第四話:試される果実と、境界の木
電源を落としてから三日が経過した。
日にちが経つにつれて事態はさらに悪化していた。事故当時は蘇生まで「丸二日(48時間)」かかっていたはずが、日が経つごとに蘇生までの所要時間が極端に短縮され、今や息絶えてからわずか数分で次の死体が立ち上がるという狂気の世界に変貌していたのだ。
この爆発的な蘇生速度の短縮により、持ちこたえていた船内の防衛線は一気に崩壊。犠牲者は急増し、クルーの8割が瞬く間に死亡して生存者はわずか数名にまで追い詰められていた。
「なぜすべてのサンプルの分析結果が変わらないんだ!」限界を迎えたケンジが画面を叩く。「航路上にやばい放射線でも発生する未確認の星があって、そこにでも突っ込んでるっていうのかよ!?」
「……逆だよ」
ガタガタと全身を震わせたアーロンが、かすれた声で呟いた。
「突っ込んでるんじゃない……離れていってるんだ。地球っていう『生者の領域』から離れれば離れるほど、僕たちは深淵――『死者の国』へ沈んでいってるんだよ……!」
「ハァ!? お前、こんな時にまでオカルトの寝言を――」
「古事記だよ!!」
アーロンがポケットからクシャクシャになったあのペーパーバック――船長の葬式で持っていた『古事記』を突き出し、悲鳴のような叫び声を上げた。
「船長の葬式用に読んだんだ!今みたいに、死者が黄泉の国で醜い姿で蠢いているんだ!地球が生者の領域で深宇宙が黄泉の国なら説明がつく!」
「そんなオカルトありえないだろ!確認する方法でもあるのか?」
「イザナギが黄泉の国から逃げるとき、追ってきた死者に桃の実を投げつけて追い払ったんだ!この桃で死者を退けられるかもしれない!!」
チェン医師がハッとしたように目を見開いた。
「監視カメラの映像だ……! 検査官が桃の実をもぎ取って持ち去っていた! あいつのロッカーを探せば、まだ残っているかもしれない!」
命がけで検査室へ侵入したケンジたちは、すでに主のいなくなった検査官のロッカーをこじ開けた。その奥に大切に保管されていた箱の中から、あの日もぎ取られた桃の実を発見した。
甘く芳醇な果肉の半分は黒ずんでドロドロに潰れかけているが、残りの半分はまるで摘み取られたばかりのように瑞々しく桃色の生気を保っている。不気味な斑模様を描く果実だった。
「本当に……効くのか?」
半信半疑の副船長マーカスが、追ってきた死者に向かってその桃の実を掲げた。
「……ッ!?」
銃弾すら恐れず襲いかかってきていた死体たちが、桃の実から放たれる甘く重い匂いと存在を感じ取った瞬間、まるで不可視の壁にぶつかったかのようにピタリと足を止めた。傷つくわけでも倒れるわけでもない。ただただ「それ以上先へ進むことを固く拒まれた」ように、嫌悪と畏怖の表情を浮かべてジリジリと後退し始めたのだ。
「引き……下がった……!? 傷つけてなんていない、ただ『境目』ができて近寄れないんだ!」
「効果はある! 水耕栽培エリアへ向かうぞ!」
ケンジたちは急ぎエリアへ雪崩れ込み、チェーンソーで桃の巨木を伐採。太い幹と枝を何本も担ぎ出した。
「押し切るんじゃない! 桃の幹で押し立てて、奴らに『境界』を意識させろ! 大型モルグへ追い込むんだ!」
副船長マーカス、ハンス、ケンジ、チェン医師、アーロンたちが、桃の太い幹を「可動式の結界バリケード」として横一列に構えた。
「うおおぉぉぉ! 引け! 退がれえぇぇっ!!」
通路を埋め尽くす死者群に向かって、桃の幹を押し立てて前進する。
「グ……ガアァ……!」
死者たちは桃の樹皮に触れることすら拒み、悲鳴のような呻き声を上げながら、押し出される「境目」に押されるように後退していく。攻撃された痛みではなく、生者と死者を分かつ絶対的なルールに拒絶されているのだ。
「効いている! 境界を縮めろ! モルグのハッチまで後退させろ!!」
最後の一体まで大型モルグの中へと追い込み、クルーたちはドアを閉めて電子ロックをかけた後、桃の太い幹を工業用の強力な接着剤で固定した。
「ハァ……ハァ……! 止まった……! 境目を閉じたぞ!!」
ハンスがその場に崩れ落ち、生き残った数名のクルーたちが、安堵の溜息とともに壁に体をもたれかけさせた。




