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十八章 元黒騎士部隊四人の初任務(5)下

 屋敷のフロアに既に集まり掛けていた若者たち、そして、駆け付けようとして階段や二階の廊下で硬直する若い男たちは、ほぼ全員が二十代前半だった。


 口許を隠すように黒い布地で覆っている青年たちと、シルバーの飾りがついたお揃いの黒い革のジャケットの青年たちは、恐らく傘下の『ストロベリー・ダイナマイト』と『ハニー・キャンディー』だろうか。


 ざっと見たところ、下町のチンピラ風に着崩した、不揃いな私服姿の青年たちの数が圧倒的に多くも感じたので、彼らが大人数であるという『灰猫団』なのかもしれない。


 互いの一時の停止状態は、ロイドが剣を構えて一気に動き出した事で解けた。


 銃を持っていた青年たちが、弾かれたように発砲を開始した。サーベルや剣器、鈍器や大斧を持った若い男たちが、突入してきた軍人に恐怖しつつ「潰せ!」と声を上げて襲いかかる。


 ロイドは、向かってくる青年たちには用がないと言わんばかりに、攻撃を避けて適当に打ち返して駆けていた。その鋭い眼差しは、真っ直ぐ二階に続く階段に向けられている。


「チクショーさせるかッ」


 事前に打ち合わせしていた通り、大将を狙うべく、マリアもすぐ動き出した。目の前に飛び出してきた二人の黒革ジャケットの青年たちを、落ち着いた鋭い眼差しで見据えて、剣を片手に持ち直す。


「邪魔だ、どけ」


 マリアは、冷静な呟きを口の中に落とした直後、剣を外側に振るって峰打ちで彼らを払い飛ばしていた。彼女が飛び出した直後、その後ろに続いたジーンが銃弾を剣で弾き、通りがてら左腕を伸ばして、一人の青年の首に引っかけ「ふんっ」と勢いのまま宙に放り投げる。


 続いてヴァンレットが、大きな身体で砲弾のように青年たちの中に突っ込み、身体だけで数人を吹き飛ばすと、剣の刃が潰れた部分を大きく振り回して周囲の人間を打ち払った。彼に付いていったニールが、青年が降り降ろしたサーベルの刃を剣で受け止めて、「ちょいとゴメンよ、――あんた、邪魔」と冷やかな目で言って、腹部を足で押して蹴り飛ばした。


 疾走を続けるロイドが「構えが遅い」と口にして、近くで青年が構えたライフルの銃口を剣で斬り落として通過した。衝撃もなく、さっくりとキレイに斬られた場所に目を凝らす彼の前を、続いてマリアとジーンも通り過ぎた。


「銃器よりも、刃物が圧倒的に多いか。つか、ロイドも仕事が早ぇなぁ」

「阿呆! 感心してる場合かっ」

「うん、狙いはおんなじなんだなってのは分かってる。ざっと見たところ、一階の方が数が多い。多分、普段は見張り役以外は、下に待機所があるんだろうな」


 というわけで、とジーンはマリアに視線を戻して言葉を続けた。


「親友よ、俺は『ちょっと数を減らして』くる。周りの邪魔なのはどかすから、そのまま一直線にロイドに追い付け」

「了解。後ろは任せた」


 向こうに見える階段から発砲された銃弾を避けて、マリアは風の抵抗を殺すように剣を下げると、一気に加速した。若者たちの攻撃を相手にせず、反射的に僅かな動作で全てかわす後ろで、ジーンが唐突にピタリと足を止めて重心を落とし、肩に剣を置くようにして我流に構えた。


 その一瞬後、ジーンは身体を回転させるように俊敏に動き、物の数秒で数人の青年たちを吹き飛ばしていた。


 副隊長不在の状態だった頃の黒騎士部隊を率いた『先代隊長』にして、後に【最強の黒騎士オブライト】の右腕の相棒として、頭脳と戦力をもっとも貢献した副隊長である彼の鋭い眼差しを見た若者たちが、受けた殺気に呑まれて一瞬動きを止める。


「戦場も知らねぇガキが、いきがって刃物を振り回してんじゃねぇよ」


 武器が泣くぞ、どんな物も使いこなした俺の親友は『そんな拙い使い方』は絶対にしなかった……独り言のように続けたジーンは、剣を下から構えると「すまんが、今回は手加減できない」と、にこりともしない顔で前方に踏み込んだ。

 


 剣の刃が潰された部分で打たれるだけだというのに、ひどい時は、骨が折れない絶妙な威力で壁に叩きつけられる。拳や蹴りは、筋肉越しに内臓に打ちこまれると、胃液を吐き出してしまうほどに強烈だ。


 屋敷の一階中央まで進んで陣取った大男ヴァンレットと、メイン・フロアの階段近くにいる痩せ型長身のジーンによって、片腕一本で、まるで砂袋のように人間が宙へ放り投げられる異様な光景に、屋敷にいる若い用心棒たちは、「なんだよ、こいつら」と慄いた。ニールも俊敏に動き回り、一気に戦場と化した騒ぎの中で、それでも一方的にやられてたまるかと、若い用心棒たちは武器を構えて対峙する。



 マリアは走りながら、片手で剣をくるりと回して逆手に持つと、二階の階段上からの狙撃をかわしつつ、斧を向けてきた青年の脇腹を柄部分でしたたかに打った。飛び上がりざまにステップを付けて蹴り飛ばし、続けて蹴り技を放って三人の若い男たちを踏み台に跳躍した。


 スカートから覗いた白い太腿が、階段前に回り込んだ口許を隠した青年たちの頭上を通過する。マリアが飛び越えた数人目掛けて、ジーンが砲弾のように放った人間が直撃していた。


 その直後、追い付いたマリアは「よっしゃ!」と腹の底から声を上げて、ロイドとほぼ同時に屋敷の階段に踏み込んでいた。


 そのまま追い抜こうと計画していたものの、二階から降りてきた用心棒組が予想以上に階段に集まっており、進行を妨げて邪魔していた。どちらかが前に飛び出る事も出来ないまま、二人は同じ位置に並んで、右側をマリアが、左側をロイドが相手にする形で剣を振るい、二階を目指しながら峰打ちで彼らを吹き飛ばした。


「というかッ、なんで総隊長様もこっちに向かうんですか!?」


 鈍器を持った青年を、手すりから階下に蹴り飛ばしたマリアは、また数段登り進めながら、隣を走る忌々しいドS野郎の涼しげな美貌を睨みつけた。


 わざわざ相手にするまでもない、と力技できた青年を足で軽く引っ掛けて、あっさり階段から退場させたロイドが、特に疲労も見えない顔でしれっとこう言った。


「トップを仕留めるためだ、それ以外の雑魚は興味がない」

「それ私の役目だから!」


 こいつとの臨時任務でうまくいった試しがない、共闘なんてほぼなかったようなものだ。そう思い返したマリアは、「くそッ、なかなか思うように進まないな!」と口の中にこぼした。


 その時、右側の上段から大柄な男が飛び出してきて、ハンマーを小さなマリア目掛けて振り降ろした。そこに目を走らせたロイドが、自身の前方に注意も払わず、間髪入れず突きの構えを取って、器用にも相手の鉄製の胸あてに剣先をあてて吹き飛ばす。


 その間、正面からロイドに迫った青年の腹を、マリアは同じく剣を突き出して、剣先をベルトの金具部分にあててしたたかに打っていた。崩れ落ちる彼を、上を目指して駆けるロイドが、ついでとばかりに階下へ蹴り落とした。

 


 二人の攻撃の呼吸の息は、ほぼピッタリだった。互いが合わないと思っているだけで、当時の『少年師団長』と『黒騎士』もまた、他の友人たちと同様に、互いの動きを理解して動いていた。


 自覚がないのは当人ばかりだ。雑魚を受け持つため、続いて階段に突入して加勢に入ったジーンが、その様子を見て苦笑を浮かべる。一階の奥からは乱闘の騒ぎが響いて来ていて、ヴァンレットとニールが圧倒的に優勢に立っている気配が伝わっていた。

 


 マリアは、ようやく長い階段を登りきって二階に辿り着いた。正面には広々としたフロアが広がっており、左右に廊下が伸びいていて、そこは階段以上に用心棒が集中していた。


 贅沢なほどの敷地を持ったフロアの、扉が設けられていない続き部屋から、新しい武器を持ち出したメンバー達が、情報を共有するように叫び合い「一階の連中は何をしてるんだ!」と怒号し、手で『どんどん行け』と指示する者もいた。


 手近な距離にいた若者を数人、剣の一振りで弾き飛ばしたロイドが、秀麗な眉をそっと顰めた。ぐるりと身体を回転させたマリアが、剣を片手に次々に青年たちを体術戦込みで叩きのめす隣で、左廊下から突っ込んできた屈強な若者を、目も向けず左手の甲で打って階下に落として口を開く。


「うじゃうじゃとしつこいガキ共だ。慣れ合いは好まないところだが、ここは一旦は共闘といったところか」

「仕方ないですわね。途中までならご一緒してさしあげますわよ、総隊長様。その代わり、大将は私がもらいます」


 頭に血が昇ってもいたマリアは、視線を返さないまま、少年のようにニッと口角を持ち上げて、もう一人の青年に踵落としを決めていた。


 比較的、体格の大きな用心棒ばかりに的を絞りだしていたロイドが、相手にして剣を振るいながら、面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。


「そんな気もない癖に、よく言う」

「総隊長様だって、隙あらば私を追い抜こうとしているではありませんか」


 文句を言いあった直後、互いに少し眉を寄せて黙りこんだ。気に入らなくて覚えた小さな鬱憤をぶつけるように、左右に伸びる廊下の中央で用心棒たちを叩きのめす。


 二人は『灰猫団』のボスであるデクターが、廊下の右と左、どちらにいるのかと進行方向を考えて待ってもいた。力で押さえ付けるタイプの人間だと仮定すると、殺し屋としての自分の戦力を見せつける手段は取るだろうし、これだけ騒いでいれば必ず本人が出てくるはずだ。


「まさか『既に何かしら考えて指示を出している』わけじゃないわよね?」


 マリアは、チラリとロイドを見た。彼が横顔を向けたまま、落ち着いた表情で「突入して数分、統率も取れていないこの状況で、それはない」とぴしゃりと言ってのけた。


「そもそもデクターは、すぐに作戦を練れるほどの頭脳は持っていない。フリーの殺し屋だった頃の調査によると、状況把握や処理能力も低めだ」


 その時、「一人ずつバラバラに行くなッ、見て分かるだろう相手はプロだぞ! 考えて数人でやるんだ!」と高めの男の声が上がった。青年たちが戸惑うように動きを鈍くし、そちらに目を向ける。


 そこには、柑橘色の逆立った目立つ頭をした、男性にしては肩幅の狭いやや華奢な青年が立っていた。手には、片刃に牙のような形で加工を施された剣を持っており、彼もまた着崩した私服姿である。


 全員が一時的に動きを止めたのを見て、マリアとロイドは察した様子で視線を絡めた。若者メンバーの中では比較的小さいながらも、仲間たちの信頼を集めているらしいその青年が、少し歩み寄って、苦々しく顔を歪めて強がるように笑んだ。


「あんたら、化け物かよ。デクターさん並みの人間なんて、初めて見たぜ」


 生憎、こっちは踏んだ場数が違う。本物の戦場を知らないガキに、負ける訳がないだろう。


 突入してからここに至るまで、銃撃の他は、殺傷率の低い不慣れなで力任せな、ただの暴力だった。一般的な傭兵レベルの技量には届いておらず、本物の暗殺者や軍人相手ではひとたまりもないだろう。マリアは呆れて、心の中でそう呟いた。


「捜す手間が省けたな。お前が『灰猫団』のリーダー、『キャット・ジュニア』か」


 ロイドが言うそばで、マリアと彼は一旦攻撃姿勢を解除し、身にしみついた癖で血を払うように剣を振って下げていた。


 柑橘色の頭をした青年――通称キャット・ジュニアが、素早く目を走らせて、床に転がって痛みに呻く仲間の様子を確認する。誰もが意識は残っており、裂傷痕は一つもない。


「俺たちが求めるのは降伏だ。従わない場合は、強行手段をとらせてもらう」


 今のところ死傷者は出していないが、場合によっては、それもありうると匂わせる発言だった。


 ロイドの迷いのない、冷酷にも感じる読めない目を見たキャット・ジュニアが、喉仏を上下させる。しかし、これまで叩きのめした青年より果敢で、それでいて自分で考える知的さが滲むその明るい茶色の瞳から、闘気の光が消える事はなかった。


「…………軍警察かなんかは知らねぇけど、ヤだね。俺らだって殺しくらいやってきた。あんたらにだって、容赦しない」


 マリアとロイドは、相手の回答や次の行動は予想済みだったので、特に驚いた表情もせずキャット・ジュニアを見つめ返していた。圧倒的な力差を見せない限り、こういった人間が降伏しないだろう事は知っている。


 とはいえ、彼は大人数という大きなグループ『灰猫団』のリーダーで、仲間を案じている様子でもある。どうやら冷静に考える余裕は持っているようでもあるので、大将を『仕留めれば』、恐らくは嫌でも止まるのだろう。


 キャット・ジュニアが、左手を挙げて「数人掛かりだ! 隙を作って攻撃をしかけろ!」と号令をかけた。その瞬間、動きを止めていた青年たちが、先程よりも威勢よく動き出した。


 振り降ろされる剣器を刃で受け止めたマリアは、ふと、廊下の左奥に現れた大きな人影に気付いた。


 こちらに向かって走って来る青年たちの後ろを、裸体の上半身に黒い革のベルトの防具を付けた長身の大男が、自身の力を疑わないような歩調で、ゆっくり堂々と歩みを進めていた。


 その丸太のように太い筋肉質な右手には、これまた超重量級の大きな剣が握られていて、威圧するように肩にトントンとあててリズムを刻んでいる。


 四人の青年をまとめて凪ぎ払ったロイドが、深い紺色の瞳を流し向けて、マリアと同じ方向を確認した。


「ヴァンレットよりデカいな。頭一つ分は上、といったところか」

「ついでに言うなら、肩幅もですかね。鳥の丸焼きより厚そうです」

「ふん。増強剤でも打って、骨格を『いじって改造』しているんだろう」


 目を寄越される事はなかったが、そのロイドの返し言葉の中には、戦闘メイドであると知って殺せる確率もあるだろうと踏まえたうえで『相手はあの屈強さだが、それでもヤれるのか』、という意思確認が含まれていた。


 マリアは柄を持つ角度を少し変えると、両手でしっかりと握りしめて、剣を下から振るい上げるようにして、二人の若者が向けてきた剣の刃を斬り折った。男性の身体であった頃なら片手でいけたなと、なんとなく思い出して比べてしまう。


「総隊長様、私は『アーバンド侯爵家』のメイドです。不可能はありませんわ」


 奴が気に食わないと思っていようが、当初の予定通り先に大将を片付ける。


 文句を言わせないと決めて、マリアは襲いかかってきた邪魔な若者を蹴り飛ばして道を開いた。先頭を切って前に一気に踏み込む気配を察知し、ロイドは、ほんの数秒ほど思案気に視線をそらし――


「――分かった、行け。負けそうになったら笑い飛ばしたうえで、お前には見学回ってもらうとしよう」


 マリアは、せっかく開けた場を走り抜ける事も忘れて、思わずロイドを振り返ってしまっていた。


 珍しい提案だった。数少なかったロイド少年との任務を思い返す限り、このように計画内容を汲んで、自ら一歩引くというのは一度も見せなかった。それなのに、今、こちらを見ない大人の彼の横顔は、とても冷静で落ち着いている。



 十六年経って、大人になった。

 本当に、それは変えようのない事実で……。


 大人になった彼と、背中を預けて戦えたのなら、頼もしかっただろうに。

 


 そんな独白の直後、脳裏に浮かんだのはオブライトである自分と、大人になった今の彼が、共に肩を並べて立ち、国王陛下アヴェインの剣として一緒に国を守る姿だった。


 オブライトであった頃の自分は、もういない。だから、ふと過ぎった想像は、有り得るはずもない絶対に叶わない光景だ。どうしてそんな事を想像してしまったのか、マリアは訳も分からずツキリと鈍く痛む胸を見下ろした。


 こんな時に、妙な想像が浮かんだものだ。


 あの性悪師団長は、自分(オブライト)を目の敵にしていたから、たとえ過去が違っていたとしても起こり得るはずがないのに……。


 そう思ったマリアは、今は必要のないそれを振り払うように剣を握り締めた。それから、ざっと顔を上げて、自分らしい不敵な笑みを浮かべる。


「私、こう見えても負け知らずなんですのよ、総隊長様」


 二人はほぼ同時に、互いを狙った用心棒を剣先で吹き飛ばした。ロイドが僅かに膝を屈め、その剣を大きく振るって一瞬にして三人の青年たちに峰打ちを決めた時、マリアはその攻撃から外れるように高く跳躍していた。


 その刹那、マリアは空中でロイドの小さな指示を聞いた。


「先に言っておく。怪我でもしたら許さん。俺は軍のトップで総隊長、貴様らは全員揃って俺の部下だ」


 自分の部下には、怪我をさせるような命令を出す人間ではない。


 そう伝えるような台詞を聞いて、マリアは小さな唇に、勝気な少年のような笑みをニヤリと刻んだ。そこもまた、一人で突っ走っていた少年師団長時代に比べると、随分成長した頼もしい発言である。


 なら、ますます負けてやれんな。


「承知した、ロイド総隊長。一気に仕留めてくる」


 素の口調でそう答えて、マリアは凶暴な風のように廊下を駆けた。走りながら、剣の刃を潰した部分で通路を遮る青年たちを打ち、振り降ろされる武器の根元を斬り、銃弾を剣の表面で弾く。そして、デカい図体でこちらに向かってくるデクターと、物の数秒で間合いを詰めた。


 突然標的にされた事に驚いたのか、眼前に飛び出してきたのが、メイド服に軍服のジャケット姿の少女だったからなのかは知らない。見事に剃られた頭部を僅かに後ろへ引いた大男デクターが、足を止めて僅かに判断を鈍らせるように、その一重の小さな目を見開いたのを、マリアは目に留めていた。


 一瞬遅れで、デクターが大剣を握る手に力を込めた。馬鹿にされたと逆上したのか、驚きを残しつつも顔を赤らめて「たかが小娘だとッ、ふざけるな!」と凶暴な風音を起こして武器を振り降ろした。


 マリアは彼の目の前にくる直前、軍仕様のブーツで床をきゅっと踏み締め、一気に身体の進行を止めて、バックステップしていた。


 少女の背丈ほどもある巨大な剣が、その重量と威力のまま、マリアが到着するはずだった地点の床を踏み抜いた。その速さにデクターが目を剥き、通常の人間では出しえない速度で大剣を構え直して、今度は胴体を切断するように振るった。


 続いて身体を屈めたマリアの頭上を、風を斬るうなりを上げて刃が通過した。その直後、またしても驚異的な速さでデクターが大剣を構え直し、振るいきった位置から再び攻撃を放つのを見て、ひらりと跳躍して宙返りし、背中をそらせて避けた。


 身体が浮いた一瞬、彼女の空色の瞳が、敵の位置と大剣の刃の向きを捉えた。


 ふわりと長い髪を踊らせ、上までめくれたスカートから白い太腿が覗くのも構わず、マリアは廊下の壁を蹴り上げると、更に高い天井近くまで飛んだ。


「お前よりもモルツの剣の方が断然速いし、ロイドの方が威力も重いし、そもそも動きに無駄が多すぎる。すなわち隙だらけだ」


 少女の身で力負けするのなら、勢いをつけてで圧すまでだ。


 マリアは空中にいる状態で、剣を大きくぐるりと回して、剣士らしくない雑な構えを取った。落下に合わせて身体を前方に回転させてスピードを付けると、デクターへ一直線向かいながら、剣を大きくもう一回りさせ、剣自体の重さも使って加速する。


 威力を増させて、直前に両手で握りしめて一気に向かった。その次の瞬間には、ドッと重く鈍い斬撃音が上がっていて、近くにいた青年が「ひぃっ」と呻くような悲鳴をこぼして尻餅をついていた。


 頭部を一瞬にして切断された大きな遺体が、血飛沫を上げて崩れ落ちる。吹き飛んだ首が最後に転がり落ちるのを見て、恐怖に呑まれた他の用心棒たちも目を剥き、ロイドと刃を交えていたキャット・ジュニアを筆頭に、完全に動きを止めた。


 床に着地したマリアは、剣についた血を振るって落とした。


 一階から騒動の声が響いてくる中、若者たちはゴクリと唾を飲み込んだ。奴らは自分たちを『いつでも殺す事が出来るのだ』と、その現実と実力差に戦意が根元から折れたのを、マリアも漂う沈黙から分かっていたから、剣を下げたままでいた。


 階段の上部まで来ていたジーンが、場が静まったと気付いて顔を覗かせた。状況を察すると、ロイドが任せたとでも言うように剣を鞘に戻したのを見て、陽気な笑顔を浮かべて口を開いた。


「さて、こんな状況下だが――若造共、まだ続けるか?」


 ゆらりと立つ美貌の漆黒色の軍服の男と、階段でたった一人、応援に駆け付ける仲間を阻止して素手で掴んで簡単に放り投げてもいた痩せた長身男。強靭な筋肉を持ったデクターの太い首を、一瞬で切断した黒が目立つスカートの少女――階下には、他にも暴れ続けている軍人メンバーがいるのだ。


 血の気を引かせたキャット・ジュニアの手から、剣が落ちて床に転がった。



「ま、まいった」



 彼は降伏するように、胸の前で小さく両手を上げた。命を取られては終わりだと悟った仲間たちも、次々に武器を捨てて膝を落とし、震える手を頭の後ろにおいて完全降伏の姿勢を取った。

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