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十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(6)

 都心から離れた町の住民たちが、眠りにつく夜の早い時間。静まり返った田園地帯を走り抜ける、二人の人間の姿があった。


 とある貴族名で登録されているはずなのに、全く別の人間が腰を据えている別荘の屋敷の塀を、二つの影が越える。それは普段のエプロンを外した事で、メイド衣装がほとんど闇夜に溶けるような黒色となった、マリアとマーガレットだった。


 この組み合わせは、久しぶりだった。相手は銃専門の『暗殺請け負い集団』であるので自分の得意武器で行っていい、と許可が下り、マリアが剣を持たされたのも少し珍しい事である。だから、本日の彼女は黒い仕事用の手袋をしていなかった。


 エプロンを外しただけのマリアと違い、普段は隠れているマーガレットの左太腿は、月光の下に晒されていた。ふわりと広がりやすい(くるぶし)まである長いスカートの、内側のレース生地についているベルトを、腰元に留めているせいだ。


 肉付きの良い、白い太腿の中腹までを覆っている薄い黒が覗き、替えの弾薬が並ぶホルダー部分もチラリと見える。そのため、マーガレットのしっかりと地面を踏み締める軍仕様のブーツは目立ち、スカートで隠さなければならないたっぷりの白い下履のレース生地は、今や秋を覚える夜風に晒されている。


 マリアは標的の敷地内に着地してすぐ、剣の鞘部分を左手に握り締めたまま、背中に流れるたっぷりのダークブラウンの髪を右手で払った。夜目に慣れた眼を、灯かりが付いたままの目標建物へと向ける。


 それは、だだっ広い田舎にポツンと立てられた別荘だった。門扉から屋敷までは、随分と距離があり、あまり整えられていない芝生が、半月の光に照らし出されて、黒々と照って浮かび上がっている。


「私が突破口を切り開いて、そのまま一階を制圧するわ」


 マリアは目測から行動判断を行いつつ、木材で出来た正面玄関の扉を注視して、そう告げた。冷静な横顔は、持ち前の童顔もあって十六歳より幼く見えるが、その眼差しは、やけに大人びて見えるくらいの落ち着きがあった。


 心音に変化はない。呼吸からも、仕事前の興奮といったものは察知出来ない。


 髪飾りも取られて、軽く襟足で髪を丸くまとめただけのマーガレットは、研ぎ澄ました五感で彼女の様子をそれとなく探りつつ、ぴったりとした黒い革の手袋をはめた。ふわふわとしてこぼれ落ちている、月光でより明るく見える髪先を風にそよがせて、一つ頷く。


「それなら、私は二階を『お掃除』してくるわね。でも、あの入口をどうするつもり? 私の改造銃で吹き飛ばしてもいいけれど、爆音は避けられないわよねぇ」


 近隣にある農民の家は、一軒一軒が随分離れて建っているとはいえ、ここ一帯は見事な平地であるため、爆音を起こせば、向こうまで響いてしまうだろう。


 既にそちらについても考えがあったマリアは、両手にサイレンサー付きの、銃口が太く全体的に長さのない改造銃を取り出したマーガレットが、明日の天気でも思い出すように思案する横顔を見やった。


「マーガレット、それも任せて」

「どうするの?」



「――『ノック』ついでの強行突破」



 マリアが短く答えると、これまでの『おつかい』の経験から察したマーガレットが、なるほどと応えるように、ふんわりと微笑んだ。まるで本当の母親が、慈愛たっぷりに笑むような、とても穏やかな暖かい微笑だった。


 その時、屋敷の建物の方から、窓ガラスが小さく割れる音が上がって、一斉に明かりが落ちた。


 予定通り、マークの長距離射撃によって、ピンポイントで電気配線が切断されたのだ。その瞬間、それが号令の合図となった二人は、スカートが大きく上がる事も躊躇せず、同時に走り出していた。


 マリアは、剣の柄に指をかけた状態で、頭身を低めに、マーガレットの前を風のように進んだ。地面の土を抉るほどの力で一気に加速すると、瞬きもせずに、迫る屋敷玄関をロックオンする。


 あの程度の扉であれば、少女の身でも簡単に吹き飛ばせるだろう。『派手にノック』した方が、標的となっている相手も自分から出てきてくれる事は、軍人時代から戦闘使用人時代に至るまでで経験済みだったので、迷いはなかった。


 マリアは、更に勢いを付けて疾走した。扉が眼前に迫ったところで、一瞬にして抜刀すると、使い捨てであるその剣の鞘を投げ捨てて、男性の身体ではない事を考慮して両手で柄を握り締め、思いっきり下から上へと凪ぎ払うように剣を振るった。


 馬鹿力で軋みを上げて押された扉が、力任せに斬られて、内側へ吹き飛んだ。



 男性だった頃の身体と違い、両手にビリビリとした痺れを覚える。


 けれど、どうって事はない。オブライトであった頃も、『今のマリア』の身長にさえ届かなかった時が、こうだった。



 そう思い出しながら、マリアはしっかり両手で剣の柄を握り締めると、下方向からカチリと構え、知らず真顔で「いざ、参る」と口にして突入していた。


「まるで騎士みたいな子ねぇ」


 後に続いたマーガレットが、そう呟いた声は聞こえていなかった。襲撃にも慣れている暗殺団の男たちは、近くに人を配置していたようで、屋敷内に踏み込んだ瞬間に、複数の発砲が続けて起こっていたからだ。


 明かりが落ちた屋敷内で、発砲の際の火花が上がる中、マリアは銃弾の軌道を読んで剣で弾き返しながら走った。夜目に慣れた目で、敵の位置を的確に捉え、まずは近くにいた男たちを斬り伏せる。


 ハーパーの屋敷の用心棒たちも、全員が刃物とは限らないだろう。


 いい予行演習、もとい身体慣らしにもなるだろうと思いながら、再び起こった射撃の嵐に機敏に反応して、剣を片手で素早く振るって弾き飛ばした。何者だと騒ぐ男たちと間合いを詰め、次々に沈黙させていく。


 玄関から入ったメイン・フロアから、二階へと続く階段前まであっという間に進んだマリアは、片手でスカートの下の太腿に隠し置いているナイフを掴み取り、続くフロアから、長い銃口を向けてきた男の左胸に投げて絶命させた。


 そのタイミングで、にこりともしなくなったマーガレットが、風のように自分の横を通り過ぎて、二階へと跳躍して進んでいった。それを横目に確認し、マリアは発砲音が起こった左手の続き部屋へと駆ける。


 そこは、とても長いテーブルと、チェスといった娯楽セットが置かれた広い空間だった。銃器をかき集めて待ち構えていた男たちがいて、こちらに向かって一斉に発砲してきた。


 マリアは目を走らせ、咄嗟に近くにあった小さな丸テーブルを転がして、銃弾の盾にした。その直後、脇から飛び出してすぐに、剣の重心を利用し高く飛ぶと、まずは三人で固まる男たちの方に飛び込んで、剣をふるって確実に急所を断った。


「怯むなッ殺せ!」


 窓から差し込む月光で、上がる血飛沫が目に留まった一部の若い男たちが、怯んだのを見て、別の方向にいた男が激昂を飛ばした。



 乱れ撃ちのように銃声が止まず響き渡り、次々に絶命していく男たちの断末魔が上がった。的を外れた銃弾が、窓ガラスを割り、天井のシャンデリアを砕いて長いテーブルに落下し、厚地の赤いカーテンに蜂の巣のような穴を開ける。


 その部屋に最後に残ったのは、たった一人立つマリアだけだった。彼女は生存者のいなくなったそこに留まる事なく、それを見届けてすぐに、奥の廊下へと進んでいた。



 派手な騒ぎで、既にこちらの居場所は知られていて、移動ルートもほぼ予測されているだろう。そのマリアの冷静な思考に沿うように、廊下から続くいくつかの部屋の扉を盾に、隠れていた男たちが銃口を突き付けて、攻撃を開始してきた。


 マリアは、一番近くにいた男にナイフを放つと、柔らかな眼球から貫かれて絶命するのも見届けず、振り回した剣の軌道を一瞬にして転換させながら、壁を蹴り上げて数発の銃弾を避けた。


 空中に舞い上がった刹那、こちらの速度に追い付いた者が放った銃撃に目を向け、すっと剣先を滑らかに上げて、視覚で捉えた銃弾に切っ先をあてて――斬った。


 ひざ丈の黒いスカートが白い太腿を曝け出し、たっぷりのダークブラウンの髪と共にふわりと舞った。月光の下で浮かび上がる空色の瞳が、静かな殺気を孕んで瞳孔を開かせる。


 素早く剣を動かせて、続け手複数の銃弾を弾いたマリアは、廊下に着地した瞬間に、一番近くにいた男の首を一刀両断していた。


 その一瞬後に別方向からの発砲音を聞いて、そちらへと目を走らせながら、反射的に背をそらす。凶暴な風をまとってその銃弾が眼前を通過していく刹那、彼女は空色の瞳を見開かせて、狙撃主をロックオンした。


 薄暗い月明かりだけが照らし出す廊下で、夜目に慣らされたその瞳孔が光っているようにも見えたのを目撃し、銃を構えていた男が恐怖した様子で「うわああああッ」と叫び、考えなしに両手に銃を構えて乱射した。


 マリアは、そばにあった置き棚を掴んで、盾代わりに投げつけると、増援に駆け付けた男たちごと斬って捨てるべく、躊躇せず前方に飛び出していた。


             ※※※


 軍仕様のブーツが二階に着地した途端に、床や壁に次々に銃弾が撃ち込まれて派手に音を立てた。


 マーガレットは、すぐさま片足を伸ばすように床に頭身を下げた。頭上への射撃をかわした直後、眼前に迫った銃弾を銃身で弾くと、床を蹴るようにして、前方へと凶暴に発進していた。


 向けられた銃口から軌道を予測し、目を見開いたまま僅かに身体をずらして、向こうから放たれた銃弾を避ける。まさか銃を持ったまま突っ込んでくると思わなかったのか、動揺した男たちの発砲音が鈍った時には、既にギリギリの距離まで、彼女は標的との間合いを詰めていた。


 マーガレットは目と鼻の先にいた四人に向かい、ロックを解除していた銃口を向けて、立て続けに一発ずつ撃った。まるで自動射撃のような銃声が上がり、通常の銃ではない大きな穴を急所に開けた彼らが崩れ落ちた直後、彼女は飛び出してきた別の男に向かって、大きく足を振るって蹴り飛ばす。


 並ぶ窓から月明かりが差す二階で、女性独特の線を描く白い太腿が映えた。仲間が死んでも怯む事なく、新たに加勢に加わった男たちが、それぞれの銃器を構えて発砲した。


 柔軟な肢体を反射的に動かし、マーガレットはスカートを翻して、威力の強い銃弾を避けた。右足を床に置いて重心を掛けると、回転の威力をつけながら仕込みブーツを一回、二回、三回と振り上げて銃弾を弾き、獣のように床に伏した瞬間、そこから改造銃の引き金を続けて引いていた。


 正確な射撃の元、男たちがそれぞれ一発ずつの銃弾で絶命して崩れ落ちる中、銃弾が切れたマーガレットは、すぐにその銃器を投げ捨てた。太腿に装着していた別の小型銃を素早く引き抜き、両手に構えた瞬間、弾くように身を起こして前進する。


「このックソアマが……!」


 怒りと屈辱で顔を真っ赤に染めた男が、壁に立てかけ用意していた大型のライフルで撃った。


 マーガレットは顔に向かってくる銃弾をしっかりと『見て』、瞳孔を開いたまま瞼を全く動かさず、頭を少しずらしてよけると、その銃口目掛けて一発、そして男の額に二発目を連続して撃ちこんだ。


 彼女は走り続けていた。止まる事なく先へと進み、まるで剣士のような近い距離感で、次々に男たちを射殺していく。


 超近距離型という独特の戦闘スタイルは、荒々しく過激で、そこに隙のない体術まで加わって、敵は戦闘態勢を整えて陣形を組み直す暇もないまま、乱れ撃ちの攻撃一点という状況で断末魔を響かせた。


 誰一人生きて残さないのだから、どの顔がリーダーであったのか、確認して捜すまでもない。鳴りやむ事のない銃声と破壊の音に気付いて、臨戦態勢をとった標的を仕留めるべく、マーガレツトはあらゆる部屋に突入した。


 使い捨ての銃の使用が終わり、愛用している銃身の大きなものに切り替わって以降は、銃弾がなくなればスカートを大きく払うように両手を振るい、太腿に装着しているベルト部分に素早く押し当てて、コンマ二秒で装填し、マーガレットは引き続き隙は見せなかった。


 ただ、ひたすらに嵐のような凶暴さで二階を突き進み、標的の命を奪い続ける。途中で、逃げる一人の男を守るように向かってきた男たちを見て、知りたくもなかったのに、アレがリーダーであるらしいと察して後を追った。


 こういった人間が集まっている拠点というのは、もしもの時のために、初めから逃走ルートが用意されているものだ。多分、彼らはリーダーと共に逃げつつも、自分たちが使い捨ての人間であると知ったうえで、命を投げ出す覚悟で待ち構えている事だろう。


 元暗殺者として雇われていた時代の経験から、マーガレットは、それをよく知っていた。たった一人の人間を逃がすために、彼らはいつだって死ぬ覚悟で盾となり、殺しの道具となり果てる。――死を望んでいなくとも。


「私は、逃げも隠れもしないわ」


 マーガレットは辿り着いた先の、屋敷の玄関側にあたる二階の廊下に出てすぐ、表情が抜け落ちた冷酷な暗殺者の顔でそう呟いた。



 眼前に広がるのは、こちらに向けられている無数の銃口だった。まさに狙い撃ちの絶好な構図だ。


 その光景を前に、彼女は両足を開いて、床をきゅっと踏み締める。



 一瞬後、一斉射撃が始まっていた。それと同時にマーガレットは走り出し、銃身で銃弾を叩き落とし、跳躍して身体を回しながらブーツで弾いて銃弾を打ち返した。その怒涛の前進と攻撃の中、奥へと逃げるリーダーの男に狙いを定めて、その後頭部を打ち抜く。


 止まらずに廊下を駆けて、標的と直接対峙しながら撃ち殺す。スカートが大きくめくれるのも構わず、白い足を曝け出して蹴り飛ばし、銃を構えた腕を振るって男たちに重い打撃を与えた。


 痛みに呻いたその一瞬の動きが、鈍くなったところを見逃さず、急所に確実な一発だけを撃ち込んだ。だから、ここに至るまでずっと、一発の銃弾すら無駄撃ちしてはいなかった。


 もう廊下には生存者はない。残りは西側か。


 マーガレットは、廊下に充満する銃器戦独特の火薬臭を覚えながら、転がった死者の沈黙に耳を済ませた。まだ足を踏み入れていない、生存者のいる可能性のある場所を考えたのはほんの数秒の事だったが、そのせいで、突如として重なった死体から一人の男が飛び出した時、僅かに反応が遅れてしまった。


 どうやら、仕留め損ないが一人いたらしい。相手の男は銃を持っておらず、逞しい腕で凶暴なままに、こちらをくびり殺す事にでもしたようだった。


 その姿を横目に留めて、マーガレットが間に合わない事を推測して「あ」と思って、振り返ろうとした時――



 窓ガラスが割れる音が響き、一発の銃弾が飛び込んできた。眼前で、その男がこめかみを撃ち抜かれて絶命し、床に崩れ落ちる。



 マーガレットは割れた窓の向こうへ目を走らせ、夜目に慣らされたその瞳孔を広いた。遠く向こうから、月明かりに小さく反射して光る銃口に気付く。


「――あら、手間をかけちゃったわね」


 それがマークであると察したマーガレットは、すぐに仕事へと意識を戻して、屋敷の二階の西側を目指して駆け出した。


             ※※※


 標的の屋敷から遠く離れた、寝静まった民家の屋上の影に潜んでいたマークは、援護射撃をしたサイレンサー付きの改造ライフルの銃口を上げた。


「たかが三下野郎に、ウチのマーガレットを触らせるかよ」


 長距離を真っ直ぐ飛ぶよう、火薬の量を調正して自作した次の弾を、ぴったりとフィットする黒い手袋がされた手で装填しながら、マークはふと、彼女に出会った時の事をなんとなく思い出してしまった。

 


 それは鮮烈で、強烈で、最悪な出会いだった。


 木々の中にしっかり隠れていたというのに、瞬き一つの後には眼前に迫られていて、その直後には、額にゴリっと押し当てられた銃口の冷たさがあったのだ。



 鋭い殺気を宿した、肉食獣のような明るい栗色の大きな瞳が、こちらをロックオンしていた。彼女は本気で殺すつもりでいて、アーバンド侯爵が『待ちなさい』と声をかけるのが遅れていたら、本当にもう少しで死ぬところだったのである。


「ったく、銃使いが、至近距離でやりあうってのもなぁ。つか、ウチに揃ってる面々ってのは、どいつもこいつ過激な連中が多くね?」


 超至近距離型の銃使いマーガレットと、全く援護射撃を必要としない、荒ぶれながらも生粋の剣士のようなマリアの動きを思って、マークは悩ましげにそう呟いた。


「あ~……、早く帰りてぇなぁ」


 そもそも、ここに移動するまでに、すっかり体力は底に尽きかけていた。

 建物から逃げる者があれば、射殺する。その役目を全うすべく、超長距離型の銃使いであるマークは、自身特注のライフルを構え直した。

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