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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第二章 空の果ての無重力/far from home
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89/140

27 血しぶきの中で私が望むことは

 両腕、両足が、何か黒く重いものに押さえつけられている。


 動かない。


 私に向けられている、尖った何か。

 それが、エレナの握りしめたナイフだと気付いて、ようやく、状況を理解した。


 仰向けの私に馬乗りになったエレナが、私の胸元にナイフを突きつけている。

 エレナの着る黒いローブが、意思を持った生き物の様に私を押さえつけて、体が動かない。


 それどころか、電撃を呼び出すこともできない。

 ノードが封じられている。


 エレナの瞳は、血走って、赤い。

 肩越しに、黒い雲が凄まじい勢いの風に流されていくのが見える。


 荒い息。


 エレナが、ナイフに力を込める。

 薄い、紫色の液体が塗布されてる。

 猛毒。

 

 殺される。

 

 死ぬの?


 「……どうして?」

 

 私の口から、こぼれた言葉に、エレナが、ぴくりと震えた。

 

 「……何故、そんなに私たちを憎むの?」

 

 「……うるさい……うるさいよ。あなたと……あなたとキリンが……あなたたちさえ……あなたたちさえいなければ……私は……」


 エレナが、ナイフを振り上げた。


 ***


 「ソラ!!」

 俺よりもソラに近い位置のキリンが、風を集めて、弾丸を作りながら、ソラに向かって駆け出す。


 「速く動く力」

 

 それでも駄目だ、間に合わない。

 

 何でだよ、俺は……!

 仲間一人、助けられないのか?


 ……何だ?!

 

 エレナを取り囲み、その体を操るような、黒い影が見える。

 

 違う。

 

 そうだ。


 それは、嘘だ。


 体の中で、何かが光った様に感じた。

 

 俺は、それを言葉にして、全力で叫んだ。


 「騙されるな!!!」


 ***


 コテツの叫びは、落雷のように甲板に響きわたった。

 ナイフを振り上げたまま、エレナが硬直した。

 「それが本当にお前の望みか?!」

 

 エレナが、コテツに視線を送った。

 

 ***


 「私は……」

 

 心の中に、亀裂が入った。

 

 いつから。


 私の心の中は、いつから、こんな黒い霧に覆われていたの?

 

 ソラに試験で負けてから?

 キリンに、弓矢の的当てで逆転されてから?


 違う。

 

 本当は、私は。


 私は、本当は。


 ー殺せー

 ー契約を履行しろー

 

 

 「私は……っ!!!」

 

 ナイフに込められた力が強くなる。


 私の腕が、ナイフを振り下ろす。


 違う。

 

 こんなこと、望んでない。 


 ***


 血しぶきが上がった。

 嘘だ、そんな。


 「ソラ!!」

 エレナに手が届く。

 私の手は空を切った。


 血塗れのエレナが、よろけて、甲板を転がる。

 わき腹に、ナイフが刺さったまま。

 

 「……私は……あなたたちを殺したくなんか、ない」

 甲板の端の欄干に、もたれ掛かるようにエレナが震えながら立ち上がる。

 

 「うらやましかった、憧れてた。追いつきたかった。それだけ」


 大量の血が、溢れて甲板を伝う。

 

 不意に、エレナが、上方に視線を送った。

 

 「全員伏せて。何かにしがみつきなさい。まもなく突風で揺れるから」


 そう言って、エレナが笑った。


 直後、飛行船が激しく揺れ、再び船体が傾いた。

 欄干にもたれ掛かったエレナの上半身が、船の外に投げ出された。


読んでいただいてありがとうございます!

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