18 普通はこんなはずじゃない
島間交流、か。
小瓶の蓋を開けて、中の「ヒマリの油」を刀に垂らし、専用のクロスでゆっくりと馴染ませるように、磨いていく。
訓練用の模造刀の木刀は、学生時代、コテツに破壊されたが……。実戦用の金属製「真刀」はどうだろうか。ましてや、この業物「アシュラ」だったら。
この旅の出発の前、実家の道場に、警邏官用の「真刀」を送ってくれと、頼んだ。警邏官だけが持つことを許される「真刀」が、実家にも何本か保存されているのは知っていたし、父親に見せてもらったこともあった。古い物だろうが、まずは経験を積んで、それから、道具のことは考えよう、そう思っていた。
送られてきた「真刀」を見て、言葉を失った。 それは、教科書の資料集にも載っていた、名工の手による百業物の一つ、「アシュラ」に違いなかった。
何でこんな物が実家に、と。
添えられた手紙の1枚目には、ごく簡潔に「警邏官になった場合、最初に渡すように、と言われていた刀です」と記載されていた。
そして、2枚目には「星4つ、星5つの警邏官に昇格したら、その時ごとに渡すように言われている刀があります。連絡を待っています」と。
「アシュラ」でさえ、正直、身に余るほどの名刀だ。使い手のことを考え抜いて、重心をわずかに刀頭にずらし、振るう速度を上げるほど、羽のように軽く感じる。「速く動く力」を念頭に置いた設計。
まずは、星4つ。王都の宮廷剣術試合に出る資格を得る。そこで、優勝すること。それが、アルベスタ流剣術の再興への道筋だ。
「……先は、長いが」
寄宿舎の部屋の明かりを艶やかにはじき返す「アシュラ」に映った自分の瞳に、ため息をついた。
「何か面白いものは見つかったか?」
スパナは毎日、放課後になるやいなや、学校を飛び出して島の隅々を散策し、大量の草花、木の実、果物、根菜、キノコ……等々をカゴに入れて、夜に帰ってくる。帰ってきた後は、わき目も振らず、収穫物を火にかけたり、こねくり回したりしながら、時折書物に目を落とし、あーとかうーとかうめき声を上げている。
「調合・分析する力」。
あらゆる物のつながりや組み合わせ、その結果が、次々と頭に浮かんでくるんだそうな。数あるノードの中でも、医学・薬学に特化した特殊な力。アレステリア国が物質研究の聖地になっているのも、この力を持つ警邏官が一定数いるからだが。
「……変なんです」
「?」
「何か、変なんですが……」
大抵、話しかけても反応がないのだが、今日は珍しく、すぐさま返事があった。
「不思議な植物でも?」
「珍しい植物がたくさんあるのは、文献のとおりなのですが……大きさや成長の度合い、時期が、文献と違う物が多くて……」
「文献が古いんじゃないか?」
「いえ、これは、ヘルバスティアの警邏官本部から借りてきた、最新版なので、そんなはずはないんです。それと、文献に載っていない、奇形種と思われる草花やキノコが、散見されるんです。気味が悪くてですね……」
大量の植物やキノコの残骸と色とりどりの試験管に囲まれたスパナは相当に不気味だが、そのスパナをもってして、気味が悪い、と言わせるという。
「明日、島間交流だし、向こうの島でも調べてみたら?」
「是非、そうしたいと思います。ドレイク君は、明日、試合なんでしたっけ? 「コルダ」の」
「ああ、そうなんだよ。部活に勧誘されてしまってね。何でも、どうしても勝ちたいらしいんだ。ソラからキリンさんが聞いた話では、コテツも向こうのチームで出るらしい。いい機会だ、コテツに、キリンさんの前で一泡吹かせてやりたいところだが」
「コテツ君と試合するんですか?」
「そうなったら面白いんだけど、ね。ま、でも、僕らがやりあったら、どっちが勝つか、結果が見えない。どうも勝たないと、島間交流でモテないみたいだからね。今回は、確実に勝てる試合を選ばせてもらおうかな」
スパナがほっとしたように息をついた。
「ドレイク君が話していた、例の仮説の件ですね。上手くモテそうですか?」
「それはもう、もちろん。美男の剣士が試合に勝って、モテない理由はないからね」
僕はスパナにウインクをした。
「キリンさんには内緒だよ」
「了解です。では、それぞれに、それぞれのやり方で」
スパナはそう言って、再び植物達との対話の世界に帰って行った。




