35 美しい何か
「こ、こんな立派な格好しないといけないんですか?」
「特別観覧席は、貴族や商会幹部が座る区域ですので。ドレスコードは守っていただく必要があります」
きゅ、窮屈だ……。
花火資料の輸送任務でぼろぼろになった俺たちは、数日間、宿舎でぐったりとしていた。
俺とドレイクとスパナは、マルカンティア首都、ソレイユの王室宮殿別館の応接棟の一角で、リレニア商会のメイドさんとイースターさんに、特別観覧席用の衣装の着付けをされていた。
黒を基調にした、燕尾服のような裾の長い上着に、細身のズボン。黒革靴、白に近いグレーのシャツに、ベストまで着込んで。
「わー、なんかみんな、別人みたいだね」
着替え部屋のドアが開いて、顔を出したのは、栗毛色の長い髪を上品に二つに下ろし、ふわふわとした水色のドレスと、銀色の首飾りを付けた、見慣れない美しい女性。
……見慣れない?
「こんなの着たことないから、落ち着かないなぁ」
「……ソラ?」
ドレイクが、唖然とした様子でそう呟いた。
「? はい?」
首を傾げてこちらを見ている緑色がかった瞳は、確かにソラだった。
が、ドレスもそうだが、化粧もしているせいか、全然印象が違う。こんなに変わるものなのか。恐ろしい。
「……お前が一番別人みたいだぞ」
「……どういう意味かな、コテツ君?」
いらっとした様子で、ようやくソラだという確信が持てた。
「観覧席、二手に分かれるって。3ー2だから、私とドレイク君とスパナ君はこっち。コテツ君はあっち」
「む? 何だ? その割り振りは? どいういうことだ、ソラ。どうし僕は……」
「今日、少し風が強いから、二人席の方、花火に近くて特等席なんだけど、ちょっと風向き次第で火の粉が降るかも知れないらしくて。だから、警備もかねて、空から接近してくるもの、打ち落とせる人にお願いしたいんだって」
「え、どういうこと?」
「コテツ君がキリンちゃんと居れば、空鯨みたいに、火の粉もすぐ見つけられるでしょ? 王宮から、お願いしたいって」
「なんだよ……半分、仕事じゃん」
「キリンちゃん、先に席の方行ってるから。これ、観覧席の地図ね。あ、もうすぐ始まっちゃうよ。ドレイク君、スパナ君、行こう!」
ソラが笑うと、部屋がぱっと明るくなったようで、ドレイクはややぎこちなく、スパナは特段変わりなく、ソラのドレスの裾を追いかけるように部屋を出ていった。
ソラから受け取ったメモを片手に、王宮別館応接棟の北端の階段の細い階段を上る。
別館の4隅の塔は、普段は、マルカンティア王宮の周辺監視塔として使われているものだ。その北端の塔は、確かに一番、花火の打ち上げ場所に近く、通常の観覧会場区画には含まれていなかった。
誰もいない、静かな長い階段を上っていく。革靴は歩きにくい。
キリンは先に上がったのか。
別に、監視塔なら、俺は着替えなくて良かったんじゃないか?
ようやくたどり着いた木製のドアのノブに手をかける。
あれ、そう言えば、ソラがあんな格好なら、キリンも……。
「遅いじゃない。いつものことだけど。迎えに行こうかと思ったわ」
聞き慣れた声。
でも、その姿は、これまで見たことのないような、美しい何かだった。
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次で二章も完結です!




