第10話 白馬の王子様
朝。
玄関を開ける。
「…………」
「…………」
「…………」
箱が置いてあった。
俺。
眼鏡女。
元相棒。
三人で見下ろす。
「何これ」
「開ける?」
「やめた方がいい」
「でも」
「警察呼ぶ?」
「その前に中身だけ――」
「触らない」
眼鏡女に止められた。
「こういうのはちゃんとした人に任せる」
「成長したな」
「何その親みたいな目」
結局、安全を確認してから箱を開けた。
「…………」
「…………」
「…………」
歯ブラシ。
四本。
「何で四本?」
「俺」
「私」
「私」
「…………」
三人で残り一本を見る。
「来る気じゃん」
「泊まる気だね」
「嫌だよ」
元相棒のスマホが鳴った。
『おはよう♡』
「…………」
続けて。
『歯ブラシ届いた?』
元相棒がスマホを握る。
「…………」
「大丈夫?」
「うん」
昨日とは違う。
震えていない。
「返事する」
「何て?」
「ちゃんと話す」
◇
大学。
昼休み。
元相棒はメッセージを送った。
『会って話そう。』
すぐに既読。
『二人で?♡』
元相棒が俺を見る。
「どうする?」
「決めるのはお前」
「…………」
「怖いなら俺たちも行く」
眼鏡女が頷く。
「私は行くよ」
「でも」
「一人で行きたいなら離れてる」
「…………」
元相棒は少し考えた。
『友達も一緒。』
送信。
「友達?」
「違う?」
「…………」
眼鏡女を見る。
「何?」
「いや」
「何よ」
「俺たち友達だったんだ」
「そこ!?」
元相棒が笑った。
「じゃあ何?」
「白馬仲間」
「もっと嫌だ」
「私は?」
「元白馬誘拐犯」
「まだそれ!?」
◇
放課後。
大学近くの公園。
ベンチに一人の女が座っていた。
普通の女だった。
もっと。
見るからにヤバい奴を想像していた。
「…………」
女が立ち上がる。
「久しぶり」
元相棒の足が止まった。
「……久しぶり」
「来てくれた」
「うん」
女は俺たちを見る。
「その人たち?」
「うん」
「最近ずっと一緒にいる人」
「…………」
「楽しそうだね」
元相棒は黙った。
「私の時より」
「…………」
「どうして?」
眼鏡女が動こうとする。
俺は止めた。
「待って」
「でも」
「本人が話す」
「…………」
元相棒が一歩前へ出た。
「ごめん」
女が止まる。
「あの時」
「…………」
「私はあなたに好きって言った」
「うん」
「会いたいって言った」
「うん」
「あなたが私を好きになるのが嬉しかった」
「…………」
「でも」
元相棒が拳を握る。
「私はあなたを好きじゃなかった」
「…………」
「好きになってほしかっただけ」
女の表情が変わる。
「それで、飽きて」
「やめて」
「急に連絡を切った」
「やめて」
「ごめんなさい」
「やめてよ!」
女が叫んだ。
「じゃあ何だったの!?」
「…………」
「私がずっと考えてた時間は!?」
「…………」
「あなたに会いたくて、あなたのことばっかり考えて!」
「ごめん」
「謝らないで!」
「…………」
しばらく。
誰も話さなかった。
「…………ずるい」
「うん」
「今さら普通になって」
「うん」
「友達まで作って」
「…………」
「私だけ置いていって」
元相棒は首を横に振った。
「一緒には行けない」
「…………」
「でも」
まっすぐ女を見る。
「あなたが悪かったことにもしない」
「…………」
「私がしたことは謝る」
「…………」
「でも、追われるのは怖い」
スマホを取り出す。
「見られるのも」
「…………」
「家まで来られるのも」
「…………」
「もう、やめてほしい」
「…………」
女は何も言わなかった。
やがて。
「私のこと、嫌い?」
「…………」
「分からない」
「何それ」
「もう、分からない」
「…………」
「だから」
一歩下がる。
「離れたい」
長い沈黙。
女が俯く。
「…………そっか」
それだけだった。
◇
俺たちは歩いていた。
「大丈夫?」
「うん」
元相棒は白馬のぬいぐるみを抱えている。
「本当に?」
「怖かった」
「うん」
「でも言えた」
「うん」
「…………」
ぬいぐるみを見る。
「これのおかげかも」
「ゲーセンの景品だけどな」
「言わなくていいの」
眼鏡女が元相棒を見る。
「これで終わるとは限らないからね」
「分かってる」
「何かあったら相談する」
「うん」
「一人で何とかしない」
「うん」
「あと」
「まだある?」
「白馬を誘拐しない」
「それ関係ないでしょ!」
「大事」
「俺も賛成」
「二対一!?」
元相棒が笑った。
いつもの笑顔だった。
◇
数日後。
「白馬様ぁぁぁ!」
「ヒヒーン!」
抱きつく。
「会いたかった!」
「昨日も来たでしょ」
眼鏡女が呆れている。
「二十四時間ぶりだよ?」
「十分短い」
「長い」
「恋人か」
「うん」
「否定しろ!!」
元相棒も白馬様へ近づく。
「こんにちは」
「ブルル」
「これ、見て」
ぬいぐるみを見せる。
「あなたの偽物♡」
「ブルル……」
「嫌そうな顔した」
「白馬様の方がかわいいから」
「知ってる」
「お前も白馬派になってきたな」
「ちょっとだけね」
「…………」
眼鏡女だけが黙っている。
「どうした?」
「別に」
「白馬様触る?」
「後で」
「?」
珍しい。
「ねえ」
「何?」
「ちょっと来て」
「どこ?」
「いいから」
腕を引かれる。
「白馬様も?」
「二人で!」
「…………」
「そんな絶望した顔するな!」
◇
少し離れたところ。
「何?」
「…………」
眼鏡女が落ち着かない。
眼鏡を触る。
髪を触る。
また眼鏡を触る。
「壊れるよ」
「うるさい」
「で?」
「…………」
「何?」
「私さ」
「うん」
「最初、お前を捕まえようとしてたじゃん」
「うん」
「逃げても追いかけて」
「うん」
「シンガポールまで行って」
「うん」
「白馬に負けて」
「うん」
「そこは強調しなくていい」
「ごめん」
「それで」
眼鏡女が白馬様を見る。
「追いかけるのやめた」
「うん」
「そしたら」
俺を見る。
「前より近くなれた」
「…………」
「変なの」
「そう?」
「うん」
少し笑った。
「ずっと、捕まえれば私のものになると思ってた」
「物じゃないけど」
「今なら分かる」
「…………」
「隣にいてくれる方が嬉しい」
風が吹く。
「ねえ」
「何?」
「私」
息を吸う。
「もう追いかけなくていい?」
「…………」
「…………」
「知らない」
「は?」
「だって」
眼鏡女を見る。
「今、隣にいるじゃん」
「…………」
「追いかける必要ないでしょ」
「…………」
「…………」
「眼鏡?」
「ちょっと待って」
「何を?」
「今処理してる」
「何を?」
「全部!!」
顔が真っ赤だ。
「…………」
「…………」
「決めた」
「何を?」
眼鏡女が俺を見る。
逃げない。
逸らさない。
「好き」
「…………」
「お前が好き」
「…………」
「私と付き合って」
静かだった。
白馬様も。
元相棒も。
遠くにいる。
俺は。
「…………」
考える。
「…………」
「長くない?」
「考えてる」
「もうちょっと早く!」
「大事なことだから」
「…………」
「…………」
「いいよ」
「…………」
「…………」
「え?」
「いいよ」
「何が?」
「付き合う」
「…………」
「…………」
「本当に?」
「うん」
「本当に本当に?」
「うん」
「本当に本当に本当に!?」
「しつこい」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
飛び込んできた。
「うわ!」
避ける。
眼鏡女が通過した。
「…………」
「…………」
「何で避けた?」
「抱きつかれるのは恥ずかしい」
「彼女だよ!?」
「彼女でも嫌なものは嫌」
「…………」
眼鏡女が止まる。
「…………そっか」
「うん」
「分かった」
少し寂しそうに。
でも。
それ以上は近づかなかった。
「…………」
俺は手を出す。
「?」
「こっちなら」
「…………」
眼鏡女が笑った。
「うん」
手を握る。
「…………」
「…………」
「恥ずかしい」
「お前から告白したんだろ」
「それとこれは別!」
「離す?」
「絶対嫌」
「どっちだよ」
「ふふ」
手を繋いだまま歩く。
◇
「付き合ったの!?」
元相棒が叫んだ。
「うん」
「いつ!?」
「今」
「私の目を離した数分で!?」
「ふふん」
眼鏡女が勝ち誇っている。
「私の勝ち」
「何の!?」
「恋愛」
「勝負だったの!?」
「最初から」
「聞いてない!」
「言ってないから」
「ずるい!」
「早い者勝ち」
「じゃあ別れたら次私ね♡」
「別れない!!」
「どうかなぁ」
「お前は白馬のぬいぐるみと付き合ってろ!」
「それはそれでアリ♡」
「アリなの!?」
うるさい。
「白馬様」
「ブルル」
「俺たち付き合ったって」
「ブルル……」
「…………」
「何て?」
「祝福してる」
「絶対?」
「たぶん」
白馬様が俺を見る。
「?」
服を噛んだ。
「どうした?」
ぐいっ。
「うわ」
引っ張られる。
「白馬様?」
「ヒヒーン!」
「うおっ!」
身体が浮いた。
気づけば背中。
「ちょっ――」
白馬様が走り出した。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「待って!!」
眼鏡女の絶叫。
「白馬様!?」
「ヒヒーーーーン!」
「どこ行くんだぁぁぁ!!」
爆走。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
眼鏡女が追ってくる。
「彼氏返せぇぇぇぇぇ!!」
「俺は物じゃない!!」
「待ってぇぇぇ♡」
元相棒まで追ってくる。
「何でお前も!?」
「楽しそうだから♡」
「来るなぁぁぁ!!」
白馬様がさらに加速する。
「速っ!」
風。
夕陽。
走る白馬。
後ろから追いかけてくる二人。
「…………」
なんだこれ。
最初も。
こんな感じだった気がする。
あの時は。
怖くて。
逃げたくて。
捕まりたくなくて。
必死に走った。
今は。
「待てぇぇぇぇ!!」
「捕まえたら絶対離さないからなぁぁぁ!!」
「それはやめろ!!」
「あっ、ごめん!」
「ちゃんと謝るんだ」
「嫌ならやめる!」
「成長したな!」
「彼氏のおかげ!」
「うるさい!」
「私も好きだよぉぉぉ♡」
「お前まで告白するな!!」
思わず笑った。
バカみたいだ。
本当に。
でも。
「…………まあ」
悪くない。
「白馬様!」
「ヒヒーン!」
「もっと速く!」
「待てぇぇぇぇぇ!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!」
「何でまた逃げるの!?」
「何となく!!」
「彼氏ぃぃぃぃぃぃ!!」
「まだ諦めてないからねぇぇぇ♡」
「ヒヒーーーーン!!」
夕陽へ向かって。
白馬様は走る。
俺を乗せて。
どこまでも。
そうして俺はようやく気づいた。
最初から。
ずっと。
俺の王子様は――
こいつだったのかもしれない。
白馬様の首を撫でる。
「これからもよろしく」
「ブルル」
「……でも」
後ろを見る。
必死に走る彼女。
「待てぇぇぇぇ!!」
少しだけ速度を緩めてもらおうかな。
「白馬様」
「ブルル?」
「ちょっとだけ」
笑う。
「ちょっとだけ、ゆっくり」
白馬様の速度が落ちる。
「捕まえたぁぁぁぁ!!」
「うわっ!」
彼女が俺の手を掴んだ。
「逃がさない!」
「嫌なら?」
「離す!」
「よろしい」
「でも今は?」
「…………」
握られた手を見る。
握り返す。
「いいよ」
「…………!」
「ふふ」
彼女が笑った。
白馬様が走る。
彼女も走る。
俺はその間で笑った。
――結局。
俺の白馬の王子様は。
最後まで。
白馬だった。
完




