29 縛る力/空に浮かぶ巨大な目
俺は、全力でキリンと船体を結ぶ命綱を引っ張り上げる。
両手に、光が集まってくるのを感じていた。まるで、命綱が生き物の様に、俺の意思に反応する。
「……縛る力……!」
ソラが呆然とつぶやいた。
確かに、これは。
5つの基本ノードの一つ、縛る力。
何故、俺が今使えるのかは、全く分からないが。
縛る力は、紐や縄とか、縛るのに使えそうなものなら、何でも、思い通りに操れる能力、と習った。
一見地味だが、この能力の最上位の警邏官は、強度の高い素材の紐で、超長距離から戦艦を縛り上げて運行不能にすると聞いた。対人でも、縛り上げて行動不能にするという力は、単純に強い。
俺の握った命綱は、今や命の宿った動物のように、勢いよくキリンと、キリンが掴むエレナを引っ張り上げる。
「うわっ」
あまりの勢いに、キリンとエレナが俺の頭上まで持ち上がり、俺はキリンの下敷きになった。
「いてぇ! 重い! 降りろ!」
「何よ! 避けないのが悪いんじゃない!」
「何だと! 助けてもらっておいて! だいたい、何てことすんだ! こんな危険なこと……!」
甲板に横たわるエレナのうめき声。
わき腹に刺さったナイフからは、血が滴り続けている。
「……エレナ!」
エレナが、せき込む。
血が混じっている。
「猛毒だから。悪いけど、喧嘩、できなそう」
「……そんな……」
「同じ、蛇毒でしょう?」
え?
いつのまに?
スパナが注射器を持って、エレナの隣に膝をついている。
「ちょっと痛いですよ」
スパナが躊躇無く、注射器をエレナの左手首辺りに突き刺す。
「温泉の時の毒矢、解析して、中和剤を作っていたんです。また急に狙撃されたら、困りますからね」
そういや、試験管に入れてなんかやってたな。
やっぱ、頼りになるな、スパナは。
「コテツ! 四方八方から空鯨が迫ってる! 手伝え!」
通話器からドレイクの叫び声と、砲撃の音が響く。
「速く動く力」で空鯨を撃退しまくってくれていたのか。
「すぐ加勢する。スパナ、エレナを頼む」
「船室で応急処置します。砲撃は、ソラさんに引継で」
***
それから、4人で何体の空鯨を撃退したか。
「キリン!」
強力な暴風弾を放った後。
キリンが急に、甲板に両手をつき、荒い呼吸を繰り返す。
「ご……めん……ちょっと……力を使い……過ぎた……」
もう7発は撃ってる。限界に近づいてる。
ソラも苦痛に顔をゆがめている。電撃を使いすぎだ。
この狂乱の結婚式会場である黒雲に入って、もう30分は経つ。
「黒雲を抜けるまで後5分! 後5分持ちこたえてくれ!」
通話器から、艦長の声が響く。
前方に2つ、いや3つ。空鯨の接近を告げる光。それも、だんだん霞んできている。俺も、力を使い過ぎてる。
「ドレイク! 来れるか?!」
「今そっちに行く!」
これで、2体、もう1体は……。
「私とソラで、同時に撃つから」
キリンとソラが、甲板に膝をついた状態で、手をつなぐ。
「電撃と暴風を混ぜて、一発分の威力にする」
ノードの共同行使の変形か。
「上から迫ってきてる奴を頼む」
「分かった」
「俺はどっちの方向だ!?」
ドレイクが姿を現す。
「左方斜め上」
俺はおぼろげな光の一つを指さす。
甲板を「速く動く力」で駆け回り続けたドレイクも、顔に疲労の色が濃い。
側方や後方は、スパナが抜けた後、結局、ドレイクの目視が頼りだった。ドレイクが撃退し続けなかったら……。
「ありがとな」
「何がだ? 気持ち悪い」
奇妙な動物でも見つけたように、顔をしかめると、ドレイクは俺が指さした方向に砲撃を向けた。
「礼より、帰ったらゼスト隊長に、空鯨撃退数第一位の、僕の活躍をしっかりと報告してくれたまえ」
冗談か、本気か。
学校じゃ、喧嘩をふっかけてくるばかりの、ムカつく奴だったけど。
仲間、か。
「ああ、もちろんだ」
一瞬、ドレイクが驚いたような顔をして、すぐに砲撃の準備に戻った。
「来るぞ! みんな! 撃てっ!」
俺とドレイクが引き金を引くと同時に、ソラとキリンは電撃と暴風を圧縮した弾丸を空鯨に解き放った。
砲撃を受けた空鯨が、悲鳴を上げて空中で身を翻した。
「きゃあっ!」
「うあっ!」
ソラとキリンが、二人で放った弾丸の反動で、甲板を転がる。
いきなりの実戦使用、制御が上手くいかなかった?
空気を突き破るような轟音が響き、その電撃混じりの暴風弾を受けた空鯨は、遙か上方に吹き飛ばされていった。
あんなの、人間が食らったら、ひとたまりもない……。
強すぎる力。
「大丈夫か?」
キリンとソラに駆け寄る。
やや朦朧としているようだが、二人とも意識はある。
だが、もうノードは使えないだろう。
後2分、黒い雲が薄くなってきた。もう、前方に危険を知らせる光は見えない。
「残り1発で弾切れだった」
ドレイクがため息をついた。
黒い雲が少しずつ薄くなっていく。
「もうすぐ、黒雲を抜けるぞ! すげぇな! あんたら!」
艦長の明るい声が響いた。
エレナの件を抜きにしても、厳しい依頼だった。どうにか切り抜けた……。
不意に、辺りが真っ暗になった。
甲板が大きく揺れた。
「……なんだ……これ……」
空一面を覆う、危険を知らせる光。
巨大な、は虫類の様な目が、雲間から俺をにらみつけていた。
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