25 真相 2
書棚の向こう、カーテンの影からあらわれたエリスは、濃い青色のドレスを身に着けていた。
淡い金色の髪を結わずに背中に流し、今までとはまるで別人のようにひどく艶めいて見える。
彼女は口元に微笑を浮かべ、ためらいのない足取りで国王に歩み寄ると、その隣に並んだ。
「今回のことを仕組んだのは君だな」
「違うっ、エリスじゃない。すべて私がやらせたことだ。すべては王妃のためだった。彼女がおまえを殺そうとしていたから、馬鹿なことをしないようにと警告のつもりでやったんだ。王妃には真実を告げ、二度と愚かな考えをもたないよう言い聞かせる。だから、すべてを忘れてくれないだろうか?」
「王妃様のため? 違うでしょう? それほどまでにエリス嬢を愛しているのですか?」
「そうじゃない。違うんだ、ヴァン。今回のことはすべて私が悪いんだ。私がはっきりしなかったから……」
「陛下、もういいのです」
エリスはあくまでも穏やかに、だが容赦なく国王の言葉をさえぎった。
「ヴァンレード様のおっしゃる通り、すべてわたしが計画したことですわ」
「そんな、だって、エリス様はわたしを助けてくれたわ」
ルナリアにはとてもエリスが犯人だと思えなかったが、ヴァンレードは断言するようにきっぱりと言った。
「それは君が犯人にされては困るからだよ。ラースとの関係を壊すわけにはいかないし、あわよくば王妃様に罪を着せようと思っていたんだろう」
「嫌ですわ、さすがにそこまで都合の良いことは考えていませんわよ。ただ真相が曖昧なままであれば、皆様の疑いが王妃に向けられるかと。少しばかり肩身の狭い思いをなさったほうが、横柄な態度も改められるでしょう?」
言葉を失うルナリアに、エリスはさらに笑みを深めた。
「ごめんなさいね、あなたまで巻き込むつもりはなかったのよ。まさかデリクがあそこまで愚かだとは思いもしなかったわ」
「どうしてマーラを利用したの? 主のカップに毒を入れさせるなんてひどいわ」
「リドルが相手なら、ヴァンレード様の警戒心も緩むと思ったの。でも安心して。確かに細工した指輪をあげたけど、毒なんて仕込んでないわ。だから、いくら陛下が操ろうとしても、毒を持っていないのだから入れようがないのよ。リドルがやったことにできるからと、わたしが侍女を騙して毒を盛らせたの」
「王妃様付きの侍女を買収して、情報を得ていたんだろう? 毒を入れたのはその女か?」
「ええ、そうですわ」
平然とうなずく彼女に、国王が色をなして詰め寄った。
「なぜ、侍女にそんなことをさせた? リドルを使えば犯人をうやむやにできると、誰も傷つかずに済むと言ったじゃないか。しかも、毒を盛っただと? 使うのは眠り薬のはずだぞ」
「眠り薬ぐらいでは警告になりませんでしょう? ですが、困ったことにマーラが思ったほど言うことをきいてくれなくて。虫を入れてから日が浅かったせいかもしれませんわ。それで侍女にやらせましたのに、愚か者のデリクときたら、マーラだけでなくルナリア様にも罪を着せようとするんですもの」
エリスは忌々しげに言って、顔をしかめた。
「おかげでヴァンレード様が乗り出してきて、面倒なことになってしまいましたわ」
「君はいったい何がしたいんだ? 王妃様を追い落として、自分が後釜に座ろうとでも言うのか?」
「まさか。そんなことは無理だとわかっていますわ。ただ、あの女が憎くてたまりませんの。陛下を愛してもいないくせに、自分は愛されていると誇らしげに振る舞う女。ただ王妃である己の立場だけを心配する女。ぞっとするほど嫌いですわ。少しは苦しめばいいのよ」
淡々とした口調だったが、その奥に深い憎悪を感じて、ルナリアは背筋が寒くなった。
「君と陛下が思い合っていたことは知っていたよ」
ヴァンレードはいかにもやりきれないというようにため息をついた。
「陛下が結婚してからも、君はずっと縁談を断り続けていたから、君が俺の婚約者候補として王宮にやってきた時、何か別の狙いがあるのではないかと思っていた」
「でも、あなたは何もなさらなかった。監視ぐらいされるかと思っていましたのに」
「俺が甘かったんだろうな。君を信じたい気持ちがあった。率直で裏表のない人だと思っていたからな」
「それはあなたのことでしょう。わたしは違います。執念深くて、あきらめが悪いのですわ」
エリスは軽く肩をすくめてみせた。
「イルミラからついてきてくれた侍女が病に倒れてから、王妃はこの王宮でデリク以外、味方がいませんでした。それで侍女をひとり買収し、誠心誠意努めさせて、王妃のお気に入りになるよう仕向けたのです。おかげで王妃が毒を持っていることがわかりました。わたしはそれを陛下に伝えました、王妃に対して猜疑心を持ってもらうために。さすがにあなたに死んで欲しいとは思っていませんでしたから、より毒性の弱いシィルにしましたのよ。イルカランの毒を使ったのではすぐに自分だとばれてしまうから、王妃がわざわざ違う物を使ったっていう理由まで用意して」
「ふざけるな。シィルの毒だって十分危険じゃないか」
「まあ、あなたの体が多少動かなくなったほうが良いかなとは思っていましたわ。そうなれば、王位を脅かす者はいなくなるでしょう? 跡継ぎの王子様がいらっしゃるから、王妃が廃妃になっても問題ないでしょうし」
「それがおまえの本心か。邪な願望を叶えるために、私を利用したんだな」
呆然とエリスをみつめていた国王がうめくように言った。
「何をおっしゃるの。陛下が始めたことですわ。わたしは王妃が不安に耐えかねて、いずれヴァンレード様に毒を使うと思っていました。ですが、彼女が毒を持っていると知って、先に動いたのは陛下のほうでした」
「おまえがこの計画を持ち掛けたんじゃないか」
「いいえ。相談されたからお答えしただけですわ。いろいろ不測の事態が重なって、このような結果になってしまいましたが、わたしは精いっぱい陛下のご希望を叶えようとしただけですよ」
「やめてくれ。私がいつ異母弟に毒を飲ませてくれと頼んだ?」
怒りをおさえるような、くぐもった低い声。
エリスは微かに笑みを浮かべ、どこか哀れむような表情で国王を見た。
「あなたは健康で武勇に優れた異母弟を妬んでいらした。王子様はまだ幼いから、ご自分が倒れればヴァンレード様に取って代わられる。そんな妄想に悩まされ、心の中では彼が消えることを願っていたのでしょう?」
「馬鹿なことを言うな‼」
国王に怒鳴りつけられても、エリスは怯まなかった。
「あなたは残酷な人だわ。わたしがあなたを忘れられないとわかっていて平気で呼び出し、利用しようとしたのよ。王弟の婚約者候補ですって? ヴァンレードとならお似合いだなんて、よくも言えたものだわ」
「利用するつもりなどない。私は本心からそう思って……」
「まあ、本気でしたの?」
エリスは国王に最後まで言わせなかった。
「なおさら質が悪いですわ。あなたは弟に、決して彼を愛することのない花嫁をあてがおうとしたのですよ。よくもここまで無情な真似ができるものだわ。それでも、わたしはあなたを愛していました。どうしてもあきらめられなかったのです」
それまで冷静だったエリスの表情が大きく歪み、あふれ出た涙が幾筋も頬を伝っていく。
神秘的で、とらえどころのない人。
見た目に似合わずはっきり物を言う、嘘のない人。
彼女に対して、ルナリアが今まで抱いていたイメージはすべて覆された。
目の前にいるのは、激しい恋情を隠しもせず、ただ相手の愛を希う、悲しいほどに一途な女性だった。
確かにエリスは罪を犯した。
けれど、その罪を自覚し、憎む相手よりもはるかに己の心を傷つけている彼女が痛々しくて、ルナリアにはどうしても責めることができなかった。
(こんなの、悲しすぎる)
誰もが掛ける言葉を失い立ち尽くす中で、ルナリアはエリスに歩み寄り、そっと腕を取った。
「エリス様」
「ごめんなさい、あなたのことが好きだったわ。リドルたちも本当にかわいいと思っていたのよ。でも、どうしても憎しみが抑えられなかった。王宮になんて来るべきじゃなかったわ。傷つくとわかっていたのに、どうしてもまた会いたいと思ってしまったの。わたしの存在など、陛下の中ではとっくに過去のものになっていたのに……」
「もうやめて。これ以上、自分を傷つける言葉は言わなくていいの」
「……ありがとう」
エリスは泣き笑いの表情で、微かにうなずいた。




