十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(5)下
町の人から、見慣れない組み合わせであるようにチラチラと目を向けられながら、マリア達はヴァンレット・ウォスカーという超大型の騎士を連れて移動した。そして現在、流れる小川を眺める形で、斜面に四人並んで腰かけていた。
当のヴァンレット以外の全員が、遠い眼差しを田舎風景に向けて、流れる川のせせらぎを聞いているところである。
なんでこんな事になっているんだろうな、と、マリアは使用人仲間のマークとマシューと考えていた。
偶然鉢合わせしたヴァンレットを、そのまま屋敷に連れて帰る訳にはいかないし、かといって一人残しておくという選択肢も選べず、呼んだ馬車の到着を、こうして一緒に待っていた。
「なんだか一気に窮屈さが増したんだが……。つか、なんでお前、わざわざ俺を押しのけてマリアの隣に座った?」
小川が立てる長閑な音を聞いて、数分が経過した後、マークがそう言った。自身と彼女の間に、ぎゅうぎゅうに身体を詰め込んでいる状態である近衛騎士隊長、ヴァンレットに目を向ける。
ヴァンレットは大きな身体を丸めるように膝を抱えて、どうにか大きな身体を収めるようにしてマリアの隣に座っていた。
先程、いつものように彼女を間に挟んで、マークとマシューが腰を降ろしたら、それをじっと見ていた彼が、唐突にこうして割り込んできたのである。
大変満足した様子で、ヴァンレットはここが居心地が良いのだと言わんばかりの、まるで子供みたいなほっこりした表情で小川を眺めていた。
騎士服に身を包んでいるというのに、うっかり軍人であると忘れてしまいそうなくらいに仔犬じみた横顔をしている。いや、体格だけ見たら、騎士服ごしにも分かるくらい筋肉もムキムキなので、その後ろ姿は威圧感ありまくりなのだが。
マリアが遠い目を小川に向ける中、マークは自分の目を擦って、それから再びヴァンレットの横顔に目を留めた。
「おかしいな。こいつ、俺とほぼ同年代のはずじゃ……いや多分、ちょっと年上ではある気がする」
「僕よりも十歳以上は年上だったと思うんですけど、どうも外見とのギャップがありすぎるくらいに、子供っぽい感じもする人ですよね……」
そのうえ、極度の迷子野郎なんだよなぁ。
マリアは、マシューに相槌を打つように、心の中でそう呟いた。オブライトであった頃は、ヴァンレットも十八歳から二十歳だったので、そういった子供っぽいところも許容していた部分もあるけれど、これ、全く成長していないのではなかろうか、と元上司としては心配になる。
というか、なんで今の自分に、こんなにも懐いているのだろうか……?
再会を果たしてからずっと思っている事を、やはり何度考えてもよく分からなくて首を捻る。マリアが隣の暑苦しいバカデカい男の高い体温を覚える中、マークは「うーん」と言って、やや首を傾げた。
「まぁ、なんつうか初めて会った時より、憑き物でも落ちたみてぇにすっきりしてるっぽいし? そこはちょっと安心したっつうか、よく分からんけど、まぁそれならいいかって思うところも、あるんだけどさ」
手配した馬車は、どこよりも早く来てくれるものである。マークとマシューも到着まで時間がそうかからない事を知っているから、ヴァンレット・ウォスカーが眺めている小川の流れへと視線を戻した。
鳥の囀りが数回ほど上空を通り過ぎて、つられてヴァンレットが顔を向けて目で追い掛ける。けれど何も言わないまま、そこに座っているだけで満足そうな様子でマリアを見て、先程『使用人仲間』だと彼女に紹介された二人を見やり、それから視線を川がある風景へと移動させる。
大男のそういった様子は、害がなければ元から無関心でもあるマークとマシューは、気にせず身体を休めるようにして座っていた。穏やかで何も出来ない時間を、それぞれぼんやりと考えながら過ごした。
ヴァンレットが、飛翔する野鳥へ、何度目かに目を向けた時「あれ? こんなところで何をしているんですか?」と声を掛けられて、マリア達は揃ってそちらへと目を向けた。
通りからこちらを見下ろしていたのは、この町で一軒だけある煙草屋に出入りしている、外国煙草をメインに取り扱う輸入専門卸業をしている商人、スティーブ・ティナーだった。質素な薄いブラウンの髪と目をした、誠実そうな雰囲気を持った二十代前半の若者である。
この若さではあるが、スティーブはここへ来て、たった一人で起業した経営者だった。会社として登録している小さな古い二階建ての物件に寝泊まりしており、営業力とフットワークの軽さで、王都に外国産煙草の取引先を増やしている青年だ。
スティーブはこれまでにない、とある全く新しい販売方法で、老人が一人で経営している、この町で唯一の煙草屋に一番目の取引先として、契約を持ち掛けた商人だった。『借りている店頭の棚』に自身の商品を搬入し補充するだけでなく、老人店主の手伝いも純粋に楽しいらしくて毎日活き活きしていた。
はたから見ると、祖父と孫くらいにその関係は良好だった。店先の掃除や、店頭での販売も積極的に行っており、すっかり町の人達に顔を覚えられて、受け入れられている。
売り上げも毎月、右肩上がりに伸びているらしい。そろそろ従業員を雇い入れてはどうか、と親しくなった町の人間にアドバイスされていたが、きちんと給料が払い続けられる保証がない状態ではそうしないのだと、しっかりとした自分の考えを持った男でもあった。
マリア達は、首をゆっくりと傾げたヴァンレットのそばで、スティーブが背負っている大きな鞄に目を留めた。マシューが「これから、また王都に営業ですか?」と愛想良く尋ねる。
「はい。実は、先月からずっと頼んでいた会社の担当者様が、ようやく会って話を聞いてくれる事になったんです」
「それは良かったですわ。確か、先月に『諦めず挑戦します』とおっしゃっていましたものね。スティーブさんの頑張りのおかげですわね」
マリアがにっこりと笑って声を掛けると、スティーブは嬉しそうに表情を綻ばせて「ありがとう」と言った。それから、笑みを浮かべたままヴァンレットに視線を移した。
「とても大きな騎士様ですね。お屋敷のお客様ですか?」
「あ~っと、まぁ、そんなとこっすかね」
詳細を話すと長くなりそうだと判断して、マークは曖昧に答えた。
すると、律儀なスティーブ青年が、ヴァンレットに挨拶をしたいと言った。丁寧に自己紹介し、握手をするべく右手を差し出しながら、こちらの土手に一歩を踏み出す。
マリア達は、不意に、その青年商人が、自身にとってはハタ迷惑とも思える『不運』の持ち主である事を思い出した。
本人の温厚過ぎる性格と、楽天的に物事をとらえて突き進む鈍さもあって、見方を変えれば幸運体質なのだが、ちょっと度が過ぎるところがあったのだ。
あ、と思った時には、スティーブが土手の傾斜に足を滑らせていた。その直後、彼の頭を掠りもせずに鳥の糞が道に落下する。
スティーブが背負っていた商品がたっぷり詰まった鞄が、ぽーんっと宙に放り出されるのを見て、細身で長身のマークが「やべぇッ」と反射的に大きく手を伸ばしていた。ガシリと掴んだ直後、自分の重心のバランスを考えていなかった彼の身体が、そのまま傾斜の下に向かって放り出されてしまう。
あの荷物の中には多分、料理長ガスパーも愛用している外国の銘柄煙草も収まっているだろう。数は少ないらしいし、ここで駄目になってしまったと知ったら、後で彼がなんと出るのか分からない。多分、野鳥の住処が爆破される気がする。
それを知るマシューも、慌てて両手を伸ばし、ギリギリのところでマークを掴まえて引き留めた。しかし、咄嗟だったため掴んだ場所が悪く、そこはウエストがかなり細いマークの、作業ズボンを絞めているベルト部分だった。
ベルト一本で支えられたマークが、今にも転がり落ちていきそうな不安定さの中、しっかり鞄を抱き締めてから、肩越しにマシューを振り返った。
「ちょッ、お前なんでベルトを掴んだ!?」
「仕方ないでしょうッ、そこにあったんですから!」
「これでパンツが見えたらどうしてくれる!」
「ぶっ飛ばしますよ、あんたは乙女ですか! それくらい我慢しなくてどうしますッ」
言い合う二人のそばで、転んだスティーブが、斜面に向かって顔面から突っ込んだ。
そのおかげで、小川まで滑る事もなく止まってくれたのを見たマリアは、立ち上がって少年みたいな溌剌とした笑顔を浮かべた。二人の使用人仲間に向き直ると、「任せて」と答える。
「パンツの一つや二つくらい、どうって事ないわ!」
どうせ、たかが自分の下着である。その意思のもと断言したマリアが、持ち前の馬鹿力を発揮すべく、両指の関節をゴキリと慣らして飛び込もうとする姿を見て、マークとマシューはほぼ同時に目を剥いた。
「バカヤロー、お前はちったぁ恥じらえ!」
「マリアは、もう少し乙女らしさを覚えくださいッ」
その時、傾斜を少し抉る瞬発力と共に、三人の眼前に熊のような巨体が割り込んだ。一瞬にしてそばを通り過ぎたヴァンレットが起こした風に、自分のダークブラウンの髪が揺れるのを感じて、マリアは「え」と目を丸くしていた。
一瞬後、屈強な片腕一本でそれぞれ、猫のように持ち上げられたマークとマシューが、全く重さを感じていないようなヴァンレットへと目を向けた。自分達は成人男性の平均以上の身長はあるのだが、と口の中に呟きを落としてしまう。
場が静まり返り、吹き抜けた風が、足元の柔らかな草を揺らす音が聞こえた。
ヴァンレットが、対応の指示を問うようにこちらに顔を向けてくる様子を見て、マリアはオブライトだった頃にあったような既視感を覚えた。一瞬時代を錯覚しそうになって、けれど「マリア、どうしたい?」と尋ねられて我に返った。
「えぇと、ヴァンレット、ありがとう」
「うむ。褒めるか?」
「あの、うん、褒めるから、まずはこっちに向かって歩くよりも先に、ひとまず二人を降ろしてあげてくれる?」
歩き出された瞬間、マークとマシューが「マジかよ」「えぇぇ……」とこぼすのを見て、マリアはそう言った。
誇らしげに笑ったヴァンレットが「うむ」と頷いて、二人をその場に降ろし、大きな背を屈めて緑の芝生頭を差し出してきた。なんだかなぁと思いながら、マリアは彼の芝生頭を考えなしにガシガシと撫でた。昨日もやったばかりなんだけどな、と複雑な心境だった。
それからほんの数分経った頃、顔面を土手の傾斜に埋めていたスティーブが、ようやく両手をつっぱって顔を上げた。
「僕は一体――……あれ? どうかしたんですか?」
スティーブは、何故か並んで正座してしまっているマークとマシューに目を留めて、きょとんとした顔で首を傾げた。
その時、タイミングよく待っていた馬車が到着し、発端となった道に落とされた鳥の糞を轢いて停まった。マリアは先程から「猫みたいに持ち上げられた……」と、経験がないせいで、男としては複雑な胸中であるらしい二人が動けないのを見て、スティーブに鞄を手渡した。
「はい、どうぞ、スティーブさん。マークとマシューが救出した荷物ですわ、川に落ちなくて良かったですわね」
「ありがとう! なんだか、出会った時の事を思い出しますねぇ」
いつも助けられてばかりで恥ずかしい、とスティーブがのんびりとした様子で笑った。マリアは、買い出しでヴァンレットを見付けてからの、ここに至るまでの短い時間で、精神的な疲労が重なっているのを覚えて、それを回想しつつ「うん、そうですわね」とだけ答えた。
停車した馬車の御者席から、いつもアーバンド侯爵が表向きに利用する事もあって、すっかり顔見知りになっている男が降りてきた。初めて侯爵と出会った時にも、彼が御者をしていた事を思い出しながら、マリアは「こっちですわ」と声を掛けた。
スティーブは、鞄を背負い直そうとしたところで、ハタと手を止めた。
「あっ、そうだ。いつもお屋敷に卸している煙草と、同じ国の物があるんですよ。終戦後になくなってしまった、古い銘柄の復刻版らしいです。『料理長さん』が気に入るかどうかは分かりませんが、この試供品を渡しておいてもらってもいいですか?」
すっかり常連認定されている事を思って、マリアは愛想笑いを浮かべてそれを受け取った。
彼もこれから王都に行くというし、一人で行かせるとまたしても何かしら起こってしまいそうな心配もあり、ヴァンレットと一緒に馬車に乗せる事にしたのだった。
※※※
午前中はジーンも外出予定がある。隊長が先輩としていて、だから自分にとっては『大先輩』であるグイードも、予定が入っているようで執務室にはいなかった。誰も彼もが忙しそうにしていて、本日はマリアも休みであるらしい。
つまり、かなり暇である。なのでニールは、目的もなく王都を歩いていた。
遠目がてら、好みどんぴしゃのバストを持った女性がいないか目を向けつつ、菓子屋が開催している紙遊びで、賞品の飴玉をかけて子供達と勝負して惨敗した。惜しかったなぁと思いながら、珍しい飴玉がないか散歩を続ける。
その時、王都のごちゃごちゃした人混みから、頭一つ分飛び出た見知った顔を見付けて、ニールは足を止めた。
「あれ? ヴァンレットじゃん。お前、なんでこんなとこにいんの?」
声を掛けると、ヴァンレットがこちらに真っ直ぐ歩いてきた。仕事じゃなかったっけ、とニールは首を捻る。
後輩は近衛騎士隊の軍服姿ではあるけれど、マントをどこへやったのだろうか?
そう少し考えたところで、ニールは察したと言わんばかりに、いい笑顔で指をパチーンっと鳴らした。
「分かったぜ。マントがないって事は、お前、さては休憩中だな!」
ヴァンレットが無害なきょとんとした表情で、記憶を辿るようにゆっくりと首を左に傾けて「うむ?」と、よく分からないと言うような声を上げる。
しかし、ニールは「ははは、以心伝心して分かってるから!」と先輩として自信たっぷりに堂々と言い放ち、後輩の疑問の声をすっかり聞き流した。むしろ、そう口にした一瞬後には、彼の中ではなかった事になっていた。
「で、ヴァンレットはどこに行ってきたんだ?」
「隣町に行ったら、マリアに会った。使用人仲間と一緒だった」
「何ソレ、めっちゃ面白そうじゃんッ。なんで俺を誘ってくれなかったんだよ?」
愉快に楽しく過ごしている姿を想像したニールは、そういえば彼女の交友関係を知らない事に気付いた。とても気になるし、使用人仲間とやらも、見てみたい気がする。
否、むしろ自分が遊びに行きたい。いつも仕事だという理由で手厳しいのなら、休みの日に会いに行くというのは、有りな気がする。
ニールはどうして『遊びに行きたい』のか、という疑問に思い至れないまま「よしっ」と意気込んだ。だから身にしみついた、十六年前の感覚と同じである、とは気付かなかった。
「こうなったら、今度お嬢ちゃんのところに一緒に行って、ちょっとだけでも遊べないか、家の人に訊いてみようぜ! 確か、なんとか侯爵家って言ってたよな。行く時に副隊長か、グイードさん辺りに確認してみればいいか」
解散された今でも『隊長』の部隊員として、他の先輩たち同様に、胸の中に黒騎士部隊の黒竜の軍旗を抱くニールは、調子に乗るとジーンに対して『副隊長』呼びに戻るところがある。
そんなニールは、すっかりマリアの雇い主の名前を忘れていたが、そんな事は些細な問題であると思っていた。だって貴族様を訪ねる訳じゃなくて、そこにいるマリアに会いに行くだけなのだ。
そう考えるニールが、楽しそうに提案する様子を見て、ヴァンレットも名案だと言わんばかりに「うむ」と笑顔で頷いた。後輩から賛同を得た彼は、「ちゃんと家の人に訊いて確認するとか、俺ってめっちゃ大人じゃん!」と、自分の考えを一方的に褒めて、満足そうに頷いたのだった。
~(※)~
ちょうどニールがヴァンレットと合流し、第一宮廷近衛騎士隊の隊長である『猛進の最強近衛騎士ヴァンレット・ウォスカー』がいない、と、王宮の一部で騒ぎになっている事も露知らず、呑気に歩き出した頃――。
薬学研究棟へと続く道の前にある、廊下脇の芝生が広がる場所で、とある別々の部隊が珍しくも対峙して人目を引いていた。
またしても軍人特有の騒ぎかと、使用人や勤め人といった人々が公共区の廊下をそそくさと通り過ぎる。騒ぎの声が『向こう』へ行かないように、その部隊と対峙する事になっていた近衛騎士部隊の男たちは、かなり必死だった。
「だからッ、ルクシア様はこちらで任されているんです! お引き取りください!」
そんな近衛騎士の叫びを聞いて、軍区へ向かおうとしていた銀色騎士団の若い男たちが、物珍しいさに足を止めて目を向けた。一体何事なんだと、近くに居合わせた衛兵に尋ねようとしたところで、騎馬隊特有の見栄えがするマントに『第三』というマークを背負った、とある大きな男が騒ぎの中にいると気付いた。
細身の人間が多い騎馬隊の中で、まるで熊みたいな太い筋肉質な身体をしたその男は、第三騎馬隊を率いている、将軍のバレッド・グーバーである。彼は同じように使命感溢れる顔付きをした部下と共に、何故か近衛騎士隊の若い面々と木刀を構え、決闘を申し込んでいるようだった。
「あの人、一体何してんだ?」
「確か仕事一本の、真面目な人だろ?」
「いつでも特訓とか筋トレしてるよな」
銀色騎士団の男達は、温厚派である近衛騎士隊の若い面々が喧嘩を吹っ掛けるはずもないし、変だなと首を傾げた。理由がなんであるのか、ひとまずは様子を窺うかと耳を傾けた時――
「第三王子の犬になるのはッ我が部隊である!」
バレッドの雄叫びのような宣言の声を聞いた瞬間、銀色騎士団に所属している若い彼らは、揃って「ごほっ」「げほっ」「ぶほっ」と三拍子の声を上げて、激しく咽た。
自分たちの聞き間違いだろうか。そう思って、近くにいた衛兵班に目を向けたら、青い顔で首を左様に振られてしまった。それが原因で、先程からずっとこの調子で睨み合っているらしいと分かり、彼らは思わず「マジかよ」とほぼ同時に呟いていた。
すると、第三騎馬隊の他の部隊員たちも、次々に声を上げ始めた。
「あの方をお守りするのは俺たちだ!」
「一生ついていきます!」
「俺らはあの方の犬になるんだッ、そこをどけ近衛騎士部隊め!」
いや本気で何言ってんだお前ら!
王族の護衛は、基本的に近衛騎士部隊がメインで任されている。それなのに、どうしてそこで騎馬隊が出てくるんだ、と銀色騎士団の若い男たちには理解出来なかった。そもそも、なんでバレッド将軍は、そんな阿呆みたいな行動に出ているのか。
つか、自分たちで『犬』と言っていて違和感を覚えないのだろうか。誇り高き騎馬隊としての威厳を、どこへやった?
その時、彼らは視界の隅に師団長を示すマントが映った事に気付いて、ハッと目を向けた。そこには、規律に厳しいポルペオ・ポルー師団長がいて、黒縁がかなり分厚い眼鏡の奥にある黄金色の瞳で、騒ぎの方向をジロリと見据えていた。
本日もポルペオは、見事なヅラと黒縁眼鏡の組み合わせをしていた。凛々しい太い眉毛は黄金色だし、質素でありながらコテコテに固められて照り返し光っているヅラの色とは、大変アンバランスで超違和感しかないのだが、マントには一つの皺もなく、そこは騎士としての鑑の如く清潔感に溢れている。
こうなったら、この人にどうにかしてもらうしかない。
銀色騎士団の彼らは、総隊長という大魔王が降臨する前に、この騒ぎを終わらせるため協力して欲しい、とその名を呼ぼうとした。しかし、ポルペオが気真面目に頷いて、こう呟く方が早かった。
「見直したぞ、騎馬隊」
「何言ってんすかポルペオ師団長!?」
どこをどう見て見直したのか、さっぱり分からない。
すると、そこでポルペオが軽く手を上げて、慣れたように両者の注目を自身に集めさせた。途端にバレッドが「おぉ」と瞳を輝かせ、その部下たちも揃って「【突きの獅子】ポルペオ様だ!」と口にしたかと思うと、機敏な動作で一斉に片膝をついて頭を下げた。
めちゃくちゃ崇拝している感じがする。
ほんと、なんでこいつら騎馬隊やってんのかな。
銀色騎士団の若い男たちは、第三騎馬隊ってちょっとおかしいよな、と前々から思っていた事を、遠い目で回想した。自分たちの上司を思い出して、ついでに押し付けてやりたいなとも想像した。――ちなみに彼らは第一師団、つまりグイードの師団である。さっきも大変だった。
「お前たちの熱い想いを、陛下に直接願ってみれば良かろう。あの方は身分所属に問わず、お会いするチャンスを設けてくださる心広いお方だ」
「なるほどッ、それは全く思い付きませんでしたぞ!」
「ただし、殿下はもともと護衛を拒絶しているお人である。護衛の任につきたくば、しっかりそれを守り、優秀に仕事をこなせるかが重要になってくるだろう」
「お任せください。騎馬隊の中で我が第三部隊ほど、身体を鍛えて日々精進に励んでいるムキムキな心強い部隊も、他におりますまいッ」
バレッド達は深々と感謝し、マントをひるがえして堂々と歩き去るポルペオに向かい、地面に額をガツンとぶつける勢いで頭を付けた。そして、今はそばに行く事が叶わずとも、自分たちの熱い想いだけでもと考えて、薬学研究棟の方に向けて軍人式の最上級の敬礼を取った。
顔面を引き攣らせた近衛騎士隊が「えぇぇぇぇ……」と、何も言えない様子で声をこぼした。もうコレどうなっても知らないぞ、と目撃者となった銀色騎士団の男たちと衛兵班は思った。
薬学研究棟の一階の研究私室にいたルクシアとアーシュは、外の騒ぎなど聞こえない室内にて、なんだか悪寒を覚えて、互いに小さなくしゃみをした。




