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第5話 白馬様を返せ

「白馬様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 走る。


 ひたすら走る。


「待って! 速い!」


「待てるか!」


「馬のためなら何でそんな速いの!?」


「愛だ!」


「私の時もそのくらい必死になれ!!」


 眼鏡女の声を背中で聞きながら、俺は走った。


 元相棒が残した住所。


 そこに白馬様がいる。


 絶対にいる。


「待ってろ、白馬様……!」


「ねえ」


「何!?」


「一つだけ約束して」


 眼鏡女が追いついてきた。


「何?」


「あいつが何を言っても、一人で動かないで」


「…………」


「絶対」


「分かった」


「本当に?」


「うん」


「…………」


「信用ないな」


「前回まったく同じ会話して、その一時間後に罠へ突っ込んだ奴が何言ってるの?」


「今回は大丈夫」


「その台詞が一番怖い!」


     ◇


 指定された場所は、大きな屋敷だった。


「…………」


「何でシンガポールにこんなの持ってるんだよ」


「知らない」


「お前の元相棒だろ?」


「私だってあいつの全部を知ってるわけじゃない」


 門が開いている。


「いらっしゃいってこと?」


「完全に誘われてる」


「じゃあ行こう」


「ちょっとは警戒しろ!」


 二人で入る。


 広い庭。


 長い道。


 そして正面玄関。


 扉には紙が一枚。


『王子様は一人でどうぞ♡』


「…………」


「帰ろう」


「嫌」


「即答すると思った!」


 俺が扉へ近づく。


 眼鏡女が腕を掴んだ。


「約束したよね?」


「一人で動かない」


「うん」


「だから」


 眼鏡女の手を握る。


「一緒に行こう」


「…………」


「これなら約束破ってない」


「…………」


「どうした?」


「いや」


 顔を逸らす。


「急にそういうことするの、ずるい」


「?」


「何でもない!」


 扉を開ける。


     ◇


 中は静かだった。


「白馬様?」


 返事はない。


「ヒヒーン!」


「白馬様!!」


 奥から聞こえた。


「こっち!」


「待って!」


 走る。


 大きな部屋へ飛び込む。


「白馬様!」


「ヒヒーン!」


 いた。


 部屋の中央。


 白馬様。


「よかったぁぁぁ!」


 抱きつく。


「白馬様! 怖かったね!」


「ブルル」


「怪我は!?」


「ブルル」


「よかった……」


 首筋へ頬を擦りつける。


「…………」


 眼鏡女が後ろで立っている。


「……私と再会した時より嬉しそう」


「当たり前だろ」


「当たり前なの!?」


 パチパチパチ。


 拍手。


「感動の再会だね♡」


「…………」


 二階。


 手すりにもたれながら、元相棒がこちらを見ていた。


「白馬様を返せ!」


「もう返してるよ?」


「…………」


 確かに。


 拘束すらされていない。


「じゃあ何で逃げなかった?」


「馬に聞いてみたら?」


「白馬様?」


「ブルル」


 分からない。


「お腹いっぱいご飯あげたから♡」


「…………」


 白馬様を見る。


「ブルル♡」


「買収されてんじゃねえか!!」


 眼鏡女が頭を抱えた。


「お前ら本当に緊張感ないな!」


 元相棒が笑う。


「でも来てくれた」


「…………」


「私のところへ」


 階段をゆっくり降りてくる。


「ねえ。どんな気分?」


「何が?」


「追いかけるの」


「…………」


「今までずっと逃げてたでしょう?」


 一段。


 また一段。


「でも今回は、自分から来た」


「白馬様のためだ」


「理由なんて何でもいいよ」


 女は嬉しそうだった。


「あなたが私を追いかけた」


「…………」


「それだけで満足♡」


「じゃあ帰る」


「え?」


「白馬様、行こう」


「ヒヒーン」


「待って」


 初めて。


 元相棒の笑顔が少し崩れた。


「何?」


「…………」


「満足したんでしょ?」


「…………そうだけど」


「じゃあ終わり」


 俺は白馬様と出口へ向かう。


「待ってよ」


「?」


「もう少し何かあるでしょ?」


「例えば?」


「私を選ぶとか」


「ない」


「…………」


「白馬様がいるから」


「ヒヒーン♡」


 元相棒の眉がピクリと動く。


「……ねえ」


「何?」


「その馬、そんなにいい?」


「うん」


「私より?」


「うん」


「即答……」


 眼鏡女が元相棒の肩へ手を置いた。


「分かるよ」


「…………」


「私も通った道だから」


「触らないで」


「仲間じゃん」


「仲間にしないで」


 なんだこれ。


     ◇


「じゃあさ」


 元相棒が言った。


「最後にゲームしようよ」


「嫌」


「勝ったら何もしない」


「今でも何もできないでしょ」


「…………」


 また笑顔が崩れた。


 眼鏡女が吹き出す。


「ふっ」


「笑わないで」


「ごめん」


「全然悪いと思ってないよね?」


「うん」


「……あなた、本当に変わったね」


 元相棒が眼鏡女を見る。


「昔はもっと怖かった」


「そうかもね」


「この子のせい?」


「…………」


 眼鏡女が俺を見る。


「さあ」


「ふーん」


 元相棒も俺を見る。


「そんなにいい?」


「何が?」


「この人」


 眼鏡女を指差す。


「…………」


「答えなくていい!」


「まだ何も言ってない」


「いいから!」


 元相棒が笑う。


「聞きたいな」


「…………」


 二人が俺を見る。


「どうなの?」


「うーん」


「…………」


「…………」


 考える。


「面倒くさい」


「おい!」


「怖い」


「おい!!」


「すぐ怒る」


「お前が怒らせてるんだろ!」


「でも」


「…………」


 眼鏡女が止まる。


「一緒にいてもいいかなとは思う」


「…………」


「今のところ」


「…………」


 眼鏡女は黙った。


「何?」


「……別に」


 眼鏡を押し上げる。


「顔赤いよ」


「うるさい!!」


 元相棒はそれを見ていた。


「…………そっか」


 笑う。


 でも。


 さっきまでとは少し違った。


「負けたのかな」


「勝負してた?」


「私はしてたよ」


「知らなかった」


「そこが一番傷つくなぁ」


 女がこちらへ歩いてくる。


 眼鏡女が一歩前へ出る。


 しかし。


「大丈夫」


 元相棒は止まった。


「今日は何もしない」


「今日は?」


「だって」


 俺を見る。


「嫌われたくないから♡」


「…………」


 眼鏡女が露骨に嫌そうな顔をする。


「その考え方まで真似しないで」


「あなたのじゃないよ」


「じゃあ何?」


「この子見てたら分かっただけ」


 俺?


「追えば逃げる」


 一歩、後ろへ。


「閉じ込めたら、もっと遠くへ行く」


 もう一歩。


「大事なものに手を出したら、怒る」


 白馬様を見る。


「だから」


 俺へ笑いかける。


「今度は普通に会いに行くね」


「来なくていい」


「そこは私が決める♡」


「やっぱりヤバいじゃん」


「ふふ」


 女は手を振った。


「またね」


     ◇


 屋敷を出た。


「…………」


「…………」


「白馬様〜♡」


「ブルル♡」


「…………」


「白馬様、帰ったら何食べる?」


「ヒヒーン」


「ニンジン?」


「…………ねえ」


「何?」


 眼鏡女が不機嫌そうに歩いている。


「さっきの」


「何?」


「一緒にいてもいいって」


「ああ」


「…………」


「言ったね」


「…………」


「何?」


「つまり」


 眼鏡を直す。


「私、結構いいところまで来てる?」


「何が?」


「攻略度」


「ゲームみたいに言うなよ」


「いいから!」


「うーん」


 考える。


「白馬様が百だとしたら」


「馬を基準にするな」


「三十五くらい?」


「…………」


「高くない?」


「…………」


「最初ゼロだったし」


「…………」


 女が震えている。


「どうした?」


「三十五……」


「うん」


「三十五……!」


 拳を握る。


「いける!」


「何が?」


「あと六十五!」


「何の計算?」


「見てろよ馬!」


「ブルル?」


「絶対追い抜いてやるからな!!」


「白馬様に勝とうとするの、まだ続けるんだ」


「当然!」


 女は俺の隣へ来た。


「帰ろ」


「どこに?」


「日本」


「え?」


「いつまでシンガポールいるつもり?」


「確かに」


 完全に忘れていた。


「白馬様は?」


「…………」


 二人で白馬様を見る。


「ブルル」


「飛行機……乗れる?」


「知らない」


「…………」


「…………」


 重大な問題が発生した。


「どうやって日本まで連れて帰る?」


「船?」


「時間かかる」


「ヘリ?」


「…………」


「…………」


 二人で顔を見合わせる。


「ヘリ」


「ヘリだな」


「最初に戻ったじゃん」


「仕方ない」


 白馬様を見る。


「帰ろう、日本へ!」


「ヒヒーン!」


     ◇


 数時間後。


 ババババババババ――。


「またヘリかぁぁぁぁ!!」


「うるさい! 聞こえない!」


「白馬様大丈夫!?」


「ヒヒーン!!」


「何て!?」


「分からない!!」


「愛で分かるんじゃなかったの!?」


「風が強い!!」


「関係ある!?」


 こうして。


 俺。


 ヤンデレ王子様。


 そして白馬様。


 一人と一人と一頭は、日本へ帰ることになった。


 ……いや。


 待て。


「ねえ」


「何?」


「俺たち、付き合ってないよね?」


「うん」


「何で一緒に帰るの?」


「…………」


 女が笑った。


 久しぶりに見る。


 最初に会った夜と同じ。


 嫌な笑顔。


「今さら気づいた?♡」


「…………」


「お前の家、行くから」


「嫌だ!!」


「白馬も一緒♡」


「…………」


「どうする?」


 白馬様を見る。


「ブルル♡」


「…………仕方ない」


「馬で陥落すんな!!」


 バババババババ――。


 ヘリは日本へ向かって飛んでいく。


 俺の平穏も。


 どこか遠くへ飛んでいった。


 そして俺は、まだ知らなかった。


 日本に帰った先で――


 もっと面倒くさいことになるなんて。


「ところで」


「何?」


「白馬様、俺の部屋に入るかな?」


「入るわけないだろ!!」


 やっぱり。


 最大の問題はそこだった。


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