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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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19 疑惑の目

 真っ青な顔で口々に無実を叫びながら侍女たちが連れて行かれた後、ふたりの兵士に囲まれ、腕をつかまれたマーラはひどく暴れた。


 結い上げた髪はほどけ、髪飾りが床に落ち、乾いた音を立てる。


 首に手をまわされ、動きを封じられそうになったマーラは、小さな口をせいいっぱい開いて、その腕にかみついた。


 この行為が兵士たちの怒りを買った。


 彼らのひとりが首をつかみ、別の兵士が後ろから両脇に手をさしこんで強引に体を持ち上げ、肩に担いだ。


 マーラは暴れながら、男の耳に思いきりかみついた。


 兵士はうめき声をあげ、容赦なく彼女を肩から振り落とした。


「マーラ‼」


 ヴァンが駆けつけ、床に倒れたマーラを抱き上げた。


「大丈夫か?」


 マーラは震えながら、ヴァンレードの胸に顔を埋めた。


「乱暴するな。この子は俺がつれていく」


「いけません」


 マーラを抱えたまま歩き出そうとするヴァンレードの前に、デリクが立ちはだかった。


「申し訳ありませんが、あなたにはここで待っていてもらいたい」


「マーラだけでなく、俺まで疑うのか?」


「いいえ、あなたは狙われた本人ですから。ですが、もしそのリドルに不利な証拠がみつかった場合、あなたがそれを隠してしまうかもしれない。そのような疑いがある以上、あなたに一緒に行っていただくわけにはいかないのです」


 さらに、デリクはあからさまな皮肉をこめてつけ加えた。


「リドルを人間のように扱ってほしいとおっしゃるのでしたら、きちんとしつけをして、目上の者の言うことをきくようにしてほしいものです」


(ひどい‼)


 ルナリアは思わず席を立った。


 リドルは話すことができないから、本当に嫌な時はああして暴れることで、意思表示をするしかない。それを知らないのは仕方がないとしても、彼らを馬鹿にしたような発言をして傷つけるのは許せない。

 

(わたしが何を言っても、きっとあの人たちは耳を貸さないでしょうね。だったら、リドルが人間の言うことをきちんと理解できると示すしかないわ)


「ヴァンレード様、マーラを下ろしてくださいますか」


 自分では気づかなかったがよほど厳しい表情をしていたらしい。


 ヴァンレードは驚いたような顔をして、抱いていたマーラを床に下ろした。


 ルナリアはひざまずくと、彼女の乱れた衣服を整えてやり、ほどけた髪を後ろでひとつにまとめ、リボンを結び直した。


「マーラ、嫌な思いをさせてごめんね」


 両肩に手を置き、潤んだ青い瞳をまっすぐにみつめる。


「だけど、この人たちの言うことをきかないと、ヴァンレード様がお困りになるの。あなたがおとなしくしていれば、誰も乱暴なことはしないわ。だからお願い、少しの間だけ我慢してちょうだい」


 マーラは悲しそうな顔で、じっとルナリアをみつめていたが、やがてこくりとうなずいた。


「ありがとう」


 小さなリドルの体をぎゅっと抱きしめてから、ゆっくりと立ち上がった。


「マーラはもう暴れたりしません。もうこれ以上怖がらせないでください。わたしたちが付き添えないなら、どうか侍女を呼んでくださいませんか」


「……いいだろう」


 デリクが王妃のそばに控えていた侍女を呼ぶと、ルナリアはマーラの背を押すようにして、彼女と手をつながせた。


「この人と一緒に行くのよ」


 マーラはうつむきながらも小さくうなずき、侍女に手を引かれて歩き出した。


 続いてデリクが建物の中へと入っていった後も、ルナリアはその場を動くことができなかった。


(わたしはいつのまにか、ヴァンのことをいちばんに考えていた。彼を守りたくて、あの子に嫌なことをさせてしまった……)


 マーラに対する罪悪感にさいなまれ、ルナはとても平静ではいられなかった。

 胸がつまって息が苦しい。


 だが、その時、ヴァンレードが近づいて来て、肩にそっと手を置いた。


「あなたが気に病むことはない。あの子が苦しんだとしたら、それはすべて俺のせいだ」


 そうささやくと、彼は自分の席に戻った。


(こんな時に、わたしの心配なんかしなくていいのに……)


 ルナリアは涙があふれそうになるのを必死にこらえた。


 マリアの刺すような鋭い視線に気づき、目を伏せて席に着こうとしたが、さらに警備隊の兵士が数名やってきた。


 物々しい雰囲気に包まれ、その場の緊張感はいっそう高まった。


   *


 デリクが侍女とイーラをつれて戻ってくるまでの時間は、おそろしく長く感じられた。


 デリクはいっそう険しい顔になって王妃の前に進み出ると、 手のひらにおさまるほどの小さな紙包みを開き、白い粉末を見せた。


「それは何なの?」


「このリドルの服の胸元には、内側にポケットがありました。そこに隠し持っていた物で、調べさせたところ、毒薬であることが判明いたしました」

「嘘だ‼」


 ヴァンレードが椅子を蹴って立ち上がった。 


「残念ながら、本当のことです。むろん、リドルが自らの意思でこのようなことをしでかしたとは思いません。誰か裏で操っている者がいるはずです」


「ルナリアよ‼ そうに決まってる。皆さんもご覧になったでしょう? リドルはヴァンレード様より、そのひとの言うことをきいたわ‼」


 ここぞとばかりにマリアが叫ぶ。

 

(どうして?)


 真っ先に頭に浮かんだのは怒りではなく、疑問だった。


 マリアがなぜ、自分のことを犯人だと思うのか。そして、その私見をこの場で堂々と言い放ったことがまるで理解できない。


 いきなり攻撃的な悪意に向けられ、ルナリアは強い衝撃を受けて呆然とした。


「どうやら、真相を言い当てられて、言葉も出ないようですね」


 ショックのあまりとっさに反論できなかったことを、デリクは罪が暴露されて言い訳ができなくなったのだと受け取ったらしい。


「ばかな。いきなり身に覚えのない事実を突きつけられたら、誰だって戸惑うさ。何の証拠もないのに、犯人だと決めつけるほうがどうかしている。その意見を採用するあんたもな」


 ヴァンレードはデリクをにらみつけた。


「だいたい、ルナがどうして俺を殺そうとするんだ?」


「さて、それは本人の口から語っていただかないと。もしかしたら、ラースのお偉い方々の意向をくんでのことかもしれません」


 そこまで言われては黙っていられない。


 わいてきた怒りが、強い気持ちを取り戻させてくれた。


「わたしは犯人ではありません」


 ルナリアは大きな声で、はっきりと否定した。 


「それなのに、わたしの国の人たちまで疑うなんてあんまりです」 


「では、あなたとヴァンレード殿の他に、誰があのリドルに命令できると?」


 デリクはまったく信じるつもりがないようだ。


「それは……」


 考えてみたところで、心当たりがあるはずもない。


「ご自分の状況が理解できましたか? では、しばらくの間、部屋から出ないでいただきましょう」


「ラースの伯爵を拘束しようと言うのか」


 ヴァンレードがデリクに詰め寄った。


「これはあなたの、つまり王弟殿下の暗殺未遂なのですよ。事と次第によっては、この国の王権をおびやかす事態にもなりかねない。どうあっても、犯人を捕らえ、真相を明らかにせねばならないのです」


「無実だったらどうする? 後で問題になるぞ。責任を取れるのか?」


 その時、黙って成り行きをながめていた王妃が、初めて口を開いた。


「グウェン伯爵、マリア嬢にはわたくしから罰を与え、あらためて謝罪させます。ですが、今回のことは誰かがリドルを利用して、あなたにぬれぎぬを着せようとしたのかもしれません。あなたの身を守るためにも、警護の兵をつけてお部屋にいていただいた方がいいでしょう」


 ルナリアの身を案じるような言い方をしているが、王妃もまた自分を疑っている。そう直感したものの、逆らうことはできなかった。


「王妃様、それではあまりにも……」


「わかりました」


 抗議しようとしたヴァンレードをさえぎり、ルナリアは王妃の前に進み出た。


「おっしゃる通りにいたします。疑いは晴らしていただけるものと信じていますから」 


 ルナリアの腕をつかもうとした警備の兵士を、王妃が止めた。


 彼女に礼をすると、四人の兵士に囲まれながら、ルナリアはその場を後にした。


 

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