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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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5 ロイス王国の王弟

 ロイス王国を治めるのはクラウド二世、二十七歳の若き国王である。

 今、彼をもっとも悩ませているのが異母弟であるヴァンレードだというのが、王宮に仕える者たちの共通した見解だった。


 今年二十二歳になるヴァンレードは、王立騎士団の団長であるが、六歳の時に亡くなった母から、形見として譲り受けたリドルを溺愛していた。


 名前は〝カイ〟

 白金のまっすぐな髪と淡い青色の瞳を持った、あどけない顔立ちの可愛らしいリドルである。


 カイは亡き母が友人だった先代のグウェン伯爵(ルナリアの母)から譲り受けたイーラの森のリドルで、今年十二歳になる。


 母がカイを男の子として扱っていたので、ヴァンレードもそれにならい、仕立ての良い襟の詰まったシャツと短いズボンという少年の格好をさせ、弟のように可愛がり、可能な限りどこへ行くにもいっしょにつれていった。


 王家主催の舞踏会にまでつれてくるといった有り様だったので、宮廷内ではリドルに魅入られていると陰口をたたかれるほどだ。


 兄である国王がみかねて妻をめとるよう命じると、ヴァンレードは自分のリドルが懐いた女性と結婚すると言い放った。


 そこで、国王は行儀見習いという名目で、花嫁候補としてふたりの女性を王宮に招いた。

 マリア・カウルス公爵令嬢と、エリス・コルム伯爵令嬢である。


「おまえのリドルとおふたりをひんぱんに会わせるのだ。そうすれば、親しくなれるだろう」


「そのようなことをなさらずとも……」


「これは命令だ。これ以上、リドルにかまけて笑いものにならぬよう早々に身を固めろ。良いか、おふたりはおまえのわがままにつきあってくださるのだ。くれぐれも失礼のないように」


「……はい」


 国王である兄にさからうこともできず、おとなしく引き下がったものの、花嫁候補の女性たちにはまったく関心を持てなかった。

 頭の中は新しく来るリドルのことでいっぱいだったからだ。


 仕事に追われ、なかなかいっしょにいてやれないカイのためにもうひとり、同じイーラの森で生まれたリドルを迎えたいと考えていたが、ラース王国に打診してから一年待ってようやくそれが叶う。


 ふたりの令嬢が入城するのは、まさにその新しいリドルが到着する日だったのである。


 ***


「まだ来ないのか?」


 王宮内にある騎士団長の執務室で、ヴァンレードは焦れたように聞いた。


令嬢方がたはまもなくお着きになるそうですよ」


 副官のギゼルが書類のチェックをしながら、少しも表情を変えることなく冷静に答える。


「そっちじゃない」


 ヴァンレードはつねにクールな副官を軽くにらんだ。 


「わかっているくせに、嫌みのつもりか?」


「これは失礼しました。朝から何度も同じことを聞かれましたので、今度こそ違うのかと」


「ふん。不愉快だが、今日の俺はそれぐらいでは動じないぞ。なんといっても、かわいいカイに友だちができる日だからな」


 この発言にも、ギゼルはまったく表情を変えなかったが、わざとらしいほど大きくため息をついた。


「どちらが先に到着されるかわかりませんが、まちがってもリドルを優先しないように。きちんと未来の婚約者をお迎えしてくださいね」


「わかってるよ。言っておくが、まだ婚約者《《候補》》だからな」


 顔をしかめながらうなずいた後、ヴァンレードはギゼルをまねてわざと大きなため息をついてみせた。


「何も同じ日に来なくてもいいのになあ」


 この部屋は応接室も兼ねているので、書き物をする大きな机の他に、長椅子が二脚とテーブルが置いてあった。


 カイはいつもこの長椅子に座って、ヴァンレードが仕事をする様をながめているのだが、今も黙ってそこに居り、彼の顔を見ながら笑みを浮かべている。


 リドルは話すことができないが、感情が素直に表情に表れるので、機嫌が良いかどうかはすぐにわかる。


 執務室にまでリドルを連れてくるとはけしからんという、大臣たちの批判もあったが、ヴァンレードはいっさい無視した。


「あいつらはリドルを人形だと言ってるじゃないか。だったら、カイがここにいても問題ないだろう? 人形が飾ってあると思えばいいんだから」


「そんな、わざわざ彼らをあおるようなことをしなくてもいいでしょうに」


 ギゼルが苦言を呈しても、まったく効果がない。


 他のことなら、臨機応変に柔らかい対応もできるくせに、ことカイの問題に関しては、ヴァンレードはまったく譲歩しないのだ。 



 正午を過ぎても、待ち人はやってこなかった。


 ほどなく花嫁候補の令嬢たちが先に到着したと聞き、ヴァンレードの機嫌はすこぶる悪くなった。 とはいえ、彼女たちに罪があるわけではない。


 いやいやながら、無理やりにこやかな表情を作って出迎えた。


 挨拶を交わし、一緒にお茶をと誘われたのを固辞して、執務室に逃げ帰ったが、やはりリドル到着の報せは届いてない。


 ついに耐えかね、ヴァンレードは途中まで迎えに行くことに決めた。


「後は頼む」


 そう言うと、止めようとするギゼルの声に耳をふさぎ、王宮を飛び出す。


「まったく、次から次へと面倒なことを……」


 ギゼルは舌打ちしたが、ほうっておくわけにもいかず、仕方なく後を追った。

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