16 その花には溺れるほどの蜜が
「キリン、今日も「ウェバー」部に行くの?」
教室の中から、私に気付いたミルカが声をかけてきた。
「うん、何かすっかり期待されちゃって……」
「島間交流の競技会、部長のティンバー君は、今回、特に負けられないんからね。キリンのこと、救世主って言ってたし」
「え、そうなの? 何か理由が?」
「告白しようと思ってる子が、白銀島にいるのよ。今回の試合に勝ったら、そうするって言ってた」
「別に、負けても大丈夫なのにね……向こうの、リグルも告白されるの待ってるんだから」
リリアが、黒髪を揺らし、頬に手を当てながら笑った。
その、小さな仕草一つ一つが、大人っぽい。
何だって言うのか……。どうしたら、同年代でこんな雰囲気が出るのだ……。
「でも、キリンもモテそうだなぁ」
ミルカが笑みを浮かべる。
「綺麗な上に「ウェバー」の上手い女子なんて、もう、ね」
リリアが同調して笑顔を浮かべる。
……タイプの違う美人の二人に見つめられると、何だか緊張してきた。
「……リオとラシャには、気をつけるように言っておかなきゃ」
「ちょっと、リリア」
リリアが悪戯っぽく笑うと、ミルカがふてくされたように頬を膨らませ、リリアを睨みつけた。
リオ? ラシャ?
「あ、私たちの彼氏。白銀島にいるの。ミルカの彼氏がリオ。ラシャが私の」
不意に直接的な話を聞かされ、一拍置いて、私は頬が真っ赤になってしまった。
夕日の差し込む教室の逆光の中、急に二人が、ずっと年上の女性の様に見えた。
「ほら、この二人」
リリアが、1枚の写真を私に見せた。
肩を組んで笑っている、茶色の髪に、日に焼けた愛嬌のある顔立ちの少年と、その子より少し背の高い、黒髪の端正な顔立ちの少年。
「こっちの茶色い髪のかわいい顔の方が、ミルカの彼氏のリオ。黒髪のイケメンの方が、私の彼氏のラシャ。どっちもいい男でしょ」
ミルカの。私の。
自分の特別な人、というのを何の衒もなく、さらっと、でも、何だろう、「自分のもの」という縄張り意識を語尾に込めて言い放つリリアに、私はすっかり圧倒されて、硬直してしまった。
「リリア……言い方……。キリンが困ってるじゃない」
「あはっ、ごめん。いきなり色々話して……。明後日、島間交流じゃない? もう正直、私たち学校どころじゃないのよね。彼氏と会って、何話そう、何しようって。行事も抜け出しちゃおうかな」
「それはやめてよ、リリア。他の子にも影響でるかもでしょ? 行事後は自由時間長いんだから、そっちでやって」
「はいはい」
「それと……やりすぎは駄目だからね。分かってるでしょうね。また、手を繋ぐ以上のことは……」
「もー、優等生のミルカちゃん。分かってるわよ。ほら、キリンが困ってるよ?」
て、手を繋ぐ以上のこと?
以上って……。
心臓がバクバク言い始める。
「異性と仲良くなるのは推奨されてるけど、手を繋ぐ以上の行為は、禁止なのよ。明日、男子女子、それぞれ集めて、先生から説明があるんだけど。島間交流の度に毎回同じ注意事項。もういい加減にしてほしいって感じだけど」
リリアが、机を離れて、私の方に近付いてきた。
「だから、キリンも、良い人に声かけられても、手を繋ぐところまでしか、しちゃだめだからね」
少し、私より背が高いリリアが、顔を近づけて耳打ちしてくる。
何だろう、感じたことのない、色気。
それに反応したのか、思わず、コテツの顔と、手の感触が浮かんでしまった私は、耳まで真っ赤になってしまった。
「あれ? もしかして、もう誰か良い人いるの? 同じ島は駄目よ?」
「い、いない! いないから! あ、じゃあ部活あるから!」
目の前には美しい黒髪。大きな、艶めいた瞳。夕陽の中でもほんのり赤い唇。
そこには、溺れるほどの蜜を内包した、美しい花が咲いているようで。
その全てが、何故かひどく不吉に思えて。
足元から、床の方に引きずり込まれそうな感覚に恐怖した私は、あわてて、ミルカとリリアに背を向けて、射撃場の方に全力で駆けだした。
本当なら、女子同士、恋愛話に花を咲かせても良さそうな状況だったのに。
私はとにかく、その場から逃げたくて仕方がなかった。
***
その時感じた違和感も、恐怖心も、全て正しかったのだ。
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