第七章(下)
「本日はお時間お取りいただきまして、ありがとうございます。」
まず入谷は丁寧に頭を下げ、「改めまして…」と名刺を交換した。
長谷川はその名刺を一瞥すると、「おかけください」とソファへ案内した。
入谷が渡した名刺は、勿論偽名である。
長谷川には前もって電話にて、「この度お事件の関係者からのご依頼で、菅原隆義氏の件をお調べしている。一度、話を伺いたい」旨を伝えてあり、長谷川が時間を作ってくれた恰好だ。
「申し訳ないのだが、少々時間が無い。早めに要件を伺いたいですな」
長谷川は入谷に向かい、言った。「なんでも、菅原君の件との事ですが」
「…はい。」
今日、入谷は何故か眼鏡を外し、コンタクトにしていた。まるで別人だ。「それでは単刀直入にお伺いします。富樫元助教と、早急に連絡が取りたい。教えていただけませんでしょうか。」
「それは出来かねる。」
長谷川は即答した。
「何故ですか」
「知らないからです」
長谷川は入谷を見据えた。
(ウソやな…)
まどかは直感した。目をそらさないのが返って怪しいのだ。
「富樫さんは、有言実行の方と伺っております。それが、『手段を考えます』と仰っておいて、一か月を超えた今になっても何も連絡をよこさない、というのは考えにくい。」
「しかし、本当に連絡が無いのです。私共も心配しているのですよ。」
長谷川はいけしゃあしゃあと言う。
「…良いでしょう。では質問を変えさせていただきます。
本日、何故わざわざ時間をお取りになって、私共と会おうと思われたのですか?」
「それが貴方が"お会いしたい"と仰ったからではないですか」
「そうでしょうか?」
入谷がたたみかける。「今日この質問が来るのは自明の理であったはずです。どのような話の展開になったにしろ、どの道、富樫さんの話は出てくる。なぜなら唯一、彼だけが貴方と報告と相談をなさった上でこの大学を去っているからです。この事件で唯一の手がかり、と言ってもいい。このことはお電話でもさせていただきましたね?そうしたら、直接会って話がしたいと、貴方が仰った。しかし今日になってコレ、とはどういった事なのか…お伺いしたい。」
「…一度、顔を見ておきたいと思ったのですよ。」
長谷川は言って、ニヤと笑った。「そのまま警察に突き出すつもりでおりました。すでに連絡してありましてね…もう直ぐ、ここに駆けつけるはずです。君たちはどう見ても、不審者だからね。」
まどかは唖然とした。大それたことをする。
「…ほう。」
入谷はしかし、落ち着いていた。「その連絡、いつされましたか?この時?」
そして入谷は懐から、写真を一枚出してきた。
「う…っ!」
長谷川の顔が引きつる。
それは窓越しに写る、長谷川の姿だった。携帯から誰かにかけているように見える。
「それともこの時ですか?それともこれかな?」
入谷はそう言って、次々と写真を出してきた。どれも同じような写真だ…携帯電話か、固定電話かの違いくらいしかない。その数、全部で8枚。
「…直近で、これですかね。今から一時間前に、電話をなさっている。いえいえまさか…。盗聴はしておりませんよ、探偵とはいえ、それは犯罪行為ですから。その顔は図星ですかね…。しかし、ではおかしいですね。1時間も前に電話をされたのなら、今頃踏み込んできてもおかしくないのですが…。」
「…!!」
ここに来て、ようやく長谷川は気が付いたようだった。
「探偵法を、ご存じなかったようですね。」
入谷は失笑した。「私共はれっきとした探偵業者ですよ?正式に探偵業務として公安に届出を出しております。出して受理をされた者は、
『他人の依頼を受けて、特定人の所在又は行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法により実地の調査を行いその調査の結果を当該依頼者に報告する業務』※…これらについて、警察や公安からその責を問われません。つまり…、
貴方がいくら警察に電話をして突き出そうとしたところで、彼らはここには踏み込めない。何故なら、私共は正式に依頼を受けて、ここに居るからです。」
実はこれは本当である。荒松清、入谷将史の本業は、探偵だ…ただし、二人とも不正な方法を使って手に入れた、他人の戸籍を買い取って名乗っているが…。なので、"偽名"なのだ。
呆然とする長谷川に、入谷がさらにたたみかけた。
「ああ、紹介が遅れました。こちら。」
入谷は傍らにいるまどかを紹介した。まどかが立ち上がる。「今回の依頼人です。」
「…!!」
長谷川の顔が、悪夢を見ているような顔つきになった。
「北島、まどかと申します。」
まどかは頭を下げた。その時、わざと、着ていた薄地のロングのスプリングコートのボタンを外し、中が見えるようにした…下は制服である。
「…すみません、ここ暑いですね。脱がせていただきます。」
まどかはあっけらかんと言って、制服姿になった。そして、「あ、一応これ。」と生徒手帳を差し出した。
長谷川は生徒手帳を改めた。そして、
「一介の高校生が何故このような事をしたのかね。興味本位にしてはやり過ぎだ。学生の本分というものをわきまえなさい。今すぐこんな依頼は取り下げて…」
「すでに4人も殺されてるんですよ!!!!」
まどかは大声を上げた。
「…は?」
長谷川は度肝を抜かれた。が、すぐに(何を言ってるのだこの小娘は…)と顔に書いたような表情になる。
「私は今高校二年生です。夢もあるんです。まだ死にたくないんです!こっちも殺されそうな寸前だというのがまだ分からないんですか!!」
まどかは激高した調子で声を荒げた。演技である。
「まぁまぁまぁ、落ち着いてください。」
入谷がとりなす。「長谷川先生。ひょっとして、この方がどんな方か、ご存知ないようですね…。」
「え…?えぇ。」
「こちらになります。」
入谷は新聞の切り抜きを、長谷川の前に差し出した。
それは例の、兵庫県警からの表彰の記事だった。まどかの顔もばっちり写っている。
「き…君があの…!」
「玲奈とは同じクラスで友人でした。彼女を助け出したのは私です。ご両親は…申し訳ございませんでした。」
思い出したら悔し涙が出てきた。「あの火事が、放火やって、捜査を始めたと聞いて、私はすぐ犯人は捕まるやろと思ってました。でも違いました、まず兵庫県警が突然、一週間で捜査を打ち切った。」
「なんだって」
本当にこの学長は何も知らなかったようだ。それもそうだろう。捜査打ち切りのことは、一切報道されていない。
「上からの圧力があったと聞いてます。それに玲奈と、亡くなったご両親に代わって養子先になった隆正叔父さんご夫妻の行方も分からない…」
これは本当である。まどかや入谷、荒松も、この三人の行方を追っているがいまだ、見つかっていない。
「私自身も、あの事件の後から何者かに付きまとわれる生活を強いられました。幸い、家族と、ここにいらっしゃる探偵さんのおかげもあってそれは何とかなってますけど、今後も大丈夫とは限らない。警察はもう動いてくれません…もうたくさんです。こっちから打って出ないと、もうどうにもならない。闇から闇へ葬られておしまいです。今。今、消息の分かってる旧菅原研究室の方々と一体となって、繋がっておかないと、また第五、第六の犠牲者が出る…!」
まどかの言に、長谷川は何も言い返せなかった。
「…この記事をご存知なかった、というこは…」
入谷はそう言って、もう一つ、新聞の切り抜きを出してきた。「この記事も、ご存知なかった、ということですね…」
長谷川はその切り抜きを見た。
見えてしまった。
読み進めるうちに、長谷川の顔がみるみる青ざめ、がたがたと震え出した。
そこには、こう書かれてあった。
"昨夜午前0時ごろ、静岡県静岡市○×のアパートの住人から異臭がすると110番通報があり、駆けつけたところ、アパートの一室から岩田綾子さん(24)が亡くなっているのが発見された。プロパンガスのホースが切られており、全ての窓にガムテープで目張りがされていたことから、警察では岩田さんが自殺を図ったと見て、調べを進めている。"
長谷川は震える手で、その切り抜きを入谷へ返した。そしてお茶をこぼしながら、飲み干した。唇をかんだ。必死に呼吸を落ち着かせようとしている。
ショックが隠しきれていない。
それもそのはず。確か岩田綾子は4回生まで、長谷川の下で研究をしていたはずだ。
まどかは痛々しいものを見る目で、その様子を黙って見ていた。入谷もこちらは表情を変えず、様子を見ている。
そして。
「分かりました…。急を要しそうだ…。富樫君には僕から連絡を取り、言づけておきましょう。連絡先はこの名刺のもので大丈夫ですか」
これが、元菅原研究室で最初に見つかった生存者。
富樫雅也元助教との連絡を付けられた、これが、その瞬間だった。
※参考文献:『探偵業について』
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/tanteigyou/index.html




