三曲目イントロ
【三曲目 ~Introduction~】 194
かつて、西の果ては険しい山に囲まれ、他所から完全に孤立した村で、人間も魔族も力を合わせて生活していた。
気候が変わり、土地が痩せ、釣れる範囲の近海の魚がいなくなった、供給できる食糧は年々減り、少ない食料は村人の心を荒らし、力の強い魔族が弱い人間から奪うようになった。
やがて奪うものすらなくなり、みな、木の根をかじって糊口をしのいだ。
衰弱しきった村人たちは、山を越える力も残っておらず、いずれ絶えるであろう運命を、村の誰もが感じていた。
そんなあるとき、少女が赤ん坊を連れ、西の果てにやってきた。どうやって来たのかと、村人たちは驚いた。
少女は、山に新たにできた道を通って来たと言う。山には、深く細長い谷ができていた。谷が斜めに通っていたため、村から見えなかったようだ。
谷には沢があり、水の力で削れ、流れの緩いところは砂利が積もる。雨が降らなければ、人が歩いていけるような沢の道ができていた。
少女は海女で、その身ひとつで漁ができるという。村人は大手を振って少女と赤子を迎え入れた。
それでも食料事情は厳しく、魔族らが食料を奪おうとしたが、その度に少女が“爪に火を灯して”彼らを止めた。
村人たちは、子供や女性やお年寄りを、隣の街へ移住させた。
村を捨てて、全員の移住も考えたが、少女はここに残りたいと言う。少ないながらも残った村人の男たちは、少女が大切にする赤子を親身になって育てたのだった。
村を救った少女が現れてから一九年の時が過ぎた。
沢はさらに形を変え、人が歩きやすい道になっていた。
砂と宵闇で縞模様になった髪の青年が、沢を登っていく。
背は2メートルに近く、その一歩が岩を悠々と飛び越える。
ズンズンと進んでいく青年の後ろを、1メートルほどの小さな女の子が必死になって追いかける。青年が飛び越えた岩の前で、女の子が声をあげる。
「ヨシ君。待ってよ~」
ヨシ君と呼ばれた青年が肩越しに振り返る。白雲のわたあめみたいな髪がぴょんぴょんと跳ねているのが、岩の向こうに見えた。
「お姉ちゃんを置いていかないで~。手を貸して~」
ふわふわとした声に、青年はため息をつき踵を返す。
無言のまま手を伸ばし、白雲のわたあめの手を取って引き上げた。
「ありがと~。ヨシ君、だいすき~」
姉と自称する女の子が、青年の太い腕に頬をすりつける。そのまま一息によじ登り、肩に座った。
「……手を貸さなくても、岩も登れただろ」
絶望に乾いた砂虎色の三白眼が、肩上の女の子……、ではなく、大人の女を睨みつけた。
「えっへへぇ」
女はあどけなく笑ってごまかす。ヨシは再びため息をついて歩きだした。
「良い子、良い子。ヨシ君は優しい子に育ったね~。お姉ちゃん嬉しいよ」
女は青年の首に足をかけ、全身を使って彼の首を撫でまわした。
「前が見えない」
円匙のように大きな手が、小匙のように小さな手をつかむ。
二人が沢を登り切ると、深い谷の隙間から山の向こうが見えた。
まっすぐ、ただ真っ直ぐに、浅深多様な谷が地平線まで続いている。
まるで、天を衝く高さの塔が倒れたかのように…………。
【三曲目 ~End of introduction~】 99




