18 王妃のお茶会
祭りが終わった翌日、マリアとエリスが王宮に戻り、庭園で花嫁候補が全員そろってのお茶会が開かれた。
カリナ王妃が主催したもので、ヴァンレードとふたりのリドルも招かれている。
リドルたちと手をつないであらわれた彼を見て、王妃は微笑みながら、
「あいかわらずね」
とつぶやいた。
ヴァンレードはいつものように軍服だったが、カイもそれとよく似たデザインの青い上着とズボンを身に着けている。おそらく特注で作らせた物なのだろう。
マーラのほうはお気に入りの薄桃色の生地に、白い繊細なレースをふんだんにあしらったドレスを着ていた。
髪は三つ編みにして頭に巻きつけ、ドレスと同じ色の大きなリボンをつけている。
今日はまだ、朝から一度もヴァンレードと顔を合わせていない。
彼の姿を見て赤くなったりしないように、ルナは昨日のできごとを頭の中から追い払った。
皆がそれぞれ用意された席につくと、ティーポットとカップ、スコーンやケーキ、サンドウィッチがのったワゴンが運ばれてきた。
それを見るなり、マーラは席を立って駆け寄っていった。
「こら、どこへ行くんだ」
ヴァンレードがあわてて後を追う。
どうやら今回もお茶の支度を手伝いたいらしく、しきりにポットに手を伸ばしている。
「わかった。だけど、またやけどするといけないから、運ぶのを手伝ってくれないか」
マーラは素直にうなずくと、侍女の入れてくれたお茶の入ったカップを、ひとつずつ皆の前に運んで行った。
「まあ、とてもかわいらしいわ」
王妃が弾んだ声をあげ、マリアもここぞとばかりにあいづちを打つ。
「そうですわね」
エリスはナプキンで口元を隠している。
あからさまに王妃の歓心を得ようとするマリアの言動がおかしくて仕方がないらしい。
お茶が運ばれる間、出席者たちは皆、好みのお菓子を大皿からサーブされた。
「それでは、いただきましょう」
王妃がカップの紅茶を口に運ぶ。
ルナリアもひと口飲んだが、初めての香りと味に驚いた。
赤みがかった濃い琥珀色で、スモーキーな匂いがするが、味わってみるとほんのりと甘い。
「とても、おいしいお茶ですわ」
マリアがすかさず感嘆したように声をあげると、王妃はにっこり笑って答えた。
「故郷の味がなつかしくて、イルミラから取り寄せたのよ」
「イルミラのお茶ですか。私も初めてです」
ヴァンレードはいつもとは別人のようにかしこまった口調で言うと、ティーカップを手にした。
だが、隣にいたカイがいきなりその手にしがみついたので、あやうくお茶がこぼれそうになった。
彼がこのように不作法な振舞いをするのを見たのは初めてだった。
ルナリアは驚いたが、ヴァンレードも怒るというより、当惑しているようだ。
「カイ? どうした?」
カイはさらに主のカップへ手を伸ばそうとする。
「自分のじゃなくて、こっちが飲みたいのか? 中身は同じだぞ」
そう言いながら、ヴァンレードは自らのカップをカイに渡した。
カイはじっと彼をみつめてこくりとうなずくと、もらったカップのお茶を飲んだが、次の瞬間、苦しそうに喉元をおさえ、床の上に倒れてしまった。
「カイ⁉」
ヴァンレードがあわてて、彼の体を抱き上げる。
カイの顔は紫色に染まり、呼吸のするのさえ苦しそうだ。
ルナリアはすぐに席を立ち、転がったカップを拾い上げた。
わずかに残ったお茶の匂いをかいでみたが、自分の飲んだものと変わりないように思える。
「どうか私に」
すっと近づいてきたフェンリルに言われ、ルナリアはカップを渡した。
彼はそれを鼻に近づけただけで、すぐにうなずいた。
「〝シィル〟の毒が入っています」
「そんな……」
その毒のことはルナも知っていた。
〝シィル・ダリ〟という植物から抽出された毒で、口にした量にもよるが、徐々に全身がしびれて動けなくなる。
場合によっては呼吸ができなくなり、死に至ることさえある。
「解毒剤を早く‼」
大声で叫んだヴァンレードの肩に手を置き、フェンリルは落ち着いた口調で話しかけた。
「大丈夫。植物由来の毒であれば、リドルが死ぬことはありません。わたしにまかせてください」
そう言うと、彼はヴァンからカイを預かり、上着とシャツを脱がせた。
首からむき出しになった肩や胸にかけて、白い肌の上に紫色の細い筋がいくつも蜘蛛の巣のように広がっている。
フェンリルが胸の辺りを肩のほうへ押し上げるようにマッサージをしていくと、紫の線はしだいに消えていき、右肩の上に、同じ紫色の大人の拳ほどの大きなこぶができた。
「よく切れるナイフと、消毒用のお酒。それから、水差しにきれいな水を入れて持ってきてください」
「わかった」
ヴァンレードの指示で、それらの物がすぐに用意された。
フェンリルはナイフの刃を酒で拭いてから、こぶを大きく切り裂いた。すると、そこから、どろりとした濃い紫色の液体が流れ出した。
溜まっていたものが出てしまうと、こぶもきれいに消えてなくなった。
フェンリルはカイの衣服を整え、ヴァンレードに声をかけた。
「これでもう毒は体内に残っていません。目覚めたら、水をたっぷり飲ませてあげてください」
「ありがとう」
苦しそうだったカイの表情が和らぎ、呼吸も落ち着いてきたのを見て、ヴァンレードは安心したように大きく息を吐いた。
息をつめるようにして見守っていた人々の間にも、ほっとしたような空気が流れる が、それを台無しにするようにマリアが王妃に訴えた。
「ヴァンレード様のカップに毒が入っていたのですわ。王妃様、犯人を捕らえてくださいませ」
王妃は琥珀色の瞳を光らせ、冷ややかな口調でたずねた。
「あなたはこの中に犯人がいるというの?」
「いえ、わたしにはわかりませんけれど……」
マリアは真っ赤になって口ごもった。
「では、あなたの疑念を晴らしましょう」
王妃はそばに控えていた警護の兵に告げた。
「今すぐ、ここに王宮警備隊長のデリクを呼びなさい。それから、誰もこの場を離れぬように」
居合わせた一同のあいだに緊張が走った。
ヴァンレードは何か言いたそうな顔で、王妃をみつめたが、結局口をつぐんだ。
ほどなくデリクが駆けつけてくると、王妃は彼に調査を命じた。
デリクは皆に自分の席に戻るよう指示してから、ワゴンの前に立ってヴァンレードを呼んだ。
「部屋に連れて行って、休ませてやってくれ」
抱いていたカイをフェンリルに預けると、彼はデリクのもとへ行った。
会話の内容までは聞こえなかったが、ルナリアの席からはヴァンレードが怒りの表情をあらわにしているのが見てとれた。
(ヴァンがあんなに怒るなんて、あのデリクという人は何を言ったの?)
どうにも嫌な予感がする。
背を向けたデリクの腕をヴァンレードがつかんで引き留めたが、それを振り払い、デリクは王妃のもとに戻り、その傍らにひざまずいた。
「毒が入っていたのは団長殿のカップだけですから、そのカップにお茶を注いだ侍女と、それを運んだリドルを取り調べたいと思います」
「よろしい、許可します」
「待ってください。マーラは関係ない」
ヴァンレードが必死に訴えたが、王妃は取り合わなかった。
「無実を証明するためです。少しの間だけ我慢してください。手荒なまねはさせませんから」
王妃にそう言われては、ヴァンも唇をかんで引き下がるしかなかった。




