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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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8 芽生え始める思い

「単刀直入に言おう。俺と結婚してくれないか?」


「はい?」


 突然の申し込みに、ルナリアはあっけにとられて、まじまじとヴァンをみつめた。


(結婚? わたしと? いえ、待って、落ち着くのよ。そんなはずないわ)


 冷静になろうと、大きく深呼吸してみる。


「ごめんなさい、そういう冗談はちょっと困るんですけど……」


「俺は本気だ。冗談でプロポーズなんて、できるわけないだろう?」 


 彼は真剣そのものといった表情で断言した。


「兄に妻を娶るよう命じられた。そこで、俺はカイが懐いた女性と結婚すると誓った。それがあなただったんだ」


「ちょっ、ちょっと待ってください。結婚はご自身が好きになった相手とするものでしょう?」


「カイが好きになった人なら、俺も好きになるのはまちがいない」


「……いや順番が違うでしょう。おまけに言葉のチョイスが最悪……」


 何やらギゼルが頭を抱えているが、ルナリアはそれどころではない。


「だから、出会ったばかりで、どうしてそう断言できるのかわからないわ。あなたのこと、よく知らないのに、結婚なんてできるわけありません」


 話しているうちに、だんだん怒りがこみあげてくる。


「だいたい、カイが懐いた相手なら誰でもいいなんて、そんなのは失礼ですっ‼」


「いや、そういうわけではないんだが……」


 ルナリアの剣幕におされたらしく、ヴァンはしどろもどろになった。

 両手を組んで、うなりながら天井を見上げた後で、彼は再び口を開いた。


「俺に一度だけチャンスをくれないか?」


「チャンス?」


「ひと月でいい、この王宮にとどまってほしいんだ。俺のことを知ってもらって、それでも好きになれなかったら、あきらめるから」


「ひと月ですか……」


 思わずルナリアは考えこんでしまった。

 大公にゆっくりしてくるよう言われたものの、リドルが落ち着いたらすぐに帰るつもりでいたのだ。


「じゃあ、せめて二週間。十日後に祭りがあるんだ。大公殿下にも案内してやってくれと頼まれているし」


(お祭りかぁ。ちょっと見てみたいかも)


 ずっと屋敷から出してもらえなくて、お祭りなんて一度も行ったことがない。


「ひとつ、お聞きしたいのですが、なぜ、リドルが懐いた人と結婚したいのですか?」


「リドルを受け入れない人とは暮らせないからだよ。カイは家族だ。妻となる人には、俺と同じくらい、彼を大事にしてもらいたいんだ」


 そう言い切った後で、ヴァンレードはあわてたようにつけ加えた。


「べつに妻よりもカイをとるというわけじゃない。ただ、人間は傷ついたら言葉で伝えることができるが、リドルはそういうわけにはいかないからな。つい、優先してしまうんだ」


「よくわかります。その気持ち」


 心の底から共感した。

 リドルをそばに置くことを望むなら、彼らが心地良く過ごせるよう、主が努力すべきだとルナリアも思っている。


 かなり極端ではあるが、ヴァンレードの言動に納得できる部分も多くあった。


「失礼を承知で申しますが、二週間経って、もし無理だと思ったら、お断りしてもよいのですね」

「もちろん。約束は守るよ」


「ここにいる間、リドルたちのお世話をさせていただけますか?」


「ああ、それは願ってもないことだ。イーラの森の管理者であるあなたに、教えてもらいたいことは山ほどある」


「わかりました。では、そのようにお願いします」


「ありがとう。それでは、これから俺のことは〝ヴァン〟と呼んでくれ」

「はい、ヴァン様」

「〝様〟はいらない」

「では、ヴァン。わたしのことは〝ルナ〟とお呼びください」

「ルナ。うん、良い響きだな」


 驚くほど無防備で明るい笑みが端整な顔に広がるのを、ルナリアは驚きを持ってみつめた。


 リドルに対する態度をのぞけば、普段の彼は、いかにもおとなの男性といった落ち着きと余裕を感じさせる人なのに、こうして笑うと、まるで少年のように見える。


(なんだか、かわいい……)


 そんな風に思ってしまった自分に気づき、ルナリアは赤くなった。


「私がいることをすっかりお忘れのようですが、心配なのでいちおう言わせていただきます」


 それまで口を挟まずに話を聞いていたギゼルが、たまりかねたように言った。


「勝手に話を決めていいんですか?」 


「今から陛下に話しに行く」


「果たして納得されるでしょうかねえ」


「大丈夫、うまくやるさ。ところで、おまえは何の用だ?」


「ああ、あなたが突然とんでもないことを言い出すので、忘れてましたよ。ルナリア様のお部屋が用意できましたと、伝言を頼まれたのです」


「そうか。じゃあ、後は任せる」


 言うが早いか、ヴァンはさっさと部屋を出て行ってしまった。


「思いもよらない展開になりましたね」


 閉まったドアを見ながらつぶやくように言うと、ギゼルはルナリアに向き直った。


「どうして、あんな無茶な提案をお受けになったのですか?」


「それは……。お互い、冷静になってから話し合ったほうが良いと思いまして」


 何と答えるべきか迷ったが、結局、正直に答えることに決めた。


「ヴァンレード様は国王陛下のたったひとりの弟君で、王立騎士団の団長でいらっしゃいます。この国を離れることなどできないでしょう。わたしもイーラの森を守っていくというお役目を誰かに譲るつもりはありません。陛下も反対なさるでしょうし、二週間も経たぬうちに結論が出ると思います。縁談など成立しないと」


「……それはどうでしょうね」


 疑わしげにつぶやいた後で、ギゼルは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「国王陛下は団長の性格をよくご存じですから、頭ごなしに反対されるということはないと思います。いったん受け入れるように見せて時間を稼ぎ、団長にあなたを諦めさせようとするでしょう。あなたの選択に異議を唱えるつもりはありませんが、もしかしたら、いささか嫌な思いをされる覚悟をなさったほうが良いかもしれません。」


「それはどういうことですか?」


「予備知識はあったほうが良いと思いますので、今の状況を簡単にご説明します。現在、王宮に花嫁候補として、ふたりの令嬢がいらしています。おそらく、国王陛下はあなたと彼女らを公平に扱うよう、団長に求められるでしょう。つまり、あなたは他のおふたりと競うことになるかもしれないということです」 


「……それを先に教えていただきたかったわ」


「思いつきで動いているように見えるでしょうが、あの方はあれでなかなかの策士ですよ。いろいろ情報を与えて、あなたに尻込みされては困ると思ったのでしょう」


「ずるいのね。でも、あなたがわたしに教えてしまったら意味がないのでは?」


「それも計算済みですね。いずれ言わなければならないことです。ただ、自分ではなく私が話すほうが、あなたが冷静に受け止められると考えたのですよ」


「そこまでわかっているなんて、あなたもすごいわ」


「長いつきあいですので」


「でも、頼まれてもいないのに、上役のフォローをさせられるなんて、嫌じゃないの?」

「いいえ。あの方の期待に応えるのが快感なんです」


「……そう」


 堂々と胸を張って答えられ、ルナリアはただうなずくしかなかった。有能な副官である彼も、どうやら相当の変わり者らしい。


「状況はわかりました。教えて下さってありがとう」


「どうか、ご無理をなさらないように」


「ええ」

 ギゼルに部屋に案内すると言われたが、ヴァンレードが帰ってくるまで、リドルたちのそばにいることにした。


「では、のちほど、侍女をよこします」


 ギゼルが出て行った後で、ルナは大きくため息をついて、椅子の背にもたれかかった。


(なんだか、たいへんなことになりそう……)


 どっと疲労感が押し寄せてくる。すると、カイとマーラがルナをはさむように両脇に座り、心配そうに顔をのぞきこんできた。


「大丈夫よ」


 ふたりに交互に微笑んでみせてから、カイの耳元にこっそりとささやいた。


「ねえ、カイ。わたしには秘密があるの。あなたがわたしに引き寄せられるのは、たぶんそのせいなのよ。ヴァンがこのことを知れば、きっと結婚を申し込んだことを後悔すると思うわ」


 カイはきょとんとしてルナリアを見たが、すぐに笑顔になって大きく首を横に振った。彼なりに、それは違うと否定しているのだろう。


 カイの無邪気な優しさにふれて、心が揺さぶられる。本当のことが言えない、弱い自分への嫌悪の感情がわいてきて、思わず泣きたくなった。


(いけない。ここで泣いたら、ふたりが余計に心配するわ)


 唇をかんで涙をこらえ、できるだけ明るい口調で、リドルたちに話しかけた。


「ヴァンが帰ってくるまで、何して遊ぼうか?」


 ふたりは顔を見合わせたが、何らかの意思の疎通がはかられたらしい。カイが椅子から飛び降りると、本棚の前に行き、一冊の本を抱えて戻ってきた。


 差し出された本は、この国のおとぎ話を集めたもののようだ。


「これを読むの?」


 ふたりがそろってうなずいたので、最初のページから声に出して読み始める。


 最初の話を読み終える頃、カイはルナリアにもたれかかり、すやすやと寝入ってしまった。その安心しきった寝顔を見ていると、たまらなく愛おしくなる。


 マーラのほうは目をきらきらさせて、続きをせがんでいるようだったので、ルナは次の話を読み始めた。

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