第6話 ヤンデレと白馬が家に来た
「ただいま、日本」
長かった。
本当に長かった。
シンガポールへワープして。
ヤンデレに追いかけられて。
白馬様と出会って。
別のヤンデレに白馬様を連れ去られて。
最終的にはヘリで帰国。
いろいろあった。
でも、ようやく帰ってきた。
「…………」
「…………」
「ブルル」
俺。
眼鏡女。
白馬様。
一人と一人と一頭。
「……で」
俺は聞いた。
「ここからどうする?」
「帰る」
「どこに?」
「お前の家」
「お前は帰れ」
「何で!?」
「俺の家だから」
「じゃあ白馬は?」
「一緒に帰る」
「何で馬はいいんだよ!!」
「白馬様だから」
「理由になってない!」
白馬様の首を撫でる。
「行こっか」
「ブルル♡」
「待って!」
眼鏡女が俺の腕を掴んだ。
「私も行く!」
「嫌」
「何もしないから!」
「もっと嫌」
「どういう意味!?」
「何もしないなら来る意味ないじゃん」
「…………」
眼鏡女が固まった。
「え?」
「?」
「今の……」
「何?」
「何かするなら来てもいいってこと?」
「いや」
「言ったよね?」
「言ってない」
「言った!」
「言ってない」
「言った!!」
「うるさい」
「ブルル」
「ほら、白馬様も怒ってる」
「絶対違う!!」
◇
家に着いた。
「…………」
俺は玄関を見る。
白馬様を見る。
もう一度玄関を見る。
「…………」
「だから言ったでしょ」
「入らない」
「当たり前だろ」
「どうしよう」
「先に考えろよ」
白馬様の横幅。
玄関。
どう考えても無理。
「斜めなら」
「家具じゃないんだからやめろ」
「白馬様、ちょっと身体細くできない?」
「ブルル」
「無理かぁ」
「聞くな」
眼鏡女がため息をついた。
「近くに預けられる場所探すしかないでしょ」
「嫌だ」
「何で?」
「離れたくない」
「…………」
眼鏡女が白馬様を見る。
俺を見る。
また白馬様を見る。
「……ねえ」
「何?」
「私だったら部屋入れるよ」
「だから?」
「白馬より優れてる部分、発見」
「…………」
満面の笑み。
「一点獲得♡」
「何の?」
「攻略ポイント」
「そんなシステムないよ」
「今日からある」
「勝手に作るな」
◇
結局。
白馬様は近くの馬を預かれる施設へお願いすることになった。
「白馬様……」
「ブルル」
「毎日来るからね」
「ヒヒーン」
「浮気しちゃダメだよ」
「馬に何言ってるの?」
「白馬様ぁ……」
「帰るよ」
「あと五分」
「さっきも聞いた」
「あと五分」
「もう三十分いる!」
「白馬様……」
眼鏡女が俺の服を引っ張る。
「帰る!」
「嫌だ!」
「子供か!」
「白馬様と寝る!」
「ここで!?」
「できる」
「やめなさい!」
引きずられた。
「白馬様ぁぁぁぁ!」
「ヒヒーン!」
「明日来るからぁぁぁ!」
「恥ずかしいから静かにして!」
◇
そして。
自宅。
「…………」
「…………」
玄関の前。
俺と眼鏡女。
「じゃ」
「うん」
「お疲れ」
「うん」
「…………」
「…………」
俺は扉を開ける。
女も入る。
「何で?」
「え?」
「何で入った?」
「帰宅」
「お前の家じゃない」
「細かいこと気にしない」
「不法侵入」
「シンガポールまで一緒に行った仲じゃん」
「追ってきたんだろ」
「ヘリも一緒に乗った」
「帰国手段だろ」
「手も繋いだ」
「デート対決」
「かわいいって言った」
「…………」
「言った♡」
「帰れ」
「話逸らした♡」
ニヤニヤしながら靴を脱ぐ。
「お邪魔しまーす」
「許可してない」
「どこで寝る?」
「自分の家」
「ベッド借りるね」
「帰れ」
「じゃあ一緒に」
「帰れ!!」
◇
三十分後。
「…………」
「…………」
眼鏡女がソファに座っている。
「何でいるの?」
「粘り勝ち」
「俺が諦めただけ」
「同じこと♡」
「違う」
俺は冷蔵庫を開ける。
「何か食べる?」
「食べる!」
「…………」
「何?」
「いや」
「何よ」
「普通だなって」
「…………」
眼鏡女が少し黙る。
「普通じゃ嫌?」
「別に」
冷蔵庫を見る。
「むしろ、こっちの方がいい」
「…………」
「何?」
「何でもない」
顔を逸らした。
耳が赤い。
「お前、本当に分かりやすいな」
「うるさい」
「かわい――」
止める。
「…………」
「今、何て言おうとした?」
「カワウソ」
「嘘つけ!!」
「カワウソかわいいよね」
「私の方がかわいい!」
「自分で言う?」
「お前が言ってくれないから!」
なんだこれ。
シンガポールで追い回されていた時より疲れる。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
◇
夜。
「じゃあ俺寝るから」
「うん」
「帰ってね」
「うん」
「…………」
「おやすみ」
「おやすみ」
寝室へ。
扉を閉める。
ベッドに入る。
「…………」
静かだ。
さすがに帰ったか。
目を閉じる。
◇
深夜。
「…………」
目が覚めた。
何時だ?
スマホを見る。
午前二時十三分。
「…………」
喉が渇いた。
リビングへ。
扉を開ける。
「…………」
「…………」
いる。
ソファで寝ている。
「帰ってないじゃん」
「…………すぅ」
「…………」
眼鏡を外している。
白いスーツでもない。
借りた毛布に包まって、小さく丸まっていた。
「…………」
追いかけてきた時とは別人だ。
近づく。
「…………」
寝顔を見る。
「…………かわいい」
小さく呟いた。
「…………」
起きない。
よかった。
毛布を掛け直す。
「おやすみ」
寝室へ戻ろうとする。
その瞬間。
「…………聞いた」
止まる。
「…………」
振り返らない。
「今」
「寝言」
「かわいいって言った」
「言ってない」
「言った」
「寝ろ」
「ふふっ」
「…………」
「ねえ」
「何?」
「もう一回」
「嫌」
「一回だけ」
「嫌」
「お願い」
「絶対嫌」
「ケチ」
「おやすみ」
「…………おやすみ」
少し歩く。
「ねえ」
「今度は何?」
「ありがと」
「…………」
「泊めてくれて」
「勝手に泊まってるだけだろ」
「それでも」
「…………」
「おやすみ」
「うん」
今度こそ寝室へ戻った。
◇
翌朝。
目を覚ます。
「…………」
いい匂い。
リビングへ行く。
「おはよ」
「…………」
眼鏡女が朝飯を作っていた。
「何してるの?」
「朝ごはん」
「何で?」
「泊めてもらったお礼」
「へえ」
「座って」
「うん」
テーブルにつく。
料理が置かれる。
「いただきます」
「どう?」
「…………」
「…………」
「普通」
「普通!?」
「おいしい」
「最初からそっち言え!」
眼鏡女が向かいに座る。
なんだ。
これ。
普通に。
同棲みたいじゃないか。
「…………」
「何?」
「いや」
朝飯を食べる。
「今日どうする?」
「大学」
「大学?」
「うん」
「…………」
眼鏡女の箸が止まった。
「何?」
「私も行く」
「ダメ」
「何で?」
「学生じゃないだろ」
「大丈夫」
「何が?」
ニッコリ。
「もう手続きしたから♡」
「…………」
箸が止まる。
「何の?」
「入学♡」
「…………」
「今日から同じ大学♡」
「…………」
数秒。
「は?」
「よろしくね♡」
「ちょっと待て!!」
「何?」
「いつ!?」
「シンガポールにいる間」
「どうやって!?」
「愛♡」
「愛で大学には入れねえよ!!」
「細かいこと気にしない」
「一番気にするところだろ!!」
女は楽しそうに笑った。
「これで毎日一緒だね」
「…………」
嫌な予感しかしない。
「ちなみに」
「まだあるの?」
「同じ授業も取った♡」
「何で分かる!?」
「調べた♡」
「やっぱりヤンデレじゃねえか!!」
◇
こうして。
俺の日常は戻ってきた。
いや。
戻ってこなかった。
白馬様。
ヤンデレ王子様。
そして大学。
追いかけっこは終わった。
だけど。
もっと面倒なものが始まった気がする。
「早く行こ!」
「何で楽しそうなの?」
「初めてのキャンパスライフ♡」
「俺を追いかけるために入学した奴が言うな」
「違うよ」
「?」
女は振り返る。
「今はもう、追いかけるためじゃない」
「…………」
少し笑う。
「隣にいるため♡」
「…………」
「どう? ドキッとした?」
「してない」
「嘘」
「してない」
「顔赤いよ?」
「走ったから」
「まだ走ってないけど?」
「…………」
「ふふっ」
くそ。
やっぱり。
こいつは面倒くさい。
「ねえ」
「何?」
「手、繋ぐ?」
「嫌」
「じゃあ腕組む?」
「もっと嫌」
「おんぶ?」
「何でそうなる?」
今日も横でうるさい。
でも。
「…………」
まあ。
悪くない。
「早くしないと遅刻するよ!」
「誰のせいだよ」
「白馬に会いに行ったからでしょ?」
「じゃあ白馬様のせいだな」
「馬には甘い!!」
俺たちは走り出した。
新しい日常へ。
そして――
大学の正門。
「…………」
俺は止まった。
「どうしたの?」
「いや」
正門の前。
見覚えのある女が立っている。
「おはよう♡」
「…………」
眼鏡女も止まった。
「何で……」
シンガポールで別れたはずの。
元相棒。
その手には学生証。
「今日からよろしくね♡」
「…………」
「…………」
俺は空を見上げた。
「大学、辞めようかな」
「ダメ!!」
俺のキャンパスライフは。
始まる前から終わった。




