30 兄
「古代竜……なんで、この空域に……」
通話器から、船長のかすれた声が響いた。
船体を覆い尽くすような、巨大な翼。
角と牙、鱗に覆われた、獰猛そうな顎。
授業で、おとぎ話のようだなと思って聞いていた話があった。
空の、遙か上層には、人間とは別の生き物達の住処があって、その中には巨大な竜が支配する領域があると。
人間の飛行艇が飛ぶ程度の高度に降りてくることは滅多にない。
だが、気象条件が重なって、彼らの空域を騒がせるような事象が生じると、テリトリーの管理のために降りてくることがある、と。
黒雲の中で、空鯨が騒がしくしている中、人間が砲撃や雷撃をまき散らして騒いでいた。
その瞳に宿るのは、明らかに、怒り。
住処の側で静寂を破られた、不快。
ドレイクが最後の一発となった砲弾を放った。 それはあまりにも小さく、巨大竜の眉間の辺りで弾けて、消えた。
「……どうしろって言うんだ……」
何か……。
方法は……。
竜が、その右前足を大きく振りかぶる。
「船長! 左に急旋回を! みんな、船にしがみつけ!」
通話器に向けて俺が叫ぶと同時に、大きく船体が傾いた。
船体の側面の一部が、竜の爪でそぎ落とされる。激しい破壊音。
「制御機構一部破損! このまま高度を下げる! マルカンティアの北の平原に着陸する!」
大きく傾いた船体にしがみつく。
古代竜の瞳の怒りは薄れない。
翼をはためかせ、とどめの一撃を船体に加えようと、竜が再び右前足を振りかぶりながら、追いすがる。
何とかして、あいつをひるませる方法を。
甲板に巻き付けられた、離着陸用の太いロープを掴み、意識を集中する。
縛る力。
残された力を、ロープにそそぎ込む。
意識が飛びそうだ。
「うおおおおおおおお!」
ロープを解き放つと、振りかぶった竜の右前足に巻き付け、全力で引っ張る。
古代竜が空中でバランスを崩し、不快そうな咆哮を上げた。
左手に、暖かい感触があった。
キリンが俺の手を掴んでいる。
「……弾丸を……作って……」
「キリン……お前……」
「弱点は……見える?」
俺は古代竜に意識を集中した。
眉間の間、わずかに鱗の薄いところ。
「そこね……打ち抜いて、見せるから」
空っぽに近かったはずの、ノードの容量が。
キリンの右手から、あふれ出してくる様だった。
何が起きてるのか、そんなことは分からない。 俺は、キリンの力の共同行使で、暴風を一気に小さな弾丸に凝縮した。
「道はある。 帰って、花火、一緒に見よう」
こんな時に。
キリンは、少し笑った。
「弾丸!」(デレオ)
キリンの放った風の弾丸は、正確に、一直線に、古代流の眉間を打ち抜いた。
空全体を震わせるような咆哮。
それは、船体を揺らして、キリンが姿勢を崩し、甲板に倒れ込む。
俯いて、荒く息をつく。
もう、ノードも、残ってない。
「!」
そんな。
キリンの弾丸が打ち抜いた古代竜の影から。
さらに2体の古代竜が姿を現した。
「古代竜の、群……」
まだだ……弾丸を……。
キリンは、俯いたまま。
気付いてない。
駄目だ、力が、入らない。
ノードは、無限じゃない。
俺は……。
守らなきゃ……キリンを……。
「さすがに、これは、度が過ぎる」
全身の血が、逆流しそうだった。
傾いた甲板に、すっと立つ後ろ姿。
それは、確かに、聞いたことのある声。
それは、確かに、見覚えのある姿。
***
「とはいえ、何が起こるか分からないからね。ノードの使い方は、もっと勉強するんだよ」
長い髪、細身で、女性のような顔立ち。
ほんとうに兄弟なのかって、言われたことは何度もあったっけ。
その人は、ぱちん、と指を鳴らした。
二匹の古代竜が、咆哮を上げた。
その意に反して、古代竜は風に運ばれるかのように、不自然に、上空の方へ急速に浮遊し、飛行艇から引き離されていく。
「それじゃ」
そう言って、姿を消した。
その声は。
間違いなく、兄貴。
ハル・インバクタスだった。
***
艦長が体勢を立て直した飛行艇は、マルカンティア北の平原に向けてゆっくり高度を落としていく。平原に停泊している飛行艇が一隻。双眼鏡でのぞくと、手を振っているのは、マルカンティア警邏官部隊副隊長のゴルテアさん。
ゆっくりと、水平に。船底に設置された、風を吹き出す石の力で、ゆっくりと、柔らかな草原に飛行艇は着陸した。
張りつめていた緊張の糸が解け、私は甲板に崩れ落ちるように座り込んだ。
草原を走る風が、髪の毛を揺らす。
風除けの種の効果も、切れた。
甲板に、コテツが大の字で倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「……」
反応がない。
心配で、座ったまま、顔をのぞき込んだ。
え?
コテツは、泣いていた。
「どうしたの? どこか、怪我?」
焦った私は、コテツの右手を掴んだ。
「……幻覚じゃなかったら、最後、もう2体、あの竜がいた」
「え? 私が撃った奴のほかに?」
コテツが、小さく頷いた。
「そいつらから、守ってくれた」
「え?」
あの竜から?
どうやって?
「ハル……兄貴が、守ってくれた」
「え?!」
ハル。
ハル・インバクタス。
コテツの、目的。
「ハルが、いたの?」
「ああ、間違いない。竜を2匹とも、どっかに吹っ飛ばした」
空を見ていたコテツは、左手で涙を拭った。
「ハルは……変わってないかも知れない。罪人じゃ、ないかも、知れない」
そっか。
そうだ。
ハルが、手配書どおりの重罪人なら。
国宝の強奪と警邏官殺しをするような人間なら。
コテツを守るなんて。
ずっと、コテツの心を押しつぶしていた、お兄さんへの気持ち。
ほんの少しだけど、希望が。
良かった。
私たちは、進むべき方向にちゃんと進んでる。
「おい! あんたら! 危険だ! 船から離れろ!」
え?
何?
日差しが遮られる。
「キリンちゃん、コテツ君! こっち! 速く! 落ちてくる!」
ソラの声が響く。
落ちてくる?!
一瞬、空に視線を送る。
空鯨が一体、落下してきている。
「えええっ!? こ、コテツっ!」
「い、いい加減にしてくれ……!」
慌てて立ち上がったコテツと、急いで甲板を降りようとした時。
別の大きな影が私たちを覆った。
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