20 救いの天使
狭い牢獄のような部屋に押し込められるのかと思っていたが、王妃の指示なのか、元の部屋に戻されただけだった。
ただ、部屋の外にはふたりの兵士がはりつき、侍女も交替しつつ誰かがそばにいるので、これも監視ということなのだろう。
「フェンはどうしたの?」
ルナリアが聞くと、侍女のひとりが答えた。
「ヴァンレード様のところへ。しばらくあちらで仕えることになったそうです」
「そう……」
ルナリアはほっとした。
これだけいつも監視がいては、フェンリルが〝エクス〟だとばれてしまうかもしれない。彼のところにいるのなら、そのほうが安心だ。
一方で、信頼できる者がそばにいないということが、ルナリアの不安を大きくした。
(このまま犯人にされたらどうしよう? いいえ、何の証拠もないのに、そんなことできるわけないわ。わたしは毒薬なんて持ってないんだもの。そういえば、マーラはどこから毒薬を手に入れたのかしら?)
マーラはずっとルナリアか、ヴァンレードと一緒にいて、他に接触できた者は限られている。
そもそも誰かが毒を渡したのだとしても、マーラがヴァンレードを殺そうとするはずがない。
(もう何日もいっしょにいて、イルドの実も彼からもらっているのだから、主だと思っているはずよ。お茶に毒を入れたのは、本当に彼女なの?)
お茶会の時のマーラの様子を思い返してみたが、特に変わった様子はなかったはずだ。
(ん? ちょっと待って)
ふと、頭の隅に何かが引っかかった。
(そうだわ)
兵士たちにつれて行かれる前、ほどけた髪を結び直してあげた時のことだ。
マーラの首筋に桃色の小さな痣が浮かんでいた。
よくよく思い出してみれば、それは奇妙な形をしていた。
だ円の一部がほんの少し尻尾のように飛び出ていて、それが髪に隠れた部分にまで伸びていたような気がする。
(あれは……)
自らの記憶をたどるのに限界を感じ、鞄につめたままになっていた小冊子を取り出した。
〝守護者〟に教えてもらったリドルに関する知識を、紙に書き留めてまとめたものだ。
冊子をぱらぱらとめくっていくと、イーラのあざと同じ形が描かれているページをみつけた。
(これだわ。どうして今まで気づかなかったんだろう)
くやしくて、自分の頭を殴りたいほどだ。
それは〝コムン虫〟についての記述だった。
その虫は樹木の表面に寄生し、触手を伸ばして樹液を吸って成長する。
最も好むのはリドルの血なのだが、皮膚にはりついても叩き落とされてしまうので、よほどのことがない限り、リドルに寄生することはない。
ただ、耳などから体内に入り込むと、自力で出てくることができないうえに、単体でも繁殖してしまうので、一刻も早くとりのぞいてやらねばならない。
さらに恐ろしいのは、この虫を使えば、人間がリドルを思うままに操れるということだ。
捕らえたコムン虫に人間の血液を吸わせ、リドルの耳から入れると、虫が血液を与えた人間の意思を伝達する。
リドルはその意思に支配されて行動するようになってしまう。
つまり、コムン虫を利用すれば、誰でもリドルを操ることができる。しかも、近くにいる必要がない。
マーラの体に浮かんでいた痣は、コムン虫に寄生された場合にできるもので、いわばリドルからの助けを求めるサインなのだ。
(一刻も早くマーラに会って、虫を取り除いてやらないと)
だが、今の状況では、それは不可能に近い。
デリクはマーラとルナリアを犯人と決めつけているようで、とても話を聞いてもらえるとは思えない。
(せめて、このことをヴァンに知らせることができれば……)
ルナリアは彼に手紙を書き、小さく折りたたんで腰に巻いたサッシュベルトにはさんだ。そして、ふたりの侍女をひそかに観察しながら、機会を待つことにした。
チャンスは意外にもすぐにやってきた。
部屋に閉じ込められてほどなく、訪問者があらわれたのだ。
*
「エリス様!」
部屋に入ってきた彼女が、救いの天使のように思えた。
「カイはもうすっかり回復して元気だそうよ」
「良かった」
フェンリルを信頼していたから大丈夫だと思ってはいたが、そう聞くとやはりほっとする。
「それを伝えに来てくれたの?」
「そういうわけじゃないわ」
エリスはにこりともせず、素っ気なく言った。
「貸していた物を返してもらいに来たの」
(借りている物なんて、何もないはずだけど……)
返事も待たず、エリスはさっさと寝室に入っていく。
ルナリアもあわてて後を追った。
「あなたはダメよ。探し物がみつかるまで、静かにそこで待っててちょうだい」
エリスはルナリアについて入ってこようとする侍女を押しとどめると、ドアに鍵を掛けてしまった。
「そんな、困りますっ! 開けてください」
扉を叩いて訴える侍女に、エリスは叱りつけるように言った。
「静かにしなさい。でないと、後であなたが困ったことになるわよ」
ぴたりと扉の外の声が止んだ。
「良い子ね。すぐに済むから、ちょっとだけ待っててちょうだい」
態度を和らげると、エリスはルナリアに向き直った。
「あなたが犯人だなんてあり得ない。わたしに何かできることがあれば言ってちょうだい。協力するわ」
「ありがとう。これをヴァンレード様に渡してくれる?」
ルナリアがサッシュベルトにはさんでおいた手紙を取り出すと、受け取ったエリスはそれを手近にあった薬箱の底に忍ばせた。
「わたしに手を貸したりして、あなたは大丈夫なの?」
「平気よ。何も悪いことはしてないでしょ?」
エリスは笑顔でウィンクすると、再び不機嫌な表情に戻り、ドアを開けた。
「こんなことをされては、わたしが叱られます」
恨めしげに訴えた侍女はエリスににらまれ、びくりとして身を竦ませた。
「それはないわよ。ほら」
エリスは薬箱を開けて中を見せた。
「何もおかしな物は入っていないわ。わたしはあなたの見ている前で、この箱をルナリア様から受け取った。そう言っておけばいいのよ」
「でも……」
「それじゃ、目の前で鍵を掛けられました、中で何をしていたかわかりませんって、正直に言う? そうしたら、確実に叱られるわね。そのうえ、わたしの怒りまで買うことになるわよ」
威厳に満ちた態度で迫られ、侍女は逆らえないと悟ったのか、しぶしぶうなずいた。
「……わかりました」
「お礼にこれをあげるわ」
エリスははめていたトパーズの指輪をはずし、侍女の手に握らせた。
「わたしに脅されたからって、ルナリア様に仕返ししちゃだめよ。疑いが晴れた時のことも考えておかなくちゃね」
ダメ押しのようにそうつけ加えて、エリスは悠々と去っていった。
(すごいわ。まさにアメとムチ)
エリスの見事な手腕に感嘆するとともに、ルナリアは彼女の友情に心から感謝した。
あとはヴァンレードを信じて任せるしかない。
(どうか、わたしの送った情報が役に立ちますように)
祈るような気持ちだった。




