28 命綱の軋む音
神童、と言われていた。
そう言われるために、努力をしていたから。
母は、いつも怒っていた。
ずっと不機嫌だった。
自分の家が、周りと比べて明らかに裕福だ、ということで、幸せを感じたことはなかった。
友達はいなかった。
私は、いつも「あの屋敷のお嬢様」で、みんなどこか気を遣っていた。私の母親を敵に回したら、地域で面倒なことになるのを知っていたから。
容姿にも恵まれていた。
でも、母親に似た茶色の髪も、きめ細かな肌も、母親の愛情を誘ってはくれなかった。
全部持っていたようで、ずっと空っぽだった。
一位を取ったときだけ。
母親が目を細めて、機嫌が良かったのは。
それ以外は、ずっと不機嫌。
手をあげたあとだけ、とってつけたように、優しく抱きしめる。
なんで不機嫌だったんだろう。
喧嘩もしたこと、なかった。
言いたいことも、聞きたいこともたくさん、本当はあったのに。
母親は、王都に、つながりを作ることを望んでいた。
私が警邏官の上位職になれば。
私は、ただ、笑顔で抱きしめて欲しかった。
手をあげられた後じゃなく。
キリンとソラ。
二人がいたら、私は一位になれない。
私は、特別じゃない。
嫉妬も、失望も。
でも、それだけじゃなくて。
羨ましかった。
あなたたちは、親友で。
私は、あなたたちの全部が、羨ましくて、眩しくて。
私の持っていないものを持っているように思えて。
ただ、憧れていて。
***
眼下に、黒い雲が、雷をはらみながら、渦巻く。
落下して死ぬはずだった私は、逆さ吊りの状態で、空中に静止している。
何かが、足を掴んでいる。
首を起こして、視線を上空へ向ける。
命綱でぶら下がった、金色の髪の少女。
「……離しなさい……キリン!」
キリンの体は完全に船体から落ち、腰に結ばれた命綱でぶら下がっている状態だ。
「……嫌よ!」
何だって言うの。
やっと、全部終わりにできると。
何で邪魔するの。
「止めて! 終わりにしたいの! これ以上苦しめないで! 何で私を助けるの!」
私は、あなたを、ソラを、殺そうとした。
それなのに。
「あなたは、ソラを殺さなかった!」
キリンが叫んだ。
「私は、あなたに聞きたいことが山ほどある!」
なんだってのよ。
いったい何なの。
「散々意地悪されて! 挙げ句、命まで狙われて! 私たち、喧嘩もしてないじゃないの! 言いたいことも文句も、山ほどある! 説明もなしに、勝手に死ぬなバカ!」
……誰が、バカよ。
ひどい、悪口。
悪口なのに。
「……バカとは、なによ」
命綱が、揺れる。
「あんたなんか、ずっと、大嫌い…」
何で泣いてるのか、私には分からない。
命綱の軋む、嫌な音がした。
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