7 いきなりの求婚
ルナリアが再びヴァンレードと会ったのは、翌日のことだった。
リドルとふたりで医師の診察を受け、リドルにけがひとつないことに安心して、そのまま倒れてしまったからだ。緊張がゆるんだせいか、自分でも驚くほど長時間眠ってしまった.
目覚めた時に、おそろしく苦い強壮剤の飲み薬を飲まされたものの、すでに体調は回復している。
急いで身支度を整え、ヴァンレードに面会を申し込んだ。
許可を得て、騎士団長の執務室へ向かうと、そこにはヴァンレードだけでなく、ルナリアが連れてきたリドルと、もうひとり、少年の姿をしたリドルが一緒にいた。
書類が積まれた机の前に座ったヴァンレードはペンを持つ手を休め、長椅子に並んだふたりのリドルをうれしそうに眺めている。
あらためて見ると、彼はなかなかの美男子だった。
鼻筋の通った端正な顔立ちで、髪と同じ色の、黒い切れ長の瞳が鋭い輝きを放っている。
これほど強く印象的な目をした人にはこれまで会ったことがなかった。
洗練された貴公子といった容貌なのだが、どこか野性的で危険な香りがする。
「もう大丈夫なのか?」
ルナリアにリドルたちの向かいの席をすすめると、ヴァンレードは昨日とは打って変わってくつろいだ様子で、親しげに声をかけてきた。
「はい、おかげさまでゆっくり休ませていただきました。あらためてご挨拶いたします。ラースより参りましたルナリア・グウェンと申します」
「こちらこそ挨拶が遅れてすまない。ヴァンレード・シグルスだ。リドルを無事に届けてくれてありがとう」
「いいえ、わたしはリドルを危険にさらしてしまいました。申し訳ございません」
「いや、謝らなければならないのはこちらのほうだよ。我が国の領内で客人が盗賊に襲われるなどあってはならないことだ」
「おそれいります」
「アインス大公殿下から聞いていると思うが、リドルについていろいろ教えてもらいたいので、しばらくこちらに滞在していただきたいと思っている。この子もすぐにあなたと別れるのはさびしいだろうし」
「お気づかいありがとうございます」
リドルは無邪気な笑顔で、ルナリアをみつめている。
心を開いて接すれば、誰でもリドルと親しくなることは可能だが、やはり主と認識した人間は特別なようで、他の人々と同席しても、リドルはじっと自分の主だけをみつめていることが多い。
今はまだ、ルナリアを頼りにしているようだが、やがてこの笑顔はヴァンレードに向けられるようになるだろう。そう思うと、寂しいのはリドルではなく、自分のほうかもしれない。
そのとき、少年の姿をしたリドルが、こちらをみつめているのに気づいた。
「あの……」
「ああ、紹介がまだだったな。俺のリドルで、名前はカイという」
「おいくつですか?」
「十二歳になる。俺の母は貴族ではないが、あなたの母上とは友人だったそうだ。それで、この子を譲り受けたと聞いている」
「そう言えば、私が生まれる前の話だそうですが、母が一度だけ大公様にわがままを言って、友人の許へリドルを贈ったと聞いたことがありますわ」
「母はカイが来てから一年も経たないうちに病で亡くなってしまったが、カイがそばにいてくれてずいぶん慰められたと言っていたよ。俺はあなたの母上とは面識がなかったが、亡くなられたと聞いて、葬儀に参列したいと思ったんだが、大公殿下に止められてね。これからしばらくグウェン家に近づかないほうが良いと」
(ああ、大公様はその頃からもう、お父様を信用していらっしゃらなかったのね)
思わずため息がもれる。
「……申し訳ございません。いろいろと事情がございまして」
「でも、あなたがここに来られたということは、問題は片付いたんだろう?」
「ええ、まあ」
「それなら良かった。おかげでリドルにくわしい人にアドバイスをもらいたいという願いが叶ったよ。ずっとカイに友達が欲しいと思っていたんだが、他にも希望者がいるのに二体もリドルを持つなんて贅沢だと大公殿下に渋られてね。何年も粘ってようやくうなずいてもらえたんだ」
ヴァンレードはうれしげに顔をほころばせた。
「どうだろう? 初めて顔を合わせてから、カイはずっとご機嫌なんだ。彼女もカイを気に入ってくれたと思っているんだが」
「ええ、わたしもそう思います」
「あなたにそう言ってもらえると安心だ。カイという名は母が好きだった童話の主人公からつけたんだが、その妹の名前をもらってマーラと名付けたよ」
「素敵です。良かったわね、マーラ」
こくりとうなずく彼女を見て安心した。
(これなら、すぐになじんでくれそうだわ)
ほっと息をついた時、突然、向かいに座っていたカイが立ち上がり、ルナリアに近づくと、スカートを引っ張ってにっこりと笑った。
「おい、俺以外の人間に自分から近づくところなんて、初めて見たぞ」
ヴァンレードが驚きの声をあげる。
(これはまずいかも……)
思わず体を引こうとしたが、すでに遅かった。
次の瞬間、カイはルナリアの首に腕をまわし、抱きついたのだ。
「……嘘だろう?」
ヴァンレードは信じられないというように大きく目を見開いている。
「俺だって、カイが自分から寄って来てくれるまでに、一カ月はかかったんだぞ」
そこへノックの音がして、ギゼルが入ってきたが、この光景を目にして、いつも沈着冷静な彼にしてはめずらしく、驚きの声をあげた。
「これはいったい、どういうことなんですか?」
「俺にもわからない……」
ヴァンレードは呆然としていたが、ふいに何かを思いついたように、ギゼルを振り返った。
「おい、俺の花嫁がここにいるぞ」
「はあ?」
「だから、俺は自分の言ったことに責任を持つということだ。カイが懐いた女性を妻にすると宣言した。あてはまる人がここにいる」
「ばかなことを。この方はラース王国の伯爵様ですよ」
「それがどうした。俺が婿入りすれば問題ないだろう」
「何言ってるんですか、問題しかないですよ。そもそもルナリア様のお気持ちを聞いてもいないのに、先走りすぎでは?」
「ああ、そうか」
ヴァンレードは初めてそこに気づいたというように、再びルナリアのほうに向き直った。
(いったい、何の話をしているの?)
ルナリアはカイに抱きつかれたまま、近づいてきたヴァンを見上げた。
「カイ、俺はその人に大事な話があるから、少しの間、待っていてくれないか」
カイはおとなしくルナリアから離れ、イーラの隣に戻った。
ヴァンレードはルナリアの前に片膝をつくと、まっすぐに彼女の目を見た。
「単刀直入に言おう。俺と結婚してくれないか?」




