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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第36章 輪郭

 遊園地の翌日。借りものの休息が終われば、待っているのは現実だった。


 アジトに戻った一同は、改めて結の同調に臨んだ。前にアールが弾き出した安全策に従い、負荷を常時監視しながら、佳澄が結の手を取る。


「いきますよぉ。……結ちゃん、力を抜いて」


 部屋の灯りを落とすと、佳澄の呼吸が深くなり、二人の脳波が同期していく。モニターの波形が、ゆっくりと重なり始めた——が。


『……信号、不安定です。断片の手前で、強い拒絶反応』


 アールの声が、緊張を帯びた。


 結の眉が、苦しげに寄る。か細い声が漏れた。


「……いたい。あたまの、奥が……っ」


『負荷、危険値に接近。中断します』


 言うが早いか、アールが接続を断った。佳澄が弾かれたように手を離す。結は荒い息をつき、目尻に涙をにじませて、こてんと楓の膝へ倒れ込んできた。


「結!」


「……ごめんなさい。届きそう、だったのに……扉が、固くて」


「いいの。もう、いいのよ」


 楓は結の背をさすりながら、こみ上げる落胆を奥歯で噛み殺した。あと少しで、澪の最後の言葉に手が届く。そう思っていた。けれど、この子を壊してまで得ていい答えなど、どこにもない。


 佳澄が、汗だくの顔で首を振る。


「奥に、何かもっと大きな“鍵”がかかってるみたいで。私の力じゃ、こじ開けられない。……ごめんなさい、楓さん」


 澪が最後に遺そうとした言葉。その先は、ふたたび闇の奥へ閉ざされてしまった。



 結を寝かしつけたあと、楓は残った三人を見回した。久賀、岬、佳澄。素性も傷もばらばらの、それでもいまや同じ船に乗った顔ぶれ。


「……もう、隠し事はなしにしましょう」


 楓は、ひとつ息を吸って切り出した。


「力ずくでこの子の記憶をこじ開けるのは、もう無理。だったら、私たちが今わかっていることと、わからないことを、ぜんぶ並べて整理する。そこからしか、進めない」


 モニターに、これまで拾い集めた断片が映し出されていく。楓は、ひとつずつ指を差した。


「まず——澪が最後に遺そうとした言葉。『お姉ちゃんに、言いたいことがあるの』。その先が、どうしても読めない。あの子が、何を伝えたかったのか。それが、私の知りたいことの、ひとつ」


 次に口を開いたのは、佳澄だった。


「私が追ってるのは、計画の“ほんとうの目的”なんですぅ。記憶を移し替える、なんて名目の裏で……もっと別の“何か”を、人から人へ移そうとしてた。それが、何なのか。どうして私たちが、そのために使い潰されたのか。——そこだけは、どうしても知りたくて」


 岬は腕を組んで聞いていたが、やがて低く言った。


「……俺にも、ずっと引っかかってることがある」


 その視線が、まっすぐ楓へ向く。


「久賀に言われたんだ。あんたに——楓さんに、恋をするな、と。恋をしないと誓えば、そばにいられる、と。だが理由は、教えてもらえなかった。俺はずっと、その意味を知りたかった」


 部屋の空気が、張りつめた。


 来た、と楓は思う。いつか話すと、約束した。その“いつか”が、いまだった。


 楓は深く息を吸い、語り始めた。女神のこと。世界の真実に触れる力と引き換えに、“恋”を差し出した契約のこと。誰かと想いが通じ合った瞬間、世界が巻き戻ること。そしていまが、三度目の世界であること。そして——巻き戻っても記憶を保っていられるのは、契約者である自分と、なぜか久賀さんだけだということ。


「あなたは、覚えていないだけ。一度目も、二度目も——あなたは、私を好きになった。そのたびに、世界が、消えたの」


 長い沈黙が落ちた。


 岬は何も言わず、ただ片手で口元を覆って目を見開いている。あり得ないはずの記憶。この部屋で楓に拒まれたあの感触。説明のつかなかったものすべてに、いま、ひとつの輪郭が与えられた。


「……そうか」


 絞り出すような声だった。


「俺は、おかしくなったわけじゃ、なかったのか」


 佳澄も、言葉を失っていた。女神。巻き戻る世界。荒唐無稽な話のはずなのに、自分たちの身に起きてきたことが、それでようやく筋を結んでいく。


 その話を聞いて、岬の視線が久賀へ向いた。


「久賀。……お前も、覚えてるんだったな。契約者でもないのに」


 久賀は、めずらしく軽口を返さなかった。腕を組んだまま、壁から背を起こす。


「ああ。なぜ僕だけが覚えていられるのか——正直、僕にも、さっぱり分からないんだ」


 いつもの飄々とした調子は、そこにない。


「ずっと引っかかってた。……これを言うか、迷ってたんだがな」


 久賀はテーブルの名簿に手を伸ばし、その隅を指で示した。


「ゆうべ、見つけた。この予備検査の名簿の端に、僕の名前がある。久賀の家は、K12に金を出していた側だ。それなのに、なぜ僕が“被験者”として載っているのか。……心当たりが、まるでない」


 はぐらかしではなかった。本当に、分からない、という顔だった。楓は、ゆうべ彼が頁を閉じたときの、あの強張った指先を思い出す。隠していたのではない。久賀自身が、自分のことを持て余していたのだ。


「久賀さん……」


「すまない。確証もないのに、きみらを不安にさせたくなかった。——でも、隠し事はなしって決めたんだろう。なら、これも出しておく」


 久賀は、ふっと、いつもの笑みを取り戻した。今度は、ちゃんと目も笑っていた。


『——でしたら』


 アールの声が、静かに割って入った。


『久賀さんの記憶保持にも、名簿の記載にも、必ず理由があるはずです。お許しいただけるなら、久賀さんの過去の検査記録を、私が解析します。答えは、データの中にあるかもしれません』


「……好きにしてくれ。僕も、自分が何者なのか、いいかげん知りたい」


 久賀がうなずくのを待って、アールは解析を始めた。冷却ファンの音が、一段高くなる。


 その解析が何を掘り当てるのか——このときはまだ、楓にも、そして久賀自身にさえ、知るよしもなかった。


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