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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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8/28

Side ヴァンレード

 

 ***   


 父である先代の国王は、王太子だった時に公爵家の令嬢を娶り、妃として大切にしていた。幼い頃からの婚約者で気心も知れていたと聞く。


 王太子妃は嫁いで二年後、難産の末に王子を産んだが、おそらく次の子は望めないだろうと医師に告げられた。


 それでも父は側室を置かなかったが、お忍びで町に下りた際、商人の娘と恋に落ちた。


 娘が身ごもったと知り、父は王宮に迎えようとしたが、彼女は貴族でもない自分がうまくやっていけるはずもないと頑なにそれを拒んだ。


 実家であるシグルス家は裕福で、母子を養うのに問題はない。

 娘の父と跡取りである兄は護衛を何人も雇い、ふたりを守ると父に約束した。


 生まれた子はヴァンレードと名付けられた。

 彼が王太子の息子であることは公にはされなかったが、王宮内には知る者も多く、いわば公然の秘密となった。



 父に会うことはできなかったが、祖父母や伯父にも可愛がられ、皆で食卓を囲むにぎやかな家だったせいもあり、ヴァンレードが寂しいと思うことはなかった。


 そのまま商人の子として生きていくはずだったが、十歳の時に母が病で亡くなり、状況が変わった。


 母を亡くした息子を哀れに思ったのか、その時すでに即位していた父がヴァンレードを王族として王宮に迎えたいと願ったのだ。


 それは父の妻である王妃の薦めでもあったらしい。

 王妃は自らの実家である公爵家をヴァンレードの後ろ盾とし、あくまで第一王子を支える立場として、彼を受け入れた。

 ライバルである有力な他家から側妃をとられるのを嫌ってのことだとも言われている。



 カイがシグルス家に来たのは、母が亡くなる半年前のことだった。


 母はヴァンレードにカイの世話を手伝わせ、友人であるロイス王国のグウェン伯爵から譲り受けた子だから大事にするよう告げた。

 思えばこの頃にはもう、母は自らの命が長くないことを知っていたのかもしれない。



 王宮に入ってすぐ父との面会は叶ったものの、その後はなかなか会うことができなかった。


 王妃や異母兄である兄は親切にしてくれたが、やはりどうしても壁を感じてしまう。

 彼らにとってヴァンレードの存在はけっして好ましいものではないのだとわかっている。

 仕方のないことだと割り切りはしたが、それでも悲しかった。


 にぎやかなシグルス家での暮らしが恋しかった。


 そんな彼の孤独を癒やしてくれたのがカイだった。


 どれほど周りから奇異の目でみられようと、カイを身近に置いて大切にした。


 ヴァンレードにとってカイは家族で、亡き母と共に過ごした日々を思い出させてくれる(よすが)でもあったから。


 それなのに、カイを人形と馬鹿にしたり、ただ綺麗なだけの飾り物だと蔑みの目で見る者は多かった。


 ヴァンレードは十六歳で成人する際に、王位継承権を放棄することを願ったが、王太子である異母兄にまだ子どもがいなかったことから、認められなかった。


 その後、父が亡くなり、即位した異母兄は、二年前にようやく待望の第一子である王子を得た。

 だが、国王は体が弱く、王子もまだ幼いからと、ヴァンレードは未だ王家から離脱できないでいる。


 できるなら爵位などもらわず、ひとりの騎士として王家に仕えたかったが、どうやら異母兄はその願いを叶えてくれるつもりはないらしい。

 今回は今までになく強い態度で、高位の貴族令嬢との縁談を進めようとしている。

 まったく気乗りはしなかったが、さすがに断り続けるのも限界だろう。


 結婚するならリドルと仲良く暮らせる人がいい。

 願いはそれだけだったが、なかなか難しいだろうなとは思う。

 リドルを大事にするヴァンレードの態度は令嬢たちの反感を買うはずだ。


 半ば諦めの気持ちでいたところ、ルナリアと出会った。


 盗賊を追い払った後、令嬢より先にリドルの許へ向かったのは、他に気に掛ける者がいないと思ったからだ。


 だが、ルナリアは取り乱すこともなく、すぐにリドルに駆け寄って気遣っていた。

 自分が後回しにされたのに、ないがしろにされたと怒る様子もない。


 同等の人間であるかのように丁重にリドルを扱う人に出会ったのは初めてだった。

 シグルス家の人々やギゼルはカイに親切にしてくれるが、それは家族や上司が大事にしているものだからという理由でしかない。


 まっすぐにリドルをみつめ、心から心配そうにいたわるルナリアの姿に、胸が熱くなった。


 きっと、この時にはもう、この女性(ひと)だと直感していたのだと思う。


 さらに、警戒心が強く、ヴァンレード以外には近づくことはおろか笑顔さえ見せたことのないカイが、にこにこと笑いながらルナリアに歩み寄っていき、抱きついたのを見て、直感は確信に変わった。


 結婚するなら彼女しかいない、と。


 ***



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