第十二章(上)
少し、短いです。
(2021/08/03改稿:題名を変えました。)
(2021/09/08改稿:内容大幅に変わっております。申し訳ございません。詳しくは活動報告をご覧ください。)
数日後。
第二班メンバー、塚本恵は入谷を伴い、三宮の某所にいた。
真っ黒な壁に紅色のカーペット。扉は一か所。そして、その右側の壁には窓がくり抜かれていて、そこからフラッシュのような光が明滅して、その度に一様に踊る人々の様子が見て取れた。
恵のいる部屋まで音は流れてこないが、時折ウーハーの低音がズン、ズンと床を揺らす。
どうやらここは、クラブのようだ。
恵は黒革のソファにもたれ、目を閉じている。
入谷は入り口近くで、壁にもたれ立っていた。
そこへ、ノックとともに扉が開いた。大音量の音が流れ込んでくる。
恵の目がぽかりと開き、やってきた待ち人を出迎えた。
「メグ、久しぶりやね。」
待ち人は、女だった。笑うと、桃のような口元にえくぼが浮かぶ。はっとするような美人だった。
「連絡もせんと、失礼しておりました。お時間までいただいて…」
恵は神妙に頭を下げると、女は雪のような白い色をした手をひらひらと振って頷き、向かいのソファに、とさりと座った。
「取れるだけ、取ってきたよ。」
そう言うと女は、細い指で煙草に火をつけた。その指先まで、よく手入れされているのが分かる。
「ありがとうございます。」
恵は言って、おもむろに封筒を差し出した。
女は慣れた手つきで受け取ると、中身を改めた。
「…いっちょまえになったもんやわ。」
紙幣をパラパラやりながら、女が言う。「護衛まで付けて。」
入口にたたずむ入谷の表情は動かない。
「おそれいります。」
「…メグがおらんようなってから、この辺りもずいぶん変わったよ。最近はだいぶん、きな臭くなってきてる…」
「そうですか」
「ちょっと、縄張り争いもあってね。そういや昔、アンタに言い寄ってた組の坊ちゃん。あの子も死んでもうた」
「…!!」
恵の目が見開かれた。
「あの、一緒に引き連れてた金髪の中国人ぽい男の子いたの、覚えてる?」
恵は頷く。
「あの子、どうやら内通してたみたい。元々はその、敵側の人間やったんやね。で、寝首をかかれた恰好になって…」
「そうですか…」
「だから、アンタももう、この辺堂々と歩けるんよ。いつでも遊びにおいで。」
女は穏やかに笑った。
この女と初めて会ったのは、いつだったろうか……。
恵は思い返そうとしたが、思い出せなかった。
分かっているのは彼女が、『表向きはホステスをしているが、裏ではヤクザ達を相手に情報屋として立ちまわっている』ということだけだ。
おそらく、他にもいろいろと顔があるものと思われる…しかし、立ち入ってはいけない。恵はそのあたりを、若干16歳にしてすでにわきまえていた。
「…大河内、大河内。最近、表でも裏でもよう聞くわ……。」
女は、歌うように言った。まるで、呪いの歌だ。「表では、半年前週刊誌にスッパ抜かれた、『大手製薬会社にマフィアの影』…そして…」
「……。」
恵は何も言わず、女を見ている。
「裏では、『脱法ドラッグに手を出した、あわれな素人企業』…。」
恵と入谷の心の臓が、雷に打たれたように轟いた。
やはり知っている。女は知っているのだ。
「…でも実際は違う。」
女は煙草をくゆらせ、「大河内さんとこはな……。脅されとるんや。」
「…誰に。」
「こいつらに。」
言うと、女は写真を五枚、恵の前に出してきた。
ここで女の言った、"週刊誌にスッパ抜かれた"一件について、述べておきたい。
事はまず、今年一月に起きた。
某大手週刊誌に、『大手製薬会社にマフィアの影』と題して、大河内製薬がスッパ抜かれたのである。
その記事によると、こうである。
『ここ最近、大河内製薬はロシアンマフィアと蜜月のようだ。
著者はこの度、夜な夜なここの本社に黒い車を横づけし乗り込んでいく男5人が、そのマフィアの構成員であることを突き止めた。
諸君。これがその、男5人だ。よく、この顔を覚えておいて欲しい。(そこに不鮮明な写真が数枚)
どうも、大河内製薬は脱法ドラッグの製造を秘密裏にやっていて、その取引をしようとしているようなのだ。』
つまり、大河内製薬は、脱法ドラッグの製造に手を付けていて、それでマフィアと密輸(出)の取引をしようとしているのではないか、と、こういう疑惑が浮上しているということなのだ。
しかし、これは結局疑惑止まりとなった。
その、"脱法ドラッグの製造をしていた"という根拠が見つからなかったのである。
また、現在は"危険ドラッグ"として厳しく取り締まられているこれら薬物だが、当時はそこまで法整備も進んでいなかった。前にも恵が言っていたとおり、『吸おうが売ろうがナニしようが』、警察も公安も、手は一切出せない。今回もそうだった。つまり…この件は、あくまでこの週刊誌の記者が独自に、地道に、その足で調べたのみである。おのずと限界も訪れようなものだ。
「これが、ご依頼の品や。」
続いて、女は分厚い角二封筒を出してきた。
「ゆっくり、読んだらええよ。ご依頼の、『大河内製薬に関わるウワサの真相』と、あと、その写真の男、五人の氏名と略歴。全部ひととおり載せてある。」
女の言に、恵は思わず入谷と顔を見合わせた。
依頼したのは、数日前だ。正確に言おう。三日前だ。
そんな短期間で、出来上がれるものだろうか。
顔に出ていたのだろう。女が笑った。
「情報元は確かやで。たまたま、大河内製薬の取締役の方にお妾さんがおってね。その子が、おたしのいるお店の同僚やったの。ある日見たら、その方身体中酷いあざやったらしくて…話を聞いたみたい。男ってのはね。お布団の中では案外口が軽くなるもんよ。メグもよう覚えとき。」
これには、恵の顔がまるで火が付いたように、真っ赤に染まったものである。
こうして、大河内製薬に対し半年に渡り、恐喝をかけている五人の氏名が判明した。
・イサーク・ペトローヴィチ・イグルノフ。43歳。どうもこの男が、リーダー格らしい。そして、
・マルク・アキーモヴィチ・ギャラロフスキー。32歳。
・セルゲイ・ゲルマノヴィチ・カシヤノフ。30歳。
・ユーリ・キリーロヴィチ・オルロフスキー。28歳。
そして、唯一の日本人が、
・野村明。34歳。
「まだ、時間あるね。」
女は上品そうな腕時計に目をやり、「話、聞いたるよ。」
「…ありがとうございます。」
恵は頭を下げ、ちらりと入口の壁にもたれる入谷の方を見た。本当は話をしたいのは入谷の方だろう。
しかし女は首を振り、「メグ。悪いけど、あくまで今回の依頼者はあんたや。他の人間からの質問には、答えられへんよ。」
(…お見通し、ってか…)
恵は思わず苦笑いになった。入谷も女の後ろで、うすい青色のサングラスをかけたまま肩をすくめる。好きにやれと言っているのだ。
恵は気をひきしめた。そしてややあって、口を開いた。




