第9話 ヤンデレがストーカーされている
朝。
「助けて」
「嫌」
「まだ何も言ってないよ?」
「面倒くさそうだから」
「正解♡」
「帰れ」
玄関を閉める。
ガッ。
靴が挟まった。
「痛い」
「…………」
「…………」
「それ」
「何?」
「第1話で見た」
「?」
「いや、何でもない」
扉を開ける。
元相棒が立っている。
小さな白馬のぬいぐるみを抱えて。
「で?」
「ストーカーされてる」
「…………」
「助けて♡」
「…………」
俺は扉を閉めた。
「待って待って待って!」
「お前が言うな!!」
「今回は私が被害者!」
「白馬様誘拐した奴が何言ってる!」
「反省してる!」
「本当に?」
「ちょっと!」
「少なっ!」
「お願い!」
「警察行け!」
「もう相談した!」
「ちゃんとしてる!」
◇
「誰?」
リビング。
眼鏡女が起きてきた。
髪が少し乱れている。
「…………」
元相棒が眼鏡女を見る。
俺を見る。
もう一度眼鏡女を見る。
「泊まったの?」
「…………」
「泊まったんだ?」
「違う」
「何が?」
「その……」
眼鏡女が眼鏡をかける。
「昨日は遅かったから」
「へえ」
「何もしてない!」
「聞いてないよ?」
「…………」
「何か意識してるの?」
「うるさい!!」
元相棒が俺を見る。
「手は?」
「何が?」
「繋いだ?」
「…………」
「…………」
眼鏡女と目が合う。
「繋いだんだ」
「何で分かる!?」
「二人とも顔に出すぎ♡」
元相棒がぬいぐるみに顔を埋める。
「いいなぁ」
「で」
俺は話を戻す。
「ストーカーって?」
「これ」
スマホを見せてくる。
『おはよう♡』
『今日もその白馬持ってる?』
『大学行くの?』
『昨日はよく眠れた?』
「…………」
眼鏡女の顔から眠気が消えた。
「いつから?」
「昨日」
「きっかけは?」
「分からない」
「心当たり」
「…………」
「ある?」
「…………いっぱい」
「いっぱいあるんかい」
「昔ちょっとね♡」
「何した?」
「いろいろ」
「絶対聞かない方がいいな」
スマホが震える。
新着。
『今日は三人なんだね♡』
「…………」
「…………」
「…………」
三人で顔を上げる。
カーテン。
窓。
玄関。
「見られてる?」
「たぶん」
「怖っ」
元相棒が俺の服を掴んだ。
「何?」
「…………」
「怖い?」
「別に」
「手震えてるけど」
「寒いだけ」
「部屋二十五度」
「急に寒くなった」
「昨日の眼鏡と同じ言い訳するなよ」
「誰が眼鏡よ!」
◇
大学。
「…………」
右。
眼鏡女。
左。
元相棒。
今日は元相棒が妙に近い。
「狭い」
「我慢して」
「席いっぱい空いてる」
「ここがいい」
「何で?」
「…………」
答えない。
スマホ。
震える。
『今日も隣なんだね』
「…………」
元相棒の顔が固まった。
「また?」
「うん」
俺は周囲を見る。
学生。
学生。
学生。
誰だ?
「講義室にいる?」
眼鏡女が小声で聞く。
「可能性はある」
「番号は?」
「毎回違う」
「…………」
「ねえ」
元相棒が俺を見る。
「何?」
「今日、一人にしないで」
「…………」
いつもの笑顔じゃない。
「分かった」
「…………」
「三人でいよう」
眼鏡女も頷いた。
「うん」
「…………ありがと」
◇
昼。
「白馬様のところ行こう」
「今?」
「うん」
「授業は?」
「空きコマ」
「私も行く」
元相棒。
「今日はいいの?」
「何が?」
「私、前科あるよ?」
「今日は特別」
「…………」
「一人よりいいだろ」
「…………うん」
◇
「白馬様ぁ!」
「ヒヒーン!」
抱きつく。
「会いたかった!」
「毎日来てるじゃん」
「毎日会いたい」
眼鏡女も白馬様を撫でる。
「ブルル」
「よしよし」
「仲良くなったね」
「ライバルを知るのも戦略だから」
「まだ言ってる」
元相棒は少し離れている。
「どうした?」
「……別に」
「白馬様、触る?」
「…………」
近づく。
白馬様が鼻先を寄せる。
「わ」
「ブルル」
元相棒が笑った。
「かわいい」
「でしょ?」
「うん」
少しだけ。
いつもの顔に戻った。
その時。
白馬様が突然、顔を上げた。
「?」
「ヒヒーン!」
耳が動く。
遠くを見る。
「どうした?」
「ブルル……」
俺も見る。
木。
その向こう。
「…………」
人影。
「誰かいる」
「え?」
人影が動いた。
「待て!」
俺は走る。
「ちょっと!」
「待って!」
木の向こうへ。
「…………」
いない。
「速っ」
地面。
一枚の紙。
拾う。
『見つけてくれて嬉しい♡』
「…………」
眼鏡女と元相棒が追いつく。
「何それ」
「…………」
元相棒に見せる。
「…………」
顔色が変わった。
「知ってる字?」
「……うん」
「誰?」
「…………」
「知り合い?」
元相棒が黙る。
「おい」
「昔」
ようやく口を開いた。
「私が追わせた子」
「…………」
「どういう意味?」
「私、人が自分を追いかけてくるのを見るのが好きだったって言ったでしょ」
「うん」
「その中に……一人だけ」
ぬいぐるみを強く抱く。
「ずっと追ってきた子がいた」
「…………」
「私が飽きても」
「それって」
「うん」
元相棒が笑う。
でも、明らかに無理をしていた。
「私が作ったんだと思う」
◇
「何したの?」
眼鏡女が聞いた。
「期待させた」
「どんな?」
「好きって言った」
「…………」
「会いたいって言った」
「…………」
「その子が私だけを見るようにした」
「…………」
「それで?」
俺が聞く。
「飽きた」
「…………」
「連絡をやめた」
「最低」
「うん」
元相棒は否定しなかった。
「最低だよ」
「…………」
「だから仕方ないのかなって」
「何が?」
「こうなるの」
「それは違うだろ」
「…………」
俺を見る。
「お前が昔そいつに何したかは知らない」
「…………」
「悪かったなら謝ればいい」
「…………」
「でも」
紙を見る。
「だから今、何されてもいいって話にはならない」
「…………」
「怖いなら怖いって言えよ」
「…………」
「昨日までの俺なら」
少し考える。
「お前が言うなって笑ってたけど」
「今日も最初笑ったじゃん」
「それはごめん」
「…………」
「でも本当に嫌なら、ちゃんと助け求めろ」
元相棒が俺を見る。
「助けて」
「うん」
「怖い」
「うん」
「…………」
初めて。
こいつの口から聞いた。
たぶん。
本当の言葉だった。
「分かった」
眼鏡女が隣に立つ。
「今度は私たちが追う」
「え?」
「相手を見つける」
「…………」
「でも何もしない」
「何もしない?」
「話す。必要なら警察に任せる」
「…………」
「昔の私だったら、たぶん違ったけど」
眼鏡女が俺を見る。
「こいつに怒られるから」
「俺?」
「そう」
「何で?」
「…………鈍感」
「?」
◇
スマホが震えた。
三人で見る。
『優しいね』
「…………」
次。
『私の時は、そんな顔してくれなかったのに』
次。
『ずるい』
次。
『私もそっちに行っていい?』
「…………」
俺は周囲を見る。
「どこだ」
眼鏡女も探す。
「近くにいる」
元相棒だけが動かない。
「…………」
スマホ。
また。
『ねえ』
『どうしてその人なの?』
『私じゃダメだった?』
「…………」
元相棒が文字を打つ。
「何してる?」
「返信する」
「大丈夫?」
「うん」
送信。
『ごめんなさい。あの時、私はあなたを弄んだ。』
既読。
『ちゃんと謝りたい。』
既読。
『でも、今されていることは怖い。やめてほしい。』
「…………」
三人で待つ。
一分。
二分。
返信。
『嫌』
「…………」
次。
『だって』
『あなたが教えてくれたんだよ?』
『好きなら追いかければいいって♡』
元相棒の手が震える。
「貸して」
俺はスマホを取った。
「何するの?」
「返信」
『違う。』
送る。
「ちょっと」
『好きでも、嫌だと言われたらやめる。』
既読。
『それだけ。』
沈黙。
「…………」
眼鏡女が俺を見る。
「何?」
「いや」
「間違ってた?」
「ううん」
少し笑う。
「私にも刺さっただけ」
「お前もか」
「昔の私にね」
元相棒も小さく笑った。
「私にも刺さった」
「二人とも反省しろ」
「はい」
「はーい♡」
「軽いな」
スマホ。
震える。
返信。
『じゃあ』
『あなたは?』
「俺?」
次。
『その二人に嫌だって言える?』
「…………」
眼鏡女。
元相棒。
二人を見る。
「言えるよ」
「…………」
「…………」
眼鏡女が目を逸らす。
「私も」
小さく言った。
「言われたらやめる」
元相棒も頷く。
「私も」
「成長したな」
「誰目線?」
◇
その日の帰り。
三人で歩く。
「今日は泊まっていい?」
元相棒が聞いた。
「…………」
「一人、ちょっと怖い」
「いいよ」
「ありがとう」
「じゃあ私も」
「何で?」
「護衛」
「お前は普通に泊まりたいだけだろ」
「バレた?」
「帰れ」
「何でこの子だけ!?」
「今日は事情がある」
「私にもある!」
「何?」
「嫉妬」
「帰れ」
「冷たい!」
◇
夜。
「…………」
俺。
眼鏡女。
元相棒。
三人。
リビング。
「何これ」
「お泊まり会♡」
「違う」
「トランプする?」
「寝ろ」
「まだ十時」
「じゃあ映画」
「ホラー?」
「嫌」
元相棒が即答した。
「怖い?」
「…………今日は嫌」
「じゃあコメディ」
「それなら見る」
眼鏡女がテレビをつける。
「ポップコーンある?」
「ない」
「買ってくる?」
「一人で出るな」
「…………」
元相棒が俺を見る。
「今の」
「何?」
「ちょっと嬉しかった」
「危ないからだよ」
「それでも」
「…………」
三人で映画を見る。
途中。
元相棒を見る。
「…………」
寝ていた。
白馬のぬいぐるみを抱えて。
「寝た?」
眼鏡女が小声で聞く。
「うん」
「今日は疲れたんでしょ」
「…………」
毛布を掛ける。
「優しいね」
「普通」
「そういうのを優しいって言うの」
「…………」
眼鏡女が俺の隣に座る。
「ねえ」
「何?」
「昨日」
「うん」
「手」
「…………」
手を差し出してくる。
「今日は?」
「何で?」
「聞いただけ」
「…………」
その手を見る。
握る。
「…………」
「…………」
「これでいい?」
「うん」
映画を見る。
手は離さない。
「…………」
「ねえ」
「何?」
「私、ちゃんと変われてる?」
「…………」
「少しは」
「そっか」
「うん」
「よかった」
◇
午前零時。
テーブルの上。
元相棒のスマホが光った。
二人とも気づかなかった。
新着メッセージ。
『楽しそう。』
数秒後。
『今度は』
もう一件。
『私もそこに泊めてね♡』
そして。
玄関の外。
小さく。
カチャ。
何かが置かれる音がした。
翌朝。
扉を開けた俺たちは、それを見ることになる。
一つの箱。
中に入っていたのは――
四人分の歯ブラシだった。




