6 襲撃
異変はロイスの国境を越えたあたりで起こった。
ラースの城下町であるキースからロイスの王都までは街道が整備されていたが、国境をこえて森の中に入ると、木々がおおいかぶさるように茂り、昼でも薄暗い。
(今日中に着かなければ……)
馬車の中で、ルナリアはあせっていた。
リドルが他国の王族や貴族への贈り物となる場合、大公の城で衣装やアクセサリーなど、さまざまな支度が整えられる。
今回はロイスの王弟のもとに贈られるということ気合が入っていたのか、大公の侍従たちがぎりぎりまでリドルを返してくれなかったせいで、出発が遅れてしまったのだ。
森に入ってしばらくすると、何頭もの馬の足音が聞こえ、急に馬車が止まった。
(どうしたのかしら?)
はめこみの窓から外をのぞくと、いきなりひげ面のいかつい男と目が合った。
本能的に危険を察知し、ルナリアはリドルを背中にかばい、短剣を抜いた。
ドアを開けて入ってこようとした男の顔をねらって斬りつけたが、頬のあたりをかすめただけで、やすやすと腕をつかまれ、馬車から引きずり出されてしまった。
他にも数人の男たちが周囲を取り囲んでいる。
護衛の兵士は二名とも地面に倒れていた。
御者は別の男に剣を突きつけられ、馬の手綱を握ってぶるぶると震えている。
男のひとりが、馬車から持ち出した布袋を逆さにした。そこには旅費としてもらった数枚の金貨が入っていたが、男はがっかりしたように言った。
「兄貴、金はたいして持ってませんぜ」
「そっちの子供を見ろ。ドレスに宝石がついてるじゃないか」
どうやら、ルナリアを捕らえている男が、盗賊たちの首領らしい。馬車の中でおびえて身をすくめているリドルを指さした。
「トマス、ここにつれてこいよ」
トマスと呼ばれた男は、金貨の入った袋をポケットに押し込み、リドルを軽々と抱き上げて運んできた。
「こいつ、変だぜ。ガキのくせして泣きもしなけりゃ、わめきもしない」
「ああ、そりゃそうだ。そいつは〝リドル〟だからな」
「〝リドル〟? なんだ、そりゃ」
「木から生まれた人形だよ」
「へえ、これが人形? よくできてんなあ」
トマスがリドルの髪をつまんだり、頬をつつくのを見て、たまらずルナは声をあげた。
「やめて、リドルは人形じゃない。ちゃんと生きてるの。乱暴しないで」
「ふん、きれいに着飾らせて置き物にされるようなものを、俺たちといっしょにするな」
首領がさもばかにしたように鼻を鳴らした。
「兄貴ィ、その女はどうするんだ?」
トマスは顔をにやつかせている。
「決まってるだろ、娼館に売り払う」
「だよな。人形はつれていくのかい?」
「いや、コレクターには高く売れるが、そっちには知り合いがいないからな。服を脱がせて、その辺に捨てておけ」
「やめて‼」
ルナリアが絶叫したその時、馬のひづめの音が聞こえてきた。
みるみるうちに近づいてきたのはつややかな毛並みの黒馬で、馬上には青い軍服を着た、黒い髪の男がいた。
「おい、俺のかわいいリドルになんてことするんだ」
低音のよく響く声は凄味があるのだが、言っている内容のせいで、いまひとつ迫力に欠ける。
(俺のかわいいリドルって……)
ルナリアはまじまじと新たに登場した男をみつめた。
見覚えのある軍服はロイス王国のものであるから、助けを求めたいところだが、どうにも騎士らしくない発言に戸惑ってしまう。
「てめえは何者だ」
馬から下りた騎士は首領の問いを無視し、倒れている護衛の兵士たちの傍らにひざまずいた。
ふたりとも気絶しているだけなのを確かめると、彼は立ち上がって盗賊たちと向き合った。
「石つぶてを投げて先制攻撃か。兵士相手に正面からやりあったんじゃ、勝てないからだな」
「うるせえっ‼」
様子をうかがっていた盗賊たちは、相手がひとりと見るや、いっせいに襲いかかった。
決着はあっという間についた。
剣を抜くが早いか、黒髪の騎士はまたたく間に、数人の男たちを斬り伏せてしまったのである。
(すごい……)
捕らわれているという恐怖も忘れて、ルナリアは思わず彼の動きに見入ってしまった。
「近づくな。この女を殺すぞ」
たったひとり残った首領は、奪った短剣をルナリアの首に突きつけた。
「やめとけ。女連れじゃ、逃げ切れないぞ」
騎士は剣を構えたまま、いかにも面倒だという表情を浮かべている。
その背後には、いつのまに来たのか、同じ軍服を着た金髪の男がいて、盗賊たちの馬に次々と鞭を当てたので、一頭残らず逃げ出してしまった。
「ちくしょう、俺の馬が‼」
盗賊の声がうわずる。
「その女性をこちらに渡せば、おまえの命は助けてやる」
「くそっ」
いきなりつきとばされて、ルナリアは地面に倒れた。
すぐに起き上って振り向くと、ものすごい早さで逃げていく盗賊の背中が見えた。
「大丈夫ですか?」
手をさしのべてくれたのは、金髪の騎士のほうだった。
「はい」
ルナは立ち上がると、軽く膝を折って礼をのべた。
「わたしはルナリア・グウェンと申します。助けていただきありがとうございました」
「私はロイス王立騎士団、副団長のギゼルと申します。あちらは団長のヴァンレード……」
そう言いながら、振り返った彼は思わず絶句した。
ルナリアには目もくれず、黒髪の騎士がさっさとリドルのもとへ行き、その前にしゃがみこんでいたからだ。
それを見て、ルナリアもあわててリドルに駆け寄った。
「怪我はないようだが」
「あの……」
ルナリアは目の前の相手にどう接していいか、戸惑った。
こちらの騎士はどうやらリドルしか眼中にないようだ。
人間よりもリドルを優先する人物に会ったのは初めてではない。
そういう人々はたいてい、リドルを自分の所有物だと考えているので、このような事件が起こった場合、まず輸送の責任者を責める。だが、彼はリドルを危険な目にあわせたからといってルナリアを責める気はないようだ。
彼がどのような人間であれ、とにかくまず助けてもらった礼を言わなければと思ったが、その気配を察したらしい騎士が、必要ないというように軽く手を振った。
「俺はリドルを助けに来ただけだから」
「なんてことを言うんですか、あなたは」
ギゼルが厳しい口調で叱責した。
「お若い御令嬢が恐ろしい目に遭われたのですから、もっといたわるべきです。だいたい、あなたのわがままのために、わざわざご自身でリドルをつれてきてくださっただけでも感謝しなくてはいけないというのに」
「いえ、わたしは大丈夫ですから」
その時になって、ようやくルナは黒髪の騎士の正体に思い当たった。
「もしかして、王弟殿下でいらっしゃいますか? 申し訳ございません。わたしどもの不手際で、リドルに怖い思いをさせてしまって」
「謝ることはないさ、あなたのせいではないのだから。こちらこそすまない。あなたのことはギゼルに任せようと思っただけで、けっして軽く扱ったわけではないんだ」
あっけらかんとした口調でそう言うと、彼はリドルを抱き上げた。
「ギゼル、王宮に着いたらすぐに医者の手配をしてくれ」
「逃げた盗賊はどうしますか?」
「ほうっておくさ、仕方がない。もうひとりいれば、後を追ってもらえたんだが」
「あなたがひとりで飛び出すからいけないんですよ」
「私用なんだ、部下をつれていけないだろう?」
「しかし、この森で盗賊に襲われたなんて話は、もう何年も聞いたことがなかったのですが……。後で、このあたりに人をやって調べさせましょうか?」
「そうだな。頼む」
ふたりの会話を聞きながら、ルナリアはあらためて、自らがつれてきたリドルの主となる男をみつめた。
ロイスの王弟がリドルを盲愛しているという噂は前々から聞いてはいた。
そのせいで、ルナは会ったことのない彼を、夢見がちで繊細な青年のように想像していた。
だが、実際に会ってみると こうして目にした彼は、いかにも戦士らしく鍛え抜かれた、しなやかな体躯を持った男性だった。
(この人がリドルを溺愛してるって、本当なのかしら?)
外見だけを見ればそんな疑問も起こるが、先ほどの態度を目にした後では、どうやら噂は真実のようだとも思える。
(そのほうがリドルにとっては幸せね。それほど大事にしてくれる人なら、わたしも安心できるわ)
ギゼルに馬車に戻るよううながされ、ルナリアは思わず倒れているふたりの兵士たちを見やった。
「あの、彼らを置いていくわけには……」
ルナリアの言葉に、ギゼルが安心させるようにうなずいた。
「ご心配なく、我々が馬に乗せていきますよ」




