十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(5)上
「直球で言うと、スカウトしに来たんだわ」
丸いテーブル席に『ピーチ・ピンク』の十人をぎゅうぎゅうに座らせ、彼らの前にそれぞれジュースを置いたところで、ジーンは足を軽く組んでそう告げた。
「『銀色騎士団総隊長』と『大臣』の直属の班で、言ってみりゃ助っ人チームってところだな。非公認の秘密裏の外部協力チームとはいえ、専属雇用だから軍人と同じで活動費は全額保証されるし、仕事の数に関係なく、一定の基本給料も出るぞ~」
なんでもないような軽い口調でそう続けて説明したジーンは、手元の水を口にした。窓も締め切った店内の中、暑苦しさも感じさせずローブ姿のまま、目の前の青年たちの反応に目を留め、ついでに例の小動物も確認する。
警戒した様子で彼を見つめる『仔猫』のトラジローを頭に乗せたまま、ジャックは子分たちと視線を交わしていた。あれって都市伝説じゃなかったんだなぁ、と彼らは『お偉いさん』や『軍人がスカウトしている』という話を思い出して呟く。
「つか、気のせいじゃねぇよな? めちゃくちゃ物騒な名前が出たぞ」
「美味い話すぎるっていうか、正直いきなり過ぎて、俺も頭がこんがらがりそうだぜ、リーダー」
「銀色騎士団って、国でトップの精鋭部隊軍っすよね?」
「しかも大臣様ときた……」
彼らは、揃ってゴクリと唾を飲み込んだ。
本当の話なのだろうか、と困惑したまま『無精髭のおっさん』に視線を戻したところで、リーダーであるジャックの隣にいたラッツが、胸の前で小さく手を挙げた。
「質問してもいいか? この前チラリと軍服が見えたんだけどさ、あんたは軍人なのか?」
つい痛い記憶も蘇ってきて、語尾が小さくなる。
ジーンは、ほんの数秒ほど彼らを全体的に眺めて、それからこう答えた。
「――ま、そんなところだ」
格好についての件にそう答え、にっこりと笑う。
なんだか嘘臭い笑顔のような気もしたが、返って親身過ぎる爽やかな笑みを向けられたジャックたちは、バカ正直にその言葉を信じて「なぁんだ」と揃って警戒心を忘れた。
相手は人軍とはいえ、おっさんである。しかも、最初に椅子に腰かけた時に「なんにもしねぇからさ、な?」と言われた事もあって、緊張感も一気に消えていた。
ジャックと仲間たちの空気からそれを察し、トラジローも彼の上で短い尻尾を揺らしつつ、逆立てていた毛を一旦は収める。そんな中でガイザーが、同意を求めるようにリーダーのジャック達を見やった。
「つか、俺らにお偉い人が直接声を掛けて、こうして来てくれるわけねぇよな」
その言葉を聞いた一同が「だよなぁ」と、普段の調子で相槌を打った。
ジャックは相手がただの『伝言係』の軍人であるらしいと理解したところで、ふと我に返った。彼の顔を見た子分たちも「あ」と自分たちが置かれている状況を、遅れて思い出したような表情を浮かべて、互いの顔を見合わせた。
ジーンは様子見がてら、質問がくるまで待っていた。チラリとトラジローの黄金色の獣眼に視線を向けて、ポルー伯爵家みてぇな見事な黄金色だなぁと思った。
提案された話は、かなり懐事情の良い話である。しかし、すぐさまオーケーと答えられる状況でもないとでも言うように、ジャックは仲間たちと長く視線を交わして逡巡した後、迷いながらも小さく口を開いた。
「でもさ、実を言うと俺ら、先約で金までもらって引き受けている仕事があるというか――」
「おぅ、知ってるぜ。だから、それをキャンセルして欲しい訳だよ」
台詞を遮られたジャックと共に、ガイザーたちは揃って「え」と声を上げた。発言前と雰囲気や表情に変化もなく、寛ぐように腰かけたままのジーンを目を丸くして見つめ、思わず言う。
「……え、まだなんも活躍してないのに、キャンセルしろってマジな話なのか? 冗談だよな?」
「だって金も半分もらってるんだぞ?」
「さすがにさ、食い逃げみてぇな事やったらアウトだろ……? 結構な金額だったし――」
「アウトもクソもあるかよ、んなの無視してキャンセルしちまえ」
ジーンは動揺して口々に言い始めた彼らの話を遮ると、片手を振って軽い調子でさらりと言ってのけた。ジャック達は「こいつとんでもねぇ悪党だ」とドン引きした。
大事な約束でもあるまいし、とジーンは頬杖をついて「いいか、お前ら」と言葉を続けた。
「ちなみに訊くが、もし用心棒として屋敷にいたとして、そこに侵入者があったら、お前らはそいつらを斬れるのか? ああいった組織は、害をなす者は生きて返さないってのが常識なんだけどな」
「!? なんで俺らの仕事知っ――」
「お前らの最近の動きと、持っているその刃物を使いこなせないのも調査済みだ」
んで、殺せるのか、とジーンは今度は真面目な顔で尋ねた。
まるで上官のような鋭く重々しい眼差しを向けられ、ジャック達は揃って口をつぐんだ。隙のない威圧感にゴクリと息を飲んで、促されるままに自分たちが『人を斬るところ』を想像して、小さくなる。
「…………んなの、考えた事もねぇよ」
「…………だってさ、斬られたら、めちゃめちゃ痛いじゃん?」
「…………急所外したとしても、もしかしたら、うっかり死んじまうかもしれねぇっすもんね」
出身の町があるスラム街の区では、外を出歩けば死体くらいは見た。実際に、殺される現場に遭遇した事だってある。しかし、自分たちがそちら側に回るだなんて事だけは、絶対に考えられない……彼らは、つい本音をこぼしていた。
ジーンは、図体はデカい癖に、十代半ばの少年みたいな彼らをじっと見据えて「――知ってるよ」と小さな声で呟いた。
昨夜届けられた分厚い調査報告書を、彼は一人で何度も読み返したのだ。問題がある人間を、ロイドの味方にする訳にはいかなかったからだ。そして何より、この自分が、判断を間違えてはいけないとも知っていた。
「ったく、面倒のかかる後輩だよなぁまったく」
思わずそう呟いて、ジーンは頭をガリガリとかいた。一旦ここには必要のない私情を追い払うように前髪をかき上げると、完全に沈黙してしまったジャック達に視線を戻して、強い声でこう言った。
「『俺が』求めているのは殺生でもなく、力技で邪魔な奴らを追い払えってのでもねぇよ。つい人助けしちまう善意と、やる気があって、動けない『総隊長たち』の代わりに自由に動けるような人材が欲しいわけだ。助っ人を置いておきたいってのが考えなんだよ」
殺生無し? ピーチ・ピンクの男たちは、口の中でその言葉を反芻し、聞き間違えだろうかと顔を見合わせてからジーンへと視線を戻した。
「なんだ、妙なもんでも食ったみてぇな顔して? それとも、ちょっとは話を聞いてみる気になったか」
「えぇと、その……つまり本当に『ちょっとした手助け』みたいに、おつかいをして欲しいって事か?」
「そういうこった」
尋ねて確認したジャックが、回答を受けても困惑が拭えない様子で、細く薄く眉を寄せて「うーん」と首を捻った。その際に、頭の上にいたトラジローが、落ちないようしっかり爪を立てたが、頭皮だけやたらと分厚く、それでいて超級の石頭である彼は気付かなかった。
さすが親友に拳骨と蹴りと、ついでに言うなら投げ技からのトドメまでされたのに、ダメージが深くなくて立ち直りも早かっただけはあるわ、とジーンは思った。正直、頭蓋骨割れるんじゃね? と――頭を地面に突き立てられていた彼を見た時は、本気でやべぇなと心の中で呟いたものである。
「でもさ、国のために動くといわれても、俺らろくに字の読み書きだって出来ねぇし、頭もよくねぇし、……正直に言っちまうと、喧嘩しかできねぇんだぜ」
「リーダーの言う通りだって、おっちゃん。俺ら、ちょっと難しい綴りの単語があると、すぐ書けなくなるし……」
ラッツが言葉を引き継いで、彼らは罰が悪そうに揃って俯いた。
やれやれと短い息を吐き、ジーンはむさ苦しい筋肉ムキムキの青年たちに「おいおい、俺は初めに言ったろ」と呆れたように手を振って言った。
「王国軍にどんなイメージを抱いているのかは知らないが、殺しや護衛なんかをしてもらいたい訳じゃねぇし、頭脳を駆使した任務は、それが得意な奴に任せておけばいいんだよ。俺は『お前らに出来る手助け』をしてもらいたい。小さな一つ一つが重なって、そうやって国も人も守れるんだ」
「小さな一つ一つ……?」
ジャックの二つ隣にいた青年が、メンバーを代表するようにして問い掛けた。
本音の一部を出してしまったと気付いて、ジーンは言葉を切った。若造にとってはきっと難しい話であるし、実感も出来ない事だろうと分かって、どうはぐらかしたもんかなと、さりげなく視線をそらして頭をかきつつ思案する。
その時、ジャックが「なぁ」と考えなしに呼んだ。
「なんだかよくは分からねぇんだけどさ、あんたは守りたいから『そこにいる』のか……?」
軍人ってのも大変なんだろ、と、彼はストレートなイメージだけで続けてくる。
問われたジーンは、なかなか鋭いな、と呟いて思わず苦笑を浮かべた。けれどふっと微笑をこぼし、つい、アトライダー侯爵家では異例の『軍人の手』である、これまでの年月を共に刻んですっかり固くなった自分の大きな手を見下ろした。
「ああ、全部守りたいね。『見えない全国民を』って一人で抱え込んじまう馬鹿がいて、『手の届く範囲の全てを』って一人で突っ走って全部背負いこもうとする奴もいて、――俺はそのどっちも全力で叶えたいと思って、人生賭けて走り続けてきたからな」
そう呟いて、彼はぎゅっと拳を固めた。
だから若い時代、自らの狭い世界の平穏だけを求めるアトライダー家から一旦出たのだったと、――そんな過去に蓋をするように一度口をつぐむ。
オブライトと自分と、アヴェインの三人で話していた時に、心に動かされるがまま互いに口にした言葉が耳に蘇った。あの時に三人で約束をして、そして自分と親友は改めて騎士としても、忠誠の言葉を誓ったのだったと思い出す。
きっと、親友はそれを気にしているのだろう、とは分かっていた。だから再会を果たした時、それも含めて『ごめんな』と涙を浮かべたのだろう――と。
ああ、いかん。ガキ共が心配するな、と場に満ちる静かな空気から気遣いを覚えた。ジーンは雰囲気を変えるように「よしっ」と顔を上げると、明るい調子の声を出してこう続けた。
「んで、さっそく頼みたい『仕事』があるんだが、引き受けてくれるなら、すぐにでも向かってもらいたいと思っている」
そう言ってにっこりと笑いかけられたジャック達は、ころりと話を戻された拍子に、直前のしんみりとした真面目な印象や違和感を忘れた。互いの顔を見合わせて、内容にもよるよな、と長い付き合いから一致する意見を読み取って緊張する。
メンバーを代表して、リーダーのジャックがおずおずとジーンに尋ねた。
「……あのさ、その『やって欲しい一番目の仕事』ってのは一体……?」
「この書類を、出来るだけ早く、ティボイの町長と孤児院まで届けて内容を確認させて欲しい。んで、申請を出してみるつもりであれば、お前らがそれをしっかり受け取って、責任を持って王都の議会館まで運んでもらいたい」
唐突に自身たちの故郷の名が出て、ピーチ・ピンク一同は驚きを隠せなかった。つい、ジーンからひらりと差し出された大きな茶封筒を、勢いよく手に取って中身の書類を引っ張り出し、確認してしまう。
トラジローが、ジャックのスキンヘッド頭から顔を覗かせて、同じところへ目を留めた。その様子を眺めたジーンは、口角を小さく引き上げた。
「国の制度を知らないってのは勿体ないぜ。昔と違って、今は議会だって小さな領地だろうと、支援申請は受け付けている。急だったが、昨日の夜にそっちの領主と会って話は通したし、先に印も押してもらってある」
おかげで昨日は、実に大変忙しい午後だった。
大臣の仕事もやりながらだったが、まぁ日中は親友となんやかんやで楽しく過ごせたし、報告書もめちゃくちゃ笑えたし、こっそりロイドが苦悩する後ろ姿を盗み見に行って腹を抱えて笑いをこらえて、ジーンとしては満足している。
ジャック達は、書類の申請項目名を確認した瞬間、パッと視線を上げて顔を見合わせていた。既に答えは決まったらしいと、そこに拒否の意思はないと見て取り、ジーンはにっこりと笑って「お前らの名前を教えてくれよ。俺は『ジーン』だ」と言った。
スラム街区にある小町ティボイのチンピラグループ、『ピーチ・ピンク』のリーダー、ジャック率いる全員が一人ずつ自己紹介をした。前もって把握していた名前を確認出来たところで、ジーンは「よし」と言って手を打った。
「お前らはこれから、非公式だが国の助っ人チームだぜ。班として動くんだから、グループ名で銀行の口座も作っておかねぇとな。俺もあんま時間はねぇし、ここを出てさくっと一緒に作るぞ」
そう続けたジーンは、「おっと、これを忘れたら大変だ」と、ローブの下の軍服のポケットから、一つの小袋を取り出して、リーダーであるジャックに手渡してこう言った。
「それから、このバッジは、いつでも身に付けておくように」
「金のバッジ……? つか、なんだコレ?」
「分かる奴には分かる『所属してますよ』っていう証明みてぇなもんだ。お前らが今身に付けてる『灰猫団』のそれと、同じ感じだな。これがあれば、絶対安全」
一体何が安全なんだろうか、と疑問を覚えかけた彼らは、「な、カッコイイだろ?」とにっこり爽やかに笑いかけられて、またしても違和感を忘れた。
一番目に小袋の中からバッジを取り出したジャックを筆頭に、ガイザー達も小袋を回しながら、一つずつ手に取っていった。四番目にそれを手にした髪を逆立てた青年が、バッジの正面のマークを見て「ん?」と首を捻る。
「これ、なんの絵柄なんだ?」
「『虎』だ。軍旗の代わりみたいなもんさ、つまりは正式なチームのマークってところだな」
昔は『黒竜』もあったんだぜ、と思い出すようなジーンの呟きを聞き流して、彼らは「ふうん」と揃って首を傾げた。
「軍旗みたいな紋章って、なんかかっけぇなぁ。まぁ軍人には憧れるけど、俺らはずっとチンピラグループの助っ人班で終わるだろうな」
「でもリーダー、なんかすげぇよッ。助っ人して協力するっていう専属契約だろ? しかも、そこらの部隊じゃなくて、軍のトップと大臣様の直属とかやべぇっすよ」
「こっちのベルトのやつより、断然カッコイイぜリーダー!」
ベルトにされた『灰猫団』の焼印を指して子分が主張し、ジャックは自分の大きな肩にあてている片側のみの防具に目を向けて、律儀にも確認してから「確かに」と相槌を打った。まるで、立派な機関の専門家が作った紋章のように『虎』のマークはイケてる。
その時、最後にバッジを取り出したラッツが、小袋の中にもう一つ何か入っている事に気付いた。それは同じ紋章入りのペット用の首輪で、彼らは遅れて、安定収入の件について改めて考える表情を浮かべる。
「一定の基本給料が出るって事は、最低限の食は確保出来るわけで……」
「しかも、俺らのバッジだけじゃなくて、お揃いのマークが入った首輪もついているし……」
「専属の助っ人チームになったという事は、つまり……」
ふと、自身たちの最大の問題が解決した事に気付いて、ジャックを筆頭に、ピーチ・ピンクの青年たちが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「トラジローを飼ってやれるぞ!」
ジャックの宣言をきっかけに、彼らは次々に歓喜の声を上げ、互いの手を叩いて喜びを分かち合った。その事実が嬉し過ぎて、これから銀行の口座を作った後、『灰猫団』を裏切って自分たちが最初の『おつかい』に行く事への罪悪感も吹き飛んだ。
そのバッジの裏面に、許可の如く小さく入っている国王の紋には気付かなかったらしい。その反応もまた、予想通りではあるものの、ジーンはなんだかおかしくなって「まぁ預けるというよりは、国王直々の飼い主認定なんだよなぁ」と呟いた。
というのも、国王陛下アヴェインに『勝手にしていいぞ』と言われていたのに、実は昨日、宰相ベルアーノが丁寧にきちんと確認を取っていた。律儀にも尋ねた彼に対して、奴は人払いをさせた王座で頬杖をついたままこう述べた。
『よし、ならばチンピラに引き続き保護させておけ。これで面倒も手間も省けて一件落着だ。そもそも俺は、クソ忙しい』
その国王陛下のあっさりとした答えを聞いて、不安マックスで激しい胃痛を覚えてベルアーノが倒れたのを見て、アヴェインの後ろでめちゃくちゃ笑った――のを、ジーンはなんとなく思い返した。




