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第十五章

 2000年7月11日。

 この日は、雨だった。

 夜中だというのに25度という高い気温も相まって、不快指数がぐっと押しあがる。

 しかし畑野はくらやみの中、にんまりと笑っていた。

(絶好の潜り込み日和やわ…)

 これである。

 後に何かあったとしても、足跡は雨で流れやすい。物音も隠れる。

 しかし、流石は大使館だった。

 その潜入の難易度は、大河内製薬本社とは比べ物にならなかったのである。

 監視カメラに死角が一切、無い。敷地内外は常に、見回りの人間がうようよしている。まるで有事下か、というような物々しさだった。


 ……しかし、それも地上での話だった。


 というわけで畑野は今、ロシア大使館の上空にいた。

 真昼間にいたら、大さわぎになっていただろう。畑野の体が上空に浮いているのだから。

 しかし、これもきちんとからくりがある。


 この大使館の周辺は市営のものだろうか、団地がぐるっと取り囲んでいるのだが、これがどれも大使館の建物より少し、高いのだ。

 ここに、ワイヤーを何十本も張り巡らせ、その中心に蜘蛛の巣の蜘蛛よろしく、畑野が立っているだけなのである。

 ……と…。

 畑野が手をちょいと上げた。

 ワイヤーが少しずつゆるみはじめ、畑野の体はするりするりと下降を始めた。




 …大河内製薬社長、青木宏がここ、ロシア大使館に拉致、監禁されている可能性がある。

 これが、例の『恵が女から入手した文書』…後々、これを手に入れたクラブの場所が三ノ宮(神戸市中央区下山手通)にあったため、メンバーの間では下山手文書と呼ばれるようになった…これと、畑野達が入手した大河内製薬の現状とを照らし合わせた結果、導き出された推測だった。

 また、例の青木に代わり、社長室にふんぞり返っていた金髪蒼眼の男と、そのそばに控えている日本人の男が、例の5人のイサーク一味の内の一人…マルク・ギリャロフスキーと、通訳の野村明であることも、すでに判明している。

 下山手文書によると、大河内製薬が今のような状況に陥ったのは6月…奈良の研究所襲撃と、ほぼ同時らしい。青木が誘拐同然に拉致されたのが6月半ば。それとほぼ時を同じくして、大河内清偵も自宅に軟禁されるようになったようだ。

 10名居た取締役は、抵抗できなかったという。動けば二人の命は無いことは、目に見えていたからだ。さらに、『警察が一切動いてくれない』ことが、彼らの精神に大きな影響を及ぼした。

(どうせ動いてくれない…自分たちでどうにかするしか…)

 彼らは度重なる恐喝と暴行で、完全にこのマインドコントロールにかかってしまったのである。





 畑野は、その小柄な体格を活かしするりするりとその建物の換気口へと入り込むと、いちもくさんに一階にあるとある部屋を目指した。

 警備員の詰所である。

 そこには、例の死角の無い監視カメラで撮られた映像が全て、モニターに映し出されていた。

 部屋いっぱいに、ブラウン管の画面である。壮観だった。

 部屋は、それらの画面が見やすいよう、電気がつけられていない。

 畑野は天井から、黒い紐をそろり、そろりと垂らした。

 超小型CCDカメラである。

 部屋の中にはその画面を監視している職員が10名ほどこの夜中にもかかわらず画面に目をやっていたが、まさか自分の頭上で盗撮されているとは夢にも思っていない。

 そして、そのカメラで撮られた映像はとある所に送られ、ある者が見ていた。



"ありがとうございます畑野さん。カメラ引き上げられますか?"

 入谷だった。



 畑野は換気口で寝そべったまま、インカムマイクをトントンと叩く。どうもこれが、"YES"の返事らしい。

"確認取れました。畑野さんから見ておそらく右から2番目の男性が見ている画面。見えますか。"

 畑野はトントンと叩いた。

"その、画面が6つありますね。その中の一つに、いすに縛られた男性の姿が映っています。見えますか"

 トン、一回。

"見えない。了解です。こちらにある青木氏の身体的特徴、お顔を照合にかけたところ、その写り込んでいる男性は青木氏でほぼ間違いないとの結論に達しました。"

 畑野の心臓がドクリと跳ねた。もうビンゴか。

"また、警備員室のサーバーに不正アクセスしたところログインに成功しまして、そちらからも調べたところ、おそらくですがその縛られている男性の部屋は4階にあるものと思われます。"

 ハッカーの手を借りているのか。畑野は頭をめぐらせていた。

"行けそうですか?"

 そんなの、はい以外の選択肢は無い。畑野はトントン、とマイクを叩くと、その警備員室からそろりそろりと撤退した。




 こうして一時間後。

 畑野は見事に、その部屋を突き止めた。

 また、そこに縛られた男が間違いなく、社長の青木宏であったことを、畑野がその目で確認できたことは、言うを待たない。




 夜が、明けていく。

 雨は、上がっていた。

 その日の出とは逆…まるで夜をひきずったようなラベンダー色の空へと向かい、畑野は車を走らせていた。

 助手席には雪乃が、ぷうぷうと寝息を立てて寝ている。

 今回、雪乃は見事にはたらいてくれた。あのワイヤーを張り巡らせたのも、あのCCDカメラの映像を、入谷の居る本部まで流せるようにしたのも彼女だ。畑野は、片付けを少し手伝っただけである。


 終わった頃には、彼女の身体は黒ずくめの服もろとも、ずぶ濡れになっていた。




このあと、雪乃は風邪をひきました…。

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