33 心に手錠を掛けて
「ああ、先生の経歴に傷を付けて……申し訳なかったですね。クラスから罪人を出しちゃって、残念ですよね。別に先生が悪い訳じゃないですから。私、死ぬつもりだったんですけど、そこの金髪が無理矢理引き留めるもんだから、死に損なっちゃいましたよ。恥ずかしい」
流ちょうに言葉を紡ぐエレナの声は。
何故か悲鳴のように聞こえた。
「……さっさと、手錠かけてもらえます? ナイフがあったら、もう一回自分を……」
「何言ってんだお前は。ほら、復唱しろ。「進もう、道はある」」
スザク先生が、不意に口を開いた。
「は?」
「お前、まさか忘れてないだろうな? ほら、基本だろ。復唱しろ」
それは、私たちが学校で、4年間、毎日毎日復唱し続けた、誓いの言葉。
エレナが肩を震わす。
髪の毛が逆立つほど、怒りを込めて。
「何だってのよ!」
エレナの絶叫が、草原に響いた。
「そんなもの、あるわけないでしょ! 全部おしまいよ! 見れば分かるでしょ! 私にもう、進む道なんてない、帰る家もない! 私にはもう何にも」
「黙れ、クソガキ」
スザク先生の声は、空気を切り裂く刃の様だった。
エレナがびくりとして、硬直したまま、スザク先生を睨みつける。
「一回や二回、道を踏み外したくらいで、がたがた喚くんじゃねぇ」
「い……一回や二回?! 私は……もう、犯罪者……」
「お前は、ガキだから、監獄なんかいかねーで、もう一回、学校で勉強しろ」
え?
どういうこと?
エレナが、目を丸くしてスザク先生を見つめていた。
***
「たくさんいるんだ、お前みたいに。試験に落ちて、自暴自棄になる奴。当たり前だろ? 何年もかけて、一発でふいだぜ? そんなのは分かってる。分かってんだよ」
スザク先生が、手錠を取り出した。
「それと」
「お前が、キリンに追いつこうと、一人で延々と、弓矢の練習をしてたことも知ってる」
手錠の片側の鍵を外した。
「お前が、ソラに追いつこうと、隠れて、ずっと、深夜の図書館にこもってたのも、知ってる」
先生を睨みつけたままのエレナの頬を、涙が一筋伝った。
「良いじゃねぇか。俺だって、雷も落とせないし、空気の弾で飛行船を浮かせることもできやしねぇ。その代わり、やたら速く動けるだけだ。お前は、お前の武器を探せばいいんだ」
手錠のもう片方の鍵を外した。
「学校ではわざと教えないことになってるが、試験に落ちた後、事件を起こして捕まった生徒専用の学校が、王都にある。もちろん、事件に応じた自由の制限はあるが、ま、結局全部未遂だし、お前次第だが、今回は1年くらいじゃねーか?」
「……学校……?」
「ま、望まないなら、単なる牢屋で過ごす道もあるけどな」
スザク先生が、エレナを見つめた。
「でもな、お前は、もう一回勉強しろ。警邏官にはなれないが、警邏官補や、王都の行政職への道はある。あんま言うと怒られるが、さっき空鯨を吹っ飛ばしたマルカンティアの副隊長も、そこの出身だし」
え。
ゴルテアさんも?
「……あれ、ノードじゃない……の?」
「ノードだけが、全てじゃないさ。世界は広いんだぜ。お前が見てきたものなんて、この世の内の、小麦の粒くらいなもんだ」
そう言って、スザク先生が笑った。
力が抜けたように、エレナがその場に膝を突いて、へたりこんだ。
***
「まだ……チャンスはあるってこと……?」
「まだ?」
スザク先生は、私の前で腰を下ろし、視線を合わせた。
「生きてるなら、いつだってあるさ」
「……私は……」
私は、もうおしまいだって、ずっと思ってた。 一人で、ずっと。
「持てうる力は尽くしたのか? 俺は、お前の力はそんなもんじゃないと思ってるが」
こんな、駄目な私のことは。
みんな見捨てるって。
もう、どこにも。
居場所も、行き場もないって。
「……どうして……何で……」
馬鹿なことを繰り返して。
悪いことをたくさんした。
こんな奴、見捨てればいいのに。
いなくなっても、死んでも、どうでもいいのに。
「お前、俺の生徒だろ」
***
エレナが、しゃくりあげて、堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
スザク先生は、手錠をポケットにしまうと、エレナの手を引いて立ち上がらせた。
「……先生、手錠……」
「もう掛けた」
エレナがきょとんとした顔でスザク先生を見つめる。
「それとも、どっか行くのか?」
「あ……」
「帰るぞ、アレステリアに」
泣き崩れたエレナを連れて、スザク先生は馬車に乗り込んだ。
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