十八章 元黒騎士部隊四人の初任務(2)
朝一番だというのに、大臣の部屋には、既に一般兵の軍服に身を整えたジーン達がいて、ソファに腰かけて寛いで待っていた。
十六年前と同じく、任務出発前という緊張感はなかった。ヴァンレットと並んで腰かけているニールは「ちょっと寝坊しちゃってさ」と言いながら、サンドイッチを胃に詰めていた。
「親友よ。先に一つ伝えておくと、予定変更で『ピーチ・ピンク』は捕縛対象から外れる事になった」
「そうなの?」
マリア軍服のジャケットに袖を通しながら、こちらにそれを手渡したジーンを見つめ返した。少し驚いてしまったものの、どこか悪党になりきれないような、町の悪ガキみたいな青年たちという印象も持っていたので、その決定に反対はない。
食べ終わって紙袋をくしゃくしゃに丸めたニールが、口をもごもごさせながら「俺も、はじめに聞かされた時はびっくりした」と口にした。隣にいたヴァンレットが、彼がゴミ箱に放ったそれを目で追って、見事に入るまでを見届けた。
仕上げとばかりに、マリアがたっぷりのダークブラウンの髪を両手で背中に払ったところで、ジーンは「実をいうとさ」と言葉を続けた。
「こっちに引き入れて、ちょっとした仕事を手伝わせようかと思ってな。人数は十名、下が十九歳、上が二十一歳で、殺人や強盗といった犯罪歴は無し」
その回答を聞いて、マリアは納得しつつ「なるほど」と相槌を打った。一昨日、少し調べてもらっている事があると言っていたのは、どうやらこの件であったらしい。
黒騎士部隊があった頃は、味方になれそうな若いチンピラや傭兵に声を掛けて、助っ人として仕事を頼むのは珍しくなかった。食うのに困る者だって少なくない時代だったので、少しでも彼らの稼ぎの足しになればいいという思いもあった。
ジーンがソファの上で尻を滑らせて、空けたところをポンポンと手で叩くのを見て、そこに腰を降ろした。十六年前も、四人で仕事にあたる際には、こうして上司組と部下組で顔を合わせて座っていたな、と、マリアはなんとなく思い出してしまった。
一同が聞く姿勢でいるのを確認すると、ジーンは足を組み直しながら、こう切り出した。
「今回の任務は、ハーパーの一番の活動拠点となっている屋敷の制圧だ。オークション開催が近い事もあって、警戒態勢を取り始めているという情報が入ってる。屋敷にいる『灰猫団』及び、傘下の子分グループである『ストロベリー・ダイナマイト』、『ハニー・キャンディー』は、全員生け捕りだ」
以前にニールから報告された際、『ピーチ・ピンク』『ストロベリー・ダイナマイト』というグループ名を聞いて、何かの冗談かとも思ったものだが、残りの一チームも、なかなかクセのある名前だったようだ。
そうマリアが冷静に考える向かいで、ニールが「うへぇ」と露骨に嫌な顔をした。他にももっと凄いネーミングを持った子分グループもいるんだろうなぁ……とこぼした隣の彼を見下ろして、ヴァンレットが口を開く。
「『キャンディー』が入っているのは、面白いと思う」
「その名前を背負ってるの、全然可愛くない反抗期の延長線まっただ中みたいな、むさっくるしい若造集団だよ!? フルーツ名入れたり甘い印象に仕上げればいいってもんじゃないだろッ」
ニールが言い聞かせるようにして、後半は一呼吸でヴァンレットに説いた。
その様子を見ていたマリアは、この超大型の元部下が、動物的に感想を述べている可能性を遠い目で考えた。多分、なんとなく美味しそうな響きを持っているから、悪いイメージは覚えていないのではなかろうか。
「まぁ、どれも甘さを彷彿とさせるよな」
ジーンもそれを認めたうえで、騒ぎ始めた二人を落ち着かせてから、話を再開した。
「通常のオークションも開催出来るくらい、屋敷の敷地面積は広い。『ピーチ・ピンク』は全員で十名しかいないが、他のチームは本格的に集団での襲撃を得意としている連中だ。調査によると、『ストロベリー・ダイナマイト』と『ハニー・キャンディー』の二チームは、それなりに名も知られている常連チームで、それぞれ約三十人近く。『灰猫団』の本メンバーに関しては、何人が屋敷に入っているのか詳細数は分かっていない。最低でも六十人以上の若造共が泊まり込みで待機し、常に警備にあたっていると思ってくれていい」
殺しはなし、全員息がある状態で拘束する。
ジーンは、その任務内容を改めて確認させたうえで、「ただし」と言って眼光を鋭くした。
「今回の調査で判明した『灰猫団』の実質的なボスで、傘下チームをとりまとめているデクターという男に関しては、処分命令が出た」
「初めて聞く名前ね、何者なの?」
「国籍無し、推定年齢三十代前半、大剣使いの殺し屋で、怪力が売りらしい。蓋を開けてみればなんでもない事で、急速にデカくなった『灰猫団』ってのは、その手のプロが『ボス』になって、ガキんちょ共をまとめあげていたってわけだ」
現在の『灰猫団』には、リーダーである二十歳の「キャット・ジュニア」と呼ばれている青年がいて、彼の上に「ボスのデクター」という構成組織になっているらしい。
調査によれば、元のリーダーで最年長だった唯一の成人、二十五歳の「キャット」がなんらかの抗争か要因があって死んだ後、デクターが加わった。彼がボスとなった頃から、過激な行動と『仕事』に出始めているという。
「殺し屋としては、まぁまぁな経歴の持ち主だな。とはいえ、デクターは『人間を盾にする』のと『弱い戦力も数ありゃ勝てるって駒の動かし方』を得意としている。つまり、そっちに関しては、結構厄介な『大将』ってわけだ」
そこで、とジーンは人差し指でテーブルを叩き、既にこの場にいる誰もが分かっている対策と、黒騎士部隊時代からよく使われているその戦法を口にした。
「デクターには、考えさせる時間を与えない。突入の騒ぎの中を突っ切って、真っ先にそいつをヤる」
「大将が崩れれば、後の制圧もスムーズでしょうね」
マリアはそう相槌を打つと、少し思案して、「承知した」と軍人であった頃の素の口調で答えていた。無意識に組んだ足先を二回ほど揺らし、腕を組んだ姿勢のまま、ガラス玉のような目をテーブルへ流し向ける。
友人のために剣を握れるのも、そしてジーンやニールやヴァンレットと、こうして再び共に戦えるのも、これが最初で最後だろう。
今世の自分の立場や事情といった余計な事を考えて、遠慮した後で後悔はしたくない。騎士としての本来の自分で、全力でやりたいと思うのだ。
「私が一直線に、大将の首を取りに行くわ」
もう自分はオブライトではないけれど、もう一度、先陣を切るその役目を果たさせて欲しい。
いいだろうか、とマリアは隣にいるジーンに、冷静な横目を向けて見上げた。すると、一瞬だけ目を丸くした彼が、なんだそんな事かと伝えるように、弱めに笑ってこう続けた。
「そっちは任せたぜ。二階の東側の奥に、広い個人部屋がいくつかある。恐らく普段、デクターは指示に回っているだろうから、二階のデカい部屋にでも構えている可能性があるな」
そう言いながら、ジーンは入手した屋敷の見取り図をテーブルに広げた。
ざっと見たところ個室は少なく、ほとんど客人向けの休憩席と、芸術品の展示目的で開けた空間になっているようだった。オークション会場となっているので、実際は個人的に見せるための絵画や骨董品や、歴史的価値のある宝石が飾られているとも思えないけれど。
マリアとヴァンレットが、揃ってテーブルの上を覗きこむ中、説明を始めようとしたジーンに、ニールが小さく挙手して「副隊長」と呼んだ。
「お嬢ちゃんの方が身体が小さいし、スピードなら、多分俺らの中で辿り着けるのも一番で早いだろうけど、本当にそれでいいんすか? 相手、プロの殺し屋なんすよね?」
「ニール、前々から言ってるけど、俺は今『大臣』であって……。いや、まぁいいか。『マリア』は一対一だったら絶対に負けねぇ、と俺は思うけど、必要があれば援護すりゃあいい。時と状況に応じて動けば問題ない、そうだろ?」
黒騎士部隊時代、いつもそうやって互いを助け合い、やってきた。部隊としてではなく、友人たちと動く時にもずっとそうだったから、ニールは疑いもせず「それもそうっすね」と簡単に考え直して答えた。そもそも、相手の雇われ用心棒たちが強敵だとも思っていない。
ジーンは「まずは、この入口だが」と、見取り図の上を指した。
「扉の突破方法に関しては、俺の方で『とある策』を用意してある。当初は俺とニール、マリアとヴァンレットの組み合わせで行こうかとも思ったが、地下にメインのオークション会場があると判明し、尚且つ、大将の『首』を取らなきゃならなくなった事で、予定変更だ」
時間に余裕があるのであれば、あのままの二人一組でも問題なくいけるだろう。しかし、デクターという予想外の人間によって、へたをすると、生きたまま捕える予定でいる若い用心棒の何人かが『死に使われる』危険性があるとすれば、現場の判断と対応力のバランスを重視する。
何故なら、殺さないというのであれば、『出来る限り』ではなく、『絶対に』命は取らないと決めていた。
過去にも最悪な相手がいた任務はいくつもあったが、オブライトが【黒騎士】になった翌々年、次々に自分の『手駒』を斬って道具代わりに使った阿呆がいたのだ。
それから硬直状態を作るような戦い方を、『黒騎士部隊はしなくなった』のである。
教訓のためであったとしても、とても語れるような内容じゃなかった。レイモンドやグイードといった、当時いた友人たちの全員が、当時の惨状や詳細を第三者に語らずにいるため、その数年後の入隊となったニールもヴァンレットも、モルツもロイドも知らない話だった。
「地下の件についてだが、恐らく通常は解放はされていない。だから警備も薄いと仮定したうえで、先に一階と二階の戦力を出来るだけ削る方向でいく。まずは一階の中心を押さえて、用心棒共の注目を集める人間を配置。そんで、残りの戦力を上下に分けるってのが、だいたいの計画だな」
「一階の突破口を開きつつ、中心を取って俺が制圧にかかります」
すぐにそう告げたのは、ヴァンレットだった。
昔からそうだが、軍事に関しては考察も記憶力も問題ない男なのだ。だから現場では、隊長補佐としていつも申し分ない働きをしていた。普段が迷惑極まりない迷子野郎のうえ、空気も読まない謎に満ち溢れた思考の持ち主なので、それが実に不思議である。
ジーンは「任せたぜ、ヴァンレット」と彼を見てしっかり頷き、それからニールに向かいこう言った。
「マリアが大将を取る。二階まで突っ切るための援護に俺が入るから、ニールは今回、ヴァンレットと組んで一階をメインにあたってくれ」
「了解っす!」
「現場の状況にもよるが、地下の入り口は中心地に近い。一階の様子で判断して、行けそうなら現場の確認も含めて、お前らの方で一気に攻めても構わない。俺も状況を見て動く」
言いながら、十六年前当時と同じく確認するようにチラリと視線を向けられ、マリアは僅かに頷き返した。後は、大将の首を取る事で、用心棒チームの青年たちが降伏してくれるかどうか、で互いの行動もほぼ決まるだろう。
気になるのは、地下空間に劇場のように広く取られて作られているオークション会場と、奥に設けられているいくつかの部屋だ。屋敷とほぼ変わらない規模のだだっぴろ広さである。
マリアは少し思案し、見取り図上のそちらの箇所を指先で叩いた。
「こっちは四人、相手の用心棒は多勢。だから地下に関しては、捕縛対象者の有無確認のみで、時間をかけずにいこう。第九師団と騎馬隊、そのすぐ後に警備隊も加わって現場を引き継ぐと聞いた。連中が建物内部を調査するだろうから、こちらは対象の人間を押さえるのに集中する」
いいな? と、部下たちに確認の言葉を投げようとして顔を上げたところで、――マリアは我に返った。そもそも、目の前にいるのは『元部下』だった、と遅れて気付く。
あの頃よりも低い視線の高さから、随分座高があるようにも見えるニールとヴァンレットの、きょとんとした目を見て血の気が引いた。懐かしいこの空気のせいで、つらつらとちょっと思案していた間に、一瞬だけ、自分がメイドである事を忘れていたのだ。
早急に誤魔化さなくてはと、語尾だけでも少女らしく戻す事にしたマリアは、片手を頬にあてて、あざとい角度で笑みを浮かべて見せた。
「――と思ったのだけれど、どうかしら? お、おほほほほほ、考え事がそのまま口から出てしまったみたいで」
「親友よ、めちゃくちゃ下手くそな棒読み――ぐはっ」
背を屈めるようにして、こちらを覗きこんできたジーンの口を塞ぐべく、マリアは反射的に、彼の顎下から素早く拳を放っていた。
この状況で、オブライトの時と同じように『親友』と呼ぶのを彼らに見せてどうする、時と場合を選んで口にしろよ阿呆かと思った。
ニールが「えぇぇぇぇぇ」とこぼして、向けられた形ばかりの笑顔と、マリアの凶暴な右拳に忙しなく視線を往復させた。
「ちょッ、お嬢ちゃん、なんで副隊長をぶったの――」
「気のせいですわ、ニールさん」
「いや顎押さえて超痛そ――」
「気のせいです」
これ以上しつこく追求するようなら、力づくで黙らせるか、という凶暴な対応策を、笑っていない威圧感たっぷりのマリアの眼差しから察して、ニールはとうとう口を閉じた。直前の衝撃的な映像が脳裏にフラッシュバックして、呆気に取られた先程の一件を忘れていた。
新しい記憶が上塗りされたヴァンレットが、尋ねるように口を開きかけた。それを見たニールは、なんでかとてつもなくまずい状況にいるような危機感を覚え、「今は静かにしていようッ」と慌てて後輩の口を両手で押さえた。
「それで、突入の際の陣形だが」
顎の下を若干赤くしたジーンが、キリリとした面持ちで、自然にそう切り出した。
それを見たニールが「何事もなかったかのように凛々しい顔してる……」と呟いて、そちらに注目して口を閉じたヴァンレットから手を離す。
「まずは先頭にマリア、二階に突っ切るまでの援護で俺がそばについて、その後ろにヴァンレットとニールという順で、ほぼ同時に突入する。現場に入ったら各自、行動開始だ。捕縛対象の拘束については、いつも通りニールにあたってもらおうと思ってる。手品みてぇな一瞬の捕縛が得意だからな」
褒められるように言われて、途端にニールが得意げに「へへっ」と笑った。
元は子供騙しのような『悪戯』から発祥したものであるらしいが、彼手製であるそのタネと仕掛けは分かっていない。当時付き合いのあった警備隊が、特に欲しがっていたのを、マリアも覚えていた。
「んで、剣に関しては、『片方の刃を潰してある』いつものやつだ。騎士団の方に腐るほど在庫がある特別鍛練用のやつだから、壊しても現場で捨ててもオーケー」
出発の最終準備として、それぞれ一本ずつ剣を取った。特別鍛練用の物は強度があり、重さも通常に支給されている剣よりややある。マリアは手にずっしりとくる、その十六年ぶりの感覚にちょっと感動した。
オブライトであった頃よりも、少女の身ではやや重さと、いかつい大きさを感じてしまうものの、それでいて当時と変わらず、握り心地は不思議としっくりきた。エプロンの腰紐部分に、柄も入っていない質素な鞘に収まるその剣を差して、用意されていたローブをはおる。
「ジーンさん、ここに『第六師団』と刻まれてます」
「おっとー、よく見付けたな、ヴァンレット。近くにあったから借りてきたんだわ」
そんな心もこもっていない棒読みの返答が上がるのを聞いて、マリアはゆっくりとジーンの方を振り返った。「近くにあったから」というのは、たびたび聞く名台詞のような言い分だが、そんなわけあるか阿呆と思った。
ただでさえ、ポルペオは黒騎士部隊に一方的に張り合って毛嫌いしている節もあったというのに、部下たちが偶然にも高確率で迷惑をかけるたび、睨まれ度が増して説教をされた。
そんな過去が鮮明に蘇り、また無断拝借なのかよ、とマリアは自分の口角が引き攣りそうになるのを感じた。
移動までの間は腰の剣を隠すべく、手早くローブで身を包んだジーンとヴァンレットのそばで、ニールが自身のローブをめくって、剣の柄の部分を確認する。
「あ、ほんとだ、わざわざ『第六師団』って書いてある」
「ははは、あいつってホント、几帳面だよな~」
よし、任務開始だ、とジーンがカラカラと笑って告げた。
自分の剣のその部分を、思わずチラリと確認してしまったマリアは、数秒ほど動かないまま沈黙した。それから、見なかった事にすると決めて、彼らと共に部屋を出た。




