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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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21 深まる謎

「なぜ、ルナと離れていなければならないのだ?」


 騎士団長の執務室にやってきたフェンリルはかなり不機嫌だった。


 警備兵に囲まれてつれてこられたせいに違いない。


「おまえはルナの共犯者だと疑われてるんだよ」


 ヴァンレードは椅子にもたれて投げやりな調子で言った。


「他のやつに監視されて〝エクス〟だとバレたらまずいだろう? だから、俺が預かって見張ると言ったんだ」


「どういうことだ?」


 フェンリルの表情がさらに険しくなる。


「私がカイを休ませている間に、何があった?」


 ヴァンレードはため息をついた。


 彼自身が怒りとくやしさで、今にも大声で叫んで暴れまわりたいような気分を必死でおさえているところだ。このうえ、フェンリルの相手をする気力は、どこにも残っていなかった。


「ギゼル、おまえ、デリクから話を聞いただろう? フェンに説明してやってくれ」


 同席していた副官は何の感情もまじえず、王妃の茶会で起こった出来事と、今の状況を的確に説明した。


「マーラがおまえを殺そうとしただと? そんなことはありえない」


「俺もそう思っていたんだがな。実際に毒がみつかったと聞いては、何を信じていいのかわからなくなった。しかも、マーラの指輪には細工がしてあったらしい。宝石の周りを囲んでいる金の装飾に空洞を作って、そこに毒が仕込んであったそうだ」


 フェンリルはじっと考え込んだが、やがてあきらめたように首を振った。


「どうにもわからない。カイの体にできた()()から液体が流れ出たのは、自らの体液で毒を薄めたからで、毒薬自体の量はさほど多くなかった。そもそもシィルの毒なら、指輪に仕込んだくらいの量では死には至らないだろう。まあ、手足のしびれが残る場合もあるから、たいしたことはないとは言えないが」


「俺を殺すつもりまではなかったということか?」


「マーラの意思ではなく、誰かがやらせたというのはまちがいないと思う。それが誰かと考えた場合、ルナリアが真っ先に疑われたのは仕方のないことだろう」


「彼女はそんなことはしない」


「ほう、愛するがゆえの発言か?」


「当然だ。でも、それだけじゃない。ルナはリドルたちを大事に思っている。そんな残酷なことができるはずがないだろう」


「私もそう思う」


「それなら、いちいち嫌味な聞き方をするのはなぜだ?」


「そのようなつもりはない。おまえがどの程度、ルナの助けになるのか知っておきたかっただけだ」


「俺は誰がなんと言おうと彼女を守る。その気持ちは絶対に、おまえよりも俺のほうが強い」


 ヴァンレードはフェンリルを見すえ、挑むようにそう言い切ったが、フェンリルのほうは、微かに笑みを浮かべただけだった。


「そうまで言うなら当てにしておこう。ただ助け出すだけなら簡単だが、ルナの名誉を傷つけないためには、やはり真実を明らかにするしかない。さすがに私ひとりでは無理だからな」


「自分だけでなんとかするつもりだったのか」


 ヴァンレードがあきれたようにつぶやくが、フェンリルは何も答えることなくそのまま話を続けた。


「毒薬に関しては、もうひとつ疑問がある。シィルの毒は根を煮出して作る物だから、液体のはずだ。しかし、マーラのドレスから発見されたのは粉末だったのだろう? おかしいと思わないか?」


 ヴァンレードは思わず椅子から立ち上がった。


「ギゼル、みつかった毒を手に入れて調べることはできないか?」


「やってみます」


 ギゼルはすぐさま回れ右をして部屋を出て行った。


「もし毒薬が違うものだったとしたら、可能性はふたつだ。マーラはもともと粉末のほうを持っていて、シィルの毒をいれた者が、マーラの指輪をすり替えた」


「もうひとつは?」


「毒を入れたのはマーラだが、彼女の服に別の毒薬を忍ばせた者がいた。だが、どちらにしても、誰がそれをしたのかという疑問は残る」


「どちらもマーラが毒を持っていたことが前提になるな」


「私はマーラがおまえに毒を盛ることなどできないと思っているが、誰かに渡されて所持していただけ、ということはあり得るだろう」


「なぜ、マーラを利用したんだ? しかも、あんなに大勢の人間が集まるところでやる必要があるか?」


「マーラの犯行であると示すことで、あの場にいた人間が無実だと証明したかったのかもしれない」


「だが、ルナが黒幕だと疑われたぞ」


「マーラがルナの言うことを聞くからという理由だけで、犯人にはできないだろう。毒がどこから持ち込まれたのか分かれば、また話は別だろうが」


 その時、ノックの音とともに、エリスが部屋に入ってきた。


 彼女は軽く会釈しただけで、ろくにあいさつもせず、いきなりヴァンレードに向かって言った。


「ルナリア様から預かったものを渡しに来ました」


「会えたのか?」


「少しだけですが」


 エリスはルナリアからの手紙を彼に渡した。


「怪しまれてもいけないから、わたしはこれで戻りますわ」


「心から感謝する。ありがとう」


 エリスは微笑を浮かべ、部屋を出て行った。


 手紙を読むうちに、ヴァンレードの表情がどんどん厳しいものになっていった。


 一読してから、フェンリルに渡す。


「そのコムン虫とかいうものを、おまえは取り出すことができるか?」


 ヴァンレードの問いに、フェンリルは首を振った。


「除去するのは人間でないと無理だ。それに、仕掛けた者がその場にいなければ、取り出したところで犯人を特定することはできないだろう」


「面倒だな。コモン虫なんて聞いたことがないが、手に入れるのは難しいのか?」


「そこまでは知らないが、もともとある一族が呪術に使うため、飼育していたものだと聞いたことがある。少なくとも、どこにでもいるものではないな」


 そこへ、ギゼルが毒薬に関する情報を得て戻ってきた。


「マーラの衣服からみつかったとされる毒は、王宮の医師のもとにありました。〝イルカランせき〟という鉱物から作られた毒薬だそうです。即効性で、シィルよりずっと毒性が強いとのことでした。デリクに処分するよう命じられていましたが、ぎりぎり間に合いましたよ」


「やはり、毒は同じものではなかったんだな」


「シィルの毒はロイスでもラースでも手に入れることは可能ですから、入手先を特定するのは困難かと。ですが、イルカラン石は違います。イルミラ王国でしか産出しないものだと聞きました」


「なるほどな。デリクは毒薬について、医師に何か言っていたか?」


「いいえ、特には。ただ、毒薬を調べようともせず、すぐに処分を命じたそうです。部下が困って、王宮の医師のもとに持ち込んだとか」


「あいつがイルカランの毒を持ち込んで、マーラの服から出てきたことにしたんだろう。自分なりに犯人の見当をつけて、そいつをかばおうとしているんだろうな。どうりで急いでけりをつけようとするわけだ」  


「なぜ、そんなことを? いたずらに事態を混乱させただけですよ?」


「おそらく、デリクは使われたのがイルカランの毒だと思い込んでいたのだろう。つまり、その毒を持っている人間に心当たりがあったということだ」


「ですが、それを証明するのはかなり困難かと」


「ああ。そんなまわりくどいことをしている時間はないな。操られていたなら、毒を入れたのはマーラかもしれない。デリクは無理やりにでもルナがやらせたことにして、一刻も早く決着をつけようとするだろう。ぐずぐずしてはいられないぞ。夜になったら行動を起こそう」


 ヴァンレードの言葉に、フェンリルとギゼルがそろってうなずいた。

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