四曲目
【繧医s曲目 ~One burned record~】 302
世界の最果て。世界の終わり。
辺り一面、白い海。
海と言えども水は無い。
流れ落ちるは白き灰。
世界の最果て。世界の終わり。
白砂塔のてっぺんで、
孤独の海に沈んでる、
むえんの魔王の断末魔。
全花も絶えた、孤独の海は、
天地が灰に覆われて、
昇る朝陽も輝かない。
紫陽彩の世界の終わり。
白砂塔の頂上で、魔王は空を見上げていた。
とても寒い。真っ白な雪が、塔よりも遥か上空から降っている。
彼の肩に触れた雪が、じわりと熔けて消えた。だが、彼はこれが雪ではないことを知っている。
降っている白いものの正体は、灰だった。
見上げていた顔を下ろし、塔の円盤の端から下界を見下ろす。
大陸が一面、真っ白な灰で覆われていた。
全花は絶え、この地に残ったのは魔王一人きり。魔王には名前も無ければ、誰との縁すらもなくなってしまった。
(高い高い塔の上にいるのだから、地上には誰も居ないとも言える)
ふと、そんな事を思い、笑みがもれた。笑ってしまった理由はわからない。だが、笑いが止められなくなっていた。涙も流していたかもしれないが、涙は出たそばから、水分を失い、文字通り枯れ果てている。
最後に誰かに会ったのは、勇者と呼ばれる者だった。勇者は、魔王の傍に居ても火だるまにならず、触れても燃え尽きることがなかった。
(彼と共に在れれば、こんな未来にはならなかったのだろうか)
魔王は傍にいても燃えない勇者の存在を喜び、仲間にしようとした。
仲良くなろうと「世界の半分をお前にやろう」と言ってみたりもしたが、断られ、剣を向けられた。
(どうしてこうなってしまったのか)
白砂塔が傾き始める。
触れたものを全て燃やし尽くして無に帰してしまう無炎の魔王でも燃えないよう、白砂塔には魔法、いや、呪いが掛けられている。
塔が傾いているのは、おそらく、支柱のまわりまで灰になってしまったためだろう。
また笑ってしまった。
笑ってしまった理由を理解した。
(もう、何処にも居場所がないのだな)
この地に立つことすら許されぬ『絶望』からの笑いだった。
白砂塔が東へ……、昇っていた朝陽に向かって倒れていく。
(もし太陽に触れたら、燃えるのは果たしてどちらなのだろうか)
むえんの魔王になる前、まだ『ワルイコ』と幼名で呼ばれていた頃、姉が読んでくれた本に、太陽の話があった。
姉は本が好きで、ワルイコが本に触れて燃やし始めるその日まで、たくさんの本を読んでくれた。
冷たい空の上に閉じ込められた孤独の魔王を、幼き日の温かい記憶だけが慰める。
「姉さん……」
灰に覆われた太陽が紫陽彩に染まっている。
染まる陽を見つめ、目を閉じた。
もう二度と、魔王が目を開けることはなかった。
【繧医s曲目 ~End of One burned record~】 301
【四曲目 ~1番~】195
ヨシヒトとカレン、大きな弟と小さな姉は、北へ向かう街道を進んでいた。旅はとても順調で、すれ違う旅人や、行商人と情報を交換することができた。
「大きな街道に出てきて、正解だったな」
二人がエイドの住む街を出た時、誤ってヨシヒトが東に進んでしまった。
「そうだね~」
北の果てまでは、山を3つ越えなければならず、更には白い森を抜けなければならないそうだ。白い森までの道は、エイド――金柑おじさんの妻――からもらった地図の通りだ。
トレイド――金柑おじさん――の名を出すと、脚の太い行商人が目を丸くした。
「じゃあ、君がヨシヒトかい?」
「ああ」
トレイドは外でヨシヒトのことをどんな風に話していたのだろうか。田舎者のヒキコモリだったヨシヒトが、知らない誰かに知られているというのは、ちょっとこそばゆい気持ちになった。
「トレイドに頼まれていた物を持っていく所だったんだ」
脚の太い行商人が、手に持っていた大きめの白い杖を、ヨシヒトに差し出した。やや歪んだ形の杖は、先端近くに丈夫な布が巻かれ、結んで輪になっている。
「鞄に巻きつけるにも邪魔になったもんで、悪いが少し使わせてもらったよ。きっと君たちのためだろう。」
さらにもう一本、短めの杖を取り出す。小さな杖は、大人が持つような大きさではなかった。
「コレはあたし用の長さだねぇ」
「もしかして、魔法使い用の杖か?」
ヨシヒトが砂虎色の瞳を猫のように光らせる。
「いんや、ただの杖だよ」
「……そうか」
ヨシヒトがわかりやすいくらいに落ち込んだ。
「ただの杖、と言ったが、ちょっとだけ特別な物なんだ。大陸中央に生息する砂塔樫という、やたらと丈夫な樹でできている。魔物が寄り付かない効果もある。お守り程度の効果だけどね」
猫の目がまた光る。
「食べれるのか?」
「砂糖のお菓子じゃないってば。いま、丈夫な樹、って言われたじゃないの……話を聞いてね」
カレンが行商人に頭を下げた。
「この杖を用意するのに時間がかかってね。頼まれていた期日までに間に合わなかったが、念のため持っていく所だったんだ」
「ありがとうございます。お代はおいくらで?」
トレイドたちに用意してもらった旅銭を取り出す。
「いや、トレイドの所には別用で行くつもりだから、お金は彼から受け取るよ。私は山を1つ越えて来たが、先は長いぞ。『時と金は在れば在るほどそれらを引き寄せる』からね。ちゃんと取っておくといい」
「行商人。どうして、杖を用意していたのに北から来たんだ?」
「行商人『さん』ね。あとお礼もしてね?」
ヨシヒトの生意気な言葉を、カレンがすかさず指摘した。
「はは、君らと歳も離れていないから、そんなにかしこまらなくていいよ」
行商人が板を取り出し、受け取った証としてカレンに署名させた。物が無いのにトレイドからお金を受け取ることができないからだろう。田舎者の二人と比べ、とてもしっかりした印象だったので、行商人の歳が自分たちより上と思っていた。
「ありがとう。で、どうして北から?」
大陸中央に生息する材料でできた杖を、なぜ北から運んできたのか? ヨシヒトは不思議に思っていた。
(ヨシ君。あまり話を聞いてないのに、変な所はちゃんと聞いてて、鋭いのよね)
カレンがヨシヒトの顔を見ながら思った。
「大陸中央に、この樹を安く加工できる技術が無いんだ。北にある〝カシの国〟で作られた杖が、南の方に流れていた物を入手して、運んできたのさ」
「お菓子の国……?」
「たぶん、また樹の樫じゃないかな……」
行商人が二人のやりとりを見て、笑い始めた。
「はっはっは。間違ってないよ。世界でもっともお菓子を生産する国だからこそ、〝カシの国〟と呼ばれている。雪見対福のような有名な菓子は、ほとんどがカシの国でうまれた物だよ」
「お菓子の国……。通り道にあるなら仕方ないな。行くしかないな」
ヨシヒトが涎を垂らして北を見据えている。
「カシの国に入るつもりなら、覚悟するといい……」
「何か危険なことでもあるんですか?」
行商人の身体が震えだす。
「震えるほど、恐ろしいことがあるのか?」
ヨシヒトの瞳が期待に染まっている。
「危険ではない、はず。でも、ネタバラシするのも面白くないからね。行って体感してみるといい」
ヨシヒトは、恐ろしい――彼にとっては魅力的な――ことを否定されなかったので、止められない涎を拭った。
「ああ。お菓子の国、俄然、行きたくなってきた」
行商人と別れ、ヨシヒトは意気揚々と歩き始めた。
「ヨシ君、待ってよ~。行商人さん、ありがとうございました。トレイドさんにもお礼を伝えてください」
行商人は頷き、手を振った。
「善き旅路を」
スキップまで始めたヨシヒトの背中を見て、カレンは一息吐きながらも微笑んでいた。
【四曲目 ~作曲D~】 1 or 1
ヨシヒトが足取り軽く進むと、ひとつ目の山が見えてきた。山の木々が黄色く染まっている。山を越えれば、大陸の西部から北部に入ることができる。
防風林だろうか。人の手で整えられた林を抜けると、麓が見えた。川と扇状地が広がって街ができている。今晩の宿泊予定地だった。
日は傾いてきたが、まだまだ高い。カレンが予想していたよりだいぶ早いペースで進んでいる。背の高いヨシヒトの一歩が大きく、おそらく旅人の平均より遥かに早いのだろう。
「肩車してもらわなかったら、まだ街が見えてなかったね。さすがヨシ君だね~」
カレンが猫をかわいがるようにヨシヒトの顔を撫でまわした。
「前が見えない」
「明日は山越えだし、今日はあの街で宿を探そう~?」
「だから、前が、街が見えないんだが? 話を聞いてくれ」
始めての旅で、カレンも浮かれているようだ。
その街は、交易の基点にもなっているのだろう。エイドの住む街より遥かに大きかった。エイドの住む街は、100人に満たない小さな村だったので、二人にとっては大都会のように見えた。
街は大きく分けて三つ。人間・魔族・他の種族。それぞれが集まってコミュニティを形成することが多い。この街は人間で形成されており、地図にも人間の印がついている。人間と魔族は敵対して確執があるので、お互いの種族の街には行商人を覗いて滅多なことでは近づかない。
宿はすぐに見つかった。酒場が併設されており、二人は食事と情報集めを兼ねて、酒場で注文をする。
カレンが手を振って、酒場の店主を呼んだ。
「とりあえずミルクを2つください」
料理も注文したいところだったが、カレンにはやってみたいことがあった。
「オイオイ、酒の飲めないお子様は、帰ってママのおっぱい飲んでなァ!?」
えくぼにシワの入った四十過ぎの男が、ニヤニヤしながら二人を揶揄った。
「俺はまだ十九歳だ。酒は飲めない」
「なんでぇ、隣のガキはともかく、あんたはデカいくせして本当にお子様だったか」
「ウチは26歳だけど、お酒のむと膨らんじゃうから吞めないのよ~」
カレンが出されたミルクをふわふわとあおった。
「ふくらむ? あぁ、顔が膨れるヤツいるよな……って、二十六歳だって!!? 嘘だろ?」
十に満たない子供のような背丈のカレンを見て、男が目を丸くした。
「本当ですよ~。ふふふ……」
カレンがふわふわと笑っている。
「あに笑ってやがる」
「酒場でミルクを頼んだら、『帰ってママのおっぱい飲んでなァ』って言われるのは本当だったんだと思ってたの。本で読んだだけだから、一度やってみたかったの」
それを聞いた男は、二人の服装を見て口を開く。
「二人そろって新しい旅装と、傷も少ないおろしたての靴。初めての旅ってぇ所か?」
「ええ」
「オレも昔は旅をしていた。どうせ情報が欲しくて酒場にいるんだろう? よけりゃぁ、酒の肴に話をしようぜ? オレの名はグイノームってんだ」
やや粗暴な男と二人は思っていたが酒が入っていたからのようだ。酔っ払いながらも二人の目的を見抜き、おせっかいとも言えるほど、彼はもともと親切な男のだろう。
「ヨシヒトだ」
「姉のカレンです。よろしくお願いします」
男からの提案は二人も願ったり叶ったりなので、同じテーブルに座り、料理も注文しつつ話を始めた。
「何処に向かってるんだ?」
グイノームがエールに口をつける。白い泡がヒゲのようになっているのを見て、ヨシヒトは吹き出す。それに気づいた男は舌を伸ばしてヒゲを舐め取り、ニヤリと笑った。
「北の果てに向かってます。ヨシ君は途中でカシの国に行きたいみたいだけれど、オススメの道などありませんか?」
カレンがテーブルの空いた場所に地図を広げる。
「北の果て? 常冬更夜の極北のさらに奥地。誰も住めない極寒の地と聞いている。観光で行くならあまりに無謀だぞ?」
「ケオ・マキアが北の果てで待っているはずなんだ」
人の喧噪で賑わっていた酒場が冬の夜のように凍り付いた。酒場の台所から、ジュージューと何かが焼ける音だけが聞こえる。
「なっ、ばっ、馬鹿」
慌てたグイノームが、ヨシヒトの宵闇と砂虎色の髪に木匙を巻きつけた。
「木匙で『けをまきあ』げる馬鹿がいるかよ。アッハッハッハ!!」
男が大仰に言い終わると、凍り付いた酒場の空気が熔け始め、また騒がしい空気で満たされた。
グイノームが二人の頭をかき寄せて小声で言う。
「おい。ケオ・マキアって名前に、間違いはないのか?」
「ええ。みんなどうしたの?」
ケオ・マキアの名前を出した途端、明らかに周囲の様子が変わっていた。
「とんだ田舎ものだなぁ。ケオ・マキアは人間の身でありながら、四大魔王軍団長の一人だ。『常世の賢者にもっとも近い』と言われ、今は魔王が不在なのか、大魔法使いになっているらしい。滅多なことで公にその名前を出すな。みんなビビッちまうからよぉ」
男は姉弟が頷いたのを確認し、かき寄せた二人の頭を解放した。
「わかった。……大魔法使いはともかく、『常世の賢者』って、どっかで聞いたことあるな」
首をひねるヨシヒトに、カレンが応える。
「あらゆる歴史書に登場する、姿カタチは変わりながらも、共通して魔法の実力は大魔法使いすら超える者。なのに、大魔法使いにはなれない呪いを与えられた者。その力を讃えるため千年前の賢者ガルテスになぞらえ『賢者』と呼ばれる。ガルテスが常に生まれ変わり続けているのではないかと言われているから『常世の賢者』って呼ばれているんだよ~。話を聞かないヨシ君でも聞いたことはあるでしょ~?」
「大魔法使いになれないのか……、かわいそうだな」
「〝アイツ〟なら北の果てにいても不思議じゃぁないが、何の用事で会いに行くんだ?」
男はケオの名を出すのを避けて聞いた。
「ケ……アイツを越えて大魔法使いになる」
「そりゃまた、デケぇ野心だな……。アンタは身体がデカいが、見たところ魔族ではないだろう? やめとけ、殺されに行くだけだ」
魔族の身体の大きさは、扱える魔法の強さに比例する。もし、ヨシヒトが魔族であれば、かなり上位の魔法使いであっただろう。
「大魔法使いになって叶えたい願いがある。いなくなったレンカ姉さんを取り戻したい」
ヨシヒトの、猫のような瞳孔が高く伸びる。
「良い眼をしているな。わかった、もう止めやしねぇさ。脱線しちまったな。オススメの道を聞きたいんだったな……」
男は地図に目を落とす。
「街の北にある山は、頂上まで行って降りるルートと、西に迂回して北側の川を伝って下るルートがある。この川は北西の沿岸部にあるカシの国まで繋がってるから迷いにくい。だから迂回ルートを進めたいんだが……」
グイノームがエールをあおり、苦い顔をする。
「迂回ルートの谷で、昨日、盗賊の報告があった」
「盗賊って、割とどこにでもいるのでは?」
盗賊は注意すべきものだが、完全には避けられない。行商人たちは、各国に拠点を持つ商人協会から制裁を受け掃討されるので、滅多なことでは盗賊も商人に手を出さないが、ただの旅人はそうではない。各地に犯罪者を捕まえる警察の役割を果たす組織はあるが、十分な抑止力にはなっていない。
「盗賊の中に、おそらく魔法使いがいるようでな。腕によほど自信があるのか、行商人が襲われたんだ」
「おそらく?」
ミルクを飲んだヨシヒトが、白いヒゲを付けながら聞いた。男は笑い、ヨシヒトは彼のマネをして白いヒゲを舐めとった。
「ああ。被害者が言うには、「突然真っ暗になって溺れた」と。気がついたら、鞄の中から高価な金品だけが奪われていたらしい。だから、人の手による事件とわかるんだが、結局はその正体を見ていねぇんだ」
「商人協会は怒ってるんじゃ?」
「もちろん。だけど正体がわからないから、街の商人協会も慎重になっている。まして、昨日の今日だから、まだ動いている様子もねえ。明日、山越えをするつもりなら、迂回ルートは避けた方がいいかもしれん」
「だが、川伝いに進んだ方が迷いにくいのだろう? それに、相手が魔法使いなら、なおさら恐れる必要はない」
ヨシヒトがニヤリと笑うと、男もつられて笑った。
「大魔法使いになりたいんだったな。盗賊を恐れてちゃぁ、先が思いやられるからな」
ふたりでひとつの大魔法使い(予定)は揃って頷いた。
「もし、行商人が奪われた金品を取り戻せたら、次の街の商人協会に届けるといい。ついでに盗賊を捕まえたら、少なくない謝礼がもらえるだろう。盗賊を狩ることを生業としている『盗賊狩り』もいる。腕っぷしに自信があるなら、道中で働いて路銀を稼ぐより効率がいいかもしれねぇ」
「それは良い。どんどん盗賊が現れるといいな」
「ヨシ君、その発言は不謹慎だと思うよ……」
「ハッハッハ。出会ったら身ぐるみはいでしまえ。行商人が被害届を出した物以外はアテがわからんからな。持ち主がわかるものでもなけりゃ、もらっちまっても誰も文句は言わねぇさ」
「どっちが盗賊かわかんないよ~」
その後はグイノームがした旅の話を聞いた。自慢話が多かったが、田舎者の二人には役に立つ情報も多く、彼のおかげで有意義な時を過ごせた。
【四曲目 ~作詞 Punch Line~】 7 or 88
翌朝。酒場の併設された宿を出ると、グイノームが扉の近くにいた。
「よお」
男が軽い調子で手を挙げる。
「グイノームさん。昨夜は色々と教えてくれてありがとうございます」
「ああ……」
グイノームがぎこちない様子で空を仰いで頬をかいた。
ヨシヒトもつられて上を見ると、三角帽子のツバ裏にある星天の刺繍が見えた。
「何か用事があるから待ち伏せていたんじゃないのか?」
ヨシヒトに指摘され、男は苦笑いした。
「ハハハ、その通りだ。鋭いな、いずれは大魔法使いの兄ちゃんよ」
そう言ってグイノームは懐をまさぐり、鈴を取り出した。
「旅をしていたと言ったが、オレも勇者や、その一行に加わる冒険者になりたかったんだ。その時に使っていた『魔除けの鈴』だ。アンタにやるよ」
「いいのか?」
「ああ、夢を諦めたオレには、もう必要ないからな。鈴の音で、半端な魔物なら避けられる。とても危険な存在が近づけば震えて知らせてくれる。ただ、使う場所を考えないと、ヒト相手、盗賊には居場所を知らせてしまうが……」
「大丈夫だ」
「だよな」
グイノームはニヤリと笑った。
「商人協会に知り合いもいる。アンタ……ヨシヒトの事を伝えておこう。道中で盗賊狩りをするつもりなら、少しは面倒が減るだろう」
「ありがとう」
「お返しできるものもありませんが……」
鈴は、銀杏ほどの大きさで2つ連なり、銀製でできている。魔物を避ける魔法も掛けられているようだ。カレンは嬉しく思いながらも、おそらく安くはない魔除けの鈴を見て、恐縮している。
「これで少しでも盗賊が減るなら、安いもんさ」
「ありがとうございます」
「ヨシヒトが大魔法使いになったら「大魔法使いに魔除けの鈴を渡したのはオレだ」って、酒の席で自慢話にしてやるさぁ。行ってきな。未来の大魔法使いさん」
「グイノームと食べた飯は、最高に美味だったぜ」
ヨシヒトが帽子のツバを持ち上げ、放した手を後ろ手に振って歩き出した。
グイノームと別れて街を出て、山道を進む。小さなカレンを肩車し、地図と方位磁石とにらめっこしながら、何事もなく迂回ルートに入ることができた。
カレンは肩の上で、グイノームからもらった魔除けの鈴を三角帽子に取り付けていた。
「帽子を少し加工して、金具で鈴を取り外しできるようにしておいたよ」
エイドが用意した荷物に、簡単な裁縫道具も入ってたらしい。
「ああ。助かる」
「肩車されてる間は、ウチがかぶっておくね」
歩く度にチリリと、心地よい鈴の音が鳴る。
登る度に空気が冷えていくのを感じるが、山の木々が適度に環境を保っているのか、寒さもそれほど感じない。二人はとても清々しい気分だった。
山道は多くの人が通ったのだろう。草の生えにくくなった獣道になっていて、緩やかに登っていけるように蛇行している。
道は細く、斜面に沿った道は、踏み外せば滑落しそうな場所も多かった。行商人が届けてくれた砂塔樫の杖がとても役に立った。二本の足だけよりも遥かに体勢を崩しにくい。
山の木々が開けて、隣の山間と谷ができた岩場に出た。
水の跡はあるが、乾いている。雨の時はこの谷に水が流れるのだろう。
道幅が広くなり、少し心に余裕ができてきた。
「ヨシ君、ヨシ君。そろそろ『決め台詞』を考えるべきだと思うの」
頭の上のカレンがふわふわと唸り始めた。
「誰の?」
「ヨシ君のだよ」
「なんで?」
「ヨシ君は……我が弟ながら個性が弱いのよ~」
「そりゃあ、身長1m足らずで26歳合法ロリ。自分をもちあげるほど意味不明にふわふわな白雲の髪を持つカレンに比べれば、個性は弱いかもしれないが……」
「合法ロリってなに?」
「知らないなら良い」
「まあいいや。大魔法使いたるもの、そのキャラクターを印象付ける言葉が必要だと思うのよ。某剣集めの伝説でも、旅を始めてすぐ、主人公たちが決め台詞を考えるお話があるでしょ?」
カレンは本が好きで、崩れた家を再建したあと、トレイドが交易で入手した本で、すぐに本棚が埋まっていた。
「知らないが……」
ヨシヒトは魔導書とごく一部の物語を除いて、本にあまり興味はなかった。
「とにかく、いずれ大魔法使いになるのだから、それを間近で見届ける私は、ヨシ君の道程を記録する義務があると思うのよ」
「……そうなのか」
ヨシヒトの肩が震えている。
「ヨシ君、なんで笑ってるの?」
「いや、話を続けてくれ」
(大魔法使いになることを疑いもせず、更にそれを見届けてくれることを、さも当たり前のように言われて嬉しかった。なんて言えないな)
「さしあたって、ヨシ君から聞いたレンカさんのお話から記録してあるんだけど~」
カレンが白雲の髪をまさぐって、紐でくくった紙束を取り出す。
「レンカさんの個性が強すぎて、デカくて話を聞かないキザな弟の個性が弱すぎるのよね~」
紙束を睨みながら、またカレンがふわふわと唸っている。
「だから、世界最恐の大魔法使いで、八尺様よろしくなデカさで、歌も上手な海女の姉と比べれば個性が弱い……って、俺、もしかして貶されてる? それに、個性としては十分では?」
「それだけじゃ弱いのよ~。ところで、八尺様ってなに?」
「有名な怪異だよ。2メートル半ほどの大きさなのに魔族ではない人間の姿、白い装束に、子供をすっぽり包めるほどの長い髪。特に子供を攫う話が姉さんソックリで恐ろしくて、心が弾むんだ」
魔導書以外に興味があるのは、ヨシヒトが魅力的と思う恐ろしい話に偏っていた。
力強く語る弟を、姉が白い目で見ているが、肩車しているので気づかない。
「ごめんね。お姉ちゃんが間違ってた。ヨシ君は意外と個性強かったわ」
「なら、決め台詞はいらないよな?」
「いいや、ダメだよ。この個性のくだりを記録した後に、結局は決め台詞を決めないとなったら、決まりが悪いし読者がガッカリしちゃうでしょ~?」
「はぁ……と言っても、すぐに思いつかないぞ?」
「お姉ちゃんに任せなさーい!」
カレンが待ってましたとばかりに、嬉しそうに足を揺らす。胸にブーツの踵が当たるし、体勢が崩れそうになるのでやめていただきたい。
「候補はいくつか作ってあるから、気に入ったものを選んでね~」
「ほう……」
ヨシヒトは嫌な予感がしていた。姉が何か話を書いていたのは知っている。記録以外にも、創作をしていることも知っているし、姉さんの書いたものなら興味があるので読ませてもらったことがある。
カレンが言葉を発するため、大きく息を吸った。
『ほら、俺って誰よりも姉さんに愛されてるじゃん?』
カレンの銘を与えるセンスが、世間知らずなヨシヒトであっても、それが浮世離れしていることを知っていたのだ。
「これは敵を挑発する目的で使えるよ~。姉に愛された格の違う身であることと、その自信からくる全能感。特に、姉に愛されないかわいそうな人には効果バツグン。いろんな意味で『強い』と思うのよね~」
「ああ……たしかに強すぎる。でも、他の候補も聞かせてくれないか?」
(こんな決めセリフ。嫌すぎる・・・・・)
『どうやらあんた西の最果てに閉じ込められたいようだな』
「西の最果てに二十年弱、引き籠ってた俺が、どうして他の誰かに向けて、そんな台詞を得意げに言わなきゃいけないんだよ」
『ただしその頃にはお前は活け造りになってるだろうけどな』
「意味がわからないぞ」
「活きたまま調理する。つまり『お前は殺さないがもう俎上の上だ』という、ヨシ君の優しさと強さを現すのにちょうど良いと思うの」
「ちょっと良いなと思った自分が悔しい。でも活け造りって最終的には……食べられちゃうじゃないか」
「うーん、やっぱりダメだね。だってコレ、某剣集めの伝説からリスペクトした言葉だから」
「カレンのセンスじゃなかったならちょっと良いと思ったのも納得だが、どうしてリスペクトしたものを候補に挙げた?」
カレンはヨシヒトを無視して候補を挙げ続けた。
『チキン or ビーフ?』
『腐りゆく運命より先に、俺が喰らい尽くしてやる』
『あなたをにぎり、温めますか?』
『お前はもう、火にかけた坩堝の中だ』
『冷やし中間。始めました』
…………。
「ああ、安心した。間違いなく姉さんのセンスだ。全部却下で」
「もー、ワガママだなぁ」
話しながら、谷の中のもっとも高い峠のような場所に入る。山の北側から冷たい風が流れ、空気が変わったのを感じた。
「なら、これはどうだ?『最高に美味だったぜ』ってやつ」
この旅で、すでに2回ほど言っている。ヨシヒト自身も少し気に入っていた。
「個性も花もないよ~。決め台詞として使うにはダメダメ」
「ケオを倒すか、何かの敵が現れて倒すまでに考えておくさ」
カレンの挙げた候補に花があるのか疑問だったが、特に何も言わないことにした。ヨシヒトは独特のセンスでお腹がいっぱいになっていた。
狭かった道を抜け、会話に気を取られ、油断しきった二人は、いつもなら気づけたはずの異変を察知できない。
「敵ねぇ~。そうだ、例の盗賊とか現れてくれれば……」
カレンの言葉が、重い暗闇に遮られた。
【四曲目 ~First Battle~】 5,040
山間で作られた谷の上から、二人の者が谷中を覗いていた。
谷は黒い水で埋まっている。
「ウイロウの兄貴。うまく行きましたね」
片角の女が嫌らしい笑みで言った。
「フン……」
宝飾のある杖を持った男が機嫌が悪そうに、濁った水を見ている。
「抵抗して泳いでいるのか? 馬鹿みたいな速さだな。だが無駄だ」
魔法で水の流れを操作し、閉じ込めたヒトを出られないようにしている。
「止まったか?」
「ウイロウ兄貴の上級魔法『水牢』と、あーしの中級魔法『濁水』があれば、逃げられるやつは居ないっすよ」
「クスイの魔法がなくとも、私の魔法だけで十分だがな」
「ほら、視界を塞ぐことで、あーしらの正体もバレにくくなってるっす」
「フン……。どうせこの水の厚みじゃ、顔の判別なぞできんだろうに」
ウイロウと呼ばれた男と、クスイと呼ばれる片角の女は、黒い水の中に込められた魔力で中にいる者を察知していた。
「何かやろうとしてるっすね」
「無駄な抵抗だ……」
――ザバァッ!
黒い水から、三角帽子をかぶった女の子が勢いよく飛び出してきた。
「っ!?!?」
女の子はふわふわと何度か跳ねたあと、二人の傍で停止した。
「けほっ、けほっ。んもー。ちょっと水を飲んじゃったよ~」
「貴様、どうやって出てきた?」
ウイロウが驚きと怒りを露わにしながら尋ねる。
「えっ、誰? もしかして例の盗賊さんたち?」
カレンは周りの様子と二人を見比べて言った。
「盗賊か………」
男が苦い顔をする。
「それより、どうやって黒い水から出てきた?」
「ヨシ君に投げてもらっただけだよ?」
「は?? 嘘を付くな。人魚族すら閉じ込める『水牢』だぞ?」
「へぇ~。すごいんだね~」
「兄貴、顔を見られたっすよ……。殺すしかないっす」
片角の女が苦虫を嚙み潰す。
「ウチひとりじゃ戦う力はないけど、やめておいた方がいいよ? ヨシ君、すっごく怒ると思うから。本当に『活け造り』にされちゃうかも」
「ずいぶんとナメた口をたたくっすね。兄貴、やっちまってください」
「お前がやれよ」
「イヤっすよ。あーしの『濁水』に攻撃力なんてねーすから」
行商人から盗みを働いた二人は、顔がバレたら指名手配されて掃討されるだろう。男は魔法に自信があったが、協会からの多勢に無勢では敵わない。
「……クソ。悪いが溺死体になってもらおうか」
「あっ、その台詞、ワルっぽくていいかも。でも、ヨシ君には似合わないか。さて、ヨシ君はどうするのかな? 水が黒くて見えないけど、ちゃんと〝見てて〟あげるからね」
少女の大空色の瞳に黒い水が映ったのか、夕焼色に染まったように見える。
盗賊と呼ばれた二人は、この少女の瞳に不気味さを感じていた。もう一人の男、おそらく「ヨシ君」と呼ばれる者が水牢に残されたままなのに、まるで心配をしていない。そろそろ溺れて意識を失ってもおかしくない時間が経っているはずだ。
「ねえねえ、やっぱり見えづらいから、この『濁水』を解いてくれない?」
「濁った水は時間経過でしか戻らないっす。って、なんでアンタの頼みを聞かなくちゃならないっすか!」
「そっか~」
ふわふわとした少女の雰囲気に、二人はペースを乱される。いかんせん、敵意を維持するのが難しかった。
それに、ヨシ君と呼ばれる男が『水牢』を突破できるのか、二人は興味があった。
「動かないっすね。さすがにもう意識を失ったっすかね」
「いや、たまに空気を吐いている。コイツ、まだ息を止めてやがる」
すでに5分弱の時間が経っていた。
「もしかして、決め台詞を考えてるのかな?」
「は?」
「そういえば、人魚族すら閉じ込める水牢って言ってたけど、海女に試したことはあるの?」
「いや、ないが……。水牢に閉じ込めて逃れられた者は、今までに一人しかいない」
「なら、ウチとヨシ君で三人目になるね」
「それに、……うみおんな? ハッキリ見てはいなかったが、男であったろう?」
海女は、女であるからこそ海女と呼ばれている。それに、存在も不確かな怪異のひとつだ。
「ヨシ君は、レンカさん……海女の弟だよ。大魔法使いになる修行の成果で、三十分は潜っていられるんだよ~」
「何故、大魔法使いになる修行で、長く息を止める必要があるのだ……?」
「あっ」
魔法使いの二人は、黒い水がかき混ぜられるのを感じた。
「動くみたいだね。決め台詞が決まったのかな?」
「なんて力……いや、流れを作っているのか? 制御できん!」
谷が軋む音がする。大量の黒い水が谷底からひとまとまりになって、宙に打ち上げられた。
『上級 波撫で Lv.1』
掌で宙を撫でながら、大男が谷底に立っている。
黒い水が、空中で意志をもったようにうねる。
「うわああああああ!!」
「きゃああああああ!!」
大量の水が魔法使いの二人を押し流した。
黒水を押し出し、ヨシヒトは谷の岩壁を素手だけで登ってきた。
「んもー、遅いよ~。ウチに何かあったらどうするのさ~」
「上から〝見てて〟くれてたから、問題ないのかとおもって」
ヨシヒトが身体を犬のように震わせると、濡れた服がすぐに乾いた。
「そういうのもわかるんだ。なんかちょっと恥ずかしいかも」
カレンが夕焼けのように顔を赤くしながら、濡れた三角帽子を未来の大魔法使いに渡す。ヨシヒトが軽く帽子を叩くと、同様に水分が弾けて乾く。魔除けの鈴がチリリと鳴った。
「ウチもお願い」
片腕でカレンを持ち上げ、指先に乗せてクルリと回すと、濡れた服も髪も乾いていた。白雲の髪が、遠心力で伸びたまま乾いたのか、海胆のようにトゲトゲになった。
ヨシヒトが三角帽子をかぶる。
「隠れてないで出てこいよ。お前らにはまだ用事があるんだ」
魔法使いの二人がズブ濡れのまま、樹の影から出てきた。
「奇遇っすね。あーしらも用事があるっすよ」
「顔を見られた上に『水牢』も破られた。生かして帰すわけにはいかない」
二人の周囲に魔力が集まる。いつ魔法の宣言がされてもおかしくない。
「どうせ殺すつもりなら、名前を聞いてもいいか?」
「いいだろう。だが、名乗るなら自分からが礼儀だろう?」
盗賊にも礼儀があるのかとヨシヒトは思ったが、言ってることは誤りではない。
「失礼したな。ヨシヒト・イスルギ。いずれ大魔法使いになる者だ」
「ウイロウ・オータル。とある王室付きの魔法使いをしていた者だ」
言葉遣いや身なりが整っていたのは、王室付きだったからのようだ。
「クスイ。見ての通り、魔族と人間のハーフっす」
ハーフが必ずしも片角ではないが、左右どちらかに偏った片角は、ハーフの証だった。
「『水牢』だったか? 得意な魔法を破られたようだが、まだ手があるのか?」
ヨシヒトが宙を撫でるように構える。
「あーしら二人のとっておきがあるっす」
クスイの言葉を聞いたヨシヒトが、楽しそうに笑う。
「そのとっておきは、恐ろしいモノか?」
「当然だ」
ウイロウの言葉を聞いたヨシヒトが、未知の恐れに心を弾ませて笑う。
『恐ろしいモノはお残しできない。すべて御馳走してくれ』
「望み通り、目にモノ見せてくれる!」
「「破級 連砂穿水 Lv.1」」
ウイロウとクスイが同時に魔法を宣言する。山に流れた大量の黒水が、高速の飛沫となって、ヨシヒトとカレンを目掛けて飛んでいく。
「ズルいぞ。カレン姉さんを巻き込むな!」
カレンを背に盾となって、飛んでくる黒水を撫でるように掌で弾く。
「ズルいも何も、これは殺し合いっすよ?」
弾かれた水が、岩に当たり、表面が削れている。濁った水に砂状の粒子が混ざり、高速で射出されることで岩をも削る威力になっているようだ。ヒトが正面から受ければ、ハチの巣みたいになってしまうだろう。
多数、かつ高速で射出される穿水をさばき切れず、ヨシヒトは何割か被弾してしまっている。
「痛ぇ!」
しかし、ヨシヒトの服は裂けても、血が出ている様子がない。
「なぁ、クスイ。さきほどの『波撫で』もだが、魔法の行使はされていないよな?」
ヨシヒトが宣言した上級に嘘がないなら、魔法の行使に対して、二人が魔力の流れを感じてもおかしくない。
「間違いないっす。加護された城壁すら削り取る破級の魔法を、掌で弾き、生身で受けても無事だなんて、上位魔族っすか?」
上位魔族であれば、魔力で肉体が常に強化されているが、ヨシヒトは魔族ではない。
「こちとら素潜り漁をする中で、岩をかみ砕くサメにも噛まれるんだ。鍛え方が違うんだよ」
「理由になってない……が、いつまで後ろの娘を護っていられるかな?」
別の方向からも黒水が飛んでくる。速度を保つためなのか、穿水の軌道は一直線ではあるが、捌ききれない数が増える。ヨシヒトは手数が足りない分、身を挺してカレンを護っていた。
「もしかして、ウチ、背中にいない方がいい?」
カレンが海胆になった髪をほぐしながら、ふわふわと言った。
「ぐぅ……。修行不足だ」
「弟が望むならいつでもその背に在るのが姉スキルだけど、邪魔なら仕方ないね。安心して? ちゃんと〝見てて〟あげるから」
「ああ。頼む」
弟が応えると、姉は蒸発したように姿を消した。
ウイロウとクスイは驚いたが、攻撃を止めない。顔を見られた者を逃がしたことが気にならないほど、ヨシヒトという恐ろしい強者を撃ち倒したいと、心を弾ませていた。
「これで痛い思いをしなくて済む」
ヨシヒトは自由に動き回れるようになったおかげで、黒水を避け、時に弾いて被弾することがなくなった。
「デカい図体に、秒間三十発は当たるはずだぞ。それを被弾なしか?」
「秒間三十発か、良いコト聞いた。数えるのが面倒だったんだ。1発あたり、100回分で足りるよな」
「何を言って……」
ヨシヒトは、ウイロウの疑問を言い終える前に、谷に飛び降りた。
「ホンモノの馬鹿っすか?」
谷は20メートル以上の深さがある。
「あの頑丈さだ。これくらいの高さでも平気なのだろう。追いかけてトドメを刺すぞ」
連砂穿水は対象から離れすぎると速度と威力が落ちる。二人もヨシヒトの後を追って飛び降りる。ウイロウが水の塊を操って着水し、落下の勢いを打ち消した。
ヨシヒトが谷底に立って、両の岩壁に向かって掌を向ける。
「二人三脚、四肢五体」
詠唱が始まると、風が沸き立ち、三角帽子が揺れて鈴の音が鳴る。
「詠唱を止めるぞ」
動きを止めたヨシヒトを狙い、数本分の黒水を円錐状に一本に目掛けて衝突させて、速度と威力をあげる。ヨシヒトはわずかに身体をズラして避けてはいたが、一発の黒水がついにヨシヒトの肌を裂いた。
「六花七虹、千変万花」
痛みを堪えながらも、両掌を合わせ、鍵を回すように掌を互いにねじる。
両の薬指の、〝爪に火を灯す〟。
「疑似立方体 有限円連環魔法陣」
光の輪が谷の両壁面に連環を成し、ガルテススコアの魔法陣を描く。相対する二面の円連環が、疑似的な立方体空間を作り出した。
『有限連歌』
鈴の音がリズムを取って揺れる。多数の歌声が輪唱のように空間内にのみ響いている。その歌声は、ヨシヒトの声とは異なる、女性の声だった。
『初級 着火 Lv.1』
両面の魔法陣から炎が、瞬間的には数えきれないほどの数が放たれる。それは、爪に灯された火と同じくらい小さなものだったが、多数が集まって、黒水を燃やし尽くす。
「秒間5040回の初級魔法だ。たとえ連砂穿水が城壁を削って壊せるほどの破級でも、一発だけなら威力は上級程度。秒間三十発なら、1本に100回分を使ってもお釣りが来るだろう?」
燃やされた黒水の粒子が、白い灰となって空間内を降り注いだ。
「レンカ姉さんと比べれば、少しの時間で数えきれる『有限』だが、これが俺なりの『無限連歌』だ」
どれだけ数を増やしても有限に違いない。けれど、一生をかけても数えきれない有限を、時にヒトは『無限』と呼ぶ。その領域にすら辿り着いていないことをヨシヒトは自覚していた。
「止めだ止めだ、認めるよ。私たちの負けだ」
ウイロウの言葉とともに、連砂穿水が止まった。
「兄貴、まだ負けてないっすよ」
「足元をよく見ろ」
「げっ」
お釣りとして余った火たちが輪を成して、ウイロウとクスイを囲んで踊っていた。
「ヨシヒトがその気なら、私たちはとっくに白い灰になっていた」
白い灰とともに、姿を消していたカレンがふわふわと降りてきた。
「決着した、かな?」
「ああ。大人しく商人協会までついてきてもらえるか?」
「私は構わない。身から出た腐食だからな」
ウイロウは潔く、まるで反省するように目を閉じた。もとは王室付きの魔法使いと言っていたし、盗賊と呼ばれることも心外のようだったから、あまり盗賊行為をやりたくなかったのかもしれない。
クスイは姉弟に向かって座り込み、片角が地に付くほど頭を下げた。
「どうか、見逃してください」
魔族にとって大事な角を自ら汚す行為は、相手に完全に服従するという意味がある。
「行商人から盗んだ物は、まだ手を付けてないのでお返しできます。お願いします。病気の弟が帰りを待っているんですぅ」
ヨシヒトとカレンが顔を見合わせる。ヨシヒトは頷いたが、カレンが首を横に振る。
「少し嘘をついてるよね?」
カレンが聞くと、クスイの頭が震えた。
「お見通しっすか。病気というのは嘘だけど、弟が居るのは本当っす。親も亡くなって居ないから、まだ幼い弟を長い間、一人にしておけないっす」
「うん。姉オーラを感じたから、弟がいるのは本当なんだ~って思ったよ」
「姉オーラ。俺も初めて聞いた言葉なんだが……」
ヨシヒトが頭を抱える。
「姉だけが持つ、清らかで尊いオーラのことだよ」
「ああ、うん」
ヨシヒトの頭が理解を拒み、頭痛がしてきた。
「先日の行商人とは別に、被害者はいないの?」
「初犯っす。どうせバレないと思って、金品を多くもつ行商人から狙ったから、他の旅人に被害者はいないっす。これまで真面目に生きてきたっす。でも生活が苦しくて、そんな時にウイロウの兄貴と出会って『濁った水牢』を思いついて、二人で行商人でも襲ってやろうかとなったっす」
「生活に困っていたのって、クスイが魔族と人間のハーフだから?」
クスイが頷く。
「両親が亡くなったのも、ほとんどあーしのせいっす」
敵対した種族間に生まれた者は、そのどちらからも迫害される。おそらくまともな仕事も見つけられなかったのだろう。
ヨシヒトとカレンが再び顔を見合わせる。今度は二人とも同時に首を縦に振った。
「見逃す代わりに、西の最果て村に移住してくれないかな? 魔族も人間も一緒に暮らしてるし、クスイと同様にハーフもいる。カレンとヨシヒトの名前を出せば、快く受け入れてもらえるはずだよ~」
「提案じゃなくて、お願いっすか? 願ったり叶ったりだし、見逃してくれるなら従うっすけど……」
移住を提案されるならまだしも、お願いされるということは、移住してほしい理由があるからだろう。
「細かいことは省略するけど、私たちが村を出たから、きっと村のみんなが東の街に移ると思うの。人手が多い方が助かるから、みんなを手伝って欲しいの。もちろん、移った後は東の街に住んでもらっても構わないよ~」
クスイが顔をあげ、晴れやかに笑った。
「任されたっす」
三人のやり取りを見ていたウイロウまで、座り込んで額を地に付けた。
「見逃していただけるなら、ぜひお供をさせてください!」
「えっ?」
ヨシヒトとカレンが三度、顔を見合わせたが、どちらも首を振る事もなかった。完全に困惑しているようだ。
「私には大魔法使いになるという野心はありませんが、これでも魔法使いの端くれ。恐れながら、さきほどの魔法の連歌に心が弾んで今も止まりません。あなたが大魔法使いとなる所を私も〝見てて〟いたいのです」
「恐れながら……、ふふふ。恐れながら、ね」
ヨシヒトは恐ろしいと思われた――彼にとって称賛に等しい――ことで、だいぶ機嫌が良くなっている。
「うーん、恐れながらの意味はヨシ君が思っているのと違うけど、恐れられたのはあながち間違いではないか」
カレンが眉を寄せているが、ヨシヒトは上機嫌で気づいていなかった。
「西の最果て村から出たと言っておりましたし、装いを見るに旅は初めてでしょう? 少なからずお役に立てると存じております」
「そこまで言うなら、まあ良いか」
ウイロウが顔を上げる。
「ありがとうございます。師匠と呼ばせてください!」
「嬉しいけど、師と呼ばれるほど教えられることないぞ?」
ヨシヒトの連歌はガルテススコアを取り入れた旧式の魔法であり、〝言霊たるものを捧げる術〟も必要なため、おそらくウイロウには扱えない。
「大丈夫。私は〝見てて〟いるだけで構いません。ですが、師匠がお気になさるのであれば、ヨシヒト様とお呼びしましょう」
「ま、まだ固すぎるような……」
「では、ヨシヒト氏と……、これ以上は譲れませんぞ!」
ヨシヒトという〝推し〟に心弾んだウイロウを誰も止める事が出来なかった。
「師なのに、俺に選ぶ権利がないのか?」
旅は道連れ、世は情け。腐食た色すら変えていく。
大魔法使いの道程に、新たな同行者が加わった。
【四曲目 ~Fine.~】 443




