36 それを言葉にできなくて
そこは、ちょっとした1人部屋くらいの空間。
天井はなく、四方のやや低めの石壁に、柔らかい色のランタンが灯され、真ん中に3人くらいが座れる大きさの、上質な木材で作られたベンチが置かれていた。
「へー、なんか新鮮ね。そんな格好、見たことないから。その……似合うんじゃない?」
そのベンチを背に、淡いオレンジ色の華やかなドレスの裾が、ふわりと揺れた。
金色の艶やかな髪は、ほんのりと光沢のあるオイルを馴染ませて整えられ、前髪は三つ編みで耳の方にまとめられていた。
その髪の隙間から、銀色のカチューシャが、ランタンの光を照り返す。
マルカンティアの星空を背にして、それは一枚の絵のようで、俺は言葉を失って立ち尽くしてしまった。
「……どうしたのよ。ぼんやりして。あ、これは、リレニア商会のメイドさんが選んだのよ。別に自分からこんな、ひらひらしたのお願いしたわけじゃないから。やっぱり、こういうドレスなら髪が長い方が似合うわよね。ソラ、奇麗だったでしょ。びっくりしたわ」
キリンがベンチに腰掛けた。
「……あ、これ? このカチューシャ、その、ほら、リレニア商会で、奇麗だなって見てたけど。今回の仕事のお礼に、わざわざ持ってきてくれたんだって。あ、もちろん借りるだけよ。ちょっと、立派すぎて緊張しちゃうけど」
きらきらと輝くそのカチューシャは、星の光のように、キリンの顔立ちの美しさに華を添えていた。
「もう、何かしゃべりなさいよ。……そりゃ、どうせイメージにないし、実物みたら、ドレスなんて似合ってない、思ってたのと違うんでしょ」
「ああ、違った」
「なっ……! あんたって本当に……」
花火の大きな音が響いた。
キリンの背中越しに、空一面に、色とりどりの光が散乱する。
「奇麗すぎて、言葉がない」
「?」
***
花火の、大きな音が辺り一面に鳴り響いた。
その音が、コテツの言葉と重なって、よく聞き取れなかった、気がした。
聞き間違い。
そうね、花火のこと。
だって、コテツが、私のことを。
次々に上がる花火の音が、別の世界のことのようだった。
私は、花火の方を振り向いた。
空一面を埋め尽くすほどの、宝石のような輝き。
「そうね、こんなに奇麗な花火、言葉がないわ」
「……いや、花火じゃなくて」
「え?」
不意に、左手首に暖かい感触があった。
?
コテツの手?
「な、何?」
「キリン……あっち」
ん?
コテツが空の方を指さしている。
「早く! この弾撃って!」
「え、ええ?! あっ! 嘘っ!」
コテツを通じて、花火とは別の光。危険を知らせる光が見えた。
私は慌てて空気弾を打ち込む。
流れ弾の様に飛んできた火花、いや、火の玉が、空気弾の風圧で飛ばされて、消えた。
「つ、次! また来るぞ!」
「えっ! なにこれ!」
そういうこと?!
だから、ここら辺、観覧席が全然ないの?!
何が特等席よ!
ん?!
「キリンさん、大丈夫ですか!?」
いつの間にか、壁の上にドレイク君が立っている。
あれ、なんか空鯨撃退砲を担いでる。
「ご、ごめん、キリンちゃん、止めたんだけど……!」
あれ、ソラもいる。
「今日は、風向きが極端に悪く、この塔に火花が降り注いでしまうそうです。でも、一番奇麗にみれるらしいですよ。これの空砲で吹き飛ばしながら、観覧しましょう」
スパナ君も、空鯨撃退砲を担いでいる。
「なんか、あっちの特等席、貴族の人たちばっかりで、落ち着かないって……そしたら、ここにどんどん火花が流れていくから、ドレイク君が、心配だって……」
ソラがすまなそうにうつむく。
「……やっぱり、すごく奇麗ね。お姫様みたい」
「え、私?」
「キリン! また飛んでくるぞ! 撃ってくれ!」
コテツが花火の方を指さす。
あーあ。
なんか結局いつもどおり。
大輪の花火が視界を覆う。夢のような美しさなのに。
でも、私の左手を掴むコテツの手は、何故かいつもよりずっと、暖かく感じた。
***
そして、この手の温もりを失うことが、どれほど恐ろしいことか、この時の私は、何一つ、分かっていなかった。
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今回で二章も終了です。長い話ですが、またもうすこししたら続きを書きます。




