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十八章 元黒騎士部隊四人の初任務(4)

 王宮から出てしばらく歩いたマリア達は、一度、王都内だけを走る移動用の乗合馬車に乗った。そこから中心地を離れて数十分、貿易商の多い区にて下車し、朝なので人の姿がまだまばらだというその町の中を、ジーンに案内されて少し奥へと進んだ。


 辿り着いたのは、砂地で固められて広々とした敷地を持つ、王都第二十二号区の停車場だった。


 そこには、商人馬車を装った頑丈な装甲を持った、騎士団が用意した荷馬車が停まっていた。御者に扮していたのは、ザベラの町の担当になった、騎馬隊の班のメンバーの一人である。


 若い彼は軍人式の敬礼をすると、自分は騎馬隊から臨時第一班として命令を受け、班長であるエヴァンスの指揮のもとにいるトリスであると名乗った。軍人として無駄なく挨拶したところで、不意にキリリとした表情に困惑の色を浮かべた。


「あの、お話では『四人』だと伺っていたのですが、そのぉ……」


 トリスは言葉が続かない様子で、ジーンに対応を求めるように、ぎこちなくある方向へと目を向けた。


 商品用の荷台という印象を強め、同時にカモフラージュするため、上から日除けの布地が被された馬車の後ろに寄りかかるようにして、濃い茶色のローブに身を包んだ人間が一人立っていた。


 質のいい厚地のローブにあるフードまで深々と被っているせいで、顔は確認出来ない。身長はかなり高く、すらりとして体格からすると男性である。腕を組んでいる白い手は、指も長くしっかりとしていた。


 ローブの謎の男は、一同の視線を集めても動く様子がなかった。無駄な質問は一切受け付けないと言わんばかりに、こちらさえ見ず横の姿を向けて沈黙しているだけなのに、そこから禍々しいオーラが発せられている。


 マリアは、威力のある殺気立った空気に既視感を覚えて、そこから目が離せないまま「ジーン?」と確認するように口を開いていた。


「このローブ男、どこかで覚えのある空気というか……」

「ははは、まぁ俺が『扉を突破するための策』で用意した助っ人だから、警戒しなくてもいいぜ?」


 ジーンは簡単にだけ答えると、すぐトリスに向かって「大丈夫だいじょーぶ、急きょ一人増える事になったんだわ」と笑顔で続けた。若い彼は戸惑いつつも了解の意を返し、この後の予定について確認を取る彼に促されるまま、共に御者席の方に向かった。


 動物的な勘か察知能力でも働いたのか、ニールから手を離されたヴァンレットが、ローブ男を見つめたまま少しだけ近寄り「うむ?」と、ゆっくり首を右に(かたむ)けた。その途端に、謎の男がまとう暗黒級の空気が、更に重みを増して濃くなった。


 今以上に殺気が増すのかよ。というか、頼むから刺激するんじゃないぞ。


 マリアは、ヴァンレットが彼に歩み寄る気配を出すんじゃないかと、つい心配になって動向を見守ってしまった。


 助っ人だとジーンは言っていたけれど、謎の男は大道具を抱えている様子さえないし、屋敷の頑丈な鉄の扉を、一人でどうするつもりなのだろうか?


 謎の男は視線さえ返さない中で、なんだか『近寄るんじゃないぞ』と、ヴァンレットと一方的に静かな睨み合いでも繰り広げているようでもあった。相手をするつもりはないらしいと感じて、マリアはひとまずは警戒を解いて、ジーンが戻ってくるのを待つ事にした。


「というかさ、遅れて気付いたんだけど。お嬢ちゃん、この格好のまんまで行くの?」

「何か問題でも?」


 唐突にニールが質問してきて、マリアは少し後ろにいた彼を振り返った。


 一体なんだと思って少し顔を顰めて見せたら、ニールが「だってさ」と続けて、コテリと首を傾げた。


「お嬢ちゃんってめちゃくちゃ凶暴だし、暴れるならズボンの方が良かったんじゃないかと思って。つか考えたら胸ないし、ズボンだったらまんま男の子みたくなっちゃうから、そっちの方が自然なような気もしてきて面白――」


 マリアは「ニールさん」と強めに声を上げて、思ったままつらつらと言葉を続けていた彼の話を遮った。あざとい角度で首を傾げて、にっこりと可愛らしい笑顔を作る。しかし、その目は笑っていなかった。


「おほほほほ、これはメイドとしての私の『仕事着』ですわ、なのでスカートだろうと問題ございません。――それから、誰が板みたいなド貧乳ですって?」

「俺、そこまで言ってないよ? お嬢ちゃんって見た目十三歳くらいなのにさ、肉つきなんてそれ以下だし、ジャケットでペッタンこになっちゃうくらいにないから、この軍服の一番小さいサイズなら、完璧な男装になるねって話で――って痛い! ついでにまたしても痛いッ、というか首がピンポイントで締まるんだけどぉぉおおおお!?」


 バックステップから回転を利かせて、ニールの背中を蹴ったマリアは、彼を地面に伏せさせたうえで、その背中に乗って首を締め上げていた。ヴァンレットがようやく身動きして、騒がしくなったそちらにきょとんとして目を向ける。


 行動とその段取りを確認させ、それを既に現地入りしている部隊へ伝えるよう指示して御者席から離れたところで、ジーンは騒ぎに気付いた。最年少組の一人である問題児の部下を見て、そちらへ歩み寄りながら「何してんの」と困ったように呟く。


「ここで、この阿呆にトドメを刺しておこうかと思って」


 その声を拾ってすぐ、マリアは腕の力を緩めないまま、そう答えていた。


「おっとー。親友よ、目がマジだな。目立つからここで騒ぐなって言っただろ、ニール?」

「副隊長ひでぇッ、俺、何もしてないっすよ!?」


 ニールの叫びの直後、近くから大きな破壊音が上がった。


 凶暴な力でもって何かが破壊されたらしい地響きが下を伝わってきて、マリア達は揃って動きを止めた。一体何があったのかを確認するため、音の発生源にゆっくりと目を向ける。


 そこには、ローブで全身と顔を隠して腕を組んでいる例の男がいて、踏み出したその右足の下の地面が、割れて凹んでいた。


 気のせいか、謎の男は無言のままではあるのだが、かなり切れていて何か訴えてくるような、半端ではない威圧感を放って禍々しいオーラを背負っている。


 御者席から顔を覗かせたトリスが、砕けている地面の惨状を見て「えぇぇぇ……なんで地面が」と言葉をこぼした。はたして生身の人間の足で、あっさり大地が割れる事があるのだろうかと、しばしマリアはニールと沈黙して考えていた。


 きょとんとしたヴァンレットが口を開きかけたのを見て、ジーンはそれをやんわりと手で押さえて阻止した。ぎこちなく視線を泳がして、沈黙の間を稼ぐように「あ~……っと」と言い、それからこう続けた。


「『マリア』は女の子なんだから、まずはニールの上からどこうか、うん」


 なんだか彼らしくない台詞のように感じて、マリアは小さな違和感を覚えた。けれど、謎の男のピリピリとした威圧感が半端ではなくて気になり、考えてみれば今の自分は少女の身であるので、不自然でもない意見なのかもしれないとも思えて、素直にニールの上からどいた。


 ひどい目に遭ったと口にしつつも、ニールもローブのフードまで被った男の方が気になっているのか、チラチラと目を向けていた。男が荷台から少し離れて、ジーンがヴァンレットを連れてそこに歩み寄り、乗車のため入口を開ける中、「お嬢ちゃん」とマリアに耳打ちする。


「あの『助っ人君』って、なんかおっかない感じが、誰かに似ている気がするっていうか。俺としてはさ、俺とお嬢ちゃんの、どっちを想像して地面を踏み抜いたのか、めちゃくちゃ気になってもいるというか――」

「ニールさん、それは考えない方がいいと思いますわ」


 それだと命を狙われている感じがして、先が思いやられてしまうのではないだろうか。恐怖政治のような助っ人であるとは思いたくなくて、そうアドバイスした。


 荷台に乗車するため、マリアはオブライトとして共に活動していた頃の癖で、歳年少組の元部下であるニールとヴァンレットを先に乗せた。彼らが全く疑わず素直に乗り込む様子を、彼女の後ろから見守っていたジーンが「他の誰の言葉もきかないのになぁ」と、つい苦笑を浮かべる。


 二人が荷台に乗ったのを見届けたところで、マリアは普段の流れのまま、次は自分かと乗り込もうとした。しかし、隣に立ったローブの男が、無言でじっと見下ろしてくる視線に気付いて、ピタリと手を止めた。


 全身に刺さる視線は、無視できないほど強かった。一体なんだろうかと思って、チラリと顔を向けて見つめ返してみると、口許までしか見えない顔をこちらに向けているローブの男の身体が、若干強張って硬直した。


 フードでよく見えないから、ただの推測でしかないけれど、どうしてか顔をガン見されている気がする。


 マリアは、自分が警戒もない自然体な表情であると知らないまま、コテリと小首を傾げた。すると、彼が少し動揺したように一度視線をそらして、それから、迷った末にといった感じで少し背を屈めて、まるで試すように軽く両手を差し出してきた。


 女性扱いというか、恐らくは子供扱いされているらしい。どうやら荷台に抱き上げてくれようとしているようだと分かって、マリアは拍子抜けした。


 なんだ、そんな事が言いたくて見ていたのかと、先程ローブ男が地面を片足で踏み砕いた件も思い返しつつ解釈する。


 どうしたものかと思って、このローブ男を知っているらしい相棒に、意見を求めるべく目を向けてみた。すると、そこには何故か、笑いをこらる様子で背を向けて、静かに肩を震わせているジーンがいた。


 大爆笑したくてたまらない、という気配を覚えるのは、気のせいだろうか。


 というか、奴は一体、何を面白がっているんだ?


 マリアは不思議でたまらなかった。とはいえ、このまま硬直状態でいる訳にもいかないだろう。女の子なんだから、と言われた言葉を思い返してみると、全く喋る気配がないローブ男のさせたいようにやらせた方が、いいのだろうか。


 ここは諦めて子供扱いさせる事にして、任せると伝えるように、マリアは仕方なく軽く手を広げて見せた。同じように躊躇するのかと思いきや、ローブの男がすぐに脇に両手を入れて、軽々と持ち上げて荷台に上げてくれた。


 本当になら、こんな事をされなくても問題なく上がれる高さだ。オブライトであった頃には考えられない事だし、かけさせない手間ですらある。


 けれど、どうしてか少しだけ、アーバンド侯爵や料理長のガスパーや、先輩の戦闘使用人である衛兵のガーナットだったりカレンやマーガレットに、数年前まで勝手にそうされていた事が思い出されてもいた。


 まるで本当の家族みたいに接され続けたせいか、慣れない気恥ずかしさがあるだけで、される事自体には強い拒絶感というものは覚えなくもなっているのだ。


 家族や兄弟がいたのなら、あのよう感じなのだろうかと、アーバンド侯爵に拾われて生活が一変してから、たびたび思ったりした。家族を知らないから、ただの想像でしかないのだけれど、きっと暖かくて素敵なモノであるに違いない。


 とはいえ、この様子を見ているジーンだって、自分が前世では二十七歳まで生きていたと知っている。だからマリアは、荷台からローブ男を見つめ返したところで、つい困ったように小さく笑ってしまった。


「――ありがとう」


 取り繕わない自分自身のままの素の表情で、心を込めて穏やかに告げた。


 その様子を後ろから見ていたニールが、マリアの大人びた微笑を物珍しげに眺めて「誰かに似ているような?」と首を捻った。膝を抱き寄せるように巨体を丸めて座ったヴァンレットも、きょとんとして瞬きをする。


 次の瞬間、ローブの男が「くッ」と片手で顔を押さえて俯いた。マリアが不思議がる中、その一連の流れをバッチリ目に留めていたジーンは、口を手で塞ぎ「ぶふぅっ」と出掛けた笑い声を必死に堪えて、地面に足を何度も踏みつけた。



 全員が乗り込んだところで、ジーンが荷台の入口を閉めた。そこに寄りかかるように胡坐をかいて座った彼が、合図のように壁を数回叩くと、馬車が動き出した。



 マリアは荷台の右側に背を預けて、ニールとヴァンレットの間に座っていた。向かい側にドカリと腰を降ろしたローブ男から、なんだか既視感を覚えるような強い視線と、無言の威圧感を真っ直ぐ向けられて、馬車の移動が始まってから言葉を発せなくなった。


 暇になったニールが話を振ろうとすると、その『ローブ男』の禍々しい殺気量が増した。不思議そうにヴァンレットが見つめて、ゆっくりと首を右に傾けただけで、余計な事を口にするんじゃないぞと言わんばかりに、彼のまとう威圧感が十割増しで荷台内に満ちる。


 気のせいか、やはり覚えがある空気というか、既視感があるのだが……。


 逆らい難いモノを感じる、と珍しくニールが口を閉じて大人しくする隣で、マリアは謎の男が、どうして自分を見てくるのか分からなくて、気が抜けないし身体に穴があきそうだと思いながら、視線を天井に逃がした。


 全体の様子を眺められる入口を陣取ったジーンが、口をしっかりと閉じてぷるぷると震え、必死に笑いを堪えるせいで面白い顔になっているのも、マリアとしては少し気になった。


             ※※※ 


 第六師団の執務室で、ポルペオは書斎机の長椅子を後ろに引いた状態で、一人、儀式のように剣を床に立ててじっとしていた。


 彼は、過去を振り返らない男だった。

 だから、思い出に浸る事も、立ち止まる事もしない。


 ただ己の騎士としての道を突き進むのみだ。覚えた小さな違和感も、過去と照らし合わしそうになる直前で、本能のようにその強靭な精神力のもと、迷いを覚える前に自分で断ちきってしまう。


 カチリ、と時計の針が動く音が上がった。


 時間がきた。ポルペオは目でもそれを確認すると、長椅子をギシリと軋ませて立ち上がる。書斎机の脇に置かれたガラスケースが、歩き出した彼の男性然とした横顔を映し出していた。その中には、今も埃すらかぶらず、あの頃の輝きを残したままの黒竜の紋章の入った胸飾りがあった。


 剣を片手に扉を開けると、先に行かせた三組の部下たちのうち、残り一組の銀色騎士団第六師団の男たちが、揃って彼を待っていた。



「――さぁ、行こう」



 ポルペオは彼らに告げると、黒縁眼鏡を指できゅっと挟んで持ち上げた。剣を腰に差し、ばさりと手でマントを払う。


「我が第六師団の優秀さを見せつけよ」


 そう、いつもの台詞を力強く言って、彼は部下を引き連れて王宮内を進んだ。

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ローブ男ってもしかして、、、
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