22 追求 1
日が暮れる頃、夕食が運ばれてきたが、ルナリアはとても手をつける気にならなかった。
椅子に座ってぼんやりと窓越しに夜空を眺めていると、いきなり扉が開いてデリクが入ってきた。
侍女を下がらせ、ふたりきりになると、彼は小さな白い紙の包みをルナの前に置いた。
「あのリドルが持っていたのと同じ毒薬だ。これが、おまえの部屋からみつかった」
「何を言っているの?」
「おまえは追いつめられ、逃れられないと悟り、これを飲んで自殺するというわけだ」
「そんな話が通用すると思うの? わたしにはヴァンレード様を殺す理由がないわ」
「そんなもの、どうとでも説明できる。おまえはラースから送り込まれた暗殺者だったのかもしれない」
「ばかなこと言わないで」
「ラースからやってきたリドルが毒を盛ったということは、多くの人が目撃した事実だ。あちらも国がからんだ陰謀だなどと言われたくはないだろう。おまえの病死を受け入れてくれるはずだ」
「嘘つかないで。マーラが毒を入れたところを見た人なんていないでしょう? そうまでしてわたしに罪をかぶせようとするなんて、犯人はもしかしてあなたなの?」
「おまえが知る必要はない。さあ、早く飲むんだ。国王陛下のお耳に入る前にけりをつけてしまいたいからな」
「お断りよ」
強気なところを見せようとがんばってはみたが、スカートの中の両足は震えている。
(なんとか逃げられないかな……)
ちらりと扉のほうに目をやったが、あそこまで走ったところで、すぐに追いつかれてしまうだろう。
「ならば、仕方がない」
デリクは腰にさげていた剣を抜いた。
「逃げようとしたおまえを、私が誤って殺してしまったということにしよう」
脅しではなく、本気のようだ。デリクの目には殺気が宿っている。
切っ先を向けられて、ルナリアはじりじりと壁際に追いつめられた。
(罪を着せられたまま死にたくないわ。このままヴァンに会えないなんて嫌よっ!)
「ヴァン、助けて‼」
声を限りに叫ぶと、デリクの顔に嘲笑が浮かんだ。
「無駄だとわかっているのに、なぜ人は助けを求めるのだろうな」
だが、その時、急に廊下が騒がしくなった。
「なんだ?」
思わずデリクは、ドアのほうに顔を向けた。
扉を大きく開け放って入ってきたのはヴァンレードだった。
戦いを終えたばかりのように、全身から闘気を放っていたが、なぜか長剣は腰に吊るしたままで、棍棒を手にしている。
ルナリアに剣が突きつけられているのを見て、ヴァンレードは怒りをあらわにした。
「おまえっ、何をしている‼」
怒鳴りつけるが早いか、ベルトの間にはさんでいた短剣を抜き、デリクに向かって投げつけた。
「!」
短剣は右腕をかすめただけだったが、虚を突かれ、デリクは剣を取り落とした。
すかさず駆け寄ると、ヴァンレードは拳を固めてデリクの顎に強烈な一発をくらわせた。
相手がふらついたところで、床に転がっていた剣を拾い、鼻先に突きつける。
「しばらく誰も来ないぞ。廊下にいた奴らはみんな床に転がってるからな」
「あなたひとりで全員を倒したと言うのか?」
「安心しろ、殺してはいない。ちょっとばかり棍棒で殴って気絶させただけだ」
「こんなことをして許されると思うのか。国王陛下に対する反逆だぞ」
「それはおまえのほうだろう? ろくに調べもせずに、ラースからの客人を殺そうとしたんだからな」
「調査ならもう済んでいる」
デリクは堂々と言い放った。
「リドルが持っていたのと同じ毒が、この部屋からもみつかった」
しかし、ヴァンレードはいっさい動じなかった。
「それはどちらの毒と同じものなんだ?」
「何を言っている?」
「カップに入っていた毒と、ドレスからみつかった毒は違うものだったんだよ」
「なぜ、それを……」
デリクの顔から血の気が引いた。
「最初はおまえが犯人かと思ったが、もしそうなら、こんなおかしなことが起こるはずがない。おそらくおまえは、王宮内でイルカランの毒を持っている人間を知っていた。だから、俺を毒殺しようとした者がいると聞いて、すぐにそいつの仕業だと思い込んだ」
「違う‼」
デリクは大声で否定したが、ヴァンレードは構わず話を続けた。
「日頃から自分も同じものを持ち歩き、もしその毒が使われたら、犯人をかばおうと決めていた。だから、マーラに罪をかぶせるつもりで細工をしたんだ。その後で、使われたのがイルカランの毒じゃなかったと知って、おまえは愕然としただろうな。だが、このままマーラとルナリアを犯人にしてしまえば、誰も毒の出所など気にはしない。だから、おまえは事を急いだ」
「たいそうな推理だ。だが、どこに証拠がある?」
「ルナを殺そうとしたのが何よりの証拠だと言いたいが、それだけでは不足なのだろう? だったら、おまえがどこから毒を手に入れたのか調べるさ。イルカラン石なんて、俺たちには馴染みのない名前だったが、イルミラでしか産出しない石だと聞けばうなずける。そうだ、王妃様にもうかがってみよう。何かご存知かもしれないからな」
「やめろ、王妃様には関係ない」
デリクはヴァンレードをにらみつけた。
「そんなわけないだろう。はっきり言ってやろうか。毒を持っていたのは王妃様に違いない。おまえが命がけで守ろうとするのは彼女しかいないからな」
「違う。毒は私がイルミラから持ってきた物だ」
「じゃあ聞くが、なぜいつもその毒を持ち歩いていたんだ? 曖昧な話で逃げられると思うなよ。俺はどんな手を使ってでも真実を明らかにする」
「王家の醜聞を公にするつもりか」
「おまえは俺の大事な人を手にかけようとしたんだぞ。許せるはずがないだろう」




