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第4話 王子様よりやばい女

「白馬様!」


「ヒヒーン!」


 走る。


 俺は白馬様に飛び乗った。


「行けぇぇぇぇ!」


「待って私も乗る!!」


 眼鏡女が後ろに飛び乗る。


「お前は走れ!」


「何で!?」


「白馬様が重いだろ!」


「私より馬を気遣うな!!」


 白馬様がシンガポールの街を駆け抜ける。


 後ろを見る。


 さっきの女は――


「…………」


「いない」


「追ってきてない?」


 眼鏡女が振り返る。


「…………」


 誰もいない。


「撒いた?」


「いや」


 眼鏡女の声が低くなった。


「そんなわけない」


「何で?」


「あいつは追わないから」


「?」


「追いかける必要がないの」


 意味が分からない。


「どういう――」


 その時。


 俺のスマホが鳴った。


 知らない番号。


「…………」


「出るな」


「いや」


「出るなって」


 ピッ。


「もしもし」


『もしもし♡』


 さっきの女。


「…………」


『ちゃんと逃げてる?』


「おかげさまで」


『よかった』


「何が?」


『だって、そっちに行ってないから』


「…………は?」


 女が笑う。


『私』


 通話が切れた。


「…………」


「何て?」


「そっちに行ってないって」


 眼鏡女の顔が青くなる。


「止まって」


「え?」


「馬! 止まれ!」


「ヒヒーン!」


 急停止。


「うおっ!」


 眼鏡女がスマホを取り出す。


「何してる?」


「確認」


 電話。


「出て……出て……!」


 数秒。


「…………」


 繋がらない。


「誰に?」


「ホテル」


「ホテル?」


「私たちの荷物置いてるでしょ」


「あ」


 パスポート。


 財布。


 荷物。


 全部ホテルだ。


「まさか」


「あいつ……」


 眼鏡女が歯を食いしばる。


「最初から私たちを追ってない」


     ◇


 ホテルへ戻った。


「…………」


 部屋の扉。


 開いている。


「俺、閉めたよね?」


「閉めた」


「…………」


「後ろにいて」


「お前が?」


「私が」


「王子様じゃん」


「今さら!?」


 眼鏡女が先に入る。


 俺も続く。


「…………」


 荒らされてはいない。


 財布もある。


 パスポートもある。


「何も盗られてない?」


「いや」


 眼鏡女が机を見る。


 一枚の紙。


『おかえり♡』


「…………」


 その下。


 ホテルのルームキー。


 もう一枚。


「何これ?」


 俺が取ろうとする。


「触るな!」


「うおっ」


 眼鏡女が紙を取る。


 読む。


 表情が変わった。


「何て?」


「…………」


「見せて」


「嫌」


「何で?」


「いいから」


 奪う。


「あっ!」


 読む。


『あなたのこと、いっぱい教えてもらったよ♡』


「…………誰に?」


「分からない」


 その下。


『好きなものも。嫌いなものも。逃げ方も。』


「…………」


『次は、あなたから会いに来てね』


 最後に住所。


「罠じゃん」


「罠だね」


「行く?」


「行かない」


「即答」


「当たり前でしょ」


 眼鏡女が紙を破った。


「相手の指定した場所に行く必要なんてない」


「でも」


「ダメ」


「まだ何も言ってない」


「どうせ『面白そう』とか言うんでしょ」


「…………」


「図星か!」


 眼鏡女が俺の頬を両手で挟む。


「よく聞いて」


「むぐ」


「あいつは私と違う」


「むぐぐ」


「私はお前を追いかけた。お前がどう逃げるのか見たかったから」


「むぐ」


「あいつは違う」


 手を離す。


「あいつは――自分から追いかけない」


「じゃあ何するの?」


「お前が自分から来る状況を作る」


「…………」


「だから絶対、乗らないで」


「分かった」


「本当に?」


「うん」


「…………」


 疑いの目。


「信用ないな」


「ヘリで逃げて透明化してワープする男の何を信用しろと?」


「それはそう」


     ◇


 一時間後。


「行ってきます」


「どこへ?」


「住所の場所」


「話聞いてた!?」


 首根っこを掴まれた。


「離せ!」


「行かせるか!」


「気になるだろ!」


「だから罠なの!」


「罠だと分かって踏みに行くのが男だ!」


「ただのバカだ!!」


「白馬様!」


「ブルル!」


「お前も協力すんな馬!」


 白馬様に飛び乗る。


 眼鏡女も乗る。


「何で乗ってくる!?」


「一人で行かせるよりマシ!」


「ツンデレ?」


「うるさい!」


「白馬様、出発!」


「ヒヒーン!」


     ◇


 指定された場所は、街外れの建物だった。


「…………」


「怪しい」


「怪しいね」


「帰ろう」


「入ろう」


「何で!?」


 扉を開ける。


 ガチャ。


「お邪魔しまーす」


「堂々と入るな!」


 中は暗い。


「誰もいない?」


「油断しないで」


 一歩。


 二歩。


 パッ。


 照明が点いた。


「…………」


「…………」


 テーブル。


 椅子が三つ。


 料理。


 そして。


「遅かったね♡」


 女が座っていた。


「…………」


「待ってたよ」


 眼鏡女が俺の前に出る。


「何が目的?」


「怖いなぁ」


「答えて」


「目的?」


 女は首を傾げる。


 そして俺を見る。


「この子と遊びたいだけ」


「俺?」


「うん♡」


「モテ期?」


「喜ぶな」


 眼鏡女に頭を叩かれた。


「痛い」


「ふふっ」


 女が笑う。


「変わったね」


「何が」


「あなた」


 眼鏡女を見る。


「昔なら、欲しいものを他人の後ろに隠したりしなかった」


「…………」


「奪ってたでしょう?」


「昔の話」


「そう?」


 女が立ち上がる。


「じゃあ」


 俺を見る。


「この子が私を選んだら?」


「選ばない」


「本人に聞いてないよ」


「…………」


 俺を見る。


 眼鏡女も俺を見る。


「どっち?」


「白馬様」


「…………」


「…………」


 沈黙。


「ヒヒーン!」


 外から白馬様の声。


「何で選択肢にいない奴選ぶの!?」


「そこは変わってないんだね♡」


 元相棒まで笑っている。


「笑うな!」


 女は俺へ近づく。


 一歩。


「ねえ」


「何?」


「私と遊ばない?」


「何して?」


「ゲーム」


「ゲーム?」


「うん」


 女がテーブルに何かを置く。


 鍵。


「あなたたちのホテルに置いてあったもの」


「…………」


 俺はポケットを探る。


「俺の鍵!」


「いつ盗った!?」


「盗ってないよ」


 女は笑う。


「落としたのを拾っただけ♡」


「返して」


「いいよ」


 鍵を滑らせる。


 俺が取る。


「…………普通に返すの?」


「うん」


「何かあると思った」


「あるよ」


「あるんかい」


 女が笑う。


「その鍵」


 指差す。


「あなたのじゃないから」


「…………」


 見る。


 確かに似ている。


 でも違う。


「じゃあ俺のは?」


「さあ?」


「…………」


「探して♡」


 眼鏡女がため息をついた。


「帰るよ」


「でも鍵」


「ホテルなら再発行できる」


「あ」


「…………」


 元相棒の笑顔が止まった。


「…………」


 眼鏡女がニヤリ。


「残念だったね」


「…………」


「昔の私なら付き合った。でも今は違う」


 俺の腕を掴む。


「行こ」


「おお」


 扉へ向かう。


「…………」


 元相棒は追ってこない。


「いいの?」


「何が?」


「俺たち帰るけど」


「いいよ♡」


「…………」


 嫌な予感。


 外へ出る。


「白馬様〜」


 …………。


「白馬様?」


 …………。


「おい」


 いない。


「…………」


 眼鏡女が固まる。


 俺も固まる。


「白馬様?」


 さっきまで繋いでいた場所。


 そこに一枚の紙。


 拾う。


『次は、あなたから会いに来てね♡』


「…………」


 裏返す。


 住所。


 さっきとは別の場所。


「…………」


「…………」


 俺の手が震えた。


「白馬様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「落ち着いて!」


「白馬様を返せぇぇぇぇ!!」


 建物へ戻る。


 いない。


 元相棒も消えている。


「どこ行った!?」


「だから言ったでしょ!」


 眼鏡女が紙を見る。


「あいつは追わない」


「…………」


「私たちから――追わせる」


「…………」


 俺は住所を見る。


 眼鏡女を見る。


「行くよ」


「……うん」


 今度は止めなかった。


「絶対取り返す」


「もちろん」


「白馬様に何かあったら」


「大丈夫」


「何で分かる?」


「あいつの目的は馬じゃない」


「…………」


 眼鏡女が俺を見る。


「お前だよ」


「俺?」


「お前が自分から追ってくるようにするために、一番大事なものを持っていった」


「…………」


 拳を握る。


 許せない。


 絶対に。


「行こう」


「うん」


 俺たちは走り出した。


 今までとは逆だ。


 追われていた俺が。


 初めて――追う。


     ◇


 一方。


「ブルル……」


「いい子だね」


 元相棒は白馬の首を撫でた。


「安心して」


「ブルル」


「あなたには何もしないよ」


 白馬が彼女を見る。


「だって」


 女は微笑んだ。


「あなたを傷つけたら、あの子は私を嫌いになるでしょう?」


「…………」


「それじゃ意味ないもの」


 スマホを見る。


 位置情報。


 二つの点がこちらへ近づいている。


「来た♡」


 女は嬉しそうに立ち上がる。


「やっと――」


 笑う。


「向こうから私を追いかけてくれた♡」


 白馬が。


「ブルル……」


 露骨に嫌そうな顔をした。


「……あなたも結構、表情豊かだね」

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