ロイドはチラリと彼女の横顔を見下ろした。


「…………この前は、悪かった」

「突然なんですか?」

「………………一回目の報告を聞いた時の事だ」


 マリア、ちょっとだけ罰が悪そうに視線をそらしたロイドの、美麗な横顔をまじまじと見てしまった。まさか性悪ゲス野郎の、破壊神でしかなかった元少年師団長に謝られるなんて思ってもいなかったから、あまりにも意外すぎて、自分の耳と目がおかしくなったのだろうかと疑ってしまった。


 ロイドのこんな表情を見るのは初めてだ。不思議とどこか青年じみても見えて、少年だった頃の面影が重なった。自分なりに反省しているのだと、彼は不貞腐れるようにして、美麗な顔をむっつりと顰めている。


 そうか、自分は謝られているのか……


 そう頭の整理が追い付いたところで、ふと、確認しておかなければならない疑問が脳裏を過ぎった。マリアは訝って、彼の横顔を目に留め続けながら「あの、総隊長様?」と慎重に声をかけた。


「確か、記憶が飛んだのでしたわよね?」

「悪いが頭突きなんてされたかも俺には分からないし、微塵にも覚えていない」


 間髪入れず、ロイドは横顔を向けたまま真顔でそう答えた。


 マリアは、ひとまず彼の記憶を飛ばす事には成功したようだ、と分かって安心した。十六年経って大人になったのは、外見だけの話ではないのだろう。ほんの少し精神的にも大人になって、丸くなっている部分もあるらしいとも感じた。


 それに、どうやら渾身で放ったあの時の頭突きは、意識が戻った後も彼を苦しめるくらいには相当痛かったらしい。ぼんやりとそれを思いながら、「謝罪を受け入れます」と小さく口にした。


「………完全に怒りが収まるまで、もう少し時間がかかるでしょうけれど」


 そう続けて、視線を前に戻した。内容を覚えてもいない癖に、ロイドは珍しくつっかかってくるような事も言ってこなかった。


 しばらく風の音を聞いていた。屋敷の方で続いているはずの騒がしさも、木々で遮られてしまっているこちらまでは、不思議と響いてこないでいる。近くの木の葉の影から、鳥が呑気に鳴く声が耳に入るばかりだ。


 風がやや強めに吹き抜けて、二人が座っている柔らかな草を撫でていった。肩先にこぼれ落ちた長い髪が、ふわりとした様子を横目に留めたロイドは、マリアの横顔を見下ろし、少し屈むようにして覗きこみ「なぁ」と声をかけた。


「少し話さないか」

「特に話題の持ち合わせはないのですけれど。というか、これ以上顔を近づけて屈んでこないでくださいまし」


 こいつ、こっちが小さい事に対する嫌がらせか?


 先程、少し会話したおかげもあって、緊張感が薄れていたマリアは、相手が総隊長のロイドだという気遣いもなく、肘で押し返していた。当時の少年師団長だった頃の彼と、半分くらい重なってくれていたせいでもある。


「俺は、お前と話がしたい」

 

 続けて尋ね直されて、マリアは「は」と呆気に取られた。ロイドの深く濃い紺色の瞳は、普段の上から命令するような強さは宿しておらず、まるで対等な位置からお願いするような印象があった。そこには、またしても少年だった頃の面影が残されている気がする。


 よくは分からないけれど、今の彼は、ほんの少しだけ素直な気がする。


 プライドや仕事の立場といった、全てを取っ払った自然な状態でいるというか。珍しくも、肩から力を抜いて接しようとしている感じが伝わってきて、マリアは訝しげに首を捻った。


 オブライト時代にも仕事以外に深い交流はあまりなく、彼のプライベートは知らないでいるから、それが大人であるロイド特有の落ち着きなのかも判断出来ないでいた。そもそも、どうしてこいつは、隣に座っているんだろうか?


 マリアは分からなくなって、つい顔を少し顰めてしまった。


「だから、なんでお話なんてしたいんですか?」


 そう尋ねてみると、彼が真っ直ぐこちらを見つめたまま、秀麗な眉さえ寄せずに、どこか子供みたいにこう言ってきた。


「いつまで経っても、俺だけが『総隊長』と呼ばれたくない」

「…………、は?」


 こいつ、今、なんて言ったんだ?


 聞き間違いでなければ、『総隊長呼び』の現状が気に食わない、というような事を言われた気がする。つまりは、名前を呼べと言う事だろうか。というかメイドに対して、それはかなり無理がある要求のような――つか、なんで? 


 頭の中が疑問でいっぱいになる。思わず呆気に取られて見つめ返していたら、まるで話を促すように、普段は何をしているのか、とロイドに尋ねられた。


「メイドとして仕事をしているのですけれど」


 マリアは、怪訝に思いつつも答えた。すると続けて彼は、戦闘使用人になったのはいつなんだ、と問いかけてくる。


 他に用件はなくて、本当に、ただ雑談がしたいだけであるらしい。


 変な奴だなと思いながら、マリアはチラリと後ろに目をやった。先程屋敷で別れた際、一緒に地下まで確認して現場の引き継ぎが終わったら迎えにくる、とジーンは言っていたが、まだ戻ってくる様子はなさそうだった。


 いつもみたいに暴れているわけでもないし、理不尽にドSを向けられているわけでもないから、こちらとしても『いつまで隣に座っているんですか』と、ロイドをつっぱねるような強い理由はない状態だ。


 マリアは、オブライトとして彼と出会った頃の、あの幼かった当時の憎めない姿を思い返して、小さく息を吐いた。そもそも、元々ロイド・ファウストという人間は、少年時代から言い出したら聞かないところもある人間なのだ。


 ならば仕方ないが少し付き合うか、と考えて、青い空に目を向けた。


 今日も、とても良い天気だ。王都は本当に、雨の日が少ない。


 マリアは暇な時間を潰すように、物心付いた頃から独りで、親や家族はいなくて、とある件があってアーバンド侯爵に拾われた事を簡単に話し聞かせた。そして、屋敷の使用人仲間たちは皆優しくて、血の繋がりのない家族みたいなところがあって、毎日が賑やかで楽しい事……



 拾われた頃をぼんやりと振り返った際、こっちへいらっしゃいな、と、マーガレットがいつも抱き締めていてくれた事を思い出した。カレンが、まるで手間のかかる妹みたいに構ってくれて、そうしているうちに髪を触られるのも平気になって、リボンも身に馴染んだのだ。


 料理長ガスパーは、いつも裏口で煙草を吹かしていて、たまに前世の記憶と感情を夢に見て、らしくなく眠れないでいると、月を眺めながら夜更かしのように話をしてくれた。俺の国では、三人の女神様のうちの一人の名前の短縮名が『マリア』なんだぜ……そう言っていた。


 煙草を挟んでいたガスパーの手の指には、彼が大事にしている古い結婚指輪があった。そんな事を教えてくれていた時、それが月明かりに反射するのを、眺めていたのを覚えているけれど、話の内容はあまり記憶に残っていない。


 夜勤のマークが、そこに途中参加したりして、三人で座り込んでなんでもない事を喋ったりもした。それは、今でも変わっていない事だ。



 マークとギースの三人でよく修行させられて、揃って執事長フォレスの拳骨から本気で逃げていたら、廊下でぶつかりそうになったマシューが、出来の悪い妹を助け出すみたいに抱き上げて「どうしたんですか」と尋ねるのも普段からあった。気配を殺すのも、瞬時の移動にも長けていた彼には、多く世話になったような気がする。

 家族ってこんな感じなのかな、と幼い身で思ってしまうたび、オブライトであった頃の友人たちや、部下たちとの賑やかさが思い出された。


 もう終わった事じゃないか、今の『マリア』としての人生には関係のない話であるのだと……だから、そう割り切ってなかった事にするなんて、出来なかった。


 到底、忘れられるはずもなかった。



 いつの間にか、マリアは口を閉じて空を眺めていた。語れるはずもないのだと、必要のない自分の問題まで思い出してしまったせいで、唇が重くて開けないでいる事に遅れて気付き、この沈黙をどうしたものか、と森の緑に視線を落とした。


 すると、唐突に隣から「俺は」と切り出す声が聞こえて、マリアはそちらにゆっくりと目を向けた。ずっとこちらを見ていたのか、ロイドが視線をそらすように前へと流し向けて、珍しく自分の話をするように淡々と口を開いた。

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