第8話 ヤンデレと普通のデート
「デートしよ♡」
翌日。
一限が終わった瞬間、元相棒が言った。
「嫌」
「昨日いいって言ったじゃん」
「遊びに行くとは言った。デートとは言ってない」
「男女二人で遊びに行く」
「うん」
「デート♡」
「違う」
「デート♡」
「違う」
「デート♡」
「しつこい」
右を見る。
眼鏡女。
「…………」
無言。
「どうした?」
「別に」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「顔怖いよ」
「生まれつき」
「昨日までそんな顔じゃなかったけど」
「今日生まれた」
「怖っ」
元相棒が俺の腕を引く。
「じゃ、行こ♡」
「今から?」
「空きコマでしょ?」
「そうだけど」
立ち上がる。
すると当然。
「私も行く」
眼鏡女も立った。
「二人でって言ったでしょ?」
「監視」
「何の?」
「こいつの」
元相棒を指差す。
「危険人物だから」
「あなたに言われたくないなぁ」
「私は更生した」
「昨日、彼の履修全部調べてたよね?」
「…………」
「更生?」
「……途中」
「まだ服役中じゃん」
「誰が犯罪者だ!」
俺はため息をつく。
「眼鏡」
「何?」
「今日は来なくていいよ」
「…………」
止まった。
「何で?」
「二人でって約束したから」
「…………」
「それに」
元相棒を見る。
「こいつとも普通の思い出作るって言ったし」
「…………」
眼鏡女が目を逸らす。
「そっか」
「うん」
「…………」
座った。
あっさり。
「いいの?」
「約束したなら仕方ないでしょ」
「へえ」
「何?」
「いや」
ちょっと意外だった。
「ただし」
眼鏡女がこちらを見る。
「夜九時までには帰ってきて」
「お母さん?」
「変なところ行かない」
「お母さんじゃん」
「連絡にはちゃんと出る」
「完全にお母さんじゃん」
「あと」
元相棒を指差す。
「手を出すな」
「彼女?」
「…………」
「…………」
眼鏡女の顔が赤くなる。
「うるさい!!」
◇
「で」
大学を出た。
「どこ行く?」
「映画♡」
「お」
普通だ。
「その後ご飯」
「普通だ」
「その後ホテル」
「帰る」
「冗談♡」
「目が笑ってない」
「ふふ」
「やっぱり眼鏡連れてくればよかったかな」
「もう後悔してる?」
「若干」
「ひどいなぁ」
元相棒が笑う。
「でも」
「?」
「来てくれてありがと」
「…………」
普通だった。
「どうした?」
「いや」
「何?」
「お前も普通にありがとうとか言うんだな」
「私を何だと思ってるの?」
「白馬様誘拐犯」
「まだ根に持ってる?」
「一生」
「馬、大好きだね」
「うん」
「私と馬なら?」
「白馬様」
「早いなぁ」
◇
映画館。
「何見る?」
「恋愛映画」
「嫌」
「何で?」
「恥ずかしい」
「かわいい♡」
「ホラー」
「怖いの好き?」
「まあ」
「じゃあそれにしよ」
「いいの?」
「うん」
チケットを買う。
座席。
俺。
元相棒。
「…………」
映画が始まった。
暗くなる。
静かになる。
スクリーンを見る。
十分。
二十分。
三十分。
「…………」
横を見る。
元相棒。
「…………」
普通に見ている。
「何?」
「いや」
「私の顔に何かついてる?」
「何も」
「じゃあ映画見なよ」
「うん」
変だ。
こいつが何もしてこない。
怖い。
「…………」
「ねえ」
「何?」
「そんなに警戒されると傷つくんだけど」
「だって」
「今日は普通にするって言ったでしょ」
「言ったっけ?」
「言った」
「…………」
「信用して」
「難しい」
「そっか」
それだけ言って、またスクリーンを見る。
「…………」
少し悪いことをした気分になった。
◇
映画が終わった。
「面白かった?」
「まあまあ」
「厳しい」
「そっちは?」
「映画より」
「?」
「横にいる人が気になった」
「…………」
「ふふ」
「普通にするんじゃなかった?」
「これくらいデートなら普通でしょ?」
「デートじゃない」
「まだ言ってる」
レストランへ。
向かいに座る。
「何食べる?」
「何でも」
「一番困る答え」
「じゃあハンバーグ」
「子供みたい」
「帰るぞ」
「ごめんごめん」
笑う。
「私も同じのにしよ」
「真似?」
「昨日の続き♡」
「ラーメンからカレーに変えたやつ?」
「覚えてるじゃん」
「昨日だからな」
「嬉しい」
「安いな」
「そう?」
元相棒はメニューを閉じた。
「私、結構高いと思うよ」
「何が?」
「嬉しいの基準」
「?」
「誰かに覚えててもらうの」
「…………」
「私にとっては高い」
少しだけ。
声が違った。
◇
「お前さ」
「ん?」
「眼鏡とどういう関係だったの?」
「元相棒」
「それは聞いた」
「それ以上?」
「うん」
元相棒は少し考えた。
「似てたの」
「二人が?」
「昔はね」
水を一口飲む。
「あの子は欲しいものを追う。私は欲しいものに追わせる」
「真逆じゃん」
「やり方はね」
笑う。
「でも結局、自分のところに来てほしいのは同じ」
「…………」
「だから一緒にいた」
「今は?」
「あの子、変わっちゃったから」
「俺のせい?」
「たぶん」
「…………」
「嫌?」
「いや」
少し考える。
「今の方がいいと思う」
「即答なんだ」
「昔知らないし」
「それもそうか」
元相棒は窓の外を見る。
「じゃあ私は?」
「何が?」
「変わった方がいい?」
「…………」
突然だった。
「知らない」
「ひどい」
「俺が決めることじゃないだろ」
「…………」
「お前が変わりたいなら変わればいいし、そのままがいいならそのままでいれば」
「でも、そのままじゃ嫌い?」
「白馬様誘拐するのは嫌い」
「そこ?」
「そこ」
「他は?」
「…………」
考える。
「よく分からない」
「そっか」
「まだお前のこと、ほとんど知らないし」
「…………」
「だから今日来た」
元相棒が俺を見る。
「普通の思い出作るんだろ?」
「…………」
「何?」
「いや」
笑った。
「ずるいなって」
「何が?」
「そういうところ」
◇
食事を終える。
「次どうする?」
「ゲーセン」
「行く!」
「好きなの?」
「初めて」
「え?」
「ゲームセンター」
「…………」
「何?」
「意外」
「連れてって♡」
行った。
「何これ!?」
「太鼓」
「叩いていいの?」
「そのためにある」
「楽しい!」
「下手」
「うるさい!」
次。
「取れない!」
「貸して」
「できる?」
「知らん」
「知らないの!?」
三百円。
五百円。
千円。
「…………」
「…………」
取れない。
「下手じゃん」
「うるさい」
「ふふっ」
「もう一回」
「まだやるの?」
「ここまで来たら取る」
「意地?」
「うん」
さらに五百円。
落ちた。
「取れた!」
「おお!」
小さな馬のぬいぐるみ。
「…………」
「…………」
「白馬様」
「また馬!?」
「運命」
「どこまで馬に支配されてるの?」
俺はぬいぐるみを見る。
「いる?」
「え?」
「今日付き合ってくれたし」
「…………」
渡す。
「いいの?」
「うん」
「白馬なのに?」
「本物いるし」
「…………」
元相棒はぬいぐるみを受け取った。
「…………」
「いらなかった?」
「いる」
ぎゅっと抱える。
「絶対いる」
「そう」
「…………ありがと」
「うん」
まただ。
普通のありがとう。
◇
外へ出る。
夕方。
「楽しかった」
「俺もまあまあ」
「そこは楽しかったって言ってよ」
「まあまあ楽しかった」
「ほぼ同じ!」
歩く。
「ねえ」
「何?」
「手繋いでもいい?」
「嫌」
「即答」
「恥ずかしい」
「…………」
「何?」
「それならいい」
「?」
「嫌われてるからじゃないなら」
「…………」
元相棒は前を歩く。
少しだけ距離が空いた。
「…………」
何だろう。
今までなら。
勝手に腕を掴んできそうなのに。
「おい」
「ん?」
俺から距離を詰める。
「…………」
「どうしたの?」
「別に」
横に並ぶ。
「離れなくてもいいだろ」
「…………」
「?」
「それ、期待していい?」
「何を?」
「何でもない♡」
笑った。
◇
午後八時五十八分。
家の前。
「じゃあね」
「うん」
「今日はありがとう」
「うん」
「また行ってくれる?」
「気が向いたら」
「そっか」
元相棒が馬のぬいぐるみを抱える。
「大事にする」
「ゲーセンの景品だぞ」
「私には大事なの」
「…………」
「じゃあ」
手を振る。
「また明日♡」
「うん」
元相棒が歩いていく。
「…………」
普通だった。
本当に。
普通のデート。
いや。
「デートじゃない」
自分に言い聞かせる。
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
「…………」
「…………」
眼鏡女がいた。
「何で!?」
「八時五十八分」
「は?」
「二分前」
「何が?」
「門限」
「お母さん!?」
「ちゃんと守ったね」
「そもそも俺の家!」
「それで?」
「何?」
「どうだった?」
「普通」
「…………」
「何?」
「楽しかった?」
「まあ」
「…………」
「何だよ」
「別に」
分かりやすい。
「楽しかったよ」
「…………」
さらに不機嫌になった。
「嘘ついた方がよかった?」
「それも嫌」
「面倒くさ」
「うるさい!」
眼鏡女が頬を膨らませる。
「何したの?」
「映画」
「うん」
「飯」
「うん」
「ゲーセン」
「…………それだけ?」
「それだけ」
「手は?」
「繋いでない」
「…………」
少し機嫌が戻った。
「何で?」
「恥ずかしいから」
「…………」
「何?」
「じゃあ」
眼鏡女が手を差し出す。
「私とは?」
「何が?」
「手」
「…………」
「繋げる?」
「何で今?」
「比較」
「何の?」
「いいから」
「…………」
手を見る。
顔を見る。
「…………」
俺は。
その手を取った。
「…………」
「…………」
眼鏡女が固まる。
「何?」
「いや」
「お前から言ったんだろ」
「そうだけど」
「…………」
「…………」
手を繋いだまま。
二人とも動かない。
「…………恥ずかしい」
「じゃあ離す?」
「嫌」
「どっちだよ」
「もうちょっと」
「…………」
「もうちょっとだけ」
握る力が少し強くなる。
「…………」
俺も離さなかった。
◇
その頃。
帰り道。
元相棒は一人歩いていた。
「…………」
腕には、小さな白馬のぬいぐるみ。
「普通か」
抱きしめる。
「悪くないなぁ」
スマホが鳴った。
知らない番号。
「?」
メッセージ。
『その馬、かわいいね』
「…………」
足が止まった。
もう一件。
『今日、楽しかった?』
「…………」
元相棒の顔から笑みが消える。
周囲を見る。
誰もいない。
もう一件。
『今度は私とも遊ぼうよ』
「…………誰?」
返信。
既読。
すぐに返ってくる。
『あなたたち三人のこと、ずっと見てたよ♡』
「…………」
元相棒は白馬のぬいぐるみを抱く手に力を込めた。
そして。
初めて。
追わせる女が――
誰かに追われる側になった。




