15 リドルは綺麗なものが好き
ルナリアがロイスの王宮に来てから一週間が過ぎた。
フェンリルは器用なうえに順応性に優れているらしく、従者の仕事もすぐにそつなくこなせるようになった。
控えめにというヴァンレードの忠告を守り、王宮に仕える者たちとは距離を置いていたが、その際立って美しい容姿のせいで、どうしても人目をひいてしまうようだ。
特に若い侍女たちが何かと話しかけてくるのだが、フェンリルは主であるルナリアのことしか眼中にないという態度を見せ、彼女らを近づけなかった。
そのクールさが逆にうけて、彼の人気は高まる一方だと、情報通のエリスがルナに教えてくれた。
花嫁候補たちは日替わりで、ヴァンレードのリドルたちと会うことになっている。
今日はルナリアの番で、彼らとの面会のために用意された部屋へ、フェンリルと共に赴いた。
長椅子が二脚、テーブルをはさんで向かい合っているだけのたいして広くもない客間だったが、中に入った途端、大喜びのカイとマーラに交互に抱きつかれた。
「熱烈な歓迎を受けてるな」
その様子を見て、ヴァンレードが皮肉っぽく言った。
リドルと会う時は、必ず彼が立ち会うことになっている。国王に命じられたらしい。
「ふたりとも、俺と一緒の時よりうれしそうだ」
「あなたは主なのだから、特別に決まっているわ。わたしとは毎日会えるわけじゃないから、こうやって喜んでくれるのよ」
「意外と冷静なんだな」
ヴァンレードは感心したように言うと、ルナリアに座るようすすめてから、自分も向かい側の椅子に腰を下ろした。
ルナリアと話したい主の気持ちを察してか、カイとマーラはいつものようにルナリアの両側に分かれ、微笑を浮かべながらおとなしく座っている。
「カウルス公爵令嬢は、リドルたちに会いに来ても、この椅子に座っているだけだ。ふたりが近寄ってくるのを、じっと待つつもりらしい。だが、彼女が来ると、カイもマーラも置き物の人形のように動かなくなるんだ。昨日などは、マーラが向かい側の椅子にすわったまま眠ってしまってね。いつ彼女が怒り出すかとヒヤヒヤしたよ」
「そのようなことを、わたしに話して良いのですか?」
「構うものか、事実なんだから。陛下の狙いは、俺と彼女たちが会う機会を増やすことなんだ。もくろみは成功してるよ。リドルたちが静かな分、俺が相手をしなければならないんだからな。エリスとは顔見知りで、共通の知人もいるからなんとか会話もできるが、相手がマリア嬢だと、何を話せばいいのかさっぱりわからない」
ヴァンはお手上げと言うように肩をすくめると、椅子にもたれて天井を見上げた。
(相当ストレスがたまっているみたいね)
気の毒だとは思うが、もとはと言えば彼が出した条件がすべての始まりなのだから、仕方がないような気もする。
マリアのほうもルナリアの申し出を断ったものの、どうして良いかわからず戸惑っているのだろう。
「いきなり愚痴を聞かせてすまなかった。そう言えば、エリスにアドバイスしたそうだな。リドルは綺麗な花や宝石を見るのが好きだって」
「彼女から聞いたの?」
「ああ。正直なのは彼女の美点のひとつだな。俺と結婚したいのかと聞いたら、そうじゃないが、リドルとは仲良くなりたいのだそうだ」
「ふたりがかわいいから好きだと言っていたわ」
「そうか。このあいだは自分の宝石箱を持ってきて、ふたりに見せていたよ。マーラだけじゃなく、カイも指輪やネックレスをつけてもらってうれしそうだった。男の子のつもりでいたから、アクセサリーが好きだとは思わなかったよ」
「もともとリドルに性別はないんですもの。ただわたしたちが便利だから、どちらかに決めているだけでしょう? もしかしたらカイだって、きれいな色のドレスが着たいと思っているかも」
そう言った後で、ルナリアは先日の会話を思い出し、ついフェンリルのほうを見てしまった。
視線を受けた彼は、しごくまじめな顔をしてうなずいた。
「それはありうることだ。わたしもいつか、きれいなドレスを着てみたいと思っている」
「……」
ヴァンレードはぎょっとしたように、大きく目を見開いて彼を凝視した。
だが、さすがに失礼だと思ったらしく、すぐに視線をそらした。
「よし、わかった。これからはマーラだけじゃなく、カイにも宝石を買ってやることにしよう」
「良かったわね」
ルナリアが声をかけると、カイは満面に笑みを浮かべてうなずいた。
そこへ、お茶とお菓子がワゴンで運ばれてきた。
マーラが喜んで駆け寄っていく。
リドルたちはお菓子は食べないが、良い香りのするお茶は大好きなのだ。
「最近、マーラは自分でお茶の用意をしたがるんだ」
ヴァンレードが侍女をさがらせると、さっそくマーラはティーポットを持ち上げ、カップにお茶を注ごうとする。
「でも、今日はポットが大きいみたいだな」
「あれでは危ないわ」
ルナリアが手助けしようと立ち上がったが、すでに遅かった。
マーラはポットを両手で持っていたが、それでも支えきれず、傾いたポットからお茶が流れ出した。
「!」
マーラは驚いてパニックになったようで、ポットをワゴンに戻すことができず、床に落としてしまった。
ガシャン。
陶器のポットが割れて大きな音を立てる。
マーラは耳をふさいでその場にしゃがみこんでしまった。
「大丈夫か?」
ヴァンレードがあわててマーラを抱き上げた。
しょんぼりしている彼女の手を見ると、どちらも赤くなっている。
「やけどしちゃったわね」
ルナリアは侍女を呼んで冷たい水を頼むと、フェンリルに部屋から自分の薬箱を持ってきてもらった。
マーラの両手を冷水に浸した後、ルナリアは薬箱から茶色の瓶に入った軟膏を取り出し、赤くなった部分にすりこんだ。
「これはね、エモルタヌという薬草の香油と蜜ろうから作ったものよ。わたしのお手製だけど、リドルのけがや皮膚のトラブルによく効くの」
「本当だ。赤みがだんだん退いていくぞ」
ヴァンレードが感心したように言うと、マーラも痛みが和らいだのか、ルナリアに微笑んでみせた。
「良かった、これで痕も残らないわね」
「その薬は古い傷跡にも効くのか?」
フェンリルが身を乗り出すようにして聞いてきた。
「さあ、どうかしら。試したことがないからわからないわ」
「そうか」
なんとなくがっかりした様子のフェンリルを見て、ルナリアは彼の肩に大きな傷があったのを思い出した。おそらく戦いの中で受けたものだろう。
「古傷が痛むの?」
「いや、痛みはない。ただ、この傷痕が消えればいいと思うのだ」
「じゃあ、この薬を全部あげる。根気よく使えば、もしかしたら少しはよくなるかも
しれないわ」
「ありがとう」
フェンリルはうれしそうに茶色の瓶を受け取った。
「勇敢に戦った証なんだから、恥じることはないだろう?」
「べつに恥じてなどいない。美しくないのが嫌なだけだ」
「なるほど。おまえも綺麗なものが好きなんだな。だから、ドレスが良いのか……」
納得したようにうんうんとうなずくヴァンレードに、フェンリルは表情を変えることなく冷静に言った。
「わたしのことは良いから、マーラを休ませてやれ」




