第五話:黄泉からの回頭
死者たちを大型モルグへと追い込み、厳重に封印してから、数日が経過した。
《IZANAGI-05》は180度回頭し、地球への帰還コースを順調に航行していた。
広々としたメインブリッジには、地獄のようなパニックが嘘のように、穏やかで落ち着いた空気が戻っていた。
「いやー、ハンスが淹れてくれたこの紅茶、本当に良い香りだな。殺伐とした気分が生き返るよ」
サブモニターの数値を見つめながら、副船長マーカスが満足そうにカップを傾けた。
「20名以上のクルーが犠牲になりましたからね。……地球に戻ったら、本物の茶葉で淹れたフレーバーティーを奢ってくださいよ。地球には果実の甘い香りをつけた最高の紅茶がたくさんありますからね」
ハンスが淹れたての温かいカップをケンジに手渡しながら、不器用な笑みを浮かべた。
「いいですね。帰還したらみんなで美味い紅茶とケーキで乾杯しましょう」
ケンジも穏やかに微笑み、談笑の輪に加わっていた。
モニターには、地球までの距離を示す数値が着々と刻まれていた。深宇宙を離れ、青い母港へ近づいていくそのカウントダウンは、生き残ったクルーたちに絶対的な安心感を与えていた。
「ええ。桃の結界で死者を封じ込めたうえに、船は確実に地球へ向かっています。未知の深宇宙を離れて生者の世界へ近づけば近づくほど、あの世の領域からは遠ざかっていく。もう何も心配いりません」
「地球に着いたら、真っ先に本物の和食も食べに行きたいですね」
「いいねえ、俺は冷えたビールと分厚いステーキだ! 船長にも供えてやるよ!」
アーロンがバカなジョークを飛ばし、一同の軽い笑い声がブリッジに響き渡る。極度の緊張と恐怖から解放されたクルーたちは、どこか晴れやかな表情で将来の希望を語り合っていた。
――だが、誰ひとりとして立ち入ることのない、固く封印された暗闇のモルグ(保管庫)内部では、静かに異変が進行していた。
部屋の片隅に転がる桃の実。かつて半分だけ瑞々しさを残していた果肉は、いまや完全に黒く爛れ、ドロドロに崩れ落ちている。
そして実の腐敗と呼応するように、桃の太い幹や枝からは、どろりとした黒い液が滲み出し始めていた。その液は金属パネルの表面を、まるで脈打つ黒い血管のように枝分かれしながらゆっくりと伝い、封印のハッチ全体を静かに汚染していく。
「……地球まで、あと少しですね」
ブリッジで寛ぐケンジたちの鼻腔を、ふわりと甘く熟した香りが掠める。
「ん……いい香りだ。ハンス、さっきの紅茶の甘い香りがまだ残ってるのか?」
「さあ、蒸気と一緒に広まったんですかね」
「地球へ近づいている=あの世から遠ざかっている」という完璧なロジックを信じ切った彼らは、鼻腔をくすぐるその香りが、紅茶のフレーバーではなく、封印の奥で爛れ落ちた桃と死体が放つ「黄泉の臭気」であることなど、疑うことすらしない。
《IZANAGI-05》は、封印された大量の死体と、黒い液を流しながら死んでいく桃の木を抱えたまま――地球へ近づいていると固く信じ込み、ゆっくりと黄泉の領域へと傾ぎつつ航行を続けていた。




