2 予知夢
ここラース王国は小国であったが、豊富な漁場と肥沃な土地に恵まれた、豊かな国だ。
隣国のロイス王国や、海をはさんで相対するイルミラ王国とも婚姻や貿易を通して、友好な関係を築いている。
リドルたちはその美しさゆえに珍重され、貴重な輸出品のひとつとなっていた。
イーラの森はもともとグウェン家の領地だったが、何代か前の当主が王家に献上し、伯爵の称号を得たと聞いている。
森の管理は変わらず伯爵家に一任されているが、リドルの売買については王家に決定権があり、現在は王弟である大公が譲渡先を探し、最終的に国王が行き先を決定することになっている。
ルナリアは幼い頃からずっと母と一緒に森に入り、イルドの木とリドルたちの世話をしていた。
五年前に母が亡くなった後は、たまに庭師の手を借りることもあるが、ほとんどひとりで作業している。
「この子はロイス王国の王弟殿下の許に行くのよ。あちらから望まれたそうだから、きっと大事にしてくださるわ」
願いを込めたルナリアの言葉に守護者は答えず、遠くを見るような目をしたが、ふと思いついたように言った。
「ロイス王国には〝エクス〟がいると聞く。探してみたらどうだ?」
「え? それって、伝説の〝エクス・リドル〟のこと?」
かつて、はるか北方の王国に、樹齢二百年をこえるイルドの巨木が存在した。
その木は長い一生のうちで、三体のリドルを生み出したが、それらは皆、子供ではなく成人の姿をしていた。いずれも美しく、強靭な肉体を持ち、時には主とともに戦に出ることもあったという。
その三体のリドルは〝エクス・リドル〟と呼ばれた。
王国はすでに失われ、巨木も朽ちてしまった。彼らも行方知れずとなり、〝エクス・リドル〟は幻の存在となってしまった。
それが、隣国のロイス王国にいると言われても、容易に信じられるものではなかった。
「そんな話、聞いたことないけど?」
「秘密にしているか、もしくは誰にも気づかれずに眠っているのかもしれない」
「もし、本当に存在しているのなら、ぜひ会ってみたいわ」
「無欲なことだ。おまえの〝香り〟があれば、どのようなリドルも意のままになるだろうに。〝エクス〟を味方につければ、これほど心強いことはないぞ」
守護者の発言に、ルナは顔をしかめた。
「〝香り〟のことは、あまり言われたくないわね」
「おまえがリドルたちに愛されているのは〝香り〟のせいだけではない。彼らを大事に思い、気づかうおまえの心が伝わっているからだ。おまえはこの森の木々から祝福を受けた。異国の地で生まれたリドルからも愛されるだろう。自信を持つが良い」
「ありがとう」
胸がいっぱいになる。
ルナリアは守護者と森の木々たちにあらためて感謝の気持ちを告げた。
リドルたちにとって、生まれた場所を離れるのはそれほどつらいことではないのだと、守護者は言う。
新しい土地に行き、そこで生命をつないでいく。それこそが、彼らの願いであるのだと。
(でも、リドルはひとりでは生きられないわ。主になる人間によって運命が変わってしまう……)
あらためてリドルは儚い存在であると感じてしまう。
なんとなく悲しい気持ちになり、草の上に寝転がり、空を見上げる。
ふいに睡魔に襲われ、いつのまにか目を閉じていた。
* * *
屋敷に戻ると、父に呼ばれた。
「明日のパーティーで、ユリアナを我が家の後継者として正式にお披露目をする」
もしやとは思っていたが、まさか本当にそんなことを言い出すとは。
あきれ果てて言葉もでない。
「ユリアナもグウェン家の血をひいている。何の問題も無い」
(ばかなことを。それだけではこの家の当主になれないのに)
グウェン家はラース公国建国の際の功臣であり、報奨として爵位を賜ったが、それ以前からずっと領主としてイーラの森を守ってきた。
グウェン家に生まれた者は幼い頃からリドルと多くの時間を過ごし、彼らの意思を感じ取る術を学ぶ。
長子に限らず、イーラの森に通い、守護者に認められた者が家を継ぐのだが、母の妹だった義母はリドルたちを嫌い、森へ行くことを拒否した。
ふたり姉妹の長女だった母が無事、守護者に認められ、侯爵家の次男だった父を婿に迎えて爵位を継いだ。
リドルは話すことはなく、それほど明確な自我を持っているわけではないが、感情は豊かだ。
ルナリアも自らの感情を静め、リドルと目を合わせるだけで、なんとなくではあるが、彼らの望むことがわかるようになった。
ユリアナはと言えば、義母と同じようにリドルが嫌いで、服が汚れると森に足を踏み入れたことすらない。
それで後継者などと、無理に決まっている。
「何をおっしゃっているのですか? そのようなことは認められません。この家を継ぐのはわたし……」
言い終える前に、父に強く頬を打たれ、ルナリアは床に倒れ込んだ。
「何様のつもりだ? 偉そうに。 その顔、高慢で、いつも私を見下していたあの女そっくりだ。虫唾が走る。周りにはおまえは病で、とても人前に出られる状態ではないと言ってある。あきらめるんだな」
「わたしは病気などではありません」
「本当に動けなくしてやっても良いんだぞ」
父はぐいとルナリアの髪をつかみ、顔を上げさせた。
「痛いっ! 止めてください!」
「黙れ!!」
今度は反対側の頬を手の甲で殴られた。
「おとなしくしていれば、この家で養ってやる。今までのようにリドルの世話をしろ。それがおまえの役目だ」
腕をつかまれ、部屋の外へ追い出される。
(こんなことって……)
悔しくて涙が止まらなかった。
どうしてもこのまま引き下がることはできない。
パーティー当日、こっそりと大広間に入り、柱の陰に隠れた。
父とユリアナが壇上に立っている。
「長女であるルナリアは病の為、伯爵家の後継という重責を担うことができません。よって、次女のユリアナを当家の後継者としてあらためて皆さまにご紹介いたします」
(わたしは病気なんかじゃない。ここにいるわ)
拍手が沸き起こる中、ルナリアは思わず柱の陰から飛び出そうとしたが、後ろから強く肩をつかまれた。
振り向くと、義母であるアメリアが目をつり上げ、鬼のような形相でそこにいた。
無言で腕をひっぱられ、大広間から連れ出される。
「まったく油断も隙もありゃしない。ユリアナの晴れ舞台をぶち壊そうとするなんて、本当に忌々しい」
舌打ちをしながら憎々しげにルナリアをにらみつけると、後ろにひかえていた侍従たちに命じた。
「地下牢に放り込んで」
パーティーが終わった後、駆け付けた父と義母に牢の中で鞭や棒でさんざん殴られ、意識が遠のいたところで、ふっと目が覚めた。
* * *
目を開けると、木々の間から青空が見えてほっとした。
ゆっくりと体を起こし、大きく息を吐く。
「……予知夢ね」
起き上がって守護者を見れば、彼は小さくうなずいた。
こちらが無防備でいる時のほうが伝えやすいそうで、いつもいきなり見せられるので、毎回心臓に悪い。
守護者は今までに何度か、これから起こりうる未来を予知夢として見せてくれていた。
おかげで義母や義妹、一部のメイドたちによる嫌がらせから身を守ることができていた。
王宮でのデビュタントも、様々な妨害工作を事前に知っていたおかげで対策ができ、無事に参加することができた。
だが、今回の夢は今までのものよりずっと長く、強烈だった。
「あのまま殴られ続けたら死んでいたかも。いえ、殺すつもりだったのかもしれないわ。リドルの世話なんて誰でもできると思っているのでしょうね」
イーラの森に通い、木々の手入れをする。
そうして守護者に認められた者だけが祝福の言葉を教えてもらえる。
祝福の言葉が誕生の際に唱えられなければ、リドルはこの地に生み出されることなく、母体であるイーラの木の中で朽ちていく。
そんな大事なことさえ、父と義母は知らない。いや、知ろうとすらしていない。
もともと大嫌いな父だったが、さらに嫌悪感が増してくる。
血がつながっていることさえ呪いたくなってしまう。
「守護者、いつもありがとう。おかげで助かったわ」
「おまえがいなくなっては困るからな」
「大丈夫よ。ちゃんと手は打つわ。まさかとは思っていたから、のんびりしすぎていたわね」
自分の身を守るため、準備はしていた。
予知夢で見せられた出来事は、たいてい四、五日のうちに起きる。
急がねばならない。




